第103話 帝国の宣戦布告
いつも及びいただきありがとうございます。反乱鎮圧から束の間の静寂を破り、ついに帝国からの宣戦布告が突き付けられます。疲弊した王国に迫る二正面の危機。その中で、ノヴァは再び最前線に立つ覚悟を決めました。国境で始まろうとする決戦の幕開けを、どうぞ最後までお楽しみください。
クライン公爵の反乱鎮圧からわずか四日。ノヴァたちがノルレア自由都市群から帰還したのは、その日の明け方のことだった。
「星辰魔導騎士団 団長、ノヴァ・ヴァルシュタインただいま帰還いたしました」
ノヴァの声は疲労を隠しきれない。だが、その瞳には強い決意が宿っている。彼の傍らには、救出に成功したギデオン、そしてゼオンとリリアが控えていた。
「よくぞ戻った」
国王ラファエルの声には、安堵と労いが滲んでいた。
「ギデオン・バルドゥスを救出し、さらにノルレアでの混乱も最小限に抑えたと聞いている。見事な働きだ」
「恐縮です、陛下。しかし、事態は予想以上に深刻です」
ノヴァは懐から、ノルレアで入手した密書の束を取り出した。
「カルザン帝国は、ノルレア侵攻の際にクライン公爵関与の証拠を意図的に収取しています。おそらく、侵攻の正当性を主張するための工作かと」
「……やはり、な」
宰相エルドリッジが扇子を閉じた。その鋭い眼光が、密書を見つめる。
「我々の諜報網も、帝国の不穏な動きを察知していた。だが、まさかここまで大胆に動くとは」
「グレン討伐はどうなりますか?」
レオンハルトが尋ねる。その問いに、国王は頷いた。
「グレンはクライン公爵家の残党を率い、西北の山岳地帯に逃げ込んだ。だが、放置するわけにはいかん。ヴァイスブルク侯爵を総指揮官、第七騎士団長マーカスを副官として討伐軍を編成する」
「では、我々は……」
ノヴァが言いかけた時、会議室の扉が勢いよく開かれた。
「陛下! 大変です!」
息を切らした伝令が飛び込んでくる。その手には、黒い封蝋の施された書状が握られていた。
「カルザン帝国から、正式な宣戦布告が届きました!」
会議室が、一瞬にして凍りついた。
「何だと……!?」
国王が書状を受け取り、封を切る。その表情が、次第に険しくなっていく。
「『ノルレア自由都市群における混乱は、ミルウェン王国の策略によるものである。帝国は、正義と秩序を守るため、王国に対し宣戦を布告する』……馬鹿な!」
ヴァイスブルク侯爵が憤りを隠さない。
「これは完全な言いがかりだ! 我々は、ノルレアの混乱を最小限に抑えるために動いたのだぞ!」
「帝国は、我々が弱体化したこの機を狙っている」
宰相の冷静な分析が、場の空気をさらに重くした。
「反乱の鎮圧で疲弊した上に、我々は二正面作戦を強いられることになる」
「では、グレン討伐は中止に……?」
グロリアス辺境伯の問いに、国王は首を横に振った。
「いや、グレンも放置できん。だが……」
国王の視線が、ノヴァへと向けられた。
「ノヴァ、君に頼みたいことがある」
「はい、陛下」
「帝国軍の侵攻に対応してほしい。グロリアス辺境伯と共に、国境防衛の指揮を執ってくれ」
ノヴァの目が、わずかに見開かれる。だが、すぐに覚悟を決めた表情になった。
「承知いたしました」
「降伏してきた第五騎士団と、サウスウォール侯爵軍を君の指揮下に置く。総指揮官は辺境伯だが、戦術面では君の裁量に任せる」
「陛下、星辰魔導騎士団を休む間もなく戦場へ?」
アルマ侯爵が心配そうに声を上げる。だが、ノヴァは静かに微笑んだ。
「戦いは、僕たちの都合を待ってはくれませんので。行こう、みんな」
星辰魔導騎士団のメンバーが、決意を込めて頷く。王都の平和は束の間のものだった。彼らの戦いは、まだ終わらない。王都から国境へと向かう街道を、星辰魔導騎士団の馬車が疾走していた。ノヴァが施した付与魔法により、通常なら四日かかる行程を、わずか二日で踏破できる速度だ。
「なあ、ノヴァ」
ユーリが馬車の揺れに身を任せながら、ぼやいた。
「俺たち、王都奪還してから休んでないよな。ギデオン救出に行って、帰ってきたらすぐ国境って……まじでブラック騎士団じゃね?」
「ユーリさんがそんな弱音を吐くなんて珍しいですわね」
セシリアが苦笑する。だが、その表情にも疲労の色は隠せない。
「弱音じゃねーよ。事実を述べてるだけだ。なあ、レオンハルト」
