一時の休息
「あなたは良くやったと思うわ」
「私の若い頃にも、こう言うことはあった。だが落ち込んだりするな」
「誰も選ばれなかったなら仕方ないな」
「残念な結果になってしまったようだ。だが、君の発表はみんなの心に残ったと思うよ」
いろいろな人が慰めてくれたような気がする。
けれど、結果は変わらない。
俺は宮廷魔術師にはなれなかった。
どこをどう歩いたのか良く覚えていないけれど、気がついたら自宅のある集合住宅の前に立っていた。
「帰るしか、ないか」
帰ったら帰ったで、ミリアがいる。
この状況を、なんと説明したものか。
それでも俺には、他に行く場所などないのだ。
「クズマさん、おかえり……なさい。えっと、どうしたんですか?」
「ただいま。何も聞かないでくれ」
俺は上着も脱がずにベッドに倒れ込む。
ミリアは心配そうな顔で近づいてくる。
「クズマさん、何か嫌なことでもあったんですか?」
「何も聞かないでくれって言ってるだろ」
「そう言うわけには行きませんよ。なんか辛そうな顔されたら、気になるじゃないですか?」
「だったら、作り笑いでもしてろって言うのかよ。こんな気分の時にさぁ!」
俺は起きあがるとミリアをにらみつける。
ミリアは一瞬、怯えるような表情をみせたが、むしろ近づいてくる。
「今日ってコンペの日ですよね? 結果はもう出てるんですか?」
「……正式発表はまだだけど、結果は出たも同じだ」
「どうなったんですか?」
ミリアは一応、流れ通りの質問をするが、そこに惰性以上の意志などあるまい。
俺のこの様子を見れば答えはわかっているだろうに。
「ダメだった」
「はぁ……」
「ダメだったんだ。俺は宮廷魔術師になれなかった」
口から言葉として吐き出すと、急に重い現実がのしかかってきた。
俺はまたベッドに倒れる。
「べ、別の誰かが選ばれたって事なんですか?」
「誰も……」
「えっ?」
「誰も選ばれなかった。新しい宮廷魔術師は、出さないことに決まった。少なくともコンペの発表者からは」
「な、なんですかそれ。話が違うんじゃ……」
ミリアは何か困惑している。
「俺にもわからないよ」
「コンペって、宮廷魔術師を選ぶために開かれたんじゃないんですか?」
「そのはずだよ」
「出さないって、どういう事ですか?」
「俺が知るかよ……」
まったく意味がわからない。
早く次の宮廷魔術師を出さなければいけないんじゃなかったのか?
あれは嘘だったのか?
俺より優秀な発表に、たとえばアラエントの義足とかに負けてこうなったというのなら、まだ納得ができる。
しかし、俺が負けたのは無だった。
俺は無に負けたのだ。
どうやって納得しろと言うのか。
「それで、これからどうするんですか?」
「うるさいな。放っておいてくれって、言ってるだろ!」
俺が叫ぶと、ミリアは深いため息をつく。
「クズマさん。私に八つ当たりするのはやめてくれますか?」
「八つ当たりなんて、俺は……」
「していますよね? 今叫んだのが、まさにそれですよ」
「……」
「さっきから、クズマさんは自分のことばっかりです」
「そうかな……」
「辛いのはわかりますよ? でも、クズマさんが出世できないって事は、私への報酬もなくなったって事ですよね? それ、わかってますか?」
ああ。
やっぱりその話になるんだな。
その部分への答えが用意できなかったから、話を打ち切りたかったのに。
「あ、ああ……その、ごめん。本当にごめん」
「クズマさんには本当にがっかりです」
俺のせいではない、という言葉が喉元まで出掛かった。
けれど、約束したのは俺だ。
あんないい加減な話を、確実性のある未来だと信じて、ミリアに協力を強要した。
うまく行けば大金持ちになれるなどと言ってしまった。
信じていた夢が、紛い物だったとも知らずに……
「ごめん。本当にごめん……、許してくれ」
気がついたら俺は、床に正座し、額をこすりつけていた。
俺は失ったのだ、宮廷魔術師という未来を。
ここでミリアまで失ったら、俺は本当に全てを失ってしまう。
ミリアだけは引き留めなければならない。
そのためには、どんな惨めなことをする覚悟だってある。
「謝らなければいけない相手は、私だけですか?」
言われて俺は顔を上げた。
意味がわからなかった。
「ミリア、何を言ってるんだ?」
他の誰に謝れと言うのか?
