表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/103

閑話 きっかけ。~桐生 尊視点~

 遠くから聞こえてくる足音に、久々に鳥肌が立った。

 学校に登校する時間を早くしてから、こんな朝っぱらに追いかけられるなんて、初めてだ。生徒会室に逃げ込もうにも、そこまで行く体力がない。

 横で走っていた聖が、スピードが落ち始めている俺に目を遣った。


「次、角を曲がって、見つけた、とこにっ」


 必死に走りながら話しているからか、しっかりした文ではなかったが、聖の言いたいことは理解できた。とりあえず、次に見つけた部屋に一時避難しようという事だろう。

 もう少しだと自分に言い聞かせて、なんとか足を動かす。角を曲がって教室を探すと、やや離れたところに扉を見つけた。教室みたいに、廊下から中が見えないその部屋は、隠れるのには良さそうだ。

 幸い女共とは距離があったから、奴らが角を曲がってくる前に、扉の前に着いた。聖が苛立ったように扉を開ける。

 鍵がかかっていなかった事に安堵して、俺らは急いで中に入り、扉を閉めた。

 聖は壁に凭れて息を整えていたが、俺は立っていられず、座り込んだ。


「こ、こは······ハァ······温室······?」


 上から聖の声が聞こえて、顔を上げる。温室には入ったことがなかったから、すぐには気付かなかった。確か、温室はこの時間は立ち入り禁止のはずだが、どうして鍵が開いているのだろう。

 ぼんやりとそんな事を考えていると、奥から人が出てきた。

 体型からして女。身長は、女にしては高めか? 変なものが付いた紺色のローブを着ていて、口元以外は隠れている。服の下から覗く肌は、服の色が濃い事も相まってか、異様に白く見える。

 女は俺達を見ると、何も言わずに近くの椅子に座った。


「待て······誰、だ······」


 息を整えながら、尋ねる。女は再び俺達を見て、くすくすと笑った。


「私はいくらでも待ちますから、とりあえずゆっくりして下さいな。そうですね、こちらに座って下さい。立っている貴方も、どうぞ椅子に。座っている彼ほどじゃないですけど、貴方も充分心臓がバクバク鳴ってますよ」


 女の発言に驚いて、固まった。あいつ今、俺らの心音が聞こえてるようなこと言わなかったか?

 当の本人は自分の発言のおかしさに気付いていないのか、首を傾げた。


「座らないんですか?」

「あ、いえ。尊、座りましょう」


 言われるままに聖の隣に座り、正面の女を見る。薄く笑みを浮かべた女は、今は立ち入り禁止の温室にいることが、当たり前かのように座っている。それどころか、持っていたノートパソコンを、机の上に置いた。

 明らかに、客人の振る舞いではない。よく生徒会役員の前で、そんなことができるものだ。

 しばらく何も話さずにいると、いい加減腹を立てたのか、聖が女を問い詰めだした。


「今の時間帯、温室には入れないはず。貴女はここで何をしていたんです?」

「そちらが先に入ってきた理由を言って下さいませんか。私はここに入る正当な理由がありますが、そちらにはないでしょう?」

「正当な理由? 確かに俺らには無いが、お前だって無いだろ? ここに入るには[管理者]の許可がいる。この俺らでさえ[管理者]を知らないんだ。お前ごときが知るはずがない」

「知ってますよ。[管理者]が誰か。······ふふ、私でさえ知っているこの情報。······お教えしましょうか?」

「······ハァ。馬鹿は尊だけかと思えば貴女もですか。どうしてそんな嘘をつくんです。尊はともかく、この僕が知らないんですよ? それがどういう意味かわかってます?」


