新しい生活
とりあえず、引っ越した。
宮廷魔術師にもなったのだから、それなりの場所に住まなければいけない、と誰かに言われたのだ。
見栄とか利便性の問題ではなく、セキュリティー上の問題として。
今までのように下町に住んでいたら、盗賊とかに狙われる危険があるからどうのこうの。
宮廷魔術師になったら引っ越すべきだろう、と前々から思っていたから、俺は特に反論せずに、周囲の人がやってくれるに任せた。
持ち出す荷物は大した量ではないので、引っ越しは一日で終わった。
新しい住居は、まあ悪くなかった。
部屋の広さは前より広くて、それが三部屋もある。
一つを寝室、もう一つを居間と客間、三つ目は製図用の部屋にした。
寝室にはベッドと衣類を置く。
居間に置くべき物を何一つ所持していなかったので、そちらは後回し。
残った物は、取りあえず製図用の部屋に置いてみた。
がらんとした部屋にぽつりぽつりと並んでいる荷物を見ていると、まるで自分の部屋ではないように思えた。
いや、昨日まで自分の部屋じゃなかったのだから、ある意味当然だけれど。
他に語るべき物と言ったら、シャワールームか。
もちろん、共同ではなく、俺の部屋専用だ。
試しにお湯を出してみたけれど、湯沸かし装置はちゃんとした物を使っているようで、最初からお湯が出るし、途中で温度が変わったりもしない。
家賃はバカみたいに高いけど。
たぶん、それに見合った価値はある部屋だと思う。
俺はベッドに横になった。
見上げる天井は今までの物よりも少し高い。
目を閉じると沈黙に包まれた。
まだ日は落ちていないのに、この部屋は妙に静かだ。
前の部屋だったら、どこかで何かの作業をしている音が聞こえてきたものだけれど。
ここではそんな事をしている人はいないし、そもそも壁が厚いのだろう。
ジュース装置を使ったら苦情が来るかも知れない。
何か寂しいと思ったら、ミリアがいないからだ。
当たり前だ。
たぶん、ミリアとは二度と会えないだろう。
翌日。
俺は宮廷魔術師の本部へと足を運んだ。
本部は、どこかアカデミーに似ていた。
ここを利用する人間は、結局の所アカデミーの卒業生なのだから、自然と似たような感じになるのだろうか?
建物はアカデミーに比べるとさほど大きくはない。
でも図書室には、アカデミーの方には置いておけないような、秘密度の高い資料が保管されているらしい。
後で見に行ってみよう。
どうやら、宮廷魔術師一人一人のために書斎と作業部屋、それから客間が用意されているらしい。
贅沢な物だな。
書斎に行こうとしたら、部屋の前に十人ぐらいの人が屯していた。
その全員がドレスを着た若い女性だ。
上は二十代、下は十代……いや、もしかしたら一桁代かもしれない子もいるな。
こいつら、ここで何してるの?
この近くで女性向けの見せ物でもあるわけ?
