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国一番の美少女だけど、婚約者は“嫌われ者のブサイク王子”でした  作者: 玖坂
第二章:陽だまりにほどける、蕾たち

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「一ヶ月の間に、公爵家の全てをノアに教えるように」


 父はそれ以上の言葉を交わすことなく、私たちを執務室から追い出した。

 半ば、放り出されるように廊下へ出された私とノアは、しばらく言葉もなく並んで立ち尽くす。


「……えっと、ノア様。これからよろしくお願いいたします」


 気を引き締めて声をかけると、ノア様は穏やかな笑みを浮かべて首を横に振った。


「ノア様だなんて、よそよそしいですよ。俺のことはノアで構いません。“お姉様”」

「お、おね……」


 一瞬、口にしかけて、言葉が詰まる。


 ――お姉様。


 たった一言なのに、胸の奥が小さく跳ねた。

 前世でも今世でも、私はずっとひとりっ子だった。

 だからこそ、姉弟というものに淡い憧れを抱いていたのかもしれない。

 自分より少し小柄な、でも生意気そうな弟に「お姉様」と呼ばれる感覚――

 くすぐったくて、妙にこそばゆい……でも、どこか嬉しい。


(お姉様呼び……悪くない、かも……)


 思わず頬が緩みそうになり、慌てて引き締める。

 それと同時に――拭いきれない違和感に、心がざわついた。


(……でも、原作のノアはこんな子じゃない)


 原作のノアは、もっと無口で、冷たくて、どこか棘があったはずだ。

 少なくとも、こんな風に笑って距離を縮めてくるキャラじゃない。


「お姉様、これから予定ありますよね。明日から、どうぞよろしくお願いします」


 美しく一礼し、彼は背筋を伸ばして去っていった。

 その姿が見えなくなるのを見届けて、私は急いで自室へ戻った。


 ――その違和感の正体を、はっきりさせるために。

 

 引き出しの奥にしまっていた鍵付きの手帳を取り出し、慎重に開く。

 そこには、“前世の母国語”で記された『オリビア・ストーリア』の詳細――私が思い出せる限り書き留めてきた物語の断片が詰まっていた。

 

「えっと……ノアのところは……」


 ページをめくりながら、該当の箇所で手を止める。


「あった……」


― ノア・ヴェイル ―


 地方の男爵家の出。年齢は一つ下。初登場は、オリビアが学園に入学してすぐの頃。


 本来、学園にはいくつかの入学条件がある。

 貴族であること、十六歳であること、素行に問題がないこと――だが、ノアはその例外だった。

 突出した知性を評価され、特例で“飛び級入学”を果たしたのだ。

 入試では首席合格。入学後も常に成績トップ。

 武術の腕も優れていて、まさに文武両道の天才。


 ただし――、


「性格に、難あり……」


 一言で言えば、捻くれ者。

 冷淡で、他人を見下す態度が目立ち、同級生にも上級生にも疎まれていた。

 陰口、いじめ、時に暴力さえ――

 それでもノアは動じず、淡々とやり過ごしていた。

 そんなノアの唯一の弱点。


 ――ノアは、治癒しにくい体質だった。


 普通なら三日で治る擦り傷が、一週間、あるいはそれ以上かかる。

 さらに厄介なことに、神聖力による治癒も効きにくいのだ。


 ある日の放課後、オリビアは怪我をした彼を見かける。

 優しい彼女は、神聖力での回復を試みるが、やはり効果はなかった。


『いつものことだから、気にするな』


 気だるげに立ち去ろうとする彼の手を、オリビアはぐっと掴む。


『神聖力が効かなくても、できることはあります!』


 そう言って、傷に絆創膏を貼り、包帯を巻く彼女の姿に、ノアとプレイヤーは恋に落ちた。


 ――これが攻略ルートの始まりだ。

 その後のノアは、一転して“過保護なほどの執着”を見せるようになる。

 どこに行っても、どんなときでも、必ず近くにいて、見守り、手助けし、時には周囲を牽制する。

 その姿はまさにストー……とにかく健気だった。


 静かで、ひたむきで、少し怖いくらいに――


「……懐かしいなぁ。あの独特の“ヤンデレ感”が、また良かったんだよね……って、違う!」


 思わず自分にツッコミを入れて、首を振る。


 ――やっぱり、違う。

 記録に残されたノアと、今日出会ったノア。

 その違いは、ただの“性格差”では片づけられない。


(オリビアの時から、いや……ライアン様の時点で、すでにズレていた)


