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第6話「少女を救うは最弱の陰陽師?」その1

 気付くと、畳の上で寝ていた桃眞。

 見知らぬ古風な木造建築。


 固い枕から、上半身を起こすと、体の上に水色の着物が掛けられている。


「あれ。ここどこだ。陰陽寮……なのか」と寝ぼけ眼で独り言をつぶやく。


 立ち上がり、障子張りの引き戸を開けると、縁側が見えた。

 日差しが眩しい。


「陰陽寮……じゃないよな。え、夢。夢の中の夢的な奴か?」と自問自答する。


 縁側(えんがわ)から見える大きな中庭。

 池もある。

 辺りを覗き込むが誰もいない。



 ふと気付くと、桃眞が寝ていた部屋の隣の部屋から、小さな女の子が覗いていた。


 小学校の低学年くらいだろうか、桃眞にはそれくらいに見えた。

 だが、花柄の着物を着るその顔は、どこか青白く頬がコケている。

 ギョロっとした大きな瞳だけが、まだ興味を抱いているかの如く輝きを保っていた。


「おはよ」と桃眞が声を掛ける。


 女の子は、ゆっくりと桃眞の姿を見てから、「お主は、陰陽師か」と訊ねる。


「え、俺? あ、いや、陰陽師になるために勉強をしている学生だよ」と答える。


「学生でも、陰陽の術は操れるのか? 鬼は退治できるか?」と聞かれたが「いや、まだ無理かな」と言うと、女の子は、残念そうに肩を落とし、部屋へと戻っていった。


「な、なんだよ……」そう言いながら、桃眞は、女の子が入った母屋へと近づき、そっと中を覗き込んだ。



 日中だと言うのに、(すだれ)や格子が閉められ、薄暗いなか、行灯の光が弱弱しく揺らめく。


 体よりも一回り大きな着物を羽織り、床に就く女の子を見つけ、桃眞は声を掛けた。


「こんな暗い所にいたら体が悪くなるぞ。こっちに来いよ」


 女の子は、着物から顔だけ出すと、「私の命は、もう長くないのだ」と言った。


「なんで?」


「重い病」


「何の?」


「知らん」


「知らなかったら、病気かどうか分からないだろ」


医師(くすし)は病だと言っておった」


「くすし……って何?」


「お主、それでも陰陽師の端くれか? そのような事も分からぬのなら、陰陽師なんぞ辞めた方がよいぞ」


 そういって、女の子は再び着物の中に顔を潜らせた。



 その時、桃眞の背後から女の声が聞こえた。


「起きられましたか」


 振り返ると、白い着物を纏った中年の女が立っていた。

 着物の袖を肘の辺りまで捲り上げ、紐で縛っている。


「私は、この屋敷に使える使用人の『摩柴(ましば) 』と申します」


 そう自己紹介し、頭を深く下げる。

 桃眞もつられて「阿形 桃眞」ですと名乗り、頭を深々と下げた。


真秀(まほ)様とは、既に会われたようで」と、部屋の中に目をやる。


「あぁ、あの子、自分を病気だって言ってたけど」


「はい、不治の病と聞いております」と悲しそうに答える。


「病院には行ったの?」


「びょーいん……?」


「内科の先生とかなら、何とかなるかも」


「ないか……?」と、またも首を傾げる。


 さっきから、真秀といい、目の前の摩柴といい、話がまるで噛み合わない。

 まずは、ここが何処なのか、そこから話を整理しようと思った桃眞。


「摩柴さん、ここって……陰陽寮ですよね? おれ、どこかの部屋と入るとこ間違ったのかな……」


 この質問に対し、そうだと言ってくれた方が、一番安堵するだろう。だが、恐らく、その可能性が低いことを桃眞も、薄々感じてはいる。

 そして、その通り、次に帰ってきた言葉が、淡い期待を掻き消した。


「陰陽寮はここではありまえせん。ここは、藤原 宗忠(ふじわらのむねただ)様の屋敷でございます」


「誰それ」


「朝廷に仕える役人で御座います」



 摩柴は、桃眞の置かれている状況について説明を始めた。


「今朝方、門の外で塀に持たれて眠っていた桃眞様を、尾張に出発前の宗忠様がお目に掛かり、屋敷で眠るようにとの事で、運び入れた次第です」


「俺、外で寝てたのかよ」


 まるで記憶にないふうに驚く桃眞に対し「はい」と答える摩柴。


「これから、真秀様の朝食をご準備致しますが、桃眞さまも如何ですか」


「いや、俺はそれどころじゃ……」と断ろうとしたが、食事の事を考えた途端に、気持ちとは裏腹に腹が鳴った。


 それを聞いて、摩柴はニコリと笑いながら、「お眠りになられていた部屋でお待ちください。今、準備致します。考え事は、胃を満たしてからでも良いでしょう」と伝え、その場を後にした。