「クズマさんは、アカデミーに何日も泊まり込んで何かしていましたよね? 何をしていたんですか?」
「コンペで発表するために、魔術具の試作品を、作っていたんだ」
「それはあなた一人でやっていたんですか?」
「いや、教授とか、カレッタとか……あと他にも十人ぐらい、手伝ってくれた、けど……」
「そうでしょう? 謝るのは私だけじゃないですよね? その人たちにも同じぐらい、誠意を見せないといけませんよね」
「……」
それもそうだ。
疲労度で言うなら、ミリアと同じかそれ以上に酷使されていた。
「今からでも、お礼を言いに行った方が、いいだろうか?」
「もう夜だから今から行くのは相手にも迷惑じゃないですか? でも明日になったら、ちゃんと行きましょうね?」
「ああ、そうするよ」
何をやっているんだ、俺は。
そんな簡単なことにも気づかなかったなんて。
「俺はバカだ」
「そうですね。クズマさんって、頭は良いけど、時々とんでもないところが抜けてますよね」
ミリアは手を伸ばして、俺の頭を軽くなでる。
「じゃあ、今夜は私が慰めて上げますよ」
「っ、いいのか?」
「クズマさんを慰めるなんて、私以外に誰ができるって言うんですか」
「ああ……」
ミリアがいてくれて本当に良かった。
そうでなければ、俺はここで潰れてしまっていただろう。
「それじゃあ、私のことをレディーとして扱うのです」
ミリアは言う。
今夜はミリアがリードをとる流れなのかな。
「レディーの扱いにはあまり詳しくないんだ。どうすればいい?」
「まずは夕食にしましょうか。お腹すきました」
俺はミリアと一緒に、食事を作る。
ミリアは、俺がいない間に少しは料理をしていたようで、下拵えの手際は悪くない。
有り合わせの物を放り込んで茹でただけのシチューができあがったので、二人で食べた。
「次はシャワーを浴びましょう」
「ああ」
あれ、いつもとあまり変わってなくね?
更衣室で、ミリアは服を脱がずに突っ立っている。
「どうした?」
「レディーは自分で服を脱いだりしないのです」
「そうかなぁ?」
「そうなのですよ」
ミリアがそう言うなら、とりあえず従っておく。
俺はミリアの服のボタンを一つずつ外していく。
「なあ、これって……レディーと言うより、どこかの姫か何かじゃないの?」
「おやおやクズマさん。私に謝ると言ったのは嘘だったのですか?」
「はいはい、お姫様。なんなりとお申し付けくださいませ」
俺はあの第三王女が付き人に服を脱がされている光景を想像する。
いや、おかしくない?