「……確かに、過酷な日程だとは思う」
レオンハルトが冷静に答える。
「だが、我々が動かなければ、帝国軍は国境を突破する。それだけは阻止しなければならない」
「わかってるって。だからこうして馬車に乗ってんだろ」
ユーリが肩をすくめる。その時、カイルが治癒魔法を込めた水筒を差し出した。
「みんな、これを飲んで。少しは疲労が和らぐはずだよ」
「さすがカイル、気が利くな」
ユーリが水筒を受け取り、一口飲む。すると、体に温かな力が染み渡った。
「おお、すげえ。体が軽くなった気がする」
「治癒魔法に、精霊郷で学んだ精霊の力を込めたんだ。魔力の回復も促進されるはず」
「カイル、君の成長も目覚ましいな」
ノヴァが微笑む。だが、その表情はすぐに真剣なものへと変わった。
「みんな、状況を整理しよう」
ノヴァが地図を広げる。それを囲むように、メンバーが集まった。
「カルザン帝国は、ノルレアを侵攻した後、そのまま我が国への侵攻を開始した。帝国軍の規模は、およそ十万。対する我々は……」
「第五騎士団が約三千、サウスウォール侯爵軍が五千、グロリアス辺境伯軍が四千。合計一万二千……圧倒的に不利ですわね」
セレスティアが腕を組む。
「兵力差は約八倍か。まともに戦えば、勝ち目はない」
レオンハルトの分析に、一同が沈黙する。だが、ノヴァは首を横に振った。
「いや、勝機はある」
「どういうことだ?」
ロバートが尋ねる。ノヴァは地図上の国境付近を指差した。
「国境には、カルヴァリア峡谷という天然の要塞がある。この峡谷は幅が狭く、大軍が一度に通過できない。つまり、帝国軍の数的優位を無効化できる」
「なるほど……峡谷で敵を食い止め、各個撃破するということですか」
ジェイソンが頷く。
「その通りだ。だが、問題がある」
ノヴァの表情が曇る。
「帝国軍には、ゼノン・クロフトがいる。彼の闇魔法は強力になっている可能性が高い」
「あの、闇の魔族を召喚した男……」
セレスティアが忌々しげに呟く。
「ゼノンが何を企んでいるのか、まだ分からない。帝国軍の援助も得ているとなると……」
「つまり、帝国軍の一部は、闇に侵された兵士である可能性があるということか」
レオンハルトの言葉に、ノヴァが頷く。
「ああ。だからこそ、我々は慎重に戦わなければならない。無闇に命を奪うのではなく、闇から解放することを優先する」
「でも、どうやって? 闇魔法を浄化するにしても浄化の力はノヴァだけよ」
セシリアが不安そうに尋ねる。その時、馬車の後方から声がかかった。
「それなら、俺たちが手伝おう」
振り返ると、ギデオン、ゼオン、リリアの三人が立っていた。
「ギデオン団長!」
「俺は、ゼノンの闇魔法に囚われていた。だが、ノヴァの光に救われた」
ギデオンが剣を抜く。その刃には、かすかに光が宿っている。
「この剣に、ノヴァが浄化の付与魔法が刻んでくれれば。闇に侵された者を、元に戻すことができる」
「なるほど、それは心強い」
ノヴァが微笑む。
「ギデオン団長、ゼオン、リリア。君たちの力を貸してほしい」
「当然だ。俺たちは、ノヴァに恩がある。それに……」
ギデオンの目が、遠くを見つめる。
「ノルレアの民を、帝国の支配から解放しなければならない。それが、俺の使命だ」
「わかった。では、作戦を立てよう」
ノヴァが再び地図を広げる。
「カルヴァリア峡谷には、いくつかの隘路がある。そこに、我々が開発した付与魔法具を設置し、敵の進軍を遅らせる」
「付与魔法具……ですか?」
セシリアが目を輝かせる。
「ああ。爆発系の属性爆弾と、敵の動きを鈍らせる重力制御の魔法具だ。これで、帝国軍の侵攻速度を大幅に落とせる」
「さすがノヴァ、抜け目ないな」
ユーリが感心したように言う。
「だが、それだけでは足りない。帝国軍の指揮官を討たなければ、彼らは何度でも攻めてくる」
レオンハルトの指摘に、ノヴァが頷いた。
「その通りだ。だから、僕たちは敵の本陣に潜入し、指揮官を無力化する」
「潜入……って、また危険な作戦を」
カイルが心配そうに言う。だが、ノヴァの決意は揺るがない。
「帝国軍の指揮官は、おそらくゼノンと共に動いている。彼を止めなければ、この戦いは終わらない」
「よし、決まりだな」
ギデオンが剣を鞘に収める。
