価値は如何程
分岐点の続きです。
しばらく悩んだ末に、私は手を合わせた。
「ごめん! 来年まで待って! あの人卒業したら消す!」
「別にあたしらはええよー。卒業は······五ヶ月後?」
「結構長いな」
「じゃあ冬休みまで」
「あーちゃん、あっさり変えたな」
「長期的に会わなかったら、いつでも良いから」
「ああ、なるほど。やっぱ明日から急にってのは、キツいもんね」
「あの人、お前から話を聞いてる限り、お前に合いそうだけどな。ほら、ピュアなんだったら一途だろ」
「うわー、適当だねー。でもそれって、そのピュアで一途そうな人が、こんな私を好いてくれてる前提でしょー」
まぁ、ピュアだからこそ、自分と正反対の屑に惹かれるってのは、あるかもしれないけどね~。
角を曲がる直前、誰かが走っているらしい足音を聞いて、窓際へと寄る。壁伝いに角を曲がってきた彼は、少し離れた場所にいる私に目を留め、走るのをやめた。
「こんにちは、菊屋副会長。藤崎先生と一緒に、見回りをしてるはずでは······?」
「こんにちは。先生は、さっき生物実験室の方へ行かれましたよ」
「単独行動は、危なくないですか?」
「······外から人が入ってくる今は、危険です。ですから、知り合いに会えないかと走ってたんです」
「大変ですねぇ」
普段なら一人で歩いてても問題ないが、今日は学校外の人が多い。
自然の摂理?で、攻略対象達への逆ナンが増えるのだ。多分、藤崎先生もそれに嫌気がさして、逃げたんだろうな。
······あれ?
「生物実験室って、今は立ち入り禁止だった気がするんですが」
「ああ、確かに、あそこは今は立ち入り禁止ですね。先生もそれを分かったうえで、行ったんでしょうけど」
「多分そうなんでしょうねぇ。いくら女の子がウザかったとはいえ、菊屋副会長を一人にするのは、いかがなものかと思いますが」
「まぁ、どうせすぐ葵と合流する予定でしたし」
「夏草会計のシフトが終わるのって、いつなんですか?」
「葵から貰った紙が正しければ、もう終わってます」
「それ、急いだほうが良いやつじゃないですかー」
「そうですね。急ぎましょう」
言葉とは反対に、彼はゆっくりと歩く。私もそれに合わせて、いつもよりも、いくらか遅く足を動かす。
このペースだと、葵はかなり待つことになるだろう。一人だと行動しづらいだろうから、仕事でも手伝ってるのかな。
「そういえば、夏草会計のクラスって、ケモ耳お化け屋敷?でしたっけ? なんか動物園が舞台の」
で、日向のところが、使用人カフェだった気がする。執事服の日向はともかく、案内役(兼客寄せ)で、飼育員の服を着る葵がケモ耳を付けるとかで、葵が全力で抗議していた。最終的に、ケモ耳付けることになったっぽいけど。
冷静に考えてみたら、男子高校生がケモ耳とか······二次元ならまったくもって問題ないが、三次元だぞ?
······でも、使用人カフェは行ってみたいな。どんな感じなんだろう。『お帰りなさいませ御主人様(お嬢様)』的な展開が待っているのだろうか。
あ、『使用人』ってのは、メイドも執事もいるかららしい。何か色々千尋が教えてくれた。さすが情報役。
「連絡なしに行っても、良いんですかね」
「葵のシフトが終わるまで絶対に来るな、と言われてましたけど、シフトは終わってますし、行っても問題ありませんよ?」
「なんか、夏草会計が客寄せしてたら、主に女性客が来てそうですよね」
「女性······」
「普段そこまでガツガツしてない子でも、菊屋副会長レベルの人が行ったら、もしかしたら勇気を出して······」
「適当に煽るのやめてもらえませんか⁉」
「いやぁ、菊屋副会長なら、ありえますよ~。······あ、やっぱり繁盛してますね」
ほら、と、見えてきた教室を示す。その教室の前には、たくさんの女性と、何人かの男性が行列を作っていた。
葵はどこだろう。
「「「きゃ~っ助けてぇ~っ」」」
「······あー······」
中から聞こえてきた、とても怖がっているとは思えない悲鳴。それに続いて、葵らしき人の、渇いた笑い声。外にいる男性陣の内の何人かが舌打ちをする。
葵らしき人の声は、副会長には聞こえなかったみたいで、副会長は「よっぽど怖いのでしょうね」とか言っていた。この人、本気で言っているのだろうか。
「······夏草会計は、今案内してるみたいですね」
「仕方ありません。葵が出てくるまで待ちましょう」
「ええ」
