表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/103

エピローグ。~桐生 尊視点~

『会長、どうでしたー?』


 電話越しに聞こえる、微かに不安の入り混じった声に、鼻で笑って答える。


「合格したに決まってるだろうが」


 当たり前のように言ったが、本当はひどく緊張した。朝から緊張しっぱなしだった。

 今日は、音羽大の合格発表の日。親もそれを知ってる。朝食を食べている間、ずっと睨んできてうざかった。兄貴ばっかり可愛がってるクセに、俺が不合格だと、親として恥ずかしいだとか抜かしてやがった。

 女癖が悪いと有名な兄貴の存在の方が、普通は恥ずかしいだろ。

 腹が立ったから、まだ家族に結果は伝えていない。よほどの馬鹿じゃねぇ限り、俺の反応で分かると思うが。

 聖は通知が送られてくるのを待つらしい。不合格だったら、ショックで無事に家に帰ってくる自信がないんだと。


『良かった。ふふ、お疲れさまです。菊屋副会長も、受かってると良いですねぇ』

「聖は絶対受かってるだろ。元々、学校の授業ちゃんと聞いてりゃ、音羽大は受かるはずだからな」

『学校の授業、地味にレベル高いらしいですからねー。でも、もしかしたら受験の時にお腹壊して、解答欄真っ白のまま出しちゃったかもしれないじゃないですか』

「それはねぇだろ」

『ですよねー』

「······なぁ、お前さ」

「尊、入るわよ」


 声を聞いてるうちに会いたくなって、デ······どこかへ遊びに誘おうとしたところで、部屋のドアが開き、母親が入って来た。

 鍵を閉めておけば良かったな。俺が中学に入ってから、親が部屋に入ってくるなんて一切なかったから、油断していた。


「悪い。後で話す」

『了解です』


 俺の方を配慮してくれたのか、やや潜めた声で答えると、乙はすぐに電話を切った。それとほぼ同時に、母親が怒鳴りだす。

 もしまだ切れてなかったら、どうするつもりだったんだよ。


「アンタねぇ、大学、ちゃんと合格したんでしょうね!?」

「合格した」

「嘘じゃないでしょうね?」

「どうせ後で通知が来るんだから、それを見たら分かる」

「ええ、そうさせてもらうわ」

「······まだ何か用があるのか?」

「尊、さっき誰に電話してたの?」


 無遠慮に踏み入ってくる質問に、軽く顔を顰める。相手が乙だからとかじゃなくて、元々こういう質問は嫌いだった。都合の良い時にだけ、存在を認識されてる感じが嫌いだ。


「学校の後輩だ」

「男の子? 女の子?」

「何でそんな詮索してくんだよ」

「やましい事でもあるの?」

「男って答えようが女って答えようが、どっちにせよ嫌味を言われるだろうから、答えたくねぇんだよ。答える義務もないしな」

「······友達を作るのは良いけど、相手は選びなさいよ。菊屋くんみたいな、賢い子と友達になりなさい。尊が馬鹿な子と友達だって知られたら、(たける)くんが恥ずかしくなるわ」


