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98 万年氷晶の銀河かき氷と旅路の果ての再会

 氷の削り出しは彫刻である。


「冷たいっていうか痛いレベルだな」


 迎賓館のキッチン――俺の目の前には地下から持ち帰った万年氷晶が鎮座している。普通の包丁では刃が欠ける。どころか触れるだけで周囲の水分を吸い寄せ、キッチン全体をホワイトアウトさせるほどの冷気だ。


「魔導演算によれば――その氷を削るには超高周波の魔力振動が必要よ。私の杖を削り器の代わりに使いなさい。光栄に思いなさい、国宝級の魔導具をかき氷機にする男なんて貴方くらいだわ」


 セレフィナが呆れ半分、期待半分といった様子で杖を差し出す。


「助かる」


【究極の調理】:絶氷薄利アブソリュート・スライス


 俺はセレフィナの杖から放たれる微細な振動を右手に同調させ、氷晶の表面を撫でるように滑らせた。シュルシュルと音もなく削り出された氷は、まるで真冬の空から舞い降りた新雪よりも軽く、宝石の粉よりも眩しく輝く純白の羽根のようだった。


「わぁっ! 綺麗! アキトさん、これ、口に入れたら消えちゃいそうです!」


 リナが目を輝かせて覗き込む。


「ただの氷じゃないぞ。リトス村で採れた星苺の濃縮シロップと温泉で作った龍脈練乳を合わせる。さあ、試作第一号だ」


 シロップの深紅と練乳の黄金色が、青白く光る氷の中で渦を巻いている。


「いただきます」


 セレフィナがスプーンを口に運んだ。瞬間、瞳が驚愕に見開かれ頬がほんのりと桜色に染まった。


「……っ! ……計算不能。口に触れた瞬間に昇華したわ。冷たいのに胸の奥が熱くなる。アキト、貴方は氷という物理現象すら愉悦の引き金に書き換えたの?」


「大げさだな。しかしこれなら美食祭の目玉になるだろ?」


「ぬはは! これだ、これよ! 昨日の拉麺の熱をこの氷が一気に鎮めてくれるわい! 最高の贅沢だ!」


 ゴードンが器ごと飲み込む勢いで完食する。ミカも「これ、一杯金貨一枚で売れるよ?」と商機に気持ちを募らせているようだ。


「よし、本番前に街の様子を見てくるか? このかき氷、少しだけ試食として配ってみよう」


 王都のメインストリートは世界中から集まった美食家や観光客で足の踏み場もないほどの熱気に包まれていた。俺たちは簡易的な屋台を出し、万年氷晶のかき氷を少量ずつ、道行く人々に振る舞っていた。


「あれ? 嘘でしょ?」


 リナがある屋台の前で足を止めた。そこは串焼きを売るごく普通の屋台だったが……妙に客の並びがいい。そして――その焼き手に見覚えがあった。


「あれは……修行の旅に出ると言って私の前で格好良く去っていった元筆頭料理人じゃないかしら?」


 セレフィナが極低温の視線とともに呟く。そこにいたのは最高級のコックコートを脱ぎ捨て、薄汚れた革のエプロンを纏い、必死に汗を流しながらモツ串を焼いている男――ゼノスだった。


「はい、お待ち! 秘伝のタレを二度漬けした火炎鳥のハツだ! 栄養満点、元気が出るぞ!」

「ゼノス……お前、なにしてるんだ?」


 俺が声をかけるとゼノスは石像のように固まった。ゆっくりとこちらを振り向く彼の顔は、炭と脂で汚れ、かつての王宮の貴公子の面影はない。しかしその瞳は驚くほど生き生きとしていた。


「なっ……ア、アキト? ……これはその……あれだよ」

「王宮を出て根っこの味を学び直す――と言っていた割には門を出る前に力尽きたようね」


 セレフィナの冷徹な突っ込みにゼノスは顔を真っ赤にして叫んだ。


「ち、違う! 旅に出ようとして門に向かっていたら、この屋台の主人が腰を痛めて困っていたんだ! 見て見ぬふりができなくて、ちょっと手伝っていたら……その、民衆の胃袋を掴む快感に目覚めてしまって……」


「結局、王都の中にいるんじゃねえか?」


 俺は呆れながらも思わず笑ってしまった。ゼノスは本当に根っからの料理馬鹿なのだ。


「ゼノス、いいものがある。お前のその串、一本もらえるか?」

「ふん、いいだろう。俺が庶民の味から再構築した究極の串だ」


 ゼノスが差し出した串は驚くほど旨かった。王宮の洗練された技術が安価な食材の旨味を極限まで引き出している。


「これに合うのは――これかもな」


 俺は削り出したばかりの万年氷晶のかき氷をゼノスに差し出した。


「なっ! あの地下の……まさか……これをお前が削ったのか?」


 ゼノスが震える手で氷を口にする。脂の乗った熱い串焼きと口内で瞬時に溶ける絶対零度の氷。調理工程:マスタリー・共鳴。熱と冷の往復:ゼノスの串と俺の氷。


【究極の調理】:感覚神経リセット。

 熱い串で舌が痺れるほどの旨味を感じた直後、万年氷晶の冷気がすべての味覚細胞を一瞬で初期化する。

 

 次の一口が常に人生で初めて食べる味のような衝撃を伴う。


「なんだ……これは! 私の串が君の氷と合わさることで無限に繰り返せる美食の輪廻になっている!」


 ゼノスは自身の料理が他人の料理と共鳴したことに打ち震えていた。


「私はやはりまだ旅立てそうにない」


 ゼノスは炭のついた手で俺の肩を叩いた。


「美食祭の本番……お前がどんな一皿を作るのか――そしてこの王都の民がなにを求めているのか――特等席(この屋台)から最後まで見届けさせてもらうぞ!」


「ああ。楽しみにしてるよ、ゼノス」

「ふん。旅の出発が王都の門から市場の屋台に変わっただけね。非論理的だけど料理人としては正解に近いわ」


 セレフィナも少しだけ毒気の抜けた顔で笑った。


「お兄さん! だったらこの屋台と提携しようよ! 串焼きとかき氷のセット販売! 絶対に儲かるよ!」


 ミカが早くも算盤を弾き始め、リナが「あわわ、ゼノスさん、一緒に頑張りましょうね!」と応援する。王都の喧騒の中、俺たちは確信していた。


 明日の美食祭、この街は今まで誰も体験したことのない味の革命を目撃することになる。伝説の氷、王宮の技術、そして聖域の心。すべての食材は揃った。


「今夜は最終調整だ。最高の夜明けを見せてやる」


 俺たちは遠くに見える王城を背に明日という戦場を見据えて笑い合った。

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