と、一人の少女が俺の前に立った。
「あなたが、メケー宮廷魔術師さんでしょうか」
「あ、ああ。確かに俺はクズマ・ジ・メケーだが?」
「そうでしたか。私、カラミラル伯爵家のメリッサと申します」
メリッサと名乗った女性は、俺に近づいてくる。
あっという間にパーソナルスペースに踏み込んでくる。
……顔が近いよ。
「何か、ご用ですか?」
俺はできるだけ他人行儀に話しかけた。
しかし、謎女一号は無遠慮にてくる。
「特に用と言うことはないのですが。私、あなたの力になりたいのです」
「そう、ですか……この先、助けが必要になったら、呼ぶかも知れません」
今は必要ないからね、と伝えたつもりだったのだけれど。
謎女一号は察してくれなかった。
「きっと今すぐ必要になりますわ。だってそうでしょう? 宮廷魔術師っていろいろ物入りですもの」
「はあ」
「ここはぜひとも、カラミラル家の庇護下に入ってください。損はさせません」
ああ、そういう事ね。
さっそく貴族が繋がりを作りに来たんだ。
家長とか長男ではなく女の子をぶつけてきたのは、色香で落として操るためか。
「すいませんね。今、ちょっと部屋の中を確認しないといけないんで」
「これから、何かと入り用でしょう? きっと父が援助してくれましてよ」
「ああ、はい。そうですね。必要になったら、声をかけますので、その時には、ぜひ」
いい加減、帰ってくれよと、直接言おうかと迷い始めた。
しかし、気がついた時には、謎女二号と三号が両脇を固めていた。
「家の格なら私の実家も負けていませんよ」
「クズマさん。今度私の父が舞踏会を開くのです。あなたのお披露目にはちょうどいいと思いませんか。ぜひご参加を……」
俺はため息をついた。
今後、金に困って貴族に泣きつくしかない時が来るかもしれない。
だから、ここでこいつらに対して高圧的にでるのは得策ではない、そういう考えで我慢しようとした。
けど、そんな未来を見据えた行動なんて面倒なだけだ。
そもそも俺の性に合わない。
俺は謎女一号の方を見る。
「……ええと、すみません。あなたの名前、なんでしたっけ?」
「メリッサです。メリッサ・カラミラル」
「そうですか。カラミラルね。名前、覚えました」
「うふふ、嬉しいです」
下手くそな作り笑いを浮かべる邪魔な物体を、俺は睨みつける。
「あなたのような失礼な方とは、今後一切つきあいを持ちたくないと考えています。ご実家の方にもそうお伝えください」
「ま、待ってください。私が何か悪いことをしましたか?」
そう言って、悲しそうな顔を作るカラミラル。
たいていの男なら、それを見て、あわてて慰めに掛かるだろう。
しかし、俺にとってはもはや不快でしかない。
通り道をふさぐ障害物がどんな外見をしていた所で、それは邪魔者以外の何でもないのだ。
「あなたがここにいる事、それ自体が不愉快です」
「そっ、そんな……」
俺は周囲にいる謎女二号から十号までをぐるりと見渡す。
「あ、俺に名前を覚えて欲しい方はどうぞ、名乗ってくださいよ。漏れなくブラックリストに名前を記しておきますので」
もちろん誰も名乗らなかった。
全員が逃げるように立ち去った。
ざまぁ。
消え失せろ、できればこの世からな!
「はぁ……」
たぶん、この一件が原因となって、俺の立場はかなり悪くなるだろう。
でも、どうでもよかった。
金のために不快を受け入れるかどうか、という問題ではない。
たぶん、ここで我慢したとしても、俺が金を得られるわけではないのだ。
結局の所、あれは雅な美人局でしかないのだ。
金を得るどころか、むしろ俺が金をむしられる事になる。
いや、最初から金については期待されていない。
変わりに知識を、才能を……そして何も出てこなくなったらゴミのように捨てられる。
そんな未来しか待っていない。
想像したら、どっと疲れがわいてきた。
これが宮廷魔術師なのか?
こんな世界にはいるために、俺は必死に魔術を極めていたのか?
俺は一気に重くなった足を引きずるようにしながら、与えられた書斎へと入る。
「よう」
なぜかエルサムがいた。
書斎の中は、壁際に作り付けの本棚があるけれど中身は空っぽ。
それ以外で唯一の家具は、ちょっとお金の掛かっていそうなソファだ。
そのソファに、エルサムがふんぞり返っていた。
「なんでここにいるんですか?」
「面白い物が見れるかもと思ったのさ。聞こえてたぜ、廊下のやりとり。さっそくやらかしたじゃないか」
「帰ってくれませんか?」
俺は笑みを浮かべたが、たぶん引きつっていたと思う。
エルサムはニヤニヤと笑う。
「土産はないが、代わりに良いことを教えてやる。第四位は最近、落ち目だ」
「落ち目?」
「知ってるだろ。魔術妨害フィールドだよ」
確かに、あれを開発したのは第四位だが、それがなんだと言うのだ?
