第104話 星導の誓い――グレンの決断
いつも読んでいただきありがとうございます。帝国との全面衝突を目前に、王都では外交戦が、そして王国西北では一人の男の苦悩と決断が静かに進んでいました。反逆者として生き延びるか、誇りを賭して全てを背負うか。グレンが選んだ「星導の誓い」が、戦局と運命を大きく揺り動かしていきます。
カルヴァリア峡谷に、戦いの火蓋が切って落とされようとしていた――その二日前。王都アストルムの王宮では、緊急の外交会議が開かれていた。
「陛下、カルザン帝国が大陸全土に向けて正式な声明を発表しました」
「『ミルウェン王国はノルレア自由都市群に内政干渉を試み、混乱を引き起こした。帝国は正義と秩序を守るため、これを阻止する』……馬鹿な」
ラファエルが書状を読み上げると、会議室にどよめきが広がった。
「事実がどうであれ、帝国の情報網は強力です。すでに、この虚偽の情報は大陸中に広まっているでしょう」
「他国の反応は?」
国王の問いに、エルドリッジが答える。
「ヴァルグリア騎馬連邦は我が国を支持すると表明しています。しかしルミナ・セレスティア聖王国は『静観』の構え。ザガリア砂海合議国に至っては、帝国寄りの姿勢を見せ始めています」
その時、アルマ侯爵が静かに口を開いた。
「陛下、今は外交努力を続けることが最優先です。星辰魔導騎士団が国境を守っている間に、我々は他国に真実を伝えねばなりません」
「その通りだ。エルドリッジ、各国に親書を送れ。我が国の正当性を、丁寧に、そして明確に伝えるのだ」
「承知いたしました」
一方その頃――ミルウェン王国西北部、クライン公爵家の領地。かつて栄華を誇った居城は、今や静寂に包まれていた。
「グレン様、お休みください。無理をなさっては……」
側近の騎士が声をかけるが、グレンは首を横に振る。
「いや、休んでいる暇はない。討伐軍が来る前に、軍を再編しなければ」
深くため息をつく。彼のもとには侯爵軍、第一・第三騎士団、そしてアグニア伯爵家の私兵が従っているが、それでも総勢は一万二千。対する国王軍は五万を超える。
「勝てるわけがない……」
グレンは自嘲気味に呟いた。
「では、なぜ降伏しないのですか?」
側近の問いに、彼は苦く笑う。
「降伏すれば私は処刑される。そして、ここにいる者たちも反逆者として糾弾されるだろう。我が家に従ってくれた騎士たちを、そんな目に遭わせるわけにはいかない」
「ですが……」
「わかっている。破滅への道だと、わかっているんだ」
グレンは拳を握りしめた。その時、伝令が駆け込んできた。
「グレン様! カルザン帝国がノルレア連合国を平定し、我が国に宣戦布告を! 王都より辺境伯軍と星辰魔導騎士団を中心に約一万二千が帝国侵攻の防衛に当たる模様です!」
「何だと……!?」
グレンの目が、わずかに見開かれる。そして、彼の脳裏にある考えが浮かんだ。
「……帝国に加担すれば、あるいは」
側近が、驚いたように主君を見つめる。
「グレン様、まさか……」
「帝国と手を組めば、我々は『帝国軍の一部』として認められる。国王軍も、迂闊には手を出せまい」
地図を広げ、彼は指先で東を指した。
「軍を東へ向ける。星辰魔導騎士団の背後を突けば、帝国は我々を歓迎するだろう」
「承知しました」
夜。執務室に集う幹部たちを前に、グレンは言った。
「明日の夜明けと共に出陣する。星辰魔導騎士団の背後を突き、帝国軍と合流する」
グレンの言葉に、騎士たちが頷く。だがその表情は一様に暗い。
「グレン様……帝国と手を組むのは、王国への完全な反逆です。それは……」
第一騎士団の副団長が、言葉を濁す。グレンはその言葉の続きを察した。
「裏切り者になる、と言いたいのか」
「……はい」
重い沈黙が、部屋を支配する。グレンは、ゆっくりと立ち上がった。
「父の罪は覆せない。だが、我が家に従う者たちを無駄死にさせるわけにはいかない。帝国と手を組むことで生き延びる――それが今の私にできる唯一の選択だ」
「グレン様……」