出口からすぐ見えるように、私の教室の前で待つ。葵のクラス程ではないとはいえ、割と客は来ているようだ。お金を取らないからかな。
······にしても。
「凄い目線の数」
「まぁ、僕も乙さんも、目立ちますから」
副会長は超がつく程のイケメンさんだし、私は目の色が色だからねぇ。仮面付けてくりゃ良かったかな。
私が葵のクラス側にいるためか、今のところ行列に並んでるレディが、副会長を逆ナンしには来ていない。
ただね。
「······肉食系女子と思われるレディ達からの視線が、ガンガン突き刺さってきます」
「変わりましょうか?」
「場所を変わった途端に、貴方が連れ去られるのは目に見えてますから」
「何だか非常に情けないです······」
「あはは」
行列の方に聞こえないように、小さな声で話しながら待ち続け、二分程。ようやく出てきた葵は、バッチリメイクしているレディ達に抱きつかれ、半目で笑っていた。
やっぱ三次元で猫耳男子はダメだな。ケモ耳は二次元に限る。
「お疲れ様~」
「綾ちゃん······」
「案内ありがと~! また来るね~!」
「あ、はい、またどうぞ」
「って、きゃーっ、カッコイイ~!」
「え、わっ、ホントだ! お名前なんていうんですかぁ?」
「いや、あの······」
「······ごめんなさい、私達仕事があるので、失礼しますね。さ、行きましょ」
レディ達に迫られ、顔を引き攣らせる副会長に溜め息を吐き、代わりに軽くあしらう。私が歩き出すと、副会長と葵も慌ててついてきた。後ろからやっと我に返ったレディ達の、キーキー叫ぶ声が聞こえたけど、知ーらない。
「そうだ、葵、コレを来てください」
「えっ上着借りていいんすか⁉」
「その格好で目立たれるぐらいなら、上着を貸しますよ」
「血の付いた飼育員の格好だもんねぇ。猫耳だし」
そう指摘すると、葵が無表情で猫耳を取った。そんな顔するんなら、さっさと取れば良かったのに。
「今着てるのはこっちにちょうだい。その服の上から羽織るのはキツいでしょ」
「え、いや自分で持つよ⁉」
「着替える間だけに決まってるじゃないか」
「······ですよねー」
「菊屋副会長、藤崎先生に報告に行きますか?」
「そういえば、藤せんせーいないっすね。どうしたんすか」
「逃げたんですよ。あの人に報告に行くのも面倒ですし、もう先に帰っちゃいましょう。逃げたあの人が悪いんです」
「それもそうですね。まぁ、藤崎先生には後で連絡しときます」
「逃げ場があるって、すげぇ羨ましい」
「一応立ち入り禁止区域なんだけどねー」
葵が猫耳を外して副会長の上着を着たためか、視線はいくらか減った気がする。でも超イケメンさんが二人いるせいで、副会長と二人だった時に比べれば、視線の数が増えたのも確かだ。
早く生徒会室に戻った方が良いだろう。
······ってかやっぱり、さっきはかなり遅いペースで歩いてたんだな。葵と普通に歩いてたら、よく分かる。
「ただいま戻りました。尊は······あれ、尊はどこに?」
生徒会室に入って、副会長は首を傾げた。続いて中に入った葵は自分の席について、机に突っ伏した。心身ともに疲れてたんだろうな。
今生徒会室にいないのは、会長と藤崎先生の二人か。
会長のシフトは終わってるし、単独で店を周りに行くとも思えない。
「何か仕事が来たの?」
「うん、結構前に、門の方で喧嘩が起きたみたいで。片方が会長を呼んでたって聞いたから、会長が行ったんだ」
「尊は一人で大丈夫でしょうか······」
「呼びに、来た人と、一緒だから」
「電話とかもないし、会長はまだ大丈夫だと思うよー」
「『まだ』ってのが怖いですね」
「それより、藤せんせーは?」
「逃げた。君、藤崎先生より弟くんの心配をしなよ」
「葵はいつものことだもん。むしろ、今年は元気な方だよ? 自分で歩いてきたから」
「えっ······」
「日向、余計なこと言わないでよ」
「葵、起きてたの?」
「今年はサービス控えめにしたから、寝ないでもいけそう」
······そもそもサービスは必要なのか? 葵とは同じクラスになった事ないから、どういうサービスをしてたのか、知らないんだよね。
今度、纏め役達あたりに聞いてみようかな。
「乙さん」
生徒会室の鍵を閉めると、副会長に声をかけられた。
まぁ、最後まで一緒に残って仕事してたワケだし、それ自体はおかしくも何ともないんだけど。
······なんか、凄い緊張してるんだよねぇ。
「どうしました?」
「あの、もし、乙さんがよろしければ、なのですが······」
えらい丁寧だな。何だ、仕事の追加か?
