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クズマ、ついに宮廷魔術師に


理解できない事が起こった。

釈放されたのだ、唐突に。


ケインと話してから数日ほどした頃に、何の前触れもなく部屋から連れ出された。

誤認逮捕に関する契約、みたいな意味不明な書類にサインさせられて。


そしたら釈放されたのだ。

何がどうなっているのか、よくわからなかった。


行くべき場所も思いつかない。

常識で考えるなら、家に帰るべきだろう。

けれど、たぶんそこにミリアはいない。

しかも警備兵に家宅捜査されて、荒れ果てているだろう。

そんな光景を見ても気が滅入るだけだ。



結局俺が向かったのは、アカデミーだった。

教授の部屋にノックもなく入る。


「クズマ君? ……いつ帰ってきたのかね?」

「ついさっきです。まだ家にも戻ってませんよ」


俺はフラフラと、近くにあった椅子に座る。


「そうか。なんというか、まあ、無事で何よりだ」


教授は何か考えていたようだが、俺の正面に立つ。


「ところでクズマ君。……一つ、伝えておかなければならない事があるのだが、君、宮廷魔術師になりたいかね?」

「は? ええ、まぁ……」


だがそれはもう無理になったんじゃなかったっけ?


「君が内定した。君が承諾すれば、そのまま決定となる」

「……いつ決まったんですか」

「もちろん君が拘束されている間にだよ。私の所に話が来たのは昨日の夕方だ」


理解できない事が起こりつつある。

俺が、宮廷魔術師に?



「俺は、なんかよくわからない容疑が掛かっていたと思うんですけど?」

「誤認逮捕だったんだろう?」

「まあ、確かにそうですけど……」


容疑の内容が間違っているだけで、バレれば逮捕されるような事をしていたのは確かだ。

いいのだろうか?


そんな事を考えていたら、カレッタが部屋に入ってきた。


「教授、さっきの資料を持って……クズマ? 戻ってきたの?」


カレッタは慌てて俺に駆け寄ってきた後、慌てて辺りを見回して、机の開いた所に手に持ったままの紙の束を置いた。

そして俺に抱きついてくる。


「カ、カレッタ?」


おいやめろって。

胸があたってるから。


「で? どうする? 君がどうしてもと言うなら断ることは可能だが……」

「え? 何がですか?」


話を聞いていなかったカレッタが俺と教授を交互に見た後、慌てて俺から離れる。


「クズマ君は、宮廷魔術師に内定している」

「えっ……。やったじゃない、クズマ。夢がかなうのよ」


わが事のように喜ぶカレッタの笑顔がまぶしい。


「夢、夢か……」


正直に言えば、もう夢でもなかった。

もはや、宮廷魔術師という言葉に、何の魅力も感じない。

こんな事続けても面倒に巻き込まれるだけだ。

断ってしまえ。

心の奥から、そんな声が聞こえる。


しかし、一呼吸置いて、教授の顔を見る。

カレッタの顔を見る。

そして今はここにいない人たち、教授の弟子として集められて、俺のコンペのために頑張ってくれた人たちを思い出す。

そしてミリアの事も。


約束。

それだけが、全てを失った俺に残された最後の持ち物だった。

俺は深呼吸すると、その決意を声に出す。


「俺は、宮廷魔術師に、なります」


そういう事になった。





任命式は王宮で行われると言われた。

教授も、さすがに今回は「ちゃんとした服を着ていくように」と念押ししてきた。


ちゃんとした服が何なのかよくわからないので、貸衣装屋に頼む事にした。

カレッタはついてきた。

おまえは出席する訳じゃないんだから、必要ないだろ、という言葉は、無視された。

襟にやたらと飾りが入った服を着せられる。


「服を変えても、クズマはクズマね」


着替えた俺を見て、カレッタは意味のわからないことを言う。


「放っておいてくれ」

「誉めているのよ」


カレッタはほほえむ。

俺も笑みを返した。

自分が上手く笑えているのかよくわからなかったけど。



王宮のホールのような場所で受勲を受ける。

両側の壁際には大臣や第一位を初めとする宮廷魔術師一同がずらりと並んでいる。

俺は役人の一人に言われて、部屋の真ん中で片膝を付いた状態で待機させられる。


しばらく待っていたら、奥から衛兵と一緒に誰かが出てきた。

なんかボンクラを形にしたようなオッサンだ。

やたら豪華で赤い布に金色の刺繍を入れた服を入れている。

偉い人なのかな、と思ったらその人の後ろから第三王女が出てきた。


……って事は、あれがこの国の国王か。

ボンクラとか思っちゃったよ。


いや、宮廷魔術師の暴走に振り回されている程度だし、実際ボンクラなのかもしれないけど。


それはともかく。

国王は俺の前までゆっくり歩いて来た。

隣の大臣から勲章を受け取って、それを俺に差し出してくる。


「クズマ・ジ・メケー。そなたを宮廷魔術師に任命する」

「ありがたき幸せです」


こういう場合の適当な返事がよくわからないので、そう答えておいた。

よけいな事を言って無礼扱いされても面倒だし、これでいいや。


その後、国王は特に何も言わずに退出して行った。

俺は立ち上がると、第一位の宮廷魔術師の方を見る。


「あなたが、第一位の宮廷魔術師ですか」


直接対面したのは始めてだ。

第一位は俺の方に怪訝そうな目を向ける。


「いかにも」

「……まあ、その内に、第二位になってしまうかも知れませんけどね」


俺が言うと、周囲の空気が凍り付く。

どんだけ自信家なんだよ、とか、もしかしてこいつ第一位が嫌いなのか、とか。

そんな視線が突き刺さるのを感じる。


確証はない、けど。

ケインの後ろにいる黒幕は、第一位の宮廷魔術師、ではない。

じゃあ誰なんだ、と言われても困るけれど、とにかくこいつではない。

顔を合わせる前から、それはわかっていた。


だからこそこんな事を言うのだ。

これで本当の黒幕は誤解する。

俺が第一位を疑っていると思いこむ。


これがお互いが長生きできる方法なのだ。


そんな事を、おそらくは何も知らず。

第一位はすぐに気を取り戻して俺の言葉に応じる。


「君の研究が、それだけの発展を見せてくれれば、我々も大いに喜ばしいよ」

「そうですか」

「コンペの時は、ラウデットプランツの促成栽培、という所が難点だった。あれを素早く育てても、何のメリットもないからな」


あー、笑ってるけど、それなりに怒ってるな、これは。


「これから研究を続けて、食べられる物を促成栽培できるようにしますよ」

「頼むぞ。それが成功した時こそ、おまえのような小生意気を宮廷魔術師にした甲斐があったと言うものだ」


すんごいトゲのあるエールを残して、第一位は去って行った。


でも、たぶん無理だろうな、と思った。

だって俺、クズだもん。

あれはミリアが下書きしてくれたから作れたのだ。

俺の設計図は長年の基礎研究に裏打ちされているわけではない。

中身のないハリボテなのだ。


まあ、怪しまれないように、やるだけの事はやってみようか。



というわけで。

俺は宮廷魔術師になった。

なんでちっとも嬉しくないんだろうな。


「これでよかったのかな……」


さあ?


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