 ······なんか、二回ぐらい貶された気がする。


「貴方達は妙に過信してらっしゃるけれど、実際は私ごときが持っているような情報さえも集められない」


 今度は聖もまとめて貶された。

 女は首を傾げた後、笑みを深める。


「いくら表情を取り繕っても、感情を隠せてなきゃ意味がありませんよ? それに貴方の愛想笑いって顔のパーツが良いから誤魔化せてますけど、かなり不自然です。気色悪いぐらい。口元は優しく微笑んでいるのに、目は笑っていない。周りを下に見ているのが丸わかりだ。貴方はもっとその顔を生かした方が良い」


 随分な物言いに、聖はポカンと口を開けた。俺も、軽く目を見開いた。

 聖はいつも、妙な笑みを浮かべている。小学校の、高学年あたりからだ。元の笑い方を知ってるこっちからすれば、違和感のある笑い方だった。でも、他の奴は、『王子様みたいな優しい微笑み』だとか何とか言っていた。

 それを、『気色悪い』と断言するとは。


「······そろそろお名前を聞いてもよろしいですかね?」


 唐突に、女が言った。そんなもの聞かなくても知っているだろう、と思ったが、自己紹介は大事だからと言われた。黙っていたが、女からの無言の催促を受け、俺らも名前を言った。

 女の名前は、乙というらしい。俺は珍しい名前だとしか思わなかったが、聖は乙を噂で知っていたらしい。乙はくすくすと笑いながら、それを聞いていた。

 だが、仕事を思い出したようで、作業しながらでも構わないかと尋ねてきたから、聖は「どうぞ」と答えた。

 乙は礼を述べ、パソコンでカタカタと何かを打ち込みながら、話を続けた。


「先程の、[管理者]云々。それから、貴方達が聞きたいことがあるならば。駆け引きは面倒ですし、すなおに答えます。条件付きですが。どうします? 桐生会長、菊屋副会長」

「何で俺が······」


 拒もうとしたところを、聖に止められる。


「条件は?」

「貴方達がここに入ったという事実含む、私や温室に関してのことを誰にも伝えてはならない。基準は私が、伝えたと判断出来ればアウト。なるべく根拠となる物証は揃えるけど、結局は私の主観。もし、私がそう判断したら、それなりに対応させてもらいます。大丈夫、貴方達の内臓を世界中にお届けするなんてことはないですよ」


 『内臓を世界中にお届けする』

 それの意味ぐらいは、想像がつく。こいつにそんな事はできないだろうが、乙のふざけたようで、冷え切ったその声が、本気だと告げていた。

 本気で、そのぐらいのことをすると。

 恐ろしいが、よくよく考えてみれば、約束を守るのは、そう難しいことではない。聖も同じ結論を出したのか、俺を見た後、乙に尋ねた。


「伝えなければ、いいんですね?」

「はい、勿論。誓約書、どぞ~」


 いつの間に作ったのか、乙は単純な文章の載った紙を、こちらに渡した。その紙は印刷したばかりなのか、まだほんのり熱を持っている。

 ご丁寧に共に渡されたペンで、名前を書いて乙に返す。


「ふふ、交渉成立ですね」

「えぇ。では、[管理者]について。[管理者]は誰ですか?」

「私」

「え?」

「はぁ?」


 予想外の答えに、気の抜けた声が重なった。


「へ······は、お前が······?」

「尊。もう黙っていて下さい。······乙さん。それは本当ですか?」

「勿論。[管理者]についてはコレで終わり。そちらから何か······の前に。何で入ってきたんですか?嘘は嫌ですよ」

「ファンだと思われる女子生徒達に追いかけられたんですよ」

「こんな朝早くからですか?」

「えぇ。いつも女子生徒に追いかけられるのが嫌で、朝早くに登校して生徒会室に直行していたのですが······」

「遂に登校時間が割れた、と?」

「そういうことです。······これから面倒だ······」

「······追いかけてきたのは、どちらのファンですか?」

「?ほとんどは僕のファンでしょう。逃げてたところを尊と遭遇しましたから」

「人数は十人ぐらいですよね?」

「え?あぁ、はい」

「やっぱりねぇ」


 乙は苦笑すると、パソコンで何かを打ち込むのをやめる。

 聖のファンクラブメンバーのリストを見ているのだそうだ。


「貴方のファンの件、こちらで対処しておきます。まったく、情報を与えんのはちゃんと躾をしてからにしなさいっての。······あ、菊屋副会長。貴方達生徒会メンバーって全員朝早くに登校してるっぽいですけど、しなくても大丈夫ですよ」

