第100話 王都奪還の後
ここまでお読みいただきありがとうございます。今回は、王都奪還直後の混乱と、クライン公爵軍の崩壊、そして若き指揮官グレンの覚醒が描かれます。戦いが一段落したかに見える中で、物語は新たな局面へ進みます。ぜひ最後までお楽しみください。
夜明けが迫る薄紫色の空の下、王都の星辰大聖堂前は、静寂と戦いの残骸に覆われていた。昨夜の激戦の痕が、焦げた石壁や割れた道路として、広場に生々しく残っている。星辰魔導騎士団の面々、そしてその中心にいるノヴァは、石畳に膝をつき、国王ラファエル・リオン・アストレアの前に頭を垂れていた。
「ご苦労であった。ノヴァよ」
国王の声は穏やかでありながら、そこには深い感謝と、勝利をもたらした者への尊敬が満ちていた。その金色の瞳は、疲弊しきった騎士たちの顔を一人ひとり見つめている。
「陛下。王都の制圧は完了いたしました」
ノヴァは、その疲労を押し殺し、淡々と報告を続けた。
「敵の指揮官たちも拘束され、市民への危害も最小限に留めることができました」
しかし、その冷静な言葉の裏にある激闘の痕は、彼の瞳の奥に隠しきれない疲労として滲んでいた。その時、ノヴァの隣にいたレオンハルトが、軋む音を立てて身を起こした。彼の左腕に巻かれた白い包帯の下からは、わずかに血が滲んでいる。
「国王陛下」
レオンハルトは報告を急いだ。
「敵の残党は、王都西北のクライン公爵領へと撤退を開始しているとの報告があります。グレン・フォン・クラインが、約五千名の兵力を率いて……」
彼らの勝利は確定した。だが、まだ戦いは終わっていない。
同じ頃。王都西北の裏門付近、クライン公爵軍の本陣は、王都陥落とクライン公爵死亡の報によって、深い混乱の渦中にあった。グレンは朝方にガラスの割れるような感覚を覚え目を覚ました。そして訃報がもたらされた。
「父上は本当に亡くなられたのか!?」
グレンは、顔を蒼白にして叫んだ。彼の周りの将兵たちは、士気を失い、ただ狼狽するばかりだった。その混乱を切り裂くように、馬蹄の音が響き渡る。泥にまみれた一頭の馬が全速力で駆け込み、その上の伝令兵が飛び降りるやいなや、膝をついてグレンに頭を下げた。
「緊急報告!」
伝令兵は、息も絶え絶えに告げる。
「お味方貴族連合、戦意崩壊。敵方に降伏をしております。第5騎士団、サウスウォール侯爵軍も同様の動きをしています!」
裏切り。いや、それは裏切りと呼ぶにはあまりに現実的で冷酷な選択だった。
「裏切ったな。いや、裏切ったというよりは……生き残るために選択したという事か」
グレンは虚ろにつぶやいた。彼のそばに控える将校たちは、憤怒と非難を吐き捨てる。
「公爵様に今までさんざん援助をしてもらいながら裏切るとは!恩をあだで返すとはどういうことか!」
側近たちの喧騒が渦巻く中、グレンの視線は眼下の混乱した部隊へと向けられていた。今まで彼の内奥を覆っていた暗い何かは弾け飛び、思考は驚くほど澄みわたっている。かつてないほど冷徹な表情で、乱れた隊列を見下ろしていた。
ここに至るまで、彼はただの傲慢で世間知らずな若き貴族にすぎなかった。しかし、王都陥落という現実、敬愛する父の死、頼り切っていた部隊の崩壊。そして、遠方から迫るノヴァたちの研ぎ澄まされた魔力を肌で感じた瞬間――その全てが、彼の中に眠っていた何かを呼び覚ました。霧が晴れるように意識が開け、巨大な戦場の立体模型が頭の中に鮮明に組み上がっていく。
戦術の天才としての本能が、いま、覚醒したのだ。
