『元天才魔術師』は気付かされる 2
レオン・メルキア──メルキア王国第一王子、王位継承権第一位。
自身の考えが全て正しいと疑わず、家臣の声には耳を貸さず、政で問題が起きれば、直ぐ様税を上げることで金策を講じる。
事態が収拾すれば自身の手腕を鼻高々に語り、民が生活苦に陥っても見て見ぬふり、どころか気がついてもいない。
女性のことは自分の飾り程度にしか思っておらず、ロレッタを婚約者に選ぶまでは両手では足りないぐらいの数の女性と関係を持っていた。
──所謂、愚王の象徴のような男だった。
今は国王が主に政策を行っているため、家臣や第二王子のアシェルがレオンの尻拭いをすれば、民にそれほど負担をかけずに済んでいるが、それもあと数年の話だろう。
出生順主義の国王は相当なことがない限りはレオンを次期国王だと決めているようで、レオンの愚行を見てもいずれは成長するだろうという甘い考えだ。
そんな国王自身がレオンを次期王に据える算段だからこそ、アシェルの方がという声はあまり大きく聞こえてこない。
実際はアシェルを推すものも多いのだが、表立ってアシェルを次期国王に! と明言しているのはそれほど多くないのである。因みに、その数少ないうちの一つの団体が第一魔術師団だった。
「今回のパーティーで、レオン殿下はアシェル殿下に、後継者は自分だと見せつけたいのは間違いありませんね。……聖女だと名乗るロレッタ嬢が婚約者なんて尚更……」
「…………そのことなんだけど」
ハインリが悔しそうに嘆く姿に、ライオネルはいつもの涼しい顔を見せる。
「聖女の力──今回なら治癒魔法を見せるには、誰かが怪我をするか、または病気を公表しないといけない」
「…………!」
「パーティー会場で大勢に見せつけるなら、分かりやすいのは外傷だと思う。それに病気と違って、怪我なら不慮の事態に巻き込まれれば、誰だって負う可能性がある──」
そこでハインリの顔はさあっと青ざめる。
ライオネルが言わんとしていることが、早くも理解できてしまったからだった。
「もし不慮の事態でアシェル殿下が大怪我を負ったとして、それをレオン殿下の婚約者であるロレッタ嬢が聖女の力を使って助けたとしたら」
「聖女の力は大々的に示され、そんな聖女を婚約者に持つレオン殿下の支持率は圧倒的なものになります……! 次期国王の座は揺るがないものとなるでしょう」
「そう。だけど問題はそれだけじゃない。擦り傷程度でも治すのに時間がかかるロレッタ嬢が、果たしてそれなりに大きな外傷を治せるのか、ってこと。力を見せびらかしたいなら擦り傷や打撲程度の傷じゃあ箔が付かないって考えるでしょ、あのレオン殿下なら」
怪我は酷ければ酷い方が良い。その方が聖女の力で治癒したときの衝撃が大きくなるから。
痛みや恐怖は強い方が良い。その方がアシェルはロレッタに感謝し、レオンに仇なす可能性を摘めるから。
そんなレオンの考えは手に取るように分かるが、それは全てロレッタの聖女の力にかかっている。
ハインリが見たというロレッタの能力と、ファティアが本物の聖女だと仮定すると──。
「ハインリ。戻ったら直ぐこのことをアシェル殿下に報告して。一応ファティアのことは隠しておいてね。立場があるから欠席は難しいかもしれないけど、せめてパーティーのときは護衛を増やすようにとも伝えて」
「分かりました。当日は私も護衛に加われるよう、頼んでみます」
「うん、それと……当日は俺も参加できるようにしておいてって、伝えて」
「!? ライオネル貴方もしかして……!」
ハインリの瞳に光が宿る。ライオネルは気まずそうにしながら、目を逸らした。
「期待に添えなくて悪いけど、呪いが解けたわけじゃない」
「……そ、そうですか……では、何故……?」
「そもそも、ライオネル・リーディナントとしては参加しないよ。適当に変装して行くから、招待者の中に無理やり組み込んでおいて。どっかの子爵令息とかで、まあ、適当に」
「中々無茶なことを言ってる自覚ありますか!?」
基本的に婚約披露パーティーの招待客リストはレオンが握っている。
アシェルの護衛として加わるならばどうにかなるが、参加客として潜入するのはかなりハードルが上がるのだ。
ただ、確かに参加客に紛れた方がレオンからは警戒されない。
ライオネルの変装の程度はさておき、今は第一線から退いていることは国の中枢には知れ渡っていることなので、レオンもまさかライオネルがパーティーに客として参加しているだなんて夢にも思わないだろう。
ハインリは数秒考えてから、右手で眼鏡をクイと上げた。
「アシェル殿下にどうにかしてもらいましょう。かなりの規模のパーティーですから、アシェル殿下が個人的に貴族の友人を一人や二人呼んだところで、レオン殿下もそれほど重要視しないでしょうし。……多分、多分!!」
「うん。任せた」
「……しかし、一体どういう風の吹き回しですか? 呪いが解けていないのなら、もし何かあってもライオネルが魔法を無理に使う必要はないのですよ。一応今の貴方の魔法の威力ならば、団員たちの力とそう多くは違いませんし」
ハインリはそこが疑問だった。ライオネルには魔術師団に戻ってきてほしいが、呪いがある以上はライオネルに魔法を使わせる気はない。
しかし後輩の育成だったり、魔法についての論文だったりと役割は多く、それ以前に稀代の天才魔術師がそこにいるだけで、全員の士気は上がる。
ライオネルにとってそれは辛いことも多いだろうが、ハインリはライオネルがどれだけ魔法が好きかを知っているつもりなので、どうにかして繋ぎ止めておきたかったのだ。いつか呪いが解けるその日まで。
ハインリの問いかけに、ライオネルはしばらく口を閉ざす。
「どこから話そうか」と呟いたライオネルは、窓の方をちらりと見た。
「窓の外の山、見てて」
「…………? 山?」
ファティアが修行している庭が見える窓とは対になっている側の窓からは、山がよく見える。
換気のため少しだけ開けてある窓の隙間を指さしたライオネルは、息をするように魔力を練り上げ、そして。
──シュンッ。とライオネルの指先から風魔法が放たれる。
呪いによって魔力が激減したライオネルの魔法の威力では山を削ることはおろか、距離的に届かないはずだったというのに。
「ラ、イオ、ネル……貴方……」
「……少し前から半分くらいは魔力が回復してる。多分、呪いが少し解けてきてる」
山の一部が抉れたその様を見ながらしれっと言ってみせたライオネルに、ハインリは目が飛び出そうな程に驚いた。
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