003 実行力がある者
学園に向かおうにも、今日は授業がない。というよりか、受けたいものがない。能力について開講しているところがないからだ。何故か。研究が進んでいないためだ。アマネはそれを促進させようとして、クラブを作る決意をしたのだろう。それに学園の13年は研究や調査をしている人が多い。ひとつの集団として流行りに乗じたいのもあるはずだ。
朝食を買いに、自転車に乗って商店街に向かった。この辺りは人気のあるレストランも並んでいる。ぼくのお気に入りは街の唯一の弁当屋だ。あまり人は来ない。けれど何と称するのがいいかな、最高の店だと勝手に思っている。もちろん今日も訪ねましたけど。
やっぱり最高だね。どの弁当も見た目がいい。店主はそこも考えているのかもしれない。味も素晴らしい。見事にバランスがとれている。具だくさんなことも評価できる。代わりに値段が高いが、しょうがないでしょう。
「本日のおすすめ」という商品がある。日替わりの弁当で、世界中の料理が食べられ、とにかく美味しい。グルメも唸る逸品。休みがあるのを考えても、一年通して200品は超える。まさに職人の魂が入っているよ。それを買うことにした。
「注文をお願いします。できたてのおすすめをひとつで」
「あいよ」
ここの店員は少なく、おじさんやおばさんが多い。今日はいつものおじさん一人だった。
「そういやお前さんは、この辺りでの万引きのこと知っとるか?」
急に話された。能力以外ほとんど関心がない。なので当然知らない。
「知りませんね。大きな影響でもありましたか?」
「いやあ、うちは頼まれた物をさっと作るから盗まれるこたぁ無えが、その辺りのスーパーが被害をくらっているらしい、」
やはりどうでもいいかな。と思った矢先に心を惹かれる発言が。
「三日前からな」
三日前、事件の日だ。能力に関連があるか? これは聞くしかない。
「その話、もう少し教えてください」
「そんなに面白いかぁ? まあ話してやろう」
弁当の料理を作りながら語ってくれた。
「小さい子どもがな盗むらしい。なんせそうとは見えないから他に注意がいっちまって、その隙にパッとなぁ。聞き伝えだからよく分からんが、かなり足が速いらしい。マラソン上位を取ったあそこの店長さえ追い付けんってな」
足が速い。能力の効果か? 興味深い。
「他に変わった事はありますか?」
「もうこれ以上は知らねえな。はい、おまちど。あんたもすりに遭わんよう気をつけてな」
いつものごとく、お礼を伝えて店を出た。
商店街は東西に伸びていて、所々に休憩出来るスペースがある。小さな公園とか待ち合わせスポットだと考えてもらうといいだろう。その内のひとつで食事していた。そして思い出したのだ、学園に行かねばならないと。
アルサ君やシータ君と約束を交わした。それは忘れていないが、悪夢のインパクトが強すぎて隠れていた。本当に。なので食べ終わったら即刻学園へ向かう。
すぐに食べ終わった。今日の海の幸は素晴らしかった。生を感じることもできる程、豊かな味わいでした。ごみをまとめ、近くのごみ箱へ行く。丁度捨てた時に、叫びが聞こえた。
「あいつだああ! またニット帽の小僧が盗んだ! 誰か止めてくれええ!!」
なんだよ、もう会えるのか。この方向からこちらに走ってると分かった。少し拝むとするか。
だが奴は、そうさせてくれなかった。道路側に自転車を立て掛けておいたのだが、姿が見えたと思えば目にも止まらぬ速さとまで言わないが、スピーディーに自転車に乗っていった。あれぼくのだけどな。違う、盗まれたのか!
急いでリュックサックを背負い走って追いかけたが、追い付けない。速すぎるのだ。趣味はサイクリングかな? ここは一本道なのでまんまと突き放されていく。
ある程度進んだ所で奴は横転した。人を避けようとして転んだ。そのときにこちらを見てきた。持ち主を見つけるためだと思う。目が合った。奴の顔は覚えた。訴訟起こしたろか? けれどまたすぐに逃げてしまった。それはある程度分かっていたのだが、もうひとつ予期せぬ事態が起きた。
〈 移動する能力を手に入れました
全力疾走をした方向にテレポートできます 〉
天の声みたいな何かが聴こえた。思わず止まってしまった。何? 全力だと? そもそも信じていいのか?