「しずまれ 夜明けが迫る薄紫色の空の下、王都の星辰大聖堂前は、静寂と戦いの残骸に覆われていた。昨夜の激戦の痕が、焦げた石壁や割れた道路として、広場に生々しく残っている。星辰魔導騎士団の面々、そしてその中心にいるノヴァは、石畳に膝をつき、国王ラファエル・リオン・アストレアの前に頭を垂れていた。
「ご苦労であった。ノヴァよ」
国王の声は穏やかでありながら、そこには深い感謝と、勝利をもたらした者への尊敬が満ちていた。その金色の瞳は、疲弊しきった騎士たちの顔を一人ひとり見つめている。
「陛下。王都の制圧は完了いたしました」
ノヴァは、その疲労を押し殺し、淡々と報告を続けた。
「敵の指揮官たちも拘束され、市民への危害も最小限に留めることができました」
しかし、その冷静な言葉の裏にある激闘の痕は、彼の瞳の奥に隠しきれない疲労として滲んでいた。その時、ノヴァの隣にいたレオンハルトが、軋む音を立てて身を起こした。彼の左腕に巻かれた白い包帯の下からは、わずかに血が滲んでいる。
「国王陛下」
レオンハルトは報告を急いだ。
「敵の残党は、王都西北のクライン公爵領へと撤退を開始しているとの報告があります。グレン・フォン・クラインが、約五千名の兵力を率いて……」
彼らの勝利は確定した。だが、まだ戦いは終わっていない。
同じ頃。王都西北の裏門付近、クライン公爵軍の本陣は、王都陥落とクライン公爵死亡の報によって、深い混乱の渦中にあった。グレンは朝方にガラスの割れるような感覚を覚え目を覚ました。そして訃報がもたらされた。
「父上は本当に亡くなられたのか!?」
グレンは、顔を蒼白にして叫んだ。彼の周りの将兵たちは、士気を失い、ただ狼狽するばかりだった。その混乱を切り裂くように、馬蹄の音が響き渡る。泥にまみれた一頭の馬が全速力で駆け込み、その上の伝令兵が飛び降りるやいなや、膝をついてグレンに頭を下げた。
「緊急報告!」
伝令兵は、息も絶え絶えに告げる。
「お味方貴族連合、戦意崩壊。敵方に降伏をしております。第5騎士団、サウスウォール侯爵軍も同様の動きをしています!」
裏切り。いや、それは裏切りと呼ぶにはあまりに現実的で冷酷な選択だった。
「裏切ったな。いや、裏切ったというよりは……生き残るために選択したという事か」
グレンは虚ろにつぶやいた。彼のそばに控える将校たちは、憤怒と非難を吐き捨てる。
「公爵様に今までさんざん援助をしてもらいながら裏切るとは!恩をあだで返すとはどういうことか!」
側近たちの喧騒が渦巻く中、グレンの視線は眼下の混乱した部隊へと向けられていた。今まで彼の内奥を覆っていた暗い何かは弾け飛び、思考は驚くほど澄みわたっている。かつてないほど冷徹な表情で、乱れた隊列を見下ろしていた。
ここに至るまで、彼はただの傲慢で世間知らずな若き貴族にすぎなかった。しかし、王都陥落という現実、敬愛する父の死、頼り切っていた部隊の崩壊。そして、遠方から迫るノヴァたちの研ぎ澄まされた魔力を肌で感じた瞬間――その全てが、彼の中に眠っていた何かを呼び覚ました。霧が晴れるように意識が開け、巨大な戦場の立体模型が頭の中に鮮明に組み上がっていく。
戦術の天才としての本能が、いま、覚醒したのだ。
「静まれ、慌てるな!」
グレンの声は昨夜までの軽薄な甲高さとはまるで違い、低く冷たい響きを持っていた。
「アグニア伯爵隊を先鋒に、地形が最も狭まる地点を突破させろ。第一・第三騎士団は後衛に回し、隊列を乱すな。あそこを抜けられなければ、我々は袋のネズミとなるぞ!」
地図は不要だった。彼の視線は、頭の中に鮮明に浮かぶ戦況図を自由に滑走していた。
「右翼を固める魔術師団!」
彼の声が、鋭く指示を飛ばす。
「魔力残滓を最大限に利用し、追撃側の魔導士団の感覚を麻痺させろ」
