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銀の薔薇に祈る  作者: 新田 葉月
お茶の時間
34/37

第三十二話 突風が暴く真実

(渡せた……!)


 満足感から小さく跳ねた。顔を隠す目的で被っていた帽子がズレる。

 フィルラインの好みを詰め込んでみたが喜んでくれるだろうか。ティーリアは緩む頬を抑えて弾む足で部屋へと向かう。


 しかし、ぴたっと足が止まった。

 葉も落ち始めた木に隠れるように、二人の男女が寄り添っていた。逢い引きの現場である。しかも、女性の方はフレンテラ派閥中心人物であるルーシー。

 ロードニスの後宮は一風変わっており、自由恋愛が許可されているので問題はないが……。目の前を通るのはやや不粋というものだ。反転して、来た道を戻る。

 ルーシーと逢い引きしていたのは一介の騎士のようだ。何となく意外だった。彼女の家は建国当初からある由緒正しき家で、身分の低いものを好まない。彼女はもっと地位の高いものと付き合うと思っていたのだ。

 身分さの恋は物語でこそ許されるもの。

 熱に浮かされたような口調で愛を囁く騎士を思い出し、少し胸が痛んだ。



 強く吹く風が残り少なくなった葉を落としていく。後宮の庭は一日に何度も掃除されるので落ち葉が大量に落ちているということはない。

 角を曲がった時、視界に緑の髪が映った。慌てて足を止め、木の陰に隠れる。

 緑色の髪の持ち主は、カロリナ・フレンテラ。

 遠くからでもよく映える鮮やかな色のドレス。緑色の髪と吊り目がちな金色の瞳。今日もまた髪にゴテゴテと装飾品をつけ、大きな帽子を深めにかぶっている。彼女こそ、先ほど見たルーシー達を束ねるフレンテラ派閥のトップだ。

 嫌われているようだし、自分から行って刺激したくはないのだが、もうここしか道がない。

 諦めて、カロリナの元へ向かう。


「……あれ」


 近づくにつれ、明確になる異変に小さく声に出した。

 カロリナの様子が少しおかしい。いや、カロリナではない。その周囲だ。近くに一人として侍女が居ない。侯爵令嬢のカロリナには考えられないことだ。

 

「カロリナ様、どうかなさったのですか?」

「なっ!? ティーリア様っ!」


 カロリナは明らかにマズいものに見つかったという顔をした。


「ど、どうかってなんですの? なにもありませんけれど!」


 やたらと上擦った声だ。合わない視線からも何か隠しているのがすぐに分かってしまう。気が付かなかった振りをしてさらに距離をつめた。


「カロリナ様、なぜお一人なのですか? 侍女はどうしたのです?」

「えっ……?」


 その顔に予想外と書いてある。

(……カロリナ様ってこんなに分かりやすかったっけ?)

 感情をあまり制御出来ない質であるのは分かっていたがここまでとは……。

 内心で首を傾げる。まあ、いい。


「後宮といえども危険がないわけではありませんわ。今は日も暮れているのですし、カロリナ様を一人にするなんて……と気になって。よろしければ教えていただけませんか?」

「べ、べつに特別な理由があるわけではありませんわ。先程の強風で愛用していたハンカチが飛んでいったので取りに行ってますの」 

「六人も?」


 つい、責めるような声になってしまった。この後宮は一人の令嬢に対し、侍女は六人までと決まっている。そのかわり女中が多いので不便はしないはずだ。

 確かカロリナは六人侍女が居たはず。

 全員が取りに行ったのだとしたらその侍女達は余程の無能だ。


「そ、それは違いますわ。っ、というか、ご自分はどうなんですの!」


 話題を反らすために扇子をティーリアに突きつける。


「貴方だって一人ではないですか、わたくしに言えたものではありませんわ!」

「私は大丈夫です。カロリナ様ほどの美貌も、爵位も持っていませんから狙われることはまずあり得ませんもの」


 それに、いざとなったらティーリアには自己防衛の手段はいくらでもあるのだ。

 そう告げるとカロリナは眉を寄せた。


「なにを言ってますの? 爵位はともかく美しいですわよ貴方」

「えっ……と?」


 まじまじとカロリナを見つめてしまう。

 何の含みもなくティーリアを美しいと言ったのだ。熱でもあるのかもしれない。カロリナの額に手を当てる。


「な。なんですのっ!?」

「熱はありませんね」

「あ、当たり前ですわ! ……もう。貴方冷えてるでしょう。指が冷たいわ。わたくしではなく貴方の方こそ熱を出しますわよ」


 さっさと帰りなさいまし、という台詞はティーリアと一緒にいたくないと言うわけではなく、心配から生まれるものだった。だから心の底から不思議に思う。どうしてこんなに優しいのだろうか。

 少し悩んだ末にティーリアはカロリナの横に立つ。


「では、侍女が来るまではご一緒させてくださいね。一人は危険ですわ」

「貴方がいた所で何になりますの……」

「私、意外と役に立ちますよ。えっと、例えばこの装飾品は電気が流れるようになっていてですね、こう……、不届き者が出たらバチッと」

「貴方割と物騒ですわねぇ!」

「えへへ。他にもまだあるんですよ」


 普通に会話できたことが嬉しくて、嬉々として耳の装飾品にも触れる。


「もう結構、きゃっ」

「わっ!」


 今までで一番強い風が吹いた。かなりの強風に下ろしたままの髪の毛がぴしりと顔を打って痛い。


「あっ……!」


 ティーリアとカロリナの帽子が飛ばされてしまった。風が止み、帽子を探すべく目をやるとティーリアの被っていた帽子は、遠くに飛ばされたのかどこに行ったか分からなくなってしまった。

