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21話 彼らの心

 とりあえず、話せる部分をざっと話した。

 ほたるが漫画家を志望しており、燎の姉がその担当編集であること。その関連で燎はほたるとも知り合いであり、彼女の性格もある程度は知っていること。そこから告白を実際に目撃したことと、その顛末まで。


 ……流石に、例の業務についてはぼかしたが。いくらなんでも初めて聞く人間にとっては意味が分からなさすぎるし、今回の本題とも外れるためだ。


「なーるほど。夜波先輩は一芸入試組って聞いてたけど、そういう繋がりかぁ」

「ああ。あと夕凪、先輩のことは」

「うん分かってる、漫画を描いてることを広めたりはしないよ。隠すなら相応の理由があってのことだろうし、こっちからばら撒くような真似はしない」


 一通り聞き終えた星歌がそう告げた。とりあえずこの話をする上での懸念事項だったほたるが隠していることの開示に関しても察してくれたことに感謝しつつ、本題に移る。


「難しい問題だね」

「……ああ」

「『この人はこういう人だ』ってイメージは誰だって大なり小なり持ってるものだと思うし、それが実際と違うのもよくあることだけど。今回はとりわけそれが極端だし……言い方は悪いけど、きっと少なくない人にとって都合の良い内容だから」


 言わんとするところは分かる。

 これは今日影司が言っていたことの受け売りだが──人は、自分より優れた人間は何かしらの弱点があって欲しいと思うものらしい。

 旭羽高校の特色である一芸に秀でている才女であり、皆が羨む学園の二大美女。そんな人が人間的にも完璧であれば、噂を広めている女子生徒たちを始め彼女をやっかむ人間にとっては都合が悪い。だから、今回見つかった粗を執拗に掘り返して人でなしだと誇張する。その傾向が、噂の広まりようにも拍車をかけているのだとか。


 影司は『くだらねぇ』と吐き捨てたし燎も全面的に同意だが、実際にそうなっている以上何も言えないし、覆すのが並大抵の難易度でないことも厳然たる事実で。


「ごめんね。それに関しては私も有効な対策は思いつかない……と言うより、多分この手の問題をなんとかしたいなら、最終的にはやっぱり当人が頑張るしかないんだと思う」

「だよな」

「……でも、それでも。燎は夜波先輩のために何かしたいって思ってるんだよね」


 そこまでを、整理した上で。

 星歌はついに、核心に踏み込む。


「──じゃあ、なんでまず夜波先輩に聞かないの?」


 あくまで声色は柔らかく、責める色は一切ない口調で。それでもしっかりと問いかけてきた。


「夜波先輩が、なんで漫画を描いてることを公表しないのか。人見知りなのはどうしてで、告白を断るときにあんな言葉を言ったのは何故か。その辺りの原因をまずはちゃんと聞かないと、力になるも何もないと思うんだけど」

「……聞く資格がない。聞くこと自体が先輩のためになるかどうかも分かんないんだよ」


 苦い表情で、燎は答える。


「先輩が戦っている場所は、俺よりもずっと、ずっと遠いところなんだ。遥か昔に逃げ出してしまった俺じゃ、何かしたいって思ってもできることなんて無くて。その程度の奴が無遠慮に踏み込んでも迷惑にしかならないんじゃないか、何もできないくせに期待だけさせる方が良くないんじゃないかと、思って」

「…………」


 そこからの独白を、静かに聞き届けた上で星歌が、少しだけ硬い声色で口を開く。


「燎。……ちょっときついこと言って良い?」


 そこから告げられた言葉に軽く驚くが、頷いて先を促すと、彼女は。



「今のさ──そういう(・・・・)迷惑か(・・・)どうかも(・・・・)全部(・・)ひっくるめて(・・・・・・)聞かない理由にはなってないんじゃないかな」

「え」

「勘違いだったらごめんだけど。……今の燎は、単純に踏み込みすぎて嫌われるのを怖がってるだけのように見えるよ」

「──」



 違う、と反射的に言おうとした。

 でも、考えなしのそんな言葉を一度飲み込んで。跳ね除けてしまいそうになる今の星歌の言葉をもう一度しっかりと受け入れて、自分の心と重ね合わせて反芻し。



 ──全くもって(・・・・・)その通りだ(・・・・・)ということに、気づいてしまって。



「…………、はは」


 思わず、失笑が漏れると同時に己の顔を覆う。

 本当に、自分は、どこまで。


「……だっせぇ」

「一応、否定はしないけど」


 指の隙間から視線を向けると、星歌は意外にも柔らかな苦笑を浮かべていて。


「でも、気持ちはすっごいよく分かるし、そういう分かってても認めたくない感情をちゃんと受け入れられるだけでも十分偉いと思う……むしろ、私は安心したよ」

「安心?」

「そうそう。だって君さぁ、普段は大分落ち着いてるっていうか大人びてるじゃん。そんな君でもこういう感情に振り回されたりするんだなーって思って。だからほら、むしろ私からの好感度は上がったから安心して顔を上げんしゃい」

「言い方的に馬鹿にされてるようにしか思えないんだが」


 同い年の女子の前でこんな姿を晒すのは思春期男子としては大変辛いものがあったのだが、星歌の言葉に促されて顔を覆っていた手を外す。

 改めて向き直る燎に、星歌は今までの話を踏まえた上で次にこう言ってきた。


「私さ、世間でよく言われる言葉の中であんまり信用してないものが一つあるんだよね」

「何だ?」

「『自分の心は自分にしか分からない』ってやつ」


 今の燎には随分と刺さる言葉だった。

 それを悟ったか、星歌も笑みを返す。


「そ。今の燎からも分かる通り、自分の心は時に自分でも(・・・・)分からない(・・・・・)ものなんだと思う。『気持ちをちゃんと言語化する』ってさ、ひょっとすると私たちが思っているよりもずっと、ずっと難しいことなんじゃないかなって」