続けて左翼へ。
「撤退路の両側、樹木が密集する箇所に火を放ち、煙幕とせよ。ただし、風向きを計算しろ!」
全てが緻密に計算された指示が、矢継ぎ早に繰り出される。彼の側に控える古参の将校たちは、昨日まで彼を馬鹿にしていた。だが今はその完璧な指示に驚愕で言葉を失っている。
「公子様。なぜ、ここまで完璧に……」
一人の将校が震えながら尋ねた。グレンは、冷酷な目で彼を一瞥した。
「黙れ。愚かな」
彼は遠い王都の方向を一瞥した。
「ここまで崩壊した状況で、完璧に撤退できるわけがない。だが、完璧に見せかけることはできる」
その言葉は、まるで何年も戦場で生き抜いてきた百戦錬磨の将軍のそれだった。
「奴らはこの撤退を完璧だと評価し、追撃をためらうだろう。追撃すれば我が軍の罠と統制された反撃で、損害を出すことを恐れる。王都を制圧したばかりの王家には、それが最も嫌な選択肢だ。我々は奴らの『油断』を買うのだ」
グレン・フォン・クラインは、一晩にして『覚醒』した。彼の目的は、王位簒奪という私的な欲望から、家臣や味方の兵とともに生き残るための冷酷な戦術家へと変貌していた。
戦いの火種は、まだ消えていない……。
「クライン公爵軍が撤退!アグニア伯爵軍、そして第1、第3騎士団合わせて約1万を超す人員を引き連れ、王都西北への撤退を開始いたしました。その指揮はグレン・フォン・クラインが……」
伝令兵が言葉を切った。その表情に驚愕が走っていた。
「その指揮は、歴戦の将軍にも引け目を取らぬほど見事です。敵軍は完全な統制を保ったまま、クライン公爵領地方面へ向かっております」
ノヴァは眉を寄せた。情報が示すのは、グレンという存在の予想外の成長だった。
「しかし敵の動きはそれだけではございません」
伝令兵が続ける。その声は、さらに緊迫していた。
「貴族連合軍と第5騎士団、そしてサウスウォール侯爵軍は、王都陥落の報を受け、グレン・フォン・クラインを見限りわが軍に投降いたしました」
沈黙が広場を支配する。セレスティアが息を呑んだ。
「裏切った……?」
「ああ。戦局が決すれば、風見鶏どもは風向きを変える。よくある話だ」
ギュンター卿が、静かに呟く。その表情は、戦場で何度も見てきた光景の繰り返しを示していた。
「陛下。今は辺境伯を支援し、敵の完全な殲滅を……」
エルドリッジ宰相が進言する。しかし、国王は首を振った。
「いや。追撃は避けるべきだろう。グレンの撤退指揮は完璧に近い。無理な追撃は、むしろ我が軍に被害をもたらすだろう。クライン公爵領への進軍準備は整えよ。ただし、その前に戦略が必要だ」
国王の視線がノヴァに向かう。
「ノヴァよ。汝の考えを示してくれ」
ノヴァは目を閉じた。今の置かれた状況を頭の中で整理する。精霊の動きを感知し、それらの情報から感じ取れるのは、混乱と、そして……恐怖だ。
「陛下。クライン公爵の残党討伐より気になる動きがあります。これまでと異なる魔力の流れが、大陸の東部から感知されます」
ノヴァが目を開く。
「カルザン帝国の動きです。今回の動きをクライン公爵への援軍ととらえるには、あまりにも早計でしょう。もともとカルザン帝国としては、今回の件でクライン公爵が国を手に入れたとしても、うまみは少ないのです。」
ノヴァの言葉は広場に集う全員の意識を、内戦の疲弊から、遥か東方の巨大な脅威へと引き戻した。
「カルザン帝国……」
国王ラファエルの声に、鋭い警戒の色が滲んだ。
「どのように考えるか。ノヴァよおぬしが考える流れを説明せよ。」
ノヴァは、その銀色の瞳に、見えない魔力の奔流を映しているかのように、一点を見つめて答えた。