 母親の口から、兄の名前が出る。もう慣れたことだ。いつでもあいつの事ばかり。

 小学生の時、一度だけ母に顔を褒められたことがある。だが、それも『健の恥にならない』からだった。その時に、俺は母親に見切りをつけた。

 父親も、母親ほど露骨ではないが、やはり兄貴優先。

 昔から、両親ともに、俺にとってはただ生活させてくれる人でしかない。


「そうだわ、尊、四月に生徒会に入った子、女の子なんだそうね?」


 三月にやめるけどな。

 何で今更、そんなこと聞くんだ。······いや、そもそも。


「何で知ってんだよ」

「健くんに聞いたのよ。『生意気で、ブスな女だ』って。文化祭に行った時に、アンタ、その子と組んで健くんを騙したらしいじゃない。どういうつもり?」

「······兄貴があいつを襲おうとしたから、あいつが拒んだだけだ」

「健くんがそんな女を襲うワケないでしょ。仮に襲ったとして、相手の女が拒むとか、有り得ないわ」

「······とにかく、部屋から出てってくれよ。電話かけなおさねぇと」

「第一、その女、何が目的で生徒会に入ったの? どうせアンタや、菊屋くんの顔目当てでしょ」


 話が噛み合わねぇ。

 こいつは、いっつもこうだ。


「あいつが希望したワケじゃねぇよ。俺が推薦したんだ。顧問も前から入れたがってたしな。······もういいだろ、出てってくれ!」


 母親が口を開く前に、強引に部屋から追い出す。久々に俺の部屋に来たかと思えば、本当にくだらない。

 だが、もう少しでこいつらと一緒に暮らさなくて良くなる。

 四月に入ったら、俺は一人暮らしを始める。こちらの事情を知っている祖父母が、俺を気遣って一人暮らしを薦めてくれたのだ。仕送りもしてくれるらしい。

 当然、バイトでもして祖父母の負担は減らすよう努力するし、最終的には全額返すつもりだ。両親達へはどうするか迷ってるが······あんな奴らの事は、後で考えればいいだろう。

 母親の足音が遠ざかったのを確認して、乙に電話をかける。

 数回鳴らしてから、乙が出た。


「もしもし、今大丈夫か?」

『大丈夫ですよ。家でゴロゴロしてるだけですからねー』

「そうか。さっきは悪かったな」

『いえいえ。何か起こったんですか?』

「さすがに電話越しの音は、お前にも聞き取れねぇんだな」

『そりゃあ、電話が音を拾ってくれないと、聞こえませんねぇ』

「それもそうだな。いやさ、さっき俺の母親が部屋に勝手に入ってきたからよ」

『ああ、なるほど。ふふ、急に不機嫌そうな声になったので、桐生さんが入って来たのかと』

「······まぁ兄貴と同じぐらい嫌な奴だったけどな。それより乙、今日これから空いてるか? ······その、気晴らしにどこか行こうと思うんだが、一緒に行かねぇか?」

『良いですねぇ、どこに行きます? 会長、行きたいとことかありますか?』


 『お前と一緒なら、どこでもいい』

 そんなこと、言えるワケがない。······いや、乙に言ったらどうなるんだろう。ドン引きされることはないと思うが。

 乙に言ってみたかった、なんて言い訳を用意して、思ったことを、乙にそのまま伝える。


「俺は乙と一緒なら、どこでも構わねぇよ」

『あははっ、私も会長と一緒なら、どこでも良いですよ~』


 即答した。しかも、平然と言いやがった。

 ······だがまぁ、嬉しそうな声ではあった。

 部屋に他に誰かいるワケでもないのに、なんとなく俯いて顔を隠す。


『でも、ただ散歩してるだけだったら、会長が女の人に絡まれちゃいますよねぇ。んー、ゲーセン巡りでもします? どんな肉食系女子でもさすがにゲーム中には声掛けないでしょうし、声掛けられても、聞こえなかった振りできますし』