 寝ていた部屋に戻り、桃眞は懐から取り出したスマートフォンを確認した。



 ――「9:05」



 日付は、元いた場所の時と変わってはいない。


 壁紙に映る、真理と翔太の笑顔をじっと見つめる。

 そのまま、画像ファイルを開き、両親との思い出にも浸る。


 京都に旅行、ディズニーランド。

 誕生日。友達とのたわいもない写真。



 そして、最後の写真が、黒い鬼が映った写真……。

 木から、上半身が這い出る様子だ。


 気づくと、スマートフォンを握る手に力が入っていた。

 この時を境に、桃眞の人生は一変した。大勢の大切な者達が死に、自分を取り巻く環境も激変した。

 今、ここに居る事も、全てはこの写真に映るこの瞬間から始まっているのだ。


 今、聞かれれば間違いなく桃眞はこう答えるだろう……。



 ――『後悔している』



 戻れるなら、あの時に時間を戻したい。

 心の底から、そう思えた。



 桃眞の寝ていた和室と、真秀が寝ている母屋とは扉で区切られている。

 扉を全て開ければ大きな空間にもなるだろう。



 桃眞は立ち上がると、もう一度、真秀の部屋の扉を開けた。


「入ってもいい?」


「構わん」と、着物の中から聞こえた。


 薄暗い部屋に入る。


 重苦しい空気が漂う。息を吸っても重い空気しか肺に入らない。

 こんな所にいる方が体に悪いと桃眞は思った。



「俺がどこに迷い込んだかは分からないけど、外に出たらお医者さんを呼んでくるからな。だから頑張れよ」


「それはいつじゃ」と着物から目までが出てきた。


「まぁ、早く戻れたら今日中にはなんとかなるかも……」と答えると、驚きの答えが真秀から帰ってきた。


「ワシの命は、今日までじゃ。明日になったら死んでおる」


「な、なんでそんな事が分かるんだよ」と聞いた。


「迎えが来るんじゃ」


「迎え?」と桃眞は繰り返した。


 すると、真秀は語りだした。



 始まったのは、六日前の深夜の事。


 あまりに寒く、夜中に目を覚ますと、血まみれの十二単(じゅうにひとえ)を纏った女が足元に立っていた。


 腹が鋭利なモノで切り裂かれているのか、腸が垂れ下がっている。

 青白い顔。

 顔に乱れて垂れかかる長い黒髪。


「寂しや……憎らしや……」と繰り返すその女。


 真秀は着物の中で恐怖から震え、小水を漏らしてしまった。


「あと七日……」


 そう言い残し、女は消えた。

 次の日も現れた。時間は昨日よりも早い。


「寂しや……憎らしや……」


 全く同じ姿、同じ言葉を残したが、最後に「あと六日……」と言い残し消えた。


 それが連日続き。日を追うごとに現れる時間も早くなる。

 昨夜、ついに、「明日……」と不気味な笑みを残して消えてしまった。


 その言葉の意味がどういう事なのか。


 今夜何が起こるのか、あの女は何を望んでいるのかは分からないが、真秀は死に向かっている自分を迎えに来ているのだと、心の中で確信しているのだ。



 その話を聞き終え、桃眞は、「陰陽師には言ったのか? 陰陽師なら助けられるんじゃないのか」と言った。


「それが、ダメなのじゃ。お父様が陰陽師を嫌がるのでな……」


「なんで」


「知らぬ」



 その時、摩柴が朝食を運んできた。

 お膳に乗せられた白米と魚。それとお吸い物と漬物。


「あら、桃眞様、そちらにおられましたか」と真秀が居る部屋に二人分のお膳を並べた。


 桃眞と真秀は向かい合って朝食を取った。



 食事を終えた桃眞は、池の鯉に餌をあげる摩柴の元へと向かった。


「御馳走様でした」


「いえいえ、宗忠様より、持て成すようにと仰せつかっておりますので」と笑顔で答える。


「真秀ちゃんから聞きました。鬼の事は摩柴さんも聞いてますか」と訊ねると、摩柴の表情から笑顔が消えた。


「はい、聞いております」


「真秀ちゃんが言ってる通りなら、今晩、もしかしたら、大変な事が起こるかも。鬼が関係してるなら陰陽師しか真秀ちゃんを救えないですよ」


「ですが、宗忠様がそれを許さないのです……」


「なんで?」


「宗忠様は、陰陽師が嫌いなのです。宗忠様は、真秀様とは別に、実の娘が居りまして、ある陰陽師と恋仲になっておられたのですが、それをよく思わない人間に殺されてしまわれたのです。陰陽師なら、何故娘が救えなかったのかと……。その思いから、陰陽師をお認めになられないのです」と、胸が痛むのか、手で抑えながら、当時の光景を伝える。