「ノルレア自由都市群への侵攻はクライン公爵の反乱を援護するものではあるでしょうが、おそらくはカルザン帝国は反乱が成功しても、しなくてもどちらでもよかったのでしょう。本当の狙いは、ノルレア自由都市群にミルウェン王国が援軍を派兵しないよう、封じ込めることにあったのです。」
ノヴァは言葉を選んだ。彼の知識に現在の状況を当てはめる。ただの軍事行動ではない、より根源的な危機を示唆していた。国王ラファエルは、ノヴァの緊張感あふれる言葉に、静かに目を見開いた。
「どういうことだ。カルザン帝国が、クライン公爵の反乱を支援した、というだけでは説明がつかない、と?」
「はい。クライン公爵は、王位簒奪を目的としていたでしょう。しかし、カルザン帝国の真の目的はクライン公爵の野心とは、次元が違うと考えます」
ノヴァは、夜明け前の空気に、冷徹な仮説を突き立てた。
「カルザン帝国の狙いは、我が国を戦場とし古代の超兵器使用、あるいは禁忌の術を、クライン公爵の軍勢を『触媒』として起動させることです。そしてその兵器は、我が国だけでなく、大陸全体を脅かすものとなるでしょう」
「『触媒』……?」
セレスティアが、青ざめた表情で呟いた。
「王都に攻め入った最後、クライン公爵は黒龍とでもいうべき魔物に理性を失いかけ変化していました。それを考えればグレンも同じようになっていてもおかしくない。しかし奴の撤退指揮は、教科書のお手本になるくらいに理的で完璧。おそらくはグレンは、闇の支配下から何かの理由で抜け出したと考えます。」
ノヴァは国王に向かって深く頭を下げた。
「陛下。我々はクライン公爵軍の追撃に時間を費やすべきではありません。追撃はかえってグレンの撤退を妨げ、彼らを理性を失った暴徒に変えてしまうでしょう。それは、カルザン帝国の望むところです」
「では、どうするのだ。このまま領地に戻り力を蓄えるのを指をくわえて待ってろとでもいうのか?」
レオンハルトの憤懣が、広場に響いた。
「いいえ」
ノヴァは、顔を上げた。その瞳に、星辰魔導騎士団団長としての、究極の判断が光った。
「星辰魔導騎士団は、直ちに東のノルレア自由都市群へ急行します。敵の秘密兵器を断つ。カルザン帝国が仕掛けた『罠』を、こちら側から叩き潰すのです。グレンの軍勢が領地へ到着する前に、です」
「しかし、ノヴァ。それは、王都の守りを手薄にするだけでなく、カルザン帝国との武力衝突を意味するぞ。外交的な懸念は……」
エルドリッジ宰相が、慌てて進言する。国王ラファエルは、静かに手を上げた。そして、ノヴァの目を見つめたまま、決意を口にした。
「エルドリッジ。外交も、国境も、国がなければ意味をなさない。ノヴァ。貴公の判断を信じよう。グレンの追撃は、第2騎士団に少数を陽動として任せる。主力は王都の再建と防衛に当たる」
国王は、強く命じた。
「ノヴァ・アークトゥルス。星辰魔導騎士団を率いて、ノルレア自由都市群へ急げ。カルザン帝国の真の目的を暴き、大陸を救え。」
「御意! 必ずや、陛下の信任に応えてご覧に入れます。」
ノヴァは一瞬の迷いもなく、仲間たちに振り返った。夜明けの光が、今まさに広場を照らし始めようとしていた。彼らの疲弊した顔は、新たな、そして遥かに危険な使命感によって、強く引き締められていた。
今回もお読みいただきありがとうございました。王都奪還は成りましたが、グレンの覚醒により戦局はむしろ不穏さを増しています。次回は、ノヴァたちが迫る新たな脅威へどう向き合うのかが焦点となります。更新の励みになりますので、ブックマークや評価をいただけると嬉しいです。