「ああ、そうするか」

『じゃあ、一番近いところから回りましょー』


 待ち合わせ場所を決めて、電話を切った。

 急いで準備して靴を履いていると、母親が玄関に来た。俺を見送りに来たはずがないし、何の用だろう。


「尊、どこに行くの」

「どこでもいいだろ。何で今日はそんなに話しかけてくるんだ。いつもみたいに、放っといてくれよ」


 向こうが口を開く前に、家を出る。

 ······本当に、何で今日に限って。




「会長、次あっちのゲームやりましょ! あっちの奴は、ゾンビが地味にリアルなんですよー」


 隣で笑う乙が、手に持っている銃をおろす。


「······お前、ゾンビもの好きだな」

「ここにある奴は、クレーンゲーム以外全部好きですよー。会長の好みに合いそうなのが、ゾンビものぐらいかなって思っただけで」

「俺はお前が楽しんでるんなら、別に何でも構わねぇけど。······あー、でも一回こっから出ようぜ。ちょっと耳が疲れてきた。お前は大丈夫か?」

「そりゃキツいですけど、目の前にゲームがありますからね! そっち優先です。まぁ会長が疲れたんなら、外に出ましょう」

「悪ぃな」

「いえいえ。私の耳も休めますしねー」


 カラカラと笑って、乙はすぐに銃を元の位置に戻した。俺が手を引いてゲームコーナーから出ても、振り返りすらしない。先程やろうと誘ってきたゲームにも、もう興味を示していないようだ。

 音が煩くてもゲームを優先していたわりに、あっさり興味を失ったな。普段生徒会室であんだけゲームしてるから、もっと未練がましそうにするかと思っていた。


「······ねぇ会長、下の本屋に行きませんか? 欲しい本があったの、思い出しちゃって」


 適当に歩いてると、唐突に乙が言った。行き場所は特別決めてねぇし、それは良いんだが。


「構わねぇけど······下に本屋、あったか?」

「あれ、一階にありませんでしたっけ? ここ来たの久しぶりだから、覚えてないんですよねぇ。ま、行ってみましょう」

「ん? おう」


 妙に強引なことに違和感を覚えつつも、乙について行く。本が欲しいと言っていたのに、それが何かと聞いても適当に答えるだけだ。

 俺の気にしすぎかと思っていたが、二階を歩いているうちに見えてきた本屋を、乙が無視して通り過ぎたところで、乙の目的が本屋じゃないと確信して、彼女の腕を引いた。


「乙、待て」

「はい」

「本屋、通り過ぎたぞ」

「え······あぁ、本当だ」

「どうしたんだよ、お前本が目的じゃないだろ」

「わぁ、よく分かりましたねぇ」


 隠す気がほとんどなかったようで、乙はあっさりと言った。

 何で本屋に行こうなんて言い出したのかを尋ねると、困ったような笑みを浮かべる。


「ハッキリとした理由はありません。ただ、嫌な予感がしただけで」

「嫌な予感って······」

「嘘じゃないですよ。こう、私のセンサーにビビッと来たんです。ですから、とりあえず下に行きましょ?」


 乙が、首を傾げる。が、俺の背後に目を遣った後、嫌そうな顔をして、小さく溜め息を吐いた。


「さっすが私、予感的中~」


 棒読みで言って、俺の背後を指す。

 おそらくこいつの従妹がいるのだろう、と振り返ったが、少し離れたところからこちらに向かってくるのは、乙の従妹ではなかった。

 真っ赤なカラコンをした兄貴と、家にいるはずの俺の母親。

 二人が、明らかな敵意を向けて、こちらに歩いてきていた。


「おい乙、いつからあいつらに気付いてたんだよ」

「あー、やっぱあの右側の人、桐生さんですよねぇ。いや、あの人らに気付いたのはついさっきです。足音か何かを、無意識に聞きとってたんですかねー。あともう一人は誰ですか?」

