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第15話「ナイスですねッ」その2

 放課後。



 桃眞は図書寮で漫画を読んでいた。


 白黒のストライプシャツに、黒い綿パンを履き、完全オフモードだ。

 読書スペースのアンティークな丸板のテーブルに付き、コーラを飲む。


 頭上で本を照らす灯り玉がふわふわと浮いていた。



 読書スペースと隣のカフェの壁には見た事もない和柄のステンドグラスが窓に嵌っており、夕焼けの光が差し込み更に幻想的な灯りが辺りを包み込む。



 ページを捲りケタケタと笑っていると、何かに足をつつかれた。


「んん?」と視線を下ろすと、体長二十センチほどのカワウソが居た。


 じっと目が合う。


「なに……」


 するとカワウソは、低い声で「ちょっと足を退けな」と喋る。


 桃眞は、カワウソが喋るとは思わなかったので驚いてさっと足を上げた。

 どうやら足の下に、鮭の干物を踏んでいた様だ。


 カワウソは、鮭の干物を拾い上げると、フゥフゥと埃を払い「あんがとよ」と言い、ペタペタと去っていった。

 その行く先を目で追う桃眞。


 カフェでケーキを食べる女子の足元に鎮座すると、干物を口に含みモキュモキュと味わい始めた。


「なんだ式神かぁ」と言い、再び漫画を読み始める。


 そう言いながら、心の中で、この世界、この生活が自分の人生に浸透していっている事を感じる。



 暫く漫画を読んでいると、テーブルの上にモンブランケーキが乗った皿が置かれた。

 誰かと思い、顔を上げるとそこに居たのは櫻子だった。


 モノクロの外人女性の写真がプリントされた七分袖の白いシャツに、ブルーのコットンロングスカートを履き、三つ編みのトングが付いたレザーサンダルを履いている。


「食べる?」と窓を見ながら聞く櫻子。


「いや。要らない」と答える桃眞。


「何でよッ。2つ買ったのにッ!!」


「えっ、なんで怒ってんの……?」


「普通はありがとうでしょ」と不機嫌そうに言う櫻子。


「だってよ、見てみ」と、桃眞はテーブルの上のコーラを指差し、「コーラとケーキは合わんでしょ」と指摘する。


「ケーキだけ買う訳ないでしょ」


 そう言うと、桃眞の前に紅茶が入ったティーカップを置く。


「お、さすが。気が利くねぇ」


「まぁね」


 そう言うと、櫻子は桃眞の向かい側に座り、苺のミルフィーユを置いた。



 櫻子は、桃眞がモンブランを食べているのをじっと見ながら、金色のスプーンでミルフィーユを割り、口に運ぶ。

 桃眞と目が合う。


にぅわに(なに)」とケーキを食べながら訊ねる桃眞。


 櫻子は「べッ、別に……」と言ったが、内心は桃眞の姿に見とれていただけだった。


「ケーキが甘いから、紅茶が丁度合うな」とティーカップを置いた桃眞に「でしょー」と笑顔で言う。


 そして、櫻子も紅茶に口を付ける。



 気づくと、フォークを咥えたまま、桃眞の顔をじっと見ていた。


 ステンドグラスから差し込む夕日が、淡いピンクの光となって二人を包みこむ。

 桃眞の毛先が桜色に染まる。


 その時、初めて桃眞の姿が美しいと櫻子は思った。



 またドキドキしている事に気付く櫻子。

 いつもの調子が出ない……。


 しおらしくなっている気がして自分自身ではない。と、むず痒さと高揚感がない交ぜになったかのような感覚が櫻子を襲う。



 再び目が合う。



 すると、桃眞はモンブランをフォークで(すく)うと、「食う?」と言い、櫻子の顔に近づける。

 その途端に、櫻子の顔が真っ赤になった。



 ――(やばい間接キスじゃんッ!?)

 と櫻子は心の中で叫び、混乱した。



「そんなに、モンブランが食べたいなら、そう言や、変えてやったのにさ。ほら」と言い、櫻子の口の前にモンブランを近づける。



 ――(えッ!? どうしよ!! どうしよ!?)

 欲求と戸惑いが交錯し、唇がエラーを起こしたかの様に震える。

 モンブランが食べたいなんて事はどうでも言い。



 パク……。



 ――(キャャャャーーッ!!)