自分で脱げる構造の服は自分で脱ぐんじゃないの? よく知らんけど。
なんか面倒くさいモードに入っているミリアを裸にしてから、抱き上げてシャワールームに入る。
「さあ、私の体を洗うのです」
「はいはい」
「もっと力を抜いて、やさしくするのです」
「こんな感じか?」
「そうです。あ、胸は……ひゃんっ」
「レディーは体を洗われている時に、そんな声を出したりしないと思う」
「クズマさんが下手なんですよ」
「むしろ上手いから意図せず声を出させてしまうという可能性」
「う、内股はやらなくていいですからね」
「いや、レディーならむしろこういう所をちゃんときれいにしないとな」
「あっあっあっ……」
シャワーが終わった頃には、いつも通りに、ミリアの顔は真っ赤になった。
ちょろいな。
「前から思っていたけど、クズマさんって乱暴すぎるんですよ」
部屋に戻ったら、ミリアはそんな事を言い出す。
「そんな事はないだろう。俺ほどの紳士が他にいるというのか?」
「その紳士ぶりを、ベッドの中でも発揮してくれると嬉しいんですけど」
「何が不満なんだよ。頭は掴まないようにしてるだろ」
「その代わりに、肩を掴むじゃないですか。なんか力込めて……あれも痛いんですけど」
難しい事を言う。
「それじゃあどこに手を置けばいいんだ」
「ちょっと私の言うとおりにしてみてくれません?」
「ほう?」
「まず、ここに横になります」
ミリアはベッドを手で叩く。
よくわからないが、言われたとおりにしてみた。
「それで動かないでください」
「ええ?」
いつもは俺が上なのだけれど、今日はミリアが上だ。
妙な気分になってくるけど、悪くなかった。
気づいたら、朝になっていた。
ミリアは先に目を覚ましていて、毛布を羽織った姿で製図板の前に座っていた。
「もういいんだぞ。別に設計図書かなくたって」
俺が声を掛けると、ミリアはさわやかな顔で振り返る。
「これは勝手に頭の中に出てくるんですよ。書かないと消えてくれないっていったじゃないですか」
「あれ? このまえ俺、やるためだけに帰ってきたけど、その時も書いたのか?」
「書きましたよ。そこにあるから暇な時に見といてくださいね」
ミリアは紙の束を指差す。
「この設計図だって、次のチャンスに使えるかもしれませんよ?」
「どうだろう?」
「やっぱり無理でしょうか?」
宮廷魔術師なんて大チャンスは、二度と巡ってこないだろう。
それ以外で、設計図の使い道なんて、あるだろうか?
「売れば、お金になるかもな」
「設計図を売れるんですか?」
「魔術師は、そうやってお金を稼いでいる人も多いからな」
研究職なんて、そんな物だ。
誰かに気に入られれば、勝ち組になれる。
長距離砲のアルトムとか、正にそのパターンだな。
少なくとも生活費と研究費に困る事はないだろう。
お金の面で安定しているからこそ、本人も名誉が欲しいとか言って酔いつぶれていられる。
あれは贅沢な悩みというやつだ。
宮廷魔術師は無理かもしれないけど、まだ他のチャンスはあるかもしれない。
ミリアの設計図があれば、ミリアさえいてくれれば。
「ありがとう」
俺はミリアを抱きしめる。
「どうしたんですか、クズマさん。急に」
「ミリアがいてくれてよかった。本当に俺は幸せだ」
「そんな……大げさですよ」
「大げさなんかじゃない。本当に感謝しているんだ」
「そうですか? まるで今までのありがとうは、嘘だったみたいな言い方ですね」
妙な笑みを浮かべるミリア。
「なっ? 別にそんな事はないよ?」
「怪しいですね……」
うぬぬ。
「ミリア。俺の言葉を疑おうというのか?」
「だって信用ならないんですよ」
「そんな生意気なことを言うと、どうなると思う?」
「どうなるんですか?」
無邪気な問いを放つミリア。
そうか、では教えてやろう、その体にな!
「せっかくだから、もう一枚、設計図を書いてみるか?」
「えっ、それって……」
ミリアが言い終わる前に、俺はミリアを抱き上げた。
「ちょっ、何するんですか?」
「お姫様だっこだ。姫扱いは継続中だぞ」
「そういうの求めてませんからっ」
文句を言うミリアを抱えたまま、ベッドに逆戻りだ。
「いいではないか、いいではないか!」
「ぎゃあっ? このケダモノぉぉっ!」
ははっ。
やっぱり下よりも上の方が楽しいよなぁっ?
《業務連絡》
「大先生」が収容違反により復活しました
施設内を捜索し、発見し次第、速やかに終了させて下さい
確保は必要ありません