 装飾品が多く、重かったためかカロリナの舞い上がった帽子だけはすぐ近くの木に引っかかっている。


「カロリナ様の帽子はありましたわ」


 そう笑ってカロリナを振り返る。

 が。


「えっ――――……」

「見ないでッッ!!」


 ティーリアが驚きの声を上げたのは、カロリナが叫んだのとほぼ同時。

 悲鳴を上げて座り込んだカロリナの髪は――――――……この大陸の女性には有り得ないほど、極端に短かった。



「見ないで……」


 悲痛な声がティーリアの心に刺さる。

 きっと慰めも同情もきっと欲しくない。

 先日のお茶会で、カロリナが怒気を顕わにしたのは、髪の事に触れた時ではなかっただろうか。

 やたらと髪に装飾品をつけているのもカツラをつけている不自然な髪を誤魔化すため。


 この大陸では女性は髪をとても大切にする。きっと短い髪は望んでなったものではない。

(そういえば……キシが言っていたわ)

 最近貴族の女性ばかりを狙った連続髪切り事件が起こっていると。カロリナはその被害者なのだ。言葉が出ない代わりに風で少し飛ばされたカツラを拾い上げ砂埃を落とす。


「失礼します」


 そして座り込んでいるカロリナの髪に丁寧に付ける。放心気味の彼女はティーリアにされるがままだ。手櫛で整えようとするが質が悪いのかあまり馴染まず不自然になる。

(誰かが来る前に、急がなきゃ)

 髪が短いなど知られてしまったらカロリナは侮られてしまう。必死で手を動かす。


「どう、して……」


 不意にほろほろとカロリナの瞳から涙が滴り落ちた。


「貴方は、何も、思わないんですの……? こんな風になった髪を見て」

「思います。カロリナ様の美しい髪を切った人が許せないと」

「……っ!」


 ポケットからハンカチを取り出してカロリナの涙を拭う。次々に溢れる涙にティーリアの胸も痛んだ。

(ずっと、抱え込んでいたの……?)

 着飾るのが好きなカロリナだ。どれくらい辛かったのだろうか。


「貴方は……、いったい、どういう人なんですの……?」


 その問いの意味を僅かに考えた。

(カロリナ様は、私の噂に私の印象を重ねて嫌がらせをしていたのかしら?)

 そう考えるとカロリナが今、優しいことに納得がいく。だが、別の疑問も残る。

(カロリナ様が嫌がらせをする他の令嬢たちにはそんな噂のない人も多い。それは何故?)


「っ!?」


 カロリナが真っ青になって声にならない悲鳴を上げた。……話し声が聞こえる。

 髪はまだ整っていない。どこの令嬢かまでは流石に分からないが、このままでは不味い。


「やだっ、来ないで……!」

「大丈夫ですよ。カロリナ様、私に任せて下さい」


 カロリナの焦った声。迷ったのは一瞬だった。

 言うと同時に心の中で呼び掛ける。


(ミヤナ)

『お呼びでしょうか、姫様』


 現れたミヤナはカロリナを見て眉を潜めた。精霊と会話するだけなら声を出さなくて構わないが、精霊術を遣うには言霊が必要だ。

 だから多分、精霊遣いだとバレてしまうだろう。だが、それでもいい。

 俯いて震えるカロリナを守りたいと思った。

 ティーリアは瞳を煌めかせて、神聖なる精霊語を舌に乗せる。


『風を操りし精霊ミヤナ。私の願いに応じ、力を解放しなさい。風は貴方の味方。その力を使い、帽子をこの手に』

『……畏まりました』


 ごめんね、と心の中で謝るが返事はない。怒っているのだろう。ふわっと吹いた風が木に引っかかったカロリナの帽子をティーリアの手まで運んできた。


「えっ……?!」


 明らかに不自然な風にカロリナが目を見開いた。ティーリアはふっと微笑む。


「言ったでしょう? 私、意外と役に立つんですよ」 


 そう言って片目を閉じてみせた。帽子から手を離したすぐ後に令嬢たちが一礼し通り去ったことにほっと安堵の息を吐く。


「……今何を、」

「カロリナ様っ!」


 通り過ぎたのを見計らって、カロリナが何かを言い掛けるが、そこに丁度、付きの侍女が帰ってきた。


「カロリナ様っ、こんな女と……! 大丈夫ですか!? 早く帰りましょう!」

「ちょっ、ちょっと待って。わたくしっ」


 ティーリアをみて侍女は顔をしかめ、カロリナを連れ帰ろうとした。しかし、カロリナは動かない。


「カロリナ様? まさか何かされたのですか……!?」

「ち、違うわ。待って、お礼をっ」


 もどかしげなカロリナに、有無を言わせない「ティーリア・ ファンレーチェ(・・・・・・・)」として学んだ冷たい笑みを浮かべる。


「安心なさって下さいませ。カロリナ様が忘れてくださる限り、私も事を口外いたしませんから」 

「ティーリア様?」


 うっすらと笑ったままわざと脅すような言葉を口にする。


「秘密が漏れたときどちらの被害が大きいか、よく、考えてくださいね」

「ッ! 貴方カロリナ様になんて口の聞き方を!」


 ティーリアを睨みつけてきた侍女にも同様の笑みを向け、身を翻した。


「ティーリア・ダウス!」


 その声に振り返るとぴしりと指を差された。その顔は真っ赤だ。


「お、おおお覚えてなさいませっ!」


 動揺しているからかまるで喧嘩を売っているような台詞だ。

(やっぱり良い方みたい)

 ティーリアはバレないよう、小さく笑って部屋へと戻った。


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