 心の中で絶叫する櫻子。

 味など感じる余裕は無い。



「ち、ちょちょ、ちょっとトイレッ!!」と声を振り絞り、カフェ横の女子トイレに駆け込んだ。



 信楽焼(しがらきやき)の洗面ボウルに両手を付き、心を落ち着かせる櫻子。


 目の前の鏡に映る自分を見た。

 潤む瞳に頬が淡いピンク色になっている。


「メッチャ女の顔してんじゃん。アタシ……落ち着けアタシッ」


 そうは言うが、全く心が落ち着くはずも無い。



 暫く時間が経ち、ようやく平静さを取り戻した櫻子は、桃眞の元へ向かった。


「長かったな。腹痛かったのか」


「ちがう」と全否定した櫻子。


 ムードが無い奴めと心の中で舌打ちした。



 すると、二人の横を黒い狩衣を纏う吉樹 秀儀(よしき しゅうぎ)が歩いていた。


「あ、先生」と声を掛ける桃眞。


「これは阿形君。ごきげんよう」と近づく。


「先生も読書ですか」


「そうですよ、先ほど、新しい呪法の書が3冊届いたので、頭に入れておかないとと思いましてね」


 その時、櫻子が首を傾げた。


「さっきって一時間前くらいですよね。棚に並べられたの。あんな分厚い辞書をまさか全部読んだ訳ではないでしょ。さすがに」


「いや、全部読みましたよ」


「そんなの信じられないわ」と櫻子が言うと、「僕はね『瞬読(しゅんどく)』ができるんですよ」と吉樹が自慢げに言った。



「瞬読?」と聞きなれない言葉に桃眞と櫻子の声が重なる。


 すると、吉樹は両手の指をクネクネさせながら「僕はね、本に触るだけで中身の情報が全てこの頭脳に入るんだぁ」とニヤつく。


「それって呪力で本を読んでるって事」と櫻子が聞くと、「イイねッ、そゆ事そゆ事ぉ」とステップを刻む。



「ほぉほぉ」と桃眞は頷くと、テーブルの上に積んでいた漫画を差し出した。


「じゃあ、触れて読んでみて下さいよ」


「オッケーだよん」



 そう言って、差し出された漫画の背表紙を指先でなぞると、急に笑い出す。


「ヴァハハハハッ」


 次に差し出された本を触ると、急に泣き出した。


「うぅぅぅぅ……」


「ヴァハハハハッ」


「うぅぅぅぅ……」


「ヴァハハハハッ」


「うぅぅぅぅ……」



「アンタ遊んでるでしょ」と櫻子は桃眞に言った。


「いやぁ、メッチャ面白いじゃん」



「てかさ、本当に吉樹先生は、図書寮の本の内容が全て入っているんですか」


「まぁ、僕は自他共に認める『歩く図書寮』だからね」と自慢げに胸を張った吉樹。


「漫画も入ってるの」と桃眞が聞くと「漫画は読んだ事なかったけど、これ程に感情が揺さぶられるなら、一度全部読破しておくよ」と言った。


「まぁ、あらゆる情報が僕の頭脳には詰まっているのさ」


「じゃあ、櫻子のスリーサイズは?」


「上から93-60-88のFカップです」


 その途端、吉樹の顔面に櫻子の投げた本がめり込んだ。


「何で知ってんのよッ!!」


「僕に分からない事はないよ」とノーダメージで自慢げに答える。



 そこで、桃眞はある事を聞こうと思い立つ。


「先生。憑侵除霊(ダイブ)って知ってます」


「勿論だよ」と答える。


「俺、この間、初めてダイブをしたんですが、分からない事だらけで。皇さんもなんか忙しそうで中々聞けなくて」


「そっか。何でも聞いてくれ。僕が答えてあげるよ」


 そう言うと、吉樹はテーブルの椅子に座った。



 吉樹との質疑応答でようやくダイブのルールが理解できた二人。



「つまり、精神世界では、法力で外界からの武器を召喚できるけど、自分の能力値を超えた効果が発揮できないって事ですね」と桃眞。


「まぁ、それについてはそんな感じかな。同じ武器でも召喚する人間で強さは変わるんだ。それと君の身体能力が上がったのも、無意識の内に君の精神が順応したのさ。これは中々感覚を掴むのが難しいよ」


 そう言って、吉樹はティーカップに口を付けた。


「つまりだね。君の肉体がこの世にあって、精神があちら側に行ってるとするだろ。そこに実際に酸素はない。息が苦しいと思うのは、君の意識の問題なんだ。筋力の疲れもそう。そこには本当はそういうルールは無いんだ。だってそこに居る君は、君の精神そのモノなんだから」


 難しそうな表情で紅茶を飲んだ桃眞。



「じゃあ、急に脱力感が出た件は、何なんですか」


「それは、武器を使う事は、ずっと法力を放出しっぱなしって事なんだ。もともと君にはそこまで法力はないだろ。だから短時間で力を使い切ってしまったんだ」


「そっか」



「もっと法力が上がれば、皇達みたいに、ポータルの場所を特定できたり、それこそ空間を歪めたりもできる様になる。だから、君の後を追って来れたんだ。それに精神世界の特性を逆手に取れば、外の世界では出来ないような大技やアクロバティックな動きだって出来るようになる」