「え?」

「貴方達が朝早くに登校してるのは、前からファンクラブにバレてますから。今回のは、まだファンクラブのルールを甘く見てるからでしょう。今ファンクラブにいる知り合いに連絡しときましたし、今日の放課後あたりに集会が行われるでしょう。そこできっちり教え込まれますよ」

「······貴女と情報戦で勝てそうにない」

「当然です。貴方の情報なんて精々が噂で聞いた程度。今まで何故情報戦で勝てると思っていたのやら」

「貴女を見ると、本当に思い知らされる」

「これは桐生会長にも言えることですよ。馬鹿にしていた相手にやり返されては腹立たしいでしょう? ですから、人を馬鹿にしないか、圧倒的な『強さ』を手に入れるべきだ」


 淡々と言われた。

 高圧的であることは、どこかで自覚していた。弱いのに高圧的なのは、俺が嫌いな兄と同じようなものだとも。

 それが、改めて突きつけられたようで、ほんの少し悔しい。


「では、何か質問はありますか?」


 話の流れをぶった切るかのごとく、乙はパソコンを閉じて、へらりと笑った。急に言われても聞きたいことが浮かばず黙っていると、聖が口を開いた。


「僕達がここに入ってきた後に貴女が言っていた心臓の音。どうして聞こえたんです?」

「え、どうしてって。私達それなりに近かったでしょ? 音に集中すれば聞こえる範囲だったじゃないですか」

「集中······? それだけで······?」

「他に質問は?」

「え、あぁもう終わりなんですねこの質問······。······もう考えるのはやめます。えっと、貴女はここで······作業をしていたんですね」

「はい。色々と」


 間を繋ぐだけのような会話に飽きたのか、乙は近くの花を触り始めた。

 白くて細長い指が、花弁を撫でる。

 それを静かに眺めていると、ふと確認したいことを思い出した。


「······おい、乙」

「ん、何ですか桐生会長?」

「お前は、何で『首席の変人』と呼ばれる? 『変人』ではなく『首席』の方だ」

「さぁ?」


 首を傾げて笑った乙の代わりに、聖が答えた。


「······乙さんが、定期試験でずっと全教科満点で首席だからですよ。小等部の頃も、テストは全て満点だったと聞いています。失礼ながら、あまり真面目に勉強しているという雰囲気でないことも少なからず関係しているのでしょう」

「そうか、わかった。乙、覚悟しておけよ」


 乙の返事を聞く前に温室を出て、生徒会室に向かう。

 あいつを、生徒会に入れたくなったからだ。

 乙は女だから、生徒会メンバーには反対されるかもしれない。だがあいつはキャーキャー煩いファンクラブの奴らとは違うし、そこを話せば、藤崎は考えてくれる。藤崎は女嫌いだが、乙みたいに能力のある奴まで、女だからと拒むことはしない。

 そうすれば、諒も受け入れるだろう。諒は誰が入ろうが、興味はないだろうからな。

 日向と葵は嫌がるだろうが、乙を逃すワケにはいかない。音羽学園の定期テストで、全教科満点なんて、不可能に近いことをあいつはやってんだ。しかも、一回だけじゃなく、ずっと。

 他にも、あいつはぶっ飛んでるところがいくつもある。そんな奴を、味方に付けないワケがないだろう。

 ······それに、何よりも。

 あいつの事を、もっと知りたくなった。

これで会長編は終わりです。次の人のやつ、一話目も終わってないんですよねー。次に投稿できるのは、いつだろう。

いつまでも遊んでいるワケにはいかないのが、地味につらい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