『天才魔術師』は気付かされる 4
ハインリがライオネルと出会ったのは十二歳のとき、王立魔法学園に入学した日だった。
同世代には王族や高位貴族の令息令嬢もいたが、王立魔法学園は完全な実力主義ということで、代表の挨拶をしたのはライオネルだった。
魔術師のエリート家系の出とはいえ、爵位を賜っていないライオネルが堂々とそこで挨拶する姿は、伯爵家の出であるハインリからしてみれば衝撃だった。
同時に強く憧れを持ち、ハインリはライオネルに頻繁に話しかけるようになっていった。
当初はハインリのことを鬱陶しそうにしていたライオネルだったが、根負けしたのか、いつしか友人とも呼べるほどに親しくなったのである。
それから学園を卒業し、配属された第一魔術師団でも、団長と副団長になった二人。
ハインリはライオネルのことを、ずっとそばで見てきたので、どれだけ魔法のことが好きか、どれだけ呪いを解きたいと思っているかも、本人を除けば一番良く知っていると胸を張って言える。
だからこそ、呪いを解くことよりも、魔法がまた自由に使えるようになることよりも、ファティアの気持ちを優先したことは、つまり──。
「ライオネル──貴方は、ファティアのことを──」
「何?」
「──いえ、何でもありません」
「……何なの、変な奴」
喉まで出かかった言葉を、ハインリは飲み込んだ。
こういうことは誰かに言われるのではなく、自分で気付くことに意味があるのだろうと思ったから。
ハインリがそう思っていると、玄関からおずおずと、ファティアが顔を出す。
「お邪魔してすみません。……何だか山から変な音が聞こえたので一応ご報告をと」
「ああ、あれね。腕が鈍るといけないから、たまには魔法を使えってハインリに言われただけ」
「え!?」
「いつの間にやら私のせいに!? ノーーですよ!! ノーーです!!」
それから無事にハインリの誤解は解けたものの、魔法を使ったことによりライオネルの呪いが発動したことは言うまでもない。
◆◆◆
「…………ん」
ライオネルが重たいまぶたを開けたのは、次の日の早朝だった。
まだ朝日は昇っておらず、外は夜と同じような暗さがある。
その暗さに目はすぐに慣れ、ライオネルは自身の手に重ねられたぬくもりのほうに視線を寄せた。
(ファティアは……まだ寝てるのか)
昨日は夕方頃から呪いが発動し、例に漏れずファティアはずっと付き添って手を握ってくれていた。
マシになったとはいえ痛いことには変わり無いので、その間に体力を消耗したのか、痛みが無くなるとほぼ同時に眠ってしまっていたらしい。
半日弱眠っていたので身体が少し強張っているが、そんな中で右手にある小さくて柔らかなファティアの手に、ライオネルは、ふ、と小さな笑みを零す。
(寒いだろうに、こんなに薄着で……座りこんだまま寝てるし……全くファティアは)
痛みのあるライオネルを放っておけず、日が暮れて寒くなってきても上着を羽織るために一瞬でも離れることを良しとしなかったファティア。
痛みが治まって眠っていったライオネルを手を離すことで起こしてしまわないようにと、暫く手を繋いだままでいたが、自身も魔法の鍛錬のし過ぎでよほど疲れていたのか、ライオネルと一緒に寝てしまったらしい。
「ファティア、ごめん。ありがとう」
起きてからも伝えるつもりだが、どうしても言いたくなった。
上半身を起き上がらせたライオネルは、ソファに伏せるようにして、床に膝をつけながら眠るファティアの頭をそっと撫でる。
(よく寝てる……)
頭を撫でても一切反応を見せないファティアは、相当疲れているようだ。
魔法を使い始めて直ぐの頃は、ライオネルもよく食事を飛ばすくらい眠っていた。
「よいしょ、と……」
どうせ眠るならばベッドの方が良いに決まっている。
ライオネルはファティアを起こしてしまわないように気をつけながら、お姫様抱っこをすると、彼女をベッドへと優しく下ろした。
変わらずスースーと規則正しい寝息を立てていることから、移動は成功したらしい。
ライオネルはホッと一息つくと、ベッドサイドに腰掛ける。