「帝国と手を組むことで、我々は生き延びることができる。それが、今の私にできる唯一の選択だ」
グレンの声には、強い決意が込められていた。だが、その瞳の奥には、深い苦悩が滲んでいる。側近の一人が恐る恐る口を開いた。
「グレン様、ですが……帝国を本当に信用できるのでしょうか? 彼らは、我々を利用するだけ利用して、用が済めば切り捨てるのでは……」
「……その可能性は、ある」
グレンは率直に認めた。
「だが、今の我々に、他の選択肢はない。国王軍と戦えば、確実に全滅する。帝国に賭けるしかないんだ」
会議が終わり、側近たちが部屋を出ていく。最後に残ったのは、グレンの幼少期から仕えている老騎士、バルトロメウだった。
「グレン様、よろしいですか」
「何だ、バルトロメウ」
「あなたは、本当に帝国に加担するおつもりなのですか?」
その問いに、グレンは振り返った。
「……何が言いたい」
「私はあなたが生まれた時から、ずっとお側にいました。あなたの心の内は誰よりもわかっているつもりです」
老騎士は、静かに続ける。
「グレン様。あなたは帝国を信用していない。私はそれを知っています」
「父は王国を裏切った。その息子である私に誇りなど語る資格があるのか?」
「確かに王都より落ち延びる前のあなた様であればとても資格があるとは言えますまい。しかし今のあなた様であれば私はあると思います。今のあなたは小さい時の、クライン公爵家歴代の中でも俊英と言われていた頃の才覚を見せています。罪を背負いながらも、部下を守ろうとしている。それが騎士の誇りです」
「……バルトロメウ」
グレンの目がわずかに揺れる。老騎士は膝をついた。
「グレン様。私はあなたがどのような決断をされても、最後までお従いします。なのでどうか……あなた自身の信じる道を進んでください」
「私自身の、信じる道……」
グレンは、窓の外を見つめた。夜空には、無数の星が輝いている。
「星辰信仰の教えでは、星々は人々を正しい道へと導くという。だが、私にはその導きが見えない」
「グレン様……」
「いや、わかっている。私が進むべき道は自分で決めなければならないんだ」
グレンは、決意を込めて拳を握った。
「バルトロメウ、私は……帝国に加担する。だが、それは表向きの話だ」
「と、いうことは……」
「星辰魔導騎士団の背後を突くと見せかけて、実際には……」
グレンが、地図上のある一点を指差す。その場所は、帝国軍の補給線だった。
「帝国の補給線を断つ。そうすれば、帝国軍は前線を維持できなくなる」
「なるほど……ですが、それは極めて危険です。帝国に気づかれれば……」
「私は、処刑されるだろう。そしてうまくいったっとしても私は王国に反逆罪でとらえられ、おそらくは処刑される。だが、それでいい。反乱の責を私が負い、王国を救った功績によりここまでついてきてくれた家臣や侯爵、第一・第三騎士団、そしてアグニア伯爵の者たちには寛大な処分が下されるだろう」
グレンの瞳に、強い光が宿る。
「父の罪は、私が償う。だが王国を守ることで償うんだ。それが私に残された唯一の誇りだ」
バルトロメウは、深く頭を下げた。
「……かしこまりました。この老骨、最後まであなたにお従いします」
「ありがとう、バルトロメウ。だが、このことは誰にも話すな。部下たちには、帝国に加担すると信じさせておく。そうでなければ計画が露見する」
「承知しました」
老騎士が部屋を出ていく。一人残されたグレンは再び夜空を見上げた。
「ノヴァ……君が父を止めてくれたからこそ、私は自分の道を選ぶことができる。だから……私も、君を助けよう」
グレンは、剣を手に取った。その刃には星明りが映り込んでいる。
「星辰の神々よ。どうか、私の決断が正しいものでありますように」
彼の祈りは、静かに、しかし強く、夜空へと昇っていった。翌朝、グレン率いる一万二千の軍勢が、東へと向けて進軍を開始した。その姿を見送る民たちは、複雑な表情を浮かべていた。
「グレン様は、帝国に寝返るのか……」