「俺の母だ」

「会長のお母様とお兄様が、何でこんなところに? ナンパはまずありませんよね。親連れてナンパとか、初めて聞きますし」

「おい、逃げるか?」

「いやー無理じゃないですかね。だってほら、私達完全にロックオンされてますよ」

「······みたいだな」


 今度は二人で溜め息を吐いて、母と兄が来るのを待つ。

 母は俺達の目の前に来て早々、乙をじろじろと嘗め回すように見た。多分乙を威圧しようとしているのだろうが、乙はいつものような軽い笑みを浮かべるだけだ。

 やがて威圧するのは諦めたのか、母は乙を観察するのをやめた。


「尊、その子は誰?」

「俺の後輩だ」

「その子が、生徒会に新しく入った子?」

「······ああ」

「ねえ、貴女、お名前は?」

「月岡です」


 ······こいつ、サラッと嘘吐きやがった。

 そういえば、文化祭の時も、兄に対して、乙はそんな名前を使っていたような気がする。すぐにその名前が出てくるという事は、普段から使い慣れているという事だろうか。


「そう、月岡さん。尊、アンタ月岡さんとはどういう関係? 恋人?」

「母さんには関係ないだろ」

「何? 恋人なの? 尊、こんな女と付き合ってるの?」


 母親が馬鹿にするように笑った。乙を『こんな女』なんて言ったら、この世の中でまともな女はいねぇだろと思うが、乙が地味にツボに入ってるみたいだから、黙っておく。

 こいつ、変なところにツボあるんだよな。まぁこいつが楽しいんなら、それで良いか。


「なぁ、言っていいか?」

「ええ、構いませんよー」


 声を潜めて確認する。こいつがまだ笑ってるのは、放置しておこう。


「付き合ってるのね!?」

「おう」

「ふん、やっぱりアンタ、何をやっても駄目ね。アンタの顔に寄って来たような女と付き合うなんて、馬鹿だとしか思えないわ。月岡さん、良かったわねぇ、顔が良い男と付き合えて」


 母としては、精一杯の皮肉を言ったつもりらしい。

 乙にその程度は効かねぇけどな。


「あはは、やだなぁ、御母堂、私がこの人の顔目当てで付き合ったとお思いで? ······もしそうなら、それは間違ってますよ~」


 乙が、口元を歪めた。穏やかな微笑が、徐々に狂気的な、妖しい笑みに変わる。

 今まで数度見たことのある俺でも、ゾッとした。決して不快ではない。ただ、心臓を一瞬で冷やされたような、そんな気分になる。

 一度も見たことがない二人に、効果は抜群だったようだ。二人は顔を青ざめさせる。

 それに気付いているのかいないのか、乙はくすくすと笑うと、愉しそうな声で言った。


「私はね、この人のことを、心の底から好いているんですよ。勿論顔も好きですけど、それが一番じゃない。顔なんて、そんな生きているうちに変わるもので、一生の相手を選ぶはずがないでしょう」


 私にとって、恋人になるってのは、一生を共にするって意味ですから。

 そう言うと、乙はにっこりと微笑んだ。




 早歩きで逃げる乙を追いかけ、その腕を掴み、引き寄せる。

 さすがにもう逃げられないと判断したのか、乙はあがくのをやめた。


「······お願いします許してください先程は出過ぎた真似をして申し訳ございませんでしたッ」


 両手で顔を覆ったまま、乙は一気に捲し立てた。

 よほどさっきの自分の発言が、恥ずかしいらしい。


「乙、俺は怒ってねぇから」

「いやもう本当アレですよ会長の御母堂が、私が顔目当てで会長と付き合ってるなんて言うから······。いくら予想していた言葉だったとはいえ、イラッときたんですよ」

「分かってるから。とりあえず、手ぇ外せ」


 無理矢理、顔から手をのける。······即行で顔を逸らされた。


「何ですかコレ羞恥プレイですか」

「おう、とりあえずキスさせろ」

「何でその結論に至ったんですか!?」


 ツッコミを入れるために、乙がこちらを見た。そのまま再び顔を逸らす前に、頬に手を添えて逃げないようにし、顔を近付ける。

 感情が昂っていたせいで反応できなかったのか、俺が顔を離すまで、乙は固まっていた。


「······さっきの要求、マジだったんですか」

「当たり前だろうが。あのな、好きな女にあんな告白されて、キスしたくならねぇ方がおかしいと思うぞ」

「······思い出させないでくださいよ。あー、あんなこと言うつもりなかったのに······」


 そりゃ、乙は『好きだ』ってのはよく言うけど、いっつもふざけた感じで言ってるからな。今回は真面目に言っちまったから、物凄く恥ずかしいんだろう。

 まