宮廷魔術師コンペディション 後編(前)
マックスが舞台から追い出された後も、審査員席の宮廷魔術師からは厳しい言葉が続いた。
「あのような発表を許しても良いものか?」
「見かけだけで中身がないのは、良くないな」
「他人の設計図の丸写しというのがまずい。そのような粗忽物に金を支払うために、宮廷魔術師の制度があるわけではないというのに」
「あのような物で第三王女の歓心を買おうとは、度し難い」
さんざんな言われようだ。
他の発表も今一つだったが、それをさしおいても、マックスが宮廷魔術師になることは、万に一つもないだろう。
他人事なのに心が痛い。
エルサムはと見れば、無言で何かを考え込んでいた。
その内心は推し量れない。
ほらな。
図書館のサムことエルサムのアドバイスは、やっぱり間違っていた。
ジュース装置の改良に挑戦しなかった俺が正解だった。
悔しくなんか無いぞ、ちくしょう。
カレッタが、慰めるように俺の肩に手をおく。
「ほら、そんな顔しないの」
「どんな顔に見えると言うんだ?」
「古傷をえぐられて、泣き出しそうな顔」
「そんなひどい顔はして無いぞ」
俺がカレッタを睨みつけると、カレッタは、そうかしら? とでもいいたげにほほえむ。
「そんなことより、次の次はあなたの番よ。そろそろ舞台袖に移動しないと」
「そうだな」
次の発表は舞台袖から見ることになりそうだ。
楽屋に行くと、講堂の作業員たちが俺たちの作った装置を移動させようとしているところだった。
「来ないのかと思いましたよ。じゃ、行きましょうか」
「ああ、頼む」
装置を数人掛かりで持ち上げて、大きな台車にそっと乗せる。
あとは、廊下を運ぶだけだ。
廊下は、さっきと違って空いていた。
時々、発表を終えた後の魔術師とかがうろうろしていたりするぐらいで、それもこっちを見れば避けてくれる。
おかげで移動はスムーズに行えた。
舞台袖の手前では段差があったけれど、そこにはもう、即席のスロープが作られていて、難なく運び込まれた。
舞台袖の端には、さっきの巨大ピエロが鎮座していた。
どことなく寂しそうに見える。
マックスに対しては、ふざけんなしね、としか言えないが、この機械にはちょっと同情する。
一度世に出たときに酷評されたのは仕方ないとして、今日ここで酷評される必要はなかった。
二回殺されたようなものだ。
酷いことをする。
と、もう一つの装置の所にいた人が俺の方に近づいてくる。
「やあ。君が最後の発表者かな?」
「誰ですか?」
俺は聞くが、ここにいそうな人物なんて一人しかいない。
俺の前の番の発表者、アラエントだろう。
まだ発表は始まってないのかな?
「俺は。アラエント・バスティアン。次の発表者だ」
「そうですか。俺はクズマ・ジ・メケーです」
「やはりか。この機械には思い入れがあるのかな?」
「……発表していたのは別の人ですよ」
俺は適当に話を逸らしたが、アラエントはニヒルに笑う。
「さっきの発表は、なんとも言えない感じだったが……これの中身を作ったの、本当は君なんだって聞いたよ?」
「知っているんですか?」
「有名だよ。いろいろな意味でね」
アラエントは妙な笑いを浮かべる。
そういえばエルサムも俺を知っていたし、一体、どんな意味で有名なんだろうな。
想像もしたくないけど。
「発表の順番のはずだけれど、行かなくていいんですか」
「呼ばれたら行くさ。だから本題を急ぐことを許してくれるかい? 俺が知りたいのは君の発表だよ」
「はあ」
「他の人の発表は、プログラムに書いてあることを読めば、だいたいは理解できる。しかし君の発表の内容。これだけが、よくわからないんだ」
「あなたの発表も、タイトルだけじゃよくわかりませんけど」
「何、あれを見れば一目瞭然さ」
アラエントが指さした先には、少女が立っていた。
年齢は俺と同じぐらい。
床まで届くロングスカートをはいて、無表情でこちらを見つめている。
助手だろうか?
その少女の隣には、台車に乗せられた変な物があった。
人間の足、の実物大模型……。
いや、義足かな?
あれは一体何だろう?
「俺は思うんだ。今までの発表は、どうにもインパクトが足りなかったんじゃないかと」
アラエントは演技過剰に両手を広げる。
「だから俺はインパクトを重視した。俺の発表がすごいものであると、皆に伝わるようにね」
「なるほど。それはいい考えですね」
まあ俺とあまり変わらない考え方だな。
しかし、こうやって他人から滔々と語られると、不安になって来るものだ。
インパクトだけあったって、何にもならないんじゃないか、と。
係りの人が、アラエントを呼ぶ。
「さてと、行かなくては……。君の発表が、俺の後でも見劣りしないものであることを願っているよ」
すごい自信があるようだな。
というか、普通に会話しちゃったけど、もしかしてアラエントって、嫌な奴なんだろうか?
アラエントは堂々と舞台に出て行った。
助手らしき少女が、台車を押して後をついて行く。
発表が始まる。
俺とカレッタは舞台袖からその様子を見守った。
「ここ最近は、ちょっと戦争が多い。そう思いませんか」
アラエントの発表はそんな一言から始まった。
「戦争になるのは仕方ないことです。そして、やるなら勝ったほうがいい。しかし私が問題にしたいのは、それによって負傷者がでる事です」
「特に優秀な戦士が手足を失って使い物にならなくなってしまうのは、大変に大きな損失と言えます」
「そこで、これです。義足!」
アラエントが声を張り上げると同時に、助手の少女が大きな身振りで義足を指し示す。
その後は、装置の小型化と軽量化とか、省エネルギー化とか、思考を読みとって動きに反映するシステムの改良とか、そんな物の説明が続いた。
助手の少女が、アラエントの指示に従って、なんか歩き回ったり、両手を天に突き上げるようなポーズをしたり……
「なんだ? あれは何か意味があるのか?」
「まさか、インパクトってああいうのを言うんじゃないでしょうね?」
カレッタが顔をひきつらせながら言う。
たぶん俺も似たような表情をしていた。
そういう意味で微妙に不穏な気配もあったが、一通りの説明は終わった。
問題はここからだ。
またアルトムが手を挙げている。
舞台側から見てるとわかるけど、なんか横の奴からメモを回されたり、わき腹をつつかれたりしてるな。
王族付きになっていると思ったら、こっちもそういう役回りなんだな。
ともかくアルトムの質問だ。
「その義足は、本当に実用に耐えるような物なのか?」
「もちろんです。既に実験ではよい成果を出せています」
アラエントは平然と答える。
「そこに実物があるんだろう? 動いているのを見せて貰うわけにはいかないのか?」
「これは、中身は一応本物なのですが。実は一世代前の試作品なのです。それに、足に取り付けないと制御信号が流れないようになっていましてね」
これは微妙な言い訳だった。
足がない人間には試せない。
実際に足がない人間がここにいたとしても、つけたばかりでそう上手く立ち回れるわけもないだろう。
しかし、やはり実物が動く所を見たい。
傷病軍人などを連れてきて、実演させるべきではなかったか。
「義足の類は昔からあったが、動きが不自然に成るし、生身の脚ほど自由には動けないと聞く。その辺りはどうなっているのかね」
「これはその手の物とは違います。言われなければ、そうだと気づかれない程度には、本物らしくできますよ」
「本当かな?」
「本当ですよ。なぜなら、あなたたちは実際に気づいていませんから」
会場がざわつき始める。
ありえない、という思いと、まさか? という思いが入り交じる。
アラエントは少女に向かって言う。
「スカートを脱ぎなさい」
おい、公衆の面前で何を言ってるんだおまえは……というつっこみは、実際に少女がスカートを脱いだことで、吹き飛んでしまった。
すぐにその事に気づいた観客席の人々は、あわてて身を乗り出して、少女の足を見ている。
少女の両足は左右で違った。
片足は生身だが、もう片方は義足だった。
本当だ。
あの少女、さっきから舞台の上で、不必要にいろいろ動き回っていたけれど、そう言うことだったのか。
ちっとも気づかなかった。
アラエントは笑顔で話し出す。
「驚かれましたか? 彼女は、故郷の村が突風で壊滅してしまいましてね。その村の住人は何人も奴隷落ちしてしまったのですが……彼女の場合、足を失う大ケガを負っていたせいで、奴隷としても良くない扱いを受けていたのです。それも、私と会うまでの話でしたけどね」
少女は、義足の方で片足立ちになって見せる。
生まれた時からそうだったかのように、違和感のない動きだった。
「私からみなさんに伝えたいことは以上です。何か質問などがあれば答えますが?」
アラエントは笑顔で言うが、質問など残っていなかった。
発表は完璧であったと言える。
俺は隣のカレッタに小声で聞く。
「あれ、どう思う?」
「かなりの、強敵かもしれないわね」
「だよなぁ」
インパクトはあった。
それだけではない、中身もしっかりしている。
あれが実現することによって、どれだけのメリットがあるか。
ライバルとして強力なのは確かだ。
もうおまえが宮廷魔術師で良いよ、とすら思いそうになる。
あれの次に発表させられる奴はかわいそうだなぁ、と素直に思う。
まあ俺なんだけど。
俺とカレッタは、装置の乗った台車を押しながら舞台へと出て行く。
カレッタが小声で
「なんか、嫌な視線を感じるんだけど」
「そうか?」
「いや、なんて言ったらいいのかしら。さっきの女の子が脱いだから、こいつも脱ぐのかな、みたいな」
「あー」
確かに俺も、見る側だったらそう思っていたかもな。
この会場にいる人間、八割ぐらいは男だし。
迂闊なことに期待してしまうのは仕方がない。
「発表が終わる頃には、そんな事言っている余裕なんて残ってないさ」