「明日、一緒にまわりませんか?」
・・・・・・。
「良いですよ」
「ええ⁉ 良いんですか⁉」
「嫌なんですか」
「嫌だったら誘いませんよ!」
「それもそうですね。いつからにします? 明日はシフトないので、こっちはいつでも大丈夫ですよ」
「でしたら、最初からまわりませんか? 僕、午後からシフトが入ってるんです」
「分かりました。どこで待ち合せますか」
「ああ、始まったら、そちらの教室に迎えに行きます。それが一番早いでしょうし」
「じゃあ、待ってますね」
「はい、なるべく急ぎます。······あ、乙さん、鍵をください。職員室に行った時に、戻しておきますので」
「ありがとうございます。それじゃあ、また明日」
「ええ、それでは」
軽く会釈をして、教室の方へと足を向ける。副会長は、職員室に持って行かなければならない書類があるらしい。
大変だな、と思うと同時に、二つ気になることがあった。
一つ目は、副会長が私を誘った理由。店を回りたいのなら、私じゃなくて、会長あたりを誘った方が良いはずだ。会長の方が仲が良いし、色々と楽だろうし。
まぁ、わざわざ訪ねるほどの興味はないから、訊かないがね。
で、二つ目。これは気にする程のことじゃないかもしれないんだけど。副会長と話してた時、向こうの方にいたんだよねぇ。
物凄いパワーでこっちを睨んでくる、可愛らしいレディ達が。
ガラガラ音をたてて、機材を指定された場所に移動させる。一日目を無事乗り越えたクラスメイト達は、昨日までとは違い、穏やかに談笑しながら、準備を進めている。
教室の隅の方では、花咲さんが千尋に話しかけている。同じ転生者として、友達になりたいらしい。
千尋側は、花咲さんを嫌ってはいないようだ。好意的でもないようだけれど。
言われていた事が終わって、周りを見渡す。手伝えることはなさげ。一応、指示を出していた人に確認したが、もうすることはないみたいだ。
「乙」
「うん?」
「中等部の奴が来てる」
野見山くんが、入り口を指し示した。
嫌な予感しかしない。年上の知り合いは多いけど、年下の知り合いは、そこまで多くないんだ。その子が来てる可能性は、なくもないけどね。
微かな希望を抱きつつ、入り口を見遣る。
······ハハッ。
昨日のレディ達だ。
「野見山くん。私が死んだら、全財産は国の借金でも減らすのにあててくれ」
「遺言書にでも書いとけよ」
「あいにく、今紙とペンを持っていなくてね」
「あっそ」
「酷い······私は本気なのに······」
冷たい反応に泣き真似をしてみせながら、入り口へ向かう。昨日と同じように睨んでくる彼女達は、副会長のファンなのかな?
「こんにちは、私に何か御用ですか?」
微笑みかけても、黙りこくっている。んー、クラスメイト達の視線が痛い。非常に痛い。別にこの子達が睨んでくるのは、私のせいじゃないのに。いや多分私のせいなんだけど、でも私が悪いワケじゃないのに。
後ろからの、『うわー、また乙何かしたのかよ』的な視線に耐えられず、入り口の扉を閉めた。勿論、外に出てからね。
どんな暴言を吐いても大丈夫な状況になったのに、それでもまだレディ達は黙っている。
「御用事は?」
もう一度聞いても、相変わらず。
纏め役に頼んで、私好みのレディに教育してほしいなぁ。こんな無礼な子、好きじゃないんだよねぇ。
「来い」
「ワァオ」
口を開くのを待っていたら、唐突に腕を引っ張られた。一人ならともかく、複数人で引っ張られると、さすがに抵抗できない。
地味に私のコンプレックスを突いてくるとは、なんと卑怯な。
「ねぇ、どこに行くの?」
敬語を使うのも面倒で、タメ口に切り替える。······何でレディ達が、イラッとしたような顔を向けてくるんだよ。こっちは先輩だぞ? しかもそっちタメ口だし。本当にこの子達、教育してもらわないと。
あーでも副会長のとこの纏め役って、無駄な教育を好まないんだっけ。こういうのを引き受けてくれそうなのは、会長のとこか、日向のとこか······椿先輩のとこの人は、いじめすぎるから駄目だな。
昔、軽く教育してくれって頼んだだけの子が、翌週、私を見た瞬間にスライディング土下座するという事件が発生したからな。
何をしたのか聞いたら、かなり酷いことをしていた。主に精神面をゴリゴリ削ってたのだ。
そりゃ暴力よりはマシだけど······さすがにやり過ぎだから、一応注意はしといた。
「アンタは黙ってついて来いっての! この愚図!」
「悪いが、約束があってね。よほどの近場でもない限り、移動できないんだ」
「先輩の都合とか、マジどうでもいいッス」
「約束って、菊屋様とのやつですよね? あたし達、それを邪魔しに来たんです」
おお、三人のうち、一人はちゃんと敬語が使えるのか。残りの二人は、椿先輩のとこのまとめ役に頼もうそうしよう。
あ~、教室が離れていく。これじゃあ約束守れなさそうだ。後で謝罪のメールを送らないと。
ま、大切な約束を破らせたんだ。大した価値もないことで約束を破るなんて、そんなの嫌だ。
だから、楽しませてくれよ。
非常に遅くなり申し訳ございません!!!!
しかし! しかし!!
これでもかなり急いだ方なのです!!!




