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D 坊やとアシュリーは、海沿いのイタリア料理店で夕食を取った。花崗岩造りの店内は、祭りから流れてきた浴衣客が多かった。
アシュリーは白地にピンクのゼラニウムを咲かせた、清楚で可愛らしい浴衣姿だった。ロングヘアをギブソンタックでまとめて、カチューシャで飾っていた。
二人はコース料理最後のジェラートを食べ終わった。アシュリーは手を合わせて、「ごちそう様でした」と挨拶した。
「とっても美味しかったです。いつかお返しさせてください」
店内にはピアノが置かれていた。酔っ払った客が鍵盤をチョイチョイと突いて、連れに止められていた。坊やは一曲弾いて欲しいとアシュリーに頼んだ。
「でもあれ、弾いていいんですか?」
アシュリーは店員に確認した。店員は「どうぞお弾きになってください」と答えた。
「じゃあ、はい、では喜んで」
アシュリーは手をプラプラさせた後、椅子に座った。彼女は白く細い綺麗な指で、リストの美しい曲を弾いた。祭り終わりの寂しい気持ちにピッタリの曲だった。客や給仕は目を閉じて、甘美な響きに聞き入った。
綺麗だね、と坊やは褒めた。褒められたのが指なのか、曲なのか、それとも自分なのか分からなくて、アシュリーは一瞬演奏を乱した。
坊やはすぐサポートに入った。彼はアシュリーと一緒にピアノを弾いて、演奏を立て直した。公爵家次男のピアノの腕はプロレベルで、曲の詩情は更に高まった。客は思わず拍手した。坊やとアシュリーは互いに微笑み合って、甘く美しい曲を弾き続けた。
店を出た後、坊やとアシュリーは、海沿いのリゾートホテル街を歩いた。周りは幸せそうなカップで一杯だった。店ではリラックスしていた彼女も、外では恋人達の空気に飲まれて緊張していた。話しかけても「はい」とか「そうです」とか、そんな言葉しか返ってこないし、歩みも遅かった。坊やは歩幅を調整して、隣の位置をキープした。
二人は水族館に入った。ここもデート中の男女ばかりだった。ライトアップされた幻想的な水槽を、恋人達はうっとりした表情で眺めていた。愛の言葉を囁き合う高校生カップルもいれば、十秒置きに左手薬指の指輪を見てはニヤニヤする社会人カップルもいた。隅の暗がりで大人カップルが大人キスをしていて、アシュリーは顔を赤らめて目を反らした。
二人は大水槽の前に移動した。生きたプラネタリウムのような光景だった。小さな銀河が丸ごと入った大水槽を、カップル達はそんなに見ないで、後ろから抱き締めたり、もたれかかったり、ひたすらイチャイチャしていた。
元気ないね、と坊やはアシュリーを気遣った。彼女は首を振った。
「そういうのじゃないです、全然。緊張して、怖くて、どうしたらいいのか分からなくて。遅くなったけど、私達もデートっぽい事しましょう?今日は浴衣だから、パンツは履いてませんけど」
坊やは笑って、どういう事をして欲しいか尋ねた。
「私がサイダーを飲んでるとするじゃないですか。そうしたら坊やさんが『それくれ』って言って、間接キス。でも坊やさんは全然気にしないんです。それで『ん。ありがと』ってクールに返してきて。キュンッキュンします。坊やさんは?」
一本のマフラー二人で巻く奴、と坊やは答えた。
「あー、公園のベンチに座って、それで手を繋いで。絶っっっ対キュン死する奴だ。今度一緒にやろうね?あ、やろうねじゃない、ごめんなさい。やりましょうね?
坊やさんって意外とピュア乙女で嬉しいな。(その後は鎖に繋いで野球ボールぶつけて欲しい、と言うと)変態アピールしてももう遅いです。だって毎朝自分でハンカチにアイロンがけしてるじゃないですか。お嬢様ですよ」
ド変態のお嬢様だ、と弁護すると、アシュリーは屈託ない笑顔で笑った。
二人は互いにして欲しい事を言い合った。笑ったり、引いたり、驚いたり、ドキドキしたり。骨身を曝け出す内に、アシュリーの言葉から敬語が取れていった。表情からも強張りが消えて、最後にはとろけるような笑顔を見せてくれた。