今はどっちにしろ走るしかない。ぼくは思い切り走った。周りからは変な目で見られているかもしれない。それでも、全力で。能力とやらは使えるのか。意識をすればいいはずだ。意識を研ぎ澄ました。向こうへ、次元を越えるように! 今だ!
すると景色が歪むように目に映り、さっきまでと風景が違っていた。テレポートに成功した? 振り返ると、ニット帽を被った少年が遠くにいた。飛びすぎだろ。前から向かって行く。
「ぼくの自転車返してください!」
声に驚いたのか慌てている。少年はすぐさま路地裏へと曲がった。とってもスムーズにね。あれ競技用ではないんだけどな。おかしい。急いでそちらに向かうと、少年は転んでいた。
また転んだのかよと呆れていたが、あんな急カーブだ、それでもおかしくはない。どうやら怪我もしているみたい。少年はなおも睨んできた。確かリュックに絆創膏が入っていたかな。簡単にだけども傷を覆っておこう。歩み寄る。走りすぎて息が整わない。
「君、その血、大丈夫?」
「来ないで」
凄く拒否された。傷ついちゃったよ。
「ぼくは、変質者、じゃ、ないよ。」
「そうやって連れてくんでしょ!」
だから違うって。連れて行くってなんだよ。
「どこにだ」
「知らない。けどいつもの人だって分かってるからね」
「いや、ただの自転車の、持ち主です」
不思議そうな顔をされた。ぼく犯罪したことないぞ。ウソならあるけど。
呼吸は落ち着いてきた。
「でも警察に届けるんでしょ」
「それはそうだけど」
心底恨めしそう。自転車を盗んだ理由を聞いていなかった。
「何で盗んだりしたんだ?」
ものすごく嫌そうにしていたが、教えてくれた。
「オレは貧乏だから。家族も皆小さな小屋で息の詰まる生活だよ。昔からそれで、盗むことしか方法が分かんなくて、もうどうしたらいいか。けど走るのが急に速くなったからもうそうするしか。大人だって悪いことするし」
少年は涙声になってきた。やべ、もらい泣きしそう。
「方法なんて探せばいくらでもある。だから悪事なんてするなよ、カッコ悪い」
それを話すと、泣いたまま走って何処かに消えてしまった。盗んだものらしき缶詰めは置かれている。結局、自転車の謎は解けなかった。何で乗ったのだろう。
その後缶詰めは警察に届け、犯人には逃げられたと伝えた。根本的な解決ではないが、なんとか終結した。その他事情聴取を終えた後に、学園へ歩きながら少年の境遇について考えてみた。
あまり聞くことはないが、この国でも格差はあるらしい。彼もその一人だろう。郊外には森林があるので、自給自足は出来る。だが、文化的な生活は望めない。それより酷い、ごみを漁って暮らす人も稀にいる。彼らは親に問題があったり、環境が狂っていたりするために、苦しい生活を迫られている。故に犯罪に手を染めてしまうことも多い。
少年はやむを得ずやってしまったのか。はたまた、誰かに後押しされたのか。どちらであっても、悲しい決断だ。ああ、変に悲しくなってきた。
自転車はぶつかった時の衝撃で壊れたらしく、タイヤが歪んでいた。しばらく乗れそうにない。
歩いて数十分、学園に着いた。既に昼頃だった。もちろん約束に遅れてしまい、文句を言われた。
「まさかあなたが遅刻常習犯だとは。俺もがっかりですよ」とシータ君から。常習ではない。今回だけだ。
「レイ寝坊したの? 健康に気をつけてよ。」とアマネから。そうではありませんよ。
「僕に能力見てもらうって言いましたよね? 案外暇はないからね。」とキレそうなアルサ君。昨日は暇そうだったぞ。
どう話し出せばいいか分からないが、とりあえず悪夢のことを伝えよう。
「実は今日悪夢を見まして、」
「言い訳するの?」
おいアルサそんなことを言うな。
「いや、それがインパクト強すぎたこともあるし、道中盗みにも遭いまして。許してください」
「遅刻常習犯のうえに言い訳か、レイさんもやり手ですね」
「違いますから」
しっかり否定する。シータ君のこのイメージは払拭せねば。
「遅刻は常習じゃなく今回ぐらいで、これは言い訳じゃない」
「それじゃ嘘つきですか?」
アルサ君口出しをしないでくれ。
「それも違う。それより能力がついに現れて、」
