★第14話ー4
「それでいつ出発するのですか?」
「大陸の命がかかっているから、本当はすぐにでも行きたいけど出発は明後日の朝にするつもり」
今夜のうちに、ルルカとルデラさんとユラハに、先見隊として一足先に白の大陸に行く事を、手紙に書いて鴉で送ろうと思っているんだよね。
そして1番の理由はもう少しだけ、この暖かくて居心地の良い優しい場所に居たいと思ったから。
「良かったわ。ならば明日はゆっくり出来るのですね」
「うん! 母さんたちと過ごすつもりだよ」
「とっておきの所に、連れて行こうと思っているので楽しみにしていてくださいね」
「どこに行くの?」
「ふふふ。明日まで内緒です。あとリュカデリク貴方もいらっしゃいね」
「……分かりました」
リュカは報告をしに一旦帰るって言っていたから、少し困り顔をしながらも母さんの言葉に頷いた。
母さんが立ち上がりドアを開けて、アイリに話し合いが終わった事を伝えて戻ってきた。
「私はこの辺で失礼するわね。明日の朝、部屋までアイリを迎えにやります。おやすみなさい」
「うん! おやすみ母さん」
「おやすみなさい。リデアーナ様」
ドアが閉まると父さんが立ち上がり、僕の前までくると目線を合わせるように床に膝をつく。
「腕を出しなさい」
右腕を出すと、父さんが自らの手首からから銀の腕輪を外し僕の手首にはめた。細い腕輪にはミミズが這ったような模様にも見える文字がびっしり書かれ、中央には黒いのに光の加減で七色に輝く宝石が嵌め込まれた美しい細工物だ。
「王家に伝わる身代わりの魔法陣が組み込まれたお守りだ。死の呪いであっても一度であれば退けてくれる。必ずアレティーシアお前を守ってくれるだろう」
「そんな大切なもの貰えないよ!」
「これは、ただのものでしか無い。だが命は一つきり、俺は二度とお前を失いたくはない。貰ってくれるな?」
僕の右手を、父さんの大きくゴツゴツした暖かい両手が包み込む。その手は少しだけ震えている。アレティーシアは一度、毒殺されている。だからだろう。僕が白の大陸へ行く事への、心配する気持ちと恐怖と不安が伝わってきた。
「父さん、ありがと」
「死ぬんじゃないぞ!」
「うん」
クシャリと頭を撫でて立ち上がると、父さんも食堂から出ていった。
「アレティーシア! 今日は俺の部屋に来ないかい?」
「行かないよ」
「何でそんな冷たい事を言うんだ」
「だって兄さん、再会した時に勝手に僕の布団に潜りこんできて離してくれなかった事あるし……」
実は再会して何日かが経った夜、身動きが出来なくて寝苦しいと思ったら、ヴァレリーに抱き枕にされていた事があったんだよね。
「あっ! あれはっ! アレティーシアがいるのが嬉しくて!」
「でも完全に寝ぼけてたよね?」
「う!? でもそれはアレティーシア君を愛してるからなんだよ!」
シスコンは治らない。むしろ悪化してる気がするのは気のせいじゃないと思う。
「兄さんおやすみ」
「あぁ〜……。アレティーシア……」
切なそうな声で僕の名前を呼んでいるけど、妹とはいえ婚約者のいるヴァレリーと一緒に寝るのはよくないよね? それに僕にも婚約者がいるわけだしさ。
なので、今夜はこれで解散だ。
「リュカ、僕たちも部屋に戻ろう」
「そうだな」
リュカが立ち上がり歩き出す。
「天音も行くよ」
「うにゃ」
天音は余程、夕食の焼き魚が美味しかったのか、皿を舐めて抱えて余韻に浸ってたけど、僕の呼び声で肩に飛び乗ってきた。
「おやすみ」
「おやすみ。また明日」
挨拶を交わし別れた。リュカと僕の部屋は隣同士だから安心感がある。
寝る前に忘れずに手紙を書いて、鴉の足に巻いて城の窓から送り出した。
「さ! 寝よう」
久しぶりの我が家のフカフカベッド。柔らかくて体が沈みこむし広すぎるけど、やっぱり落ち着くんだよね。長旅で疲れていたのもあって睡魔はすぐに訪れた。
コンコンコン!!