 ……またも、刺さる言葉だ。

 燎はこれまでほたるとの業務デートで、その時に自分が思っていることを正直に言葉にしてきた。それを繰り返しているうちにいつの間にか……自分の心はきちんと全部、余すところなくしっかり言語化できていると勘違いしていたのかもしれない。

 それまで悟ったわけでは流石にないだろうが、続けて。


「これは完全に直感だけど、燎にも、ひょっとすると夜波先輩にも。今みたいにちゃんと言葉にしきれてない気持ちがまだある気がする。じゃあまずは、そういうのを全部探って話をするところから始めるべきだと思うよ」

「……」

「勿論、逆に離れられたり嫌われたりするかもって思って踏み込むのが怖いのはよく分かるし、私は君と夜波先輩の関係性についてはよく知らない。でも……」


 そこで、星歌は一度言葉を区切ってから。それこそ、彼女自身の心を確かめるように。きゅっと胸の前で軽く手を握り、顔を上げるとふわりとした表情で。



「少なくとも、私は。……燎みたいな人が、真っ直ぐに自分のために何かをしたいと思ってくれて、考えてくれるなら。迷惑だなんて思わない、それだけですごく嬉しいと思う」



 そう言った時の彼女の顔は、この一月で見たこともないほど柔らかで、いとけなさを強く押し出した何処か庇護欲すら感じさせる、思わず目を奪われるようなもの。

 声色とも相まって、それが心からの言葉だと理解するには十分だった。


「むしろ、今みたいに気遣いのふりをして線を引かれる方が嫌。そういう辺りはちゃんと素直にぶつかってきてほしいから……燎?」

「……いや。すげぇなって思ってた」


 言葉の途中で問いかけてきた星歌にそう返す。……本当、影司と言いなんでこんな凄い人が自分なんかの友達やってくれているのか。

 ──ともあれ、十分に伝わった。


「サンキュ夕凪、お前の言う通りだ。何をするにせよ、先輩から逃げてちゃ始まんないよな」


 立ち上がる燎に星歌は一度ぱちくりと目を瞬かせたが、彼が腹をくくったことはしっかりと理解したのだろう、もう一度穏やかに笑って。


「ならよかった。……あ、そんじゃ最後に一番大事なこと聞いて良い?」

「ん、何だ?」

「──君、夜波先輩のこと好きなの?」


 ……なるほど、ある意味一番彼女らしいことを聞いてきた。


「ライクで?」

「ラブで」


 何を当たり前のことを、と恋愛話に興味津々な女子高生の顔をして問いかける星歌に顔を引き攣らせつつ、数秒考えたのち燎は答える。


「分からん、と答えとく。俺の心は俺自身よく分からんらしいからな」

「むっ、上手く逃げたなこのやろう」


 相談内容を使っての回答に星歌がぐぬぅと歯噛みしつつ、これ以上問い詰められないとも判断したのだろう。まぁいっか、と雰囲気をいつもの彼女のものに戻して。


「そんじゃ、頑張ってね。……あ、玉砕したら言ってね! ちゃんと優しく慰めてあげるから!」

「いや告白はせんわ」


 いつも通りのクラスメイトとして軽口を叩きつつ、心持ち軽い足取りで見送られるまま教室を後にした。




「……やー」


 そうして、彼がいなくなった後の夕暮れの教室で。

 残された彼女は、慣れないことをした羞恥と彼の意外な一面を見た驚きと、結果的には良い方向に向かいそうである安堵と……それと、もういくつかの感情がない混ぜになった表情で。


「…………羨ましい、なぁ」


 軽く笑いながら告げられたその言葉が、何に対してのものなのかを問いかける人間は既におらず。

 夕景の映える美しい少女と共に、放課後の喧騒に埋もれていくのだった。




 ◆




『──話をしたいです。先輩の、力になりたいです』


 要件はシンプルに、端的に。

 学校を出て家に戻るが、連絡はすぐには繋がらずほたるはまだ家に戻ってもいない様子だったので、ひとまずチャットアプリでそう連絡を入れておいた。

 ……物語なら、あの後すぐになんやかんやでほたると合流できるのがお約束だがまぁそう上手くは行かない。そもそも彼女は漫画を描いていたり思考の海に沈んでいたりするため連絡がすぐにはつかず捕まらないことも多いのだ。


 それに、これはこれで助かる。彼女と話す前に、まず自分の考え、自分の心の内側をしっかりと考える時間もある程度欲しかったところだから。


「……明日、かな」


 無論ほたるからすぐに話したいとの連絡が来るならその限りではないが、彼女に送ったメッセージは未だ既読がつかない。これまでの経験に照らし合わせると、彼女がメッセージを目にするのは夜になってからだろう。そう考えて、燎は星歌のアドバイスを心に刻み、自分の心を整理しつつ早めに布団に潜る。

 幸い、明日は祝日。明日になったら燎の方からほたるの家を訪れて、ちゃんと話をするのが現実的なラインだろうと考え。その時に備えて早めに休むことに決定した。


 ……その予想が。

 半分当たり、半分外れることを。さしもの彼と言えど現時点では推測できるはずもなかったのだった。

次回、一章最重要エピソードが始まります。

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