「今度は話を変えるんですか」
アルサ君はこんなに生意気だったか。もう無視すべきだな。
アマネが問う。
「それでどんな能力だったの?」
「よくわからないけど、変な声が聞こえて能力が使えるようになった。テレポートできる」
アルサ君が真実を知ったように目を開いている。まさか、
「今も能力が何か見えているのか?」
アルサ君ははっとした。ほんの一瞬下を向いて言った。
「そうです。けど複雑でよく理解できなくて、色々試さないとなんとも言えない」
そんなのだったのぼくの能力。これから大変そうだな。
「え、全部分かっちゃうの? 凄い! アルサ君にはクラブに入ってもらおう」
「それでここに来たんでしょ」
アマネは何か勘違いしているな。アルサ君が言う。
「まだ僕が伝えてませんね。協力しますよ」
「やだ、もう完璧じゃん! アルサ君よろしくね。レイありがと。シータ君もよろしく」
そういって、アマネは全員に握手している。首脳会議でも始まるのか。
そうだ能力調査について忘れていた。
「さて、話は変わるけどシータ君は調査終了したか?」
「はい、二人のおかげでさくっと終わりました」
あら残念。少し見ようかと思ったのに。
「それで結果は?」
「確かに透明化する能力だけど、条件があったよ。この資料に全部あるよ」
アマネが渡してきたのは一枚の紙だ。一人の能力が細かく書けるようになっている。
シータ君の能力に関する情報がたくさんある。とりあえずそれは置いておいて、能力は力を与えたものを透明にすると書いてある。投げる、蹴る、握る、叩く、殴る、潰すなど。しばらくすると透明化したものは見えてくる、か。ほかにも細かく書かれている。
「これ全部調査の結果か。よくこんなに分かったね」
「アルサ君が手伝ってくれたからだよ」
なんだお前か。
「昨日見た子だなぁと思ったけど、手伝ってくれるし能力のことをばんばん言ってくれるし、すぐ終わっちゃった」
アルサ君は少し得意げな表情だ。若干照れてるようだ。アマネがいいお姉さんポジションになっちゃうね。
ひとつ気になったのは、レベルが書かれていること。シータ君は5と23、と書いてある。
「このレベルってなんだよ」
「それアルサ君が言ってたから書いたよ」
ならアルサ君に聞くほかない。聞く前に言われた。
「それはその通りレベルです。見えるので」
「ああ、なるほどね」
今後重要になりそうだな。
「あれ? シータ君はどこ行ったの?」
「お手洗いじゃないかな」
その後彼は帰って来なかった。決して天国にいった訳ではない。恐らく家に帰ったのだろう。身勝手な奴だ。
「そうだ! レイの能力も今から調査しようよ。」
アマネが急に提案した。それもいいかもな。
「よし。今からそうしますか」
アルサ君は面倒臭そうだ。
とある部屋に来た。教授が実験場として確保した所らしい。地下の頑丈で広く明るい殺風景な部屋だ。コンクリートがそのまま床や壁になっている。野球さえできそうだ。悪の組織みたいですけど。学園にこんな所あったのか。
アルサ君も付いてきた。一応協力してくれるらしい。
「それじゃレイ、能力を試してください。どうぞー」
全力で走った。壁伝いに部屋を一周して戻ってきた。疲れただけだった。
「何で、発動、しないの」
「それは条件があるから」
少し遠くにいるアルサ君が答えた。どうしたことだ。
「あなたが相手を敵だと見なした時に能力が発動するのでは?」
確かに少年は自転車を盗んだから、敵だと認識した。では何故使えない?
「使えないならその理由は簡単。敵と思ってないからだ」
ばーんと効果音が響きそうな言い方だ。確かにそうだな。
そしたら急にアルサ君が迫ってきた。こっちに走ってくる。何か嫌な感じがする。アマネが叫んだ。
「アルサ君やめて! 危ない!」
よく見るとナイフを手に握っている。鬼の形相だ。すると、飛び掛かって首筋に向かってナイフを!
〈 治癒する能力を手に入れました
手を繋いだ相手を高速回復できます 〉
また聞こえた。アルサ君は寸前で止めてくれた。
「どう? 聞こえたら成功だよ」
この時のアルサ君は殺意に満ちていた。
進展しすぎかなあ