そのまま体を少し捻ると、ライトグレーの柔らかな髪を掬い上げた。
「ファティア…………」
目の前でぐっすりと眠る少女──ファティアの頬は、大分ふっくらとした。
身体にも女性特有の丸みが出始め、もう出会った頃の可哀想なほど痛々しく、痩けた様子はない。
肌も髪も本来の艶を取り戻し、ハインリは「健康的になった」と言っていたが、あれは「美しくなった」という意味と捉えて良いだろう。
(この前街に出かけたときもたまにファティアを見てる奴がいたな……今ならもっと注目されるんだろうけど)
ライオネルの贔屓目なしで、本来のファティアはかなり美しかった。辛い状況に置かれ過ぎたせいで、美しさが身を潜めていただけで。
ライオネルにとっては初めから可愛い女の子ではあったが、確かに今の方が誰もが可愛いと思うような容姿には違いない。
「…………ん……ふへ……」
「…………ふっ、何に笑ってるの」
何か良い夢を見ているのか、眠りながら笑みを零すファティアにつられてしまう。
穏やかに眠るファティアの姿に、ライオネルは胸がじんわりと温かくなる。
けれど、同時に、ファティアのことを思うと胸がギュッと締め付けられたように痛むこともある。
「……ねぇ、ファティア。一体何を隠してるの」
出会ったときから、ファティアは何故ザヤード領からベルム領へ来たのかをはぐらかしていた。
観光と言っていたが、あれが嘘だということはもう分かり切っている。
口を滑らせてしまっただけで、『元聖女』であることも、言うつもりはなかったのだろう。
それに聖女の力が急に発動しなくなった理由も分からない。
以前、魔導具店で切なげにとある魔導具を見ていた理由も、余りに辛そうで聞けなかった。
(それにあのロレッタとかいう子、あの子は何者なんだ)
間違いなくファティアが聖女のはず。
十数年に一度、聖女は産まれる。奇跡的に同時期に二人が産まれるということも考えたが、ハインリの話を聞く限り、ファティアと比べてその能力はあまりに弱い。
まるでファティアの聖女の力の一部が、移ったような──。
(……ありえるのか、そんなこと。けど聖女の力は未知数だし…………情報が少なくて分からない。そもそもファティアとあのロレッタって子が知り合いなわけ──!?)
ハインリが話していたロレッタのことを思い出す。
あのときハインリは、『ロレッタ・ザヤード』と言っていた。
(ファティアはザヤード領からここまで歩いてきた。そして聖女と名乗るロレッタの姓はザヤード……偶然にしては──もしかして、二人は顔見知りか?)
どうして今まで気が付かなかったんだろう、とライオネルは頭を抱える。
とはいえロレッタの名前を出しても、ファティアが何かを言うことはなかったので、推測の域は出ないが。
(いや、むしろ何も言わないのは隠したいからとも考えられる。ファティアって喋ると、ポロッと言っちゃうときあるし。隠したいってことは、やっぱり二人には関わりが──)
「…………ライオネルさん……」
「ファティア……?」
「スースー…………」
(……何だ、寝言か)
色々考えてみたものの、ファティアが話す気にならないうちは聞かないほうが良いだろうか。
ライオネルはファティアの頬をするりと撫でながら、そんなことを思う。
(……本当は全部聞きたいし、何かできることがあるなら何でもしてあげたい。ファティアを苦しめるもの全部、どうにかしてあげたい。ファティアには……笑っていてほしい。そして、叶うならその隣にいるのは──)
ライオネルはファティアの滑らかな頬から手を離すと、くしゃりと自身の前髪を掻き上げる。
昨日家を訪れたハインリの言葉に、自嘲ぎみに笑ってみせた。
「気付いているよ、そんなの」
『ライオネル──貴方は、ファティアのことを──』
「好きだよ──とっくの前に」
早朝のキンキンに冷えた室内で、ライオネルの言葉は白い吐息と共に消えていった。
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