噂は、瞬く間に広がっていく。だが、グレンの真意を知る者は、誰もいなかった。ただ一人、老騎士バルトロメウだけがその背中を静かに見守っていた。
「グレン様……どうか、ご無事で」
彼の祈りもまた、星々へと届いていく。運命の歯車が再び動き始めた。
グレンの軍勢が東へ向かう中、王都アストルムでは、国王ラファエルとエルドリッジ公爵が、外交文書の作成に追われていた。
「陛下、ルミナ・セレスティア聖王国への親書は、このような内容でよろしいでしょうか」
エルドリッジが、羊皮紙を差し出す。
「『我が国は、ノルレア自由都市群の混乱を最小限に抑えるため、人道的見地から行動した。帝国の主張は、事実を歪めた虚偽である』……うむ、これで良い」
その時、扉が勢いよく開かれた。
「陛下! 大変です!」
息を切らした伝令が飛び込んでくる。
「クライン公爵家の遺児、グレン・フォン・クラインが、一万二千の軍勢を率いて東へ向かっています!」
「何だと……!?」
国王の表情が、険しくなる。
「目的地は?」
「おそらく、カルヴァリア峡谷です。星辰魔導騎士団の背後を突くものと思われます」
「くっ……帝国に加担するつもりか!」
ラファエルが、拳で机を叩く。だが、エルドリッジは冷静だった。
「陛下、落ち着いてください。もし、彼が本当に帝国に加担するつもりなら、もっと早く動いていたはずです。なぜ今なのか。そこには何かがある」
「……お前の読みは、当たることが多い。では、どうする?」
「まずは、ノヴァに連絡を。グレンの動きを伝え、警戒を促します。」
国王が頷く。その時、アルマ侯爵が部屋に入ってきた。
「陛下、ヴァルグリア騎馬連邦から、正式な支持表明が届きました」
「おお、それは朗報だ」
「しかし、ルミナ・セレスティア聖王国は、依然として静観の構えです。彼らは、帝国との関係も重視しているため、我が国だけを支持することはできないと」
「……やはり、か」
ラファエルが、深くため息をつく。
「エルドリッジ、我が国は今、四面楚歌だな」
「いえ、陛下。まだ希望はあります」
エルドリッジが、地図を広げる。
「ノヴァたちが国境を守っている限り、我が国は持ちこたえられます。そして、時間が経てば経つほど、帝国の虚偽は明らかになるでしょう」
「だが、それまでにノヴァたちが……」
「彼らを信じましょう。彼らは、星辰魔導騎士団です。王国最強の騎士団なのですから」
その頃、カルヴァリア峡谷では――ノヴァたちが、最終的な防衛線の構築を進めていた。
「ノヴァ、付与魔法具の設置が完了した」
ユーリが報告する。
「よし。では、最後の確認を。レオンハルト、第五騎士団の配置は?」
「第一隘路に展開済み。サウスウォール侯爵軍も、第二隘路に到着した」
「グロリアス辺境伯軍は?」
「予備戦力として、後方で待機している」
レオンハルトの報告に、ノヴァが頷く。
その時、伝令が駆け込んできた。
「ノヴァ団長! 王都から緊急の連絡です!」
「何だ?」
「クライン公爵家の遺児、グレンが一万二千の軍勢を率いて、こちらへ向かっています!」
「何だと……!?」
ノヴァの目が、わずかに見開かれる。
「帝国に加担するつもりか……」
「おそらく、我々の背後を突くものと思われます」
「くそっ、厄介なことになったな」
ユーリが舌打ちする。だが、ノヴァは冷静だった。
「この今更の動き……。グレンはきっと何か考えがある。彼の動きを注視しよう」
「……わかった。お前がそう言うなら」
ユーリが肩をすくめる。
その言葉に、仲間たちが頷く。夜空には、無数の星が輝いていた。その光は、まるでノヴァたちを導くかのように優しく、そして強く、輝き続けていた。運命の戦いが、今、始まろうとしていた。
表舞台の戦争とは異なる場所で進む、グレンの覚悟と自己犠牲を描きました。裏切りと見える行動の裏にある真意、そして星辰魔導騎士団と王国の未来が、静かに交差し始めます。彼の選択がどのような結末を迎えるのか、今後の展開にもぜひご注目ください。
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