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戦いが始まって一週間が経った。穴だらけの大地に、赤服の死体が折り重なっていた。底の死体は白骨化が始まって白く、真ん中の死体は腐って黒く、上の死体は新鮮でまだ青かった。ハエが大量にたかっていたが、犬や鳥の姿は見なかった。動物は炎と熱気で逃げ去った。この戦場にいるのは、虫と人間だけだった。
敵味方は盛んに砲撃を打ち合った。玉切れの心配はなかった。駅と砲兵陣地の間を馬匹の補給部隊が行き来して、砲弾をふんだんに補充した。
王国軍は要塞攻略の切り札として、列車砲を投入した。
太くて短い砲身から、タルのような砲弾が発射された。砲弾は山なりの軌道を描いて着弾し、小さなキノコ雲を作った。
列車砲が前線の塹壕に猛射された。タル砲弾がつるべ打ちに落とされる中、王国軍の第二回総攻撃が開始された。
千代浜軍の塹壕には、攻撃用の立射壕の他、砲弾をやり過ごす退避壕が付いていた。ここに篭もっていれば、一週間連続で砲弾を打ち込まれても、まず死なないはずだった。
塹壕には、経験の浅い志願兵が籠っていた。彼らは新しい黒の軍服が間に合わず、王国軍と同じ赤い軍服を着ていた。しかし肩には、千代浜兵を示す月と星のワッペンを付けていた。
砲撃が始まると、志願兵はパニックになって泣き出した。爆発の衝撃が地面を通じて伝わってくると、軍服は北斗の拳のように破けた。
敵が近付いてくると、彼らは退避壕を出て、砲弾が降り注ぐ立射壕に移った。怯えた彼らは銃だけ出して、敵のいる方向に適当に玉を打った。当然当たらなかった。
千代浜軍の防衛線は、トーチカ等の強化地点と、塹壕で成り立っていた。
強化地点には黒服の正規軍が篭もっていた。彼らは訓練通り、落ち着いてガトリング砲を発射した。連射で銃が熱くなると、バケツで水をかけたり、大量の発射煙を団扇であおいだりして攻撃を続けた。
王国軍の砲弾は、千代浜軍だけでなく、同じ王国軍にも降ってきた。味方の砲弾で王国軍の一割が倒れ、塹壕からの銃砲撃で一割が倒れた。
王国軍は何とか水路を渡って、対岸に足を踏み入れた。そこは濃厚な地雷原だった。あちこちで地雷が炸裂して、ブルーハワイ状の血肉が高く噴き上がった。地雷原を歩く間に更に一割が削れた。
同士討ちを避けるため、突撃の際は砲弾を止めるのが普通だった。今回、王国軍は塹壕からの攻撃を抑えるために砲弾を打ち続けた。そうする事で、攻撃に移る前に三割は消えるが、七割は残る計算だった。七割残れば志願兵など蹴散らせる、と王国軍司令部は計算した。
千代浜軍の塹壕の前に、鉄条網が張り巡らされていた。木箱を背負った王国軍工兵隊が先行して爆破しようとしたが、塹壕から狙い打ちされて失敗した。工兵に続いて、擲弾兵(手榴弾を投げるエリート部隊)が突出してきた。彼らは打たれながらも突き進み、鉄条網に体当たりして自爆した。
王国軍は塹壕に雪崩れ込んだ。志願兵主体の塹壕兵は、歴戦の王国兵が銃剣を掲げて突っ込んでくると逃げ出した。王国軍は背後から打ち、銃剣で刺した。強化地点には火炎瓶や擲弾を投げ込んだ。通気口から炎と断末魔が吹き出した。
王国軍は塹壕を多点突破して、複数の陣地を占領した。しかし彼らの前には、無傷の第二塹壕、第三塹壕が横たわっていた。重要陣地には五重の塹壕線が構築されていた。また第一塹壕も完璧に占領した訳ではなく、各部隊が陣地に籠って頑強に抵抗していた。
千代浜軍は市内から長砲身カノン砲を発射した。これは千代浜の台場に設置されていた、将来の対植民地戦争のエース火砲である。数はわずか十数門だったが、敵味方千を越える大砲の中で、射程は最も長かった。砲弾を長距離飛ばすには、強烈な発射反動に耐えるように各部を強化しないといけない。野砲は馬で引ける以上には重く出来ないが、据え付けの要塞砲にその制約はなかった。
細くて長い砲身から、スマートな砲弾が発射された。砲弾は最前線の敵占領陣地に飛び込んで、ピンポイントで敵部隊を破壊した。
カノン砲は敵の砲兵陣地を長距離砲撃した。砲弾が雨下して方々で炸裂した。火の点いた人、馬が陣内を暴れ回った。列車砲は砲撃を中止して後退した。
第一塹壕を占拠した王国軍は、敵陣地に食い込んだ形になった。
第一塹壕の各部隊は、王国軍の左右から小銃を射かけた。第二塹壕の部隊は前進して、敵の前面を塞いだ。カノン砲は第一塹壕の王国軍を狙撃し続けた。最前線に留まった王国軍は、集中攻撃を浴びて蒸発した。血みどろの陣地に千代浜軍が再進出して、塹壕を奪い返した。
両軍は最前線の陣地を奪い合った。畳一畳分の土地のために百人、二百人が死んだ。
王国軍の補充兵は、後方の終着駅で降ろされてから、最前線まで砲弾をかいくぐって歩かされた。千代浜軍の補充兵は市内から列車やボートを使って最前線に送り込まれた。王国軍は鋭く攻め込み、何度も各陣地を占拠したが、十分な増援を得られず、それ以上進めなかった。千代浜軍は敵が消耗した所を二倍以上の新手で取り囲んだ。
千代浜軍は何度追い払われても舞い戻る、ハエのような軍隊だった。誰かの血を浴びるたび、泣き叫んでいた新兵の目から、人間らしい潤いが消え去り、昆虫のような無表情の目に変わっていった。
王国軍が一分で十人殺しても、千代浜軍は同じ時間で五十人補充してきた。逆に千代浜軍が一分で五人殺しても、王国軍は十分経たないと五人補充出来なかった。王国軍の勢いは次第に弱まり、占領出来る陣地の数も、それを保持していられる時間も減った。千代浜軍の新手は地面から湧き出るように次々と現れて、前線の穴を埋めて回った。
王国軍はとうとう全ての陣地を奪い返されて撤退した。第二回総攻撃も失敗に終わった。しかし守り切った千代浜軍の損害も激しく、戦場に遺棄された死体の数だけ見れば、どちらが勝ったか分からない有様だった。