「アレティーシアお嬢様、起きていらっしいますか? 入りますね」
アイリの声で目が覚めた。
「うん。今、起きたよ」
「お嬢様、おはようございます。よく眠れましたか?」
「おはようアイリ。うん。ぐっすり眠れたよ」
「それは良かったですね」
カーテンを開けながら、アイリはニコッと微笑む。
そして窓から見える太陽の位置が、かなり高い事に気がついた。
「もしかして、もう昼過ぎてる!?」
「はい。朝、伺った時は起きる気配がなかったものですから、母君がお昼まで寝かせておくようにとおっしゃったのです」
「ごめん。気がつかなかったよ」
「気になさらないでください。あと今日はこれからお弁当を持って、お出かけの予定だとお聞きしているのでお着替えをお手伝いいたしますね」
「ありがと! アイリ」
「せっかくなので、おめかししましょうね」
箪笥から手際よく衣類を出してくると、僕のパジャマを脱がせ体を濡れた布で拭く。
そのあと、細かな草花の刺繍の入った水色のワンピースを着て、ワンポイントのリボンが可愛い白い靴を履き、そしてツバの広い白い帽子をかぶって完成だ。
天音もアイリに、首に新しい赤いリボンを着けて貰ってご機嫌だ。
「それでは中庭に行きましょう」
「うん」
中庭に着くと、母さんとリュカが待っていた。
「遅くなってごめん!」
「気にしなくていいのですよ」
「気にするな」
「ありがと!」
「それでは行きましょうか」
てっきり城の敷地から出て、馬車で何処かにピクニックに行くと思っていたんだけど、城の中へ戻ってしまう。
そして広く長い城の廊下を、北に向かって突き当たりまで歩くと立ち止まった。
「アイリはここで待っていてくださいね」
「はい」
アイリから、母さんはお弁当の入った大きな籠を受けとったあと、何もない突き当たりの廊下の壁に手のひらをあてる。
その瞬間、紫色のオーラを纏い黒い魔法陣が描かれ壁が消え、その奥には下に続く薄暗い階段が現れた。
「目的地はすぐそこです」
僕はリュカに横抱っこしてもらい、螺旋状になっている薄暗い階段を慎重に降りていく。天音はちゃっかりリュカの頭に乗っている。
「ここです」
最下層まで来ると、鉄製のドアがひとつだけある小部屋に着いた。
ギギギギギィィィ……。
油の切れた音を響かせながら、母さんがドアを押し開ける。
「うわぁ! 凄い!!」
「まさか地下に、このような場所があるなんて思わなかったな」
「にゃ! にゃん!」
黒い湖面は、何故だか七色の光を放ち地下全体を明るく照らしている。しかも僕たちが沈む事なく立っているのは湖の水の上なのだ。しゃがんで触ってみると、確かに冷たくて両手で水を掬う事も出来る不思議な空間。天音は水をすくって弾いては楽しそうに飛び跳ねて遊んでいる。
「どうなっているの?」
「大精霊の噴き上げる水が、ここで海水に変わって大陸の外に流れていく場所なのです」
「もしかして青の大陸で見たのと同じ?」
「大精霊がいるのは最奥になるので、ここは表層部分にあたります。けど神聖な場所である事には変わりありません」
「父さんから貰った腕輪の宝石と同じ色だね」
自分の腕にはまった腕輪を見る。黒いのに七色に輝く不思議な宝石。
「それは初代の王が、大精霊から貰い受けたものだそうですよ。必ず貴女を守ってくれるはずです」
思ったより凄い腕輪だった事に驚いてしまう。
「この場所に連れてきたのは、王と妃のみが知る事を貴女たちに知らせる為でもあります」
「僕もリュカも王じゃないけど聞いても大丈夫なの?」
「えぇ。白の大陸に行くならば、この世界の成り立ちを知っておくべきだと思います」
なんだか緊張して、ゴクリと喉がなってしまう。