「俺たちも、全力でサポートする。ノヴァ、お前の作戦を信じよう」
「ありがとう、ギデオン団長」
ノヴァが立ち上がる。その瞳には、強い決意が宿っていた。
「みんな、これから始まる戦いは、これまでで最も過酷なものになるだろう。だが、僕たちには守るべきものがある。王国の民、そして愛する人たちを守るため、全力で戦おう」
「おう!」
ユーリが拳を掲げ、一同がそれに続く。星辰魔導騎士団の士気は、最高潮に達していた。馬車は、国境へと駆け続ける。運命の戦いが、彼らを待っていた。国境に到着したノヴァたちを、エルネスト辺境伯が出迎えた。その表情は、いつになく厳しい。
「ノヴァ、よく来てくれた。状況は刻一刻と悪化している」
「辺境伯様、敵の配置は?」
「帝国軍は、カルヴァリア峡谷の東側に本陣を構えている。前衛部隊が約三万、後続が七万だ」
エルネストが指し示す地図には、赤い印が無数に打たれていた。
「三万……それでも我々の倍以上ですわね」
セレスティアが唇を噛む。
「だが、峡谷の地形を利用すれば、数の優位を相殺できる。問題は……」
エルネストの視線が、地図上の一点に注がれる。
「帝国軍の後方に、異様な魔力の波動を感じる。おそらく、ゼノンの仕業だ」
「やはり……」
ノヴァが目を閉じ、精霊たちに意識を向ける。すると、東方から悲鳴のような声が聞こえてきた。
「精霊たちが、苦しんでいる。ゼノンは、また闇魔法を使っている」
「くそっ、あいつは何を企んでいるんだ」
ユーリが苛立ちを隠さない。その時、第五騎士団の団長が進み出た。
「ノヴァ殿、我々第五騎士団は、先の反乱でクライン公爵に加担した罪人です。ですが、この戦いで汚名を返上させてください」
「団長……」
ノヴァが、その真摯な眼差しを見つめる。
「あなた方は、騙されていただけだ。罪を償いたいという気持ちがあるなら、それを行動で示してほしい」
「はっ! 必ずや、ご期待に応えます」
第五騎士団長が深く頭を下げる。その後ろには、三千の兵士たちが整列していた。
「サウスウォール侯爵軍も、準備は整っています」
侯爵家の副官が報告する。
「よし。では、作戦を開始する」
ノヴァが全軍に向けて声を上げた。
「これより、カルヴァリア峡谷防衛戦を開始する。我々の目的は、帝国軍の侵攻を阻止し、時間を稼ぐことだ。王都では、グレン討伐軍が編成されている。彼らが戻ってくるまで、この地を守り抜く」
「おおっ!」
兵士たちの士気が高まる。
「第五騎士団は、峡谷の第一隘路を守れ。サウスウォール侯爵軍は、第二隘路だ。グロリアス辺境伯軍は、予備戦力として後方に待機」
「星辰魔導騎士団は?」
レオンハルトが尋ねる。
「僕たちは、遊撃部隊として動く。行けるのなら敵の本陣に潜入し、ゼノンを止める」
「それしか方法はありませんものね。私も全力でサポートしますわ」
「ありがとう、セシリア」
ノヴァが微笑む。その時、遠くから角笛の音が響いた。
「敵が動き出した!」
見張りが叫ぶ。地平線の向こうから、黒い波のように帝国軍が押し寄せてくる。
「来たか……」
エルネストが剣を抜く。
「全軍、配置につけ!」
兵士たちが、それぞれの持ち場へと駆け出す。ノヴァは、仲間たちを見渡した。
「みんな、無理はするな。生きて帰ることが、最優先だ」
「ノヴァ、お前もな」
ユーリが肩を叩く。
「まあ、お前が死ぬとは思えないけど」
「ユーリさん、不吉なことを言わないでください」
セシリアが咎める。その軽口に、場の緊張が少しだけ和らいだ。
「よし、行こう。運命を切り開くために」
星辰魔導騎士団は、帝国軍との決戦へと向かう。彼らの戦いは、王国の命運を左右する。風が、彼の言葉を運んでいく。戦場に、静かな朝が訪れた。だが、その静寂は、嵐の前の静けさに過ぎなかった。カルヴァリア峡谷に、戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。帝国との全面戦争が避けられない中、数的不利を背負いながらも知略と絆で抗う戦いが始まります。カルヴァリア峡谷での防衛戦、そしてゼノンの思惑が今後どのように絡んでいくのか、引き続き見守っていただければ幸いです。
執筆の励みになりますので少しでも面白いと思われましたらブックマーク・高評価をお願いいたします。また次回の話でお会いしましょう。




