3. 残念です
結論から言うと、死んでから一日経った今、あの世への行き方はまだわかっていない。
それ以上にがっかりすることがもう一つあった。
「ママにもパパにも、友達にも見えないなんて……」
はあ……とシェリアはベッドの上で項垂れる。
なお、ベッドの上に乗る! と意識しているからその上に腰掛けていられるが、やろうと思えば天井や床もすり抜けられるので、二階の自室からベッドをすり抜けて一階のリビングに向かうことが可能である。
「せめてお手紙書きたかったなぁ」
気付いたら死んでいたので、これまでの感謝もお詫びも何一つ伝えられていない。
幽霊になった直後は彼らから見えないと思っていたため、さっさとあの世へ向かおうと思っていた。
だが、アンドリューたちに見えるのならば、と期待していたのに。
ポルターガイスト現象というのを聞いたことがあったため、幽霊となった今不思議な力で物を動かせるのではないかと思ったが、ペンや紙に触れても全く動く気配が無かった。
「残念だ……」
そうして落ち込んでいたところ、コンッと窓に何かが当たる音がした。
カーテンを開けようとして、触れられないことを思い出す。
シェリアはカーテンごと窓をすり抜けて、外に顔を出した。
「シェリア!」
アンドリューから潜めた声で叫ばれて(とても器用だ)、シェリアはふわりと隣の家へ飛び移った。
シェリアの家の隣には、元婚約者候補である幼馴染たちが住んでいる。
幼い頃に両親を亡くした彼らとは、よくお互いの家を行き来したものだ。
飛び移った先の部屋には、アンドリューだけでなく兄弟全員が揃っていた。
「良かった、まだ居てくれた」
「ほんとにな、もう消えてたらどうしようかと」
「試す前に行ってしまわれては困りますよ。せめて一声掛けてください」
「そうそう、オレらのこと置いていかねえでくれ」
「僕らシェリアの為ならなんだってするからさ」
離れることを名残惜しんでくれる彼らを見ると、胸が温かくなる。
「みんな……」
自然とシェリアの顔に笑みが浮かんだ。なんて良い幼馴染を持ったのだろう。
「さ、早くやってしまおう」
「そうだな」
「?」
一体何を――と思っていたら、アンドリューから部屋の真ん中まで手招きされた。
「床に何か描いてある?」
普段はカーペットが敷いてあったはずだが、今は取り払われて板張りの床が見えており、その上に白いチョークで大きな円や様々な図形が描かれていた。
シェリアはその中心に立たされている。
「これは魂を固定する魔法陣です」
静かに告げるウェルドの言葉を反芻したが、耳馴染みが無さすぎて意味がわからない。
魔法陣なんて物語の中でしか見たことがないが、彼らはそれを信じているのだろうか。
「魂を固定? どういうこと?」
「色々と調べたのですが、まずはこの世からシェリアの魂が離れていかないようにする必要があるようです」
「ふうん……っていやいや! 私、いずれはあの世へ向かうって言ったよね?」
眉を顰めて彼を見据えてみれば、あからさまに悲しげな顔をされてしまった。よく見ると、その目元にはうっすらと隈ができている。
「どうしても僕たちのことを置いていきたいの……? 僕、悲しいな……」
オスカーがきゅるんとした目を潤ませて、じっとこちらを見てくる。
「もうちょっとここに居てくれてもいいんじゃねえの?」
「そうそう、折角こうやって話せるんだしさ」
「……おじさんやおばさんとも話せるときが来るかもしれないし」
エリオル、イブリオ、アンドリューから順に諭されて、シェリアは確かにそうかもと思った。
「そうね……ってなんで私がママやパパと話せてないってわかったの?」
「もし話せていたら、おじさんたちからすぐに俺たちのところへ話が来ていただろうからね」
「なるほど……」
シェリアが頷いたところで、眩い光が視界を埋めた。
「え、何!?」
シェリアは反射的にぎゅっと目を閉じた。しばらく経ってから恐る恐る目を開いたが、先程と何も変わっていないように思える。
急なことに驚いたのはシェリアだけだったらしく、神妙な顔をしているアンドリューたちを見て少々恥ずかしくなった。
「うーん……成功したのかわからないですね」
一人床に手を付いていたウェルドが、顎を撫でながら魔法陣とやらに熱い眼差しを送っている。
「えっと、どうしたの?」
「ウェル兄に魔法陣を発動させてもらったんだけど、上手くいかなかったのかな」
オスカーが小首を傾げて可愛らしく返答した。だが、それはつまり――。
「私に黙って何かしたの? それはちょっと引く……」
シェリアが思い切り顔をしかめてみたところ、幼馴染たちが焦り出した。
「ち、違う! そういうつもりじゃない!」
「そうそう、注射を打つときに気を逸らすみたいなあれだって」
「決してそんな決して引かれるような疚しいことでは決してないんですよ」
「ご、ごめん、オレら離れたくなくて必死で」
「シェリア、ごめんね。言ったら反対されると思ったんだ」
それぞれ必死な顔をしたり眉を垂らしたり俯いたりと、兄弟でも皆違う表情を浮かべている。
「つまり、今、私はどうなっているの?」
腰に両手を当て、背筋を伸ばして順に彼らの顔を眺める。
彼らはそれぞれ視線を交わし合った後、アンドリューが口を開いた。
「魂の固定が、失敗したみたい」
「……そう」
ということは、きっとこのままいけばシェリアはいつかあの世へ向かえるのだ。
魔法陣自体よくわからないものだし、失敗して当然だと思う。
婚約者候補であった彼らだが、シェリアが死んだ今、彼らには別の素敵な相手を見つけてもらいたいと考えている。
――だから、私に構ってないで前を向いてほしいんだけどな……。
とはいえ、この世から完全に去るまで誰も話し相手が居なければ、きっともっと寂しかっただろう。
シェリアの姿が彼らから見えなくなるまでは、一緒に居てもいいのかもしれない。