 ステンドガラスの向こう側はすっかり暗くなっていた。

 吹き抜けの中を浮遊する無数の灯り玉が幻想的な雰囲気を醸し出す。




 最後に、桃眞は制限時間を表示するスマートウォッチの事について訊ねた。


「あれはね、ここを卒業したOBがアドバイザー契約を結んでいる大手時計メーカーと共同で開発したモノなんだ」


「そう言えば、慎之介も言ってましたが、アドバイザー契約って何なんですか。就職がどうとか……」



「君は、この陰陽寮が今の時代でどういう枠割を果たしていると思う」と訊ねる吉樹。


「さぁ。鬼を退治するとか……ですかね」


「それは、全体の一部分だ」



「もし、君が、ある企業の社長だったとしよう。君のライバル会社が憎くて堪らなくなったらどうしたい」


「俺なら、ライバルが勝てないくらい凄いのを発明するかな」


「まぁ、そんな人が居れば世の中平和なんだけどね。では雉宮さんはどうする」


 櫻子は、上を見上げながら「仮に私が悪い社長なら、ライバル企業を潰したいって思う」と言った。



「ナイスですねッ」と両手の指を櫻子に突きつける。


「つまりは、そう言う事です」と言う吉樹に「どう言う事?」と首を傾げる桃眞。



「始まりは、ある企業が陰陽師を使いライバル企業を呪う事で、事件や事故を誘発させて混乱が起きたんだ。そうなると、他の企業もこぞって陰陽師を雇う動きが活発化し始めた。防衛の意味でもあり、また吉凶も占えるので社運を良い流れに変える事もできる」


「まるで陰陽師戦争だな」と桃眞が言うと、「ナイスですねッ」と両手の指を突きつける。



「それまでは、陰陽寮は、学生が卒業した後は、陰陽師としての道を究めるか、怪伐隊になるか、実家の神社や寺を継ぐってのが一般的だったんだけど。新たに『アドバイザー契約』って制度が出来て、卒業生は、一般企業との呪術アドバイザーと言う道を選ぶ事ができるようになったんだ。しかも破格の年俸でね」


「おいくら万円」と桃眞が聞くと「企業の大きさにもよるけど、ダイブ用のスマートウォッチを開発した企業は年俸2億です」と答える。


「わお」と櫻子が唸った。



「まぁ、陰陽頭としても、苦渋の決断だったんだけどね。結果として、卒業生が各企業のアドバイザーとなれば均衡が保たれると判断したんだ。社会の裏側から陰と陽のバランスを支える事になる。それに、アドバイザー契約金の一部は陰陽寮にも支払われる。だから、毎日美味しいご飯が食べれたり、施設の運用もできるんだ」


「なかなか複雑っすね」と桃眞。



「で、話は戻りますが、企業の中には、陰陽師育成や怪伐隊の活動に積極的に協力してくれる所もあってね。大手時計会社の開発部門とOBの陰陽師のお陰で、それまでは制限時間が分からなかったダイブにおいて、リミットを可視化してくれるアイテムを開発してくれたんだ」



 そんな話をしていると、櫻子がスマートフォンを見て、桃眞の肩を叩いた。


「桃眞。急がないと食堂が閉まっちゃう」


「それは困りますね。ついつい話過ぎてしまいました」と吉樹が言うと。


 三人は、勇み足で食堂に向かった。




 深夜の繁華街。


 一人の男が何かから逃げるかのように鬼気迫る表情で路地裏に入り込んだ。


 パンチパーマに、浅黒い中年の男。

 ヤクザのチンピラのような風体の様に見える。


「クソッ、怪伐隊の奴め。シツコイ野郎達だ」


 そう言うと、男は、服を脱ぎ始めた。いや、服ではない。


 首の裏に指を入れ、ウェットスーツを脱ぐように皮膚を剥ぎ始めた。

 ビチャビチャ、ネチャネチャと不快な音を立てながら皮膚を脱ぐ。


 中から現れたのは、全身が真っ白な、痩せ細った妖怪だった。



 ――そう、この妖怪こそが擬態肌鬼(スキンウォーカー)である。


 今、正に、迫りくる怪伐隊から逃げて来たのだ。



 その一部始終を近くの物陰から見ていた者がいた。



 その者の脳裏に残る言葉。


――「テメェか、黒い鬼っつうのはよ。前に殺された隊員の仇だ。さっさと掛かって来い、消し炭にしてやる」


――「さっき戦ってきた擬態肌鬼(スキンウォーカー)の方が、今のお前より遥かに強かったぜ。さぁ消してやるよ。この世から」



 赤黒く焼け爛れた皮膚を持つモノ。


 手足が細長く胴体も痩せこけている。


 鼻も口も無い顔の中を蠢く三つの緑に光る眼が、スキンウォーカーを捉えていた。



 『異形の存在』……またの名を『黒い鬼』



 黒い鬼がスキンウォーカーの背後を取る。


 振り返るスキンウォーカーの首を掴むと、腹部が大きく縦に開いた。

 まるで大きな口の様だ。


 何が起きたのか分からず慌て藻掻くスキンウォーカーを、鬼は腹の口に押し込んだ。

 断末魔を上げるスキンウォーカー。



 咀嚼音。

 肉のヌチャヌチャと言う弾力。

 ゴリゴリと鳴る骨。



 ゴクリとスキンウォーカーを飲み込んだ鬼。



 暫くすると、黒い鬼の体がパンチパーマの男へと姿を変えた。

 なんと、スキンウォーカーの能力を取り込んだのだ。



 カタカタと肩を震わせて無言の笑みを称えると、鬼は闇夜に消えた。



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