「あれは選抜部隊に未だ配備されているが、肝心の隊員がそれを嫌がっていてな。滅多に使いたがらない。むしろ、あれの存在を理由に選抜部隊への昇進を断る奴もいるぐらいの不人気ぶりだ」
「まあ、気持ちはわかりますけどね」
俺も使いたくはない。
だいたいあのフィールドを展開していたら、自分の魔術も使えなくなるし。
それでも、あのフィールドがいざという時に有効なのは、周知の事実だ。
「今まではそうだったが、最近では違う。周囲の国も長距離砲の開発を進めているからな。魔術で弾丸を加速するタイプのやつをな」
「戦場の進化……」
妨害フィールドは、魔術爆弾の爆発から身を守ることはできる。
でも、遠距離から金属の塊を投げつけられたら、妨害フィールドなんて何の役にも立たない。
防御シールドを展開するしかない。
むしろ選択肢として存在する分だけ、判断速度を低下させて足を引っ張る。
だったら、魔術爆弾すらも防げるシールドを装備して一択にするのが賢いというもの。
「もしかして……妨害フィールドが制式装備から外れるんですか?」
「ああ。軍は強化シールドの方に目を付けている。コンペの時にシールド系の研究が三つもあっただろ? どこかで噂が流れてるんだな」
「なるほど」
アルトムが「私の長距離砲なら三人まとめて吹き飛ばせる」なんて言っていたけれど、過激な冗談というわけではなかったようだ。
長距離砲を撃ち込まれても耐えられるシールドでないと、宮廷の気は引けない。
無理じゃないかな。
そんな強力なシールド、現実的に考えて作れるとは思えない。
「そっち関連は、基礎研究からやり直しだろうな。だから、おまえみたいな変わり種の魔術に光が当たったってわけだ」
「はあ」
「話がずれたが、要するに、第四位はもうダメだって事さ」
「あの……第四位の悪口を言いに来ただけですか」
「とんでもない。これは親切心からの忠告さ」
どういう意味だ?
「第四位は、少し前に俺の所にも来たんだ。なんかの研究に参加させてやる、みたいな恩着せがましいことを言っていたが、俺は断った。どうやら、三十位以下はみんな声が掛かっているらしい。次はおまえだろう」
なるほど。
そういう話か。
「それは……追い返しちゃっていいんですか?」
「それを決めるのは俺じゃなくておまえだろ。自分で判断できない奴は、ここじゃ生きていけないからな」
「来たばっかりで、判断材料がないんですけど」
「部屋の前の誘いを出禁にしたおまえがそれを言うかね? 俺でも、そこまではできないよ」
……これ褒められてるの?
褒められてないよね?
絶対バカにされてるよね?
「第四位は何の研究をしてるんですか?」
「魔術妨害フィールドだよ。他にあるか?」
「……」
なんていうか、諦めが悪い人なんだな。
「元第五位が殺される直前まで、第四位は何か新しい研究所を作っていたらしい。けれど、今はそれを中断していたそうだ」
「していた?」
「つい最近、また再開したんだ。そして下位の宮廷魔術師に声を掛けて回っている。怪しすぎるだろ?」
よくわからない話だ。
「研究施設って、何をするんですか? ここでも設備は十分だと思うんですけど……」
「だから、ここでできないような事をするんだろう? 元第五位みたいにな」
「人体実験とか、ですか?」
「さあて、どうだか……」
それは確かに参加したくないな。
丁重にお断りしよう。
「でも、どうしてそんなことを教えてくれるんですか?」
「こうでもしなきゃ、やってられないからさ。上の奴らは隠し事をしたがるが、下の俺たちはそれに騙されたら、あっという間に落ちぶれる」
なるほど。
情報の先行投資か。
「次に俺が何か危ない話を掴んだら、それを教えればいいんですね?」
「そうさ。話が早くて助かるよ。じゃ、俺は仕事があるんで帰るわ」
エルサムはソファから立ち上がり、部屋を出て行こうとしたが、扉のところで振り返った。
「で? どうだった? 宮廷魔術師になった感想は?」
「別に。だいたい予想通りでしたよ」
俺はそう答えた。
最悪だよ、と答えたいのを我慢して。
「ミリアの事が残念だったのはわからなくもない。
しかし、女がくれば辛く当たり、男が来れば笑顔で迎えるこの態度。
まさかとは思うが、ホモになる決意を固めたのか?」
大先生、そういうのやめてください