 この“違和感”の正体を突き止めなければ――

 いずれ、致命的な誤りを犯すことになるかもしれない。


「原因を、調べてみなくちゃね……」


 原作を知る私だからこそ、できることがある。

 今のノアが本当の姿か、それとも仮面か。

 ゲームの知識、固定概念には囚われてはいけない。


 先ずは、ノアのことをより深く知ることから始めよう。

 それに頭のいいの彼のことだ、公爵家に嫁ぐための明確な目的があるはずだ――


「……よし。やるからには、ちゃんとやらなくちゃね」


 私は手帳を閉じ、鍵をかけ、引き出しの奥にしまった。

 これからの一週間――“弟”としてやってきたノアと本気で向き合うことを決めた。


***


 その夜は、珍しく父と同席しての晩餐だった。

 長い食卓、父の右隣には私。そして正面にはノアが座っている。


「今日はノアの歓迎の席だ。ゆっくり食事を楽しんでくれ」


(……随分と、らしくないことを)


 父の口から“歓迎”なんて言葉が出るとは思わなかった。

 そんな気の利いた演出をする人じゃない。


(……いや、これは“歓迎”じゃなくて――“見定めだ”)


 運ばれてきた料理を見て、すぐに察した。

 生ハムとメロン、ロブスターのテルミドール、骨付き鶏肉のコンフィ。

 デザートにはババロア。いずれも高級だが、食べにくいものばかりだ。

 この場でノアのマナーを試すつもりなのだろう。

 品格、教養、振る舞い……公爵家の後継者として相応しいかどうかを見極めるために。


 けれど――父の思惑は、あっさりと裏切られた。

 ノアの所作には、一分の隙もなかった。

 ナイフを取る手つき、フォークの角度、料理を口へ運ぶまでの動作――どれをとっても洗練されていて、教本のように正確だった。


(ルーク様が食べようとしたら……メロン、きっとつるんって滑るんだろうな)


 ふと浮かんだ光景に、思わず口元が緩みそうになる。

 今もなお、必死に頑張ってるだろう彼のことを考えると微笑ましい。


(あとで、手紙を書いてみようかしら……)


 そんなことを考えているうちに、食事は滞りなく終わりを迎えた。


「ノアは明日からリネットの席に座りなさい。リネットは左席へ移るように」


 彼は、余程お父様のお気に召したらしい。

 それぞれ礼を述べ、席を立つ。重苦しい空気の晩餐会が、ようやく終わりを迎えた。


***


 「はぁ……美味しかったはずなのに、食べた気がしないわ」


 部屋に戻り、私はため息をついた。

 昼間にルーク様と食べた簡素な料理のほうが、何倍も美味しかった。

 ――きっと、食事の味を決めるのは“誰と食べるか”なのだ。


「あ、そうだ。ルーク様にお手紙を……あら」


 机の上に、一通の手紙が置かれていた。

 封蝋は、少し斜めに押された王家の印章。

 不器用で、それでも一生懸命な“彼”の姿が思い浮かぶ。


《リネット様へ

 お変わりありませんか? 僕は今日の夕食で、桃のカプレーゼをいただきました。

 リネット様に教わった、テーブルマナーと食器の使い方を意識してみました。

 ……でも、桃が滑ってうまく切れず、転がってしまいました。

 もっと練習します。今度会うときには、うまくできるように。

 鍛錬も頑張っています。今日はいつもより長く続けられました。

 ライアンにも褒められて、ちょっとだけ……嬉しかったです。》


 思わず笑みが漏れる。

 たどたどしいけれど、丁寧に綴られた文字。

 素直でまっすぐな言葉に、読んでいるだけで、胸があたたかくなった。


 私は筆をとり、返事を書いた。


《ルーク様へ

 それは立派な進歩ですね。お食事の件は残念ですが、鍛錬を長く続けられたのは素晴らしいことです。

 無理だけはしないようにしてくださいね。あなたの努力は、きちんと届いています。

 しばらく会えませんが……この文通で、あなたの努力と気持ちを、ずっと感じていたいと思っています。》


 手紙を書き終えると、私は封を閉じた。

 遠く離れていても、彼の姿はすぐそばにある気がした。

 ルーク様が頑張っているなら、私も頑張らなくちゃいけない。


(今は離れていても……ちゃんと見てますからね、ルーク様)


 彼の温かい文章が、私の心までも温かく灯してくれた。

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