「実の娘って、真秀ちゃんも、実の娘じゃないの」と訊ねる。


「真秀様は、盗賊に両親を殺され行き場を無くしておりました所、宗忠様が娘を亡くした寂しさを埋める為に、引き取ったのです」


「そうだったんだ。でも真秀ちゃんを救うのは陰陽師しかいないと思います。どう考えても妖しでしょ」



 そして、桃眞は、薄々感づき初めていたが、最後の質問を摩柴に投げかけた。


「摩柴さん、ここは、平安京……平安時代なんですか?」


「はい、そうです」と訝しげに答える。


「…………やっぱり。ちょっとまってて下さい。だったら真秀ちゃんを助けれるかも知れない人が居るかも知れない」


 そう言い残すと、桃眞は、宗忠の屋敷を飛び出した。

 靴がないので、裸足だ。



 何故、平安時代に来てしまったのか。訳が分からない。


 これは夢なのかも知れない。だが、夢ではない程にリアルを感じる。


 自分は元の時代に戻れるのか。

 そう言った不安はあるが、今、それを考え始めると、自分の精神状態もどうにかなりそうだ。

 だから、桃眞は、取り敢えず目の前の真秀の事だけを考えて行動する事にした。


 うだうだ考えるのは後でもいい。

 それに、両親を亡くした真秀と自分の境遇が重なった気がした。


 だから、何としてでも救いたいと思った。まだ、小さな女の子が、死を悟るなんて、なんと悲しい事なのか。

 自分と同じように、生きる希望、目標を持って欲しい。

 桃眞は、そう思い朱雀門へと向かった。



 大内裏にある陰陽寮と書かれている部屋を尋ねた。


 だが、そこに彼はいなかった。

 そう、桃眞が探しているのは安倍晴明だ。


 この時代であれば、平安最強の陰陽師と言われている安倍晴明が存在しているはずだと思った桃眞。

 真秀を救えるのは彼しかいないだろう。


 それに、皇でさえ憧れるその存在に、少しばかり興味もある。



 ――『妖艶で美しく、不思議な魅力があり、まるで、雲を掴むかのような人』と皇が言っていた。


 神秘的でいて、まるで英雄のような、そんな人物なのだろうと桃眞はイメージしている。



 清明が自宅に居ると言う事を聞き、その場所を聞いたが、住所の呼び方が全然違う為、何と言っているのか分からない。


 何とか大路や、何とか小路をどうとかこうとか……。

 紙に、地図を書いて貰い、その場所へと向かった。



 平安京の北東辺り。


 西洞院大路(せいどういんたいじ)の辺りに、印が書いてある。


 地図の通りに道を歩く。

 土の地面ではあるが、裸足で歩いても大して痛くはない。


 恐らく、道のあちこちで座り込んだり、空腹に喘いでいる庶民達のせいだろう。

 彼らも裸足であることから、その状態でも歩き易い地面へと、年月を掛けて変化したのかも知れない。 


 皆、地味で決して綺麗とは言えないような垂裾(たれすそ)と呼ばれている服を着ている。

 まともに風呂にも入れていないのか、酸っぱい匂いも漂わせている。


 歴史の授業で、貴族と庶民の貧富の差が激しいと聞いてはいたが、ここまで酷いのかと桃眞は思った。

 百聞は一見に如かずとは言うが、その目で見た感想としては、まるで別の国だと思える程だった。



 暫く歩き、地図の印の場所へとやってきた。


 四方を塀で囲まれている一際大きな敷地。

 出入り口の門は木製で五芒星に彫られ、金色の塗料でその凹みが塗られている。


 近づくと、門が少し開いている。

 そこから、そっと中を覗いた桃眞。


 広い中庭の向こう側に、清明の屋敷が見える。

 縁側と、障子張りの部屋がいくつか。そして、廊下から繋がる離れも見える。

 庭には、雑草や花が乱雑に生えており、統一性がない。玄関まで続く道だけ、綺麗に舗装されていた。



 門の隙間から入り、道を歩く桃眞。

 雑草や花々の道を進んでいくと、真っ赤な薔薇が咲いている。桃眞の自宅でも母親が薔薇を育てていたので、その匂いに不思議と安らぐ感覚が蘇る。



 玄関の簀子(すのこ)の階段から中を覗いた。

 階段と言っても三段程だ。


「安倍晴明さん。いますか」


 耳を澄ませたが何も音がしない。


「すいませーん。安倍晴明さーん。いらっしゃいますかー」ともう一度声を出した。


 すると、屋敷の奥の方から女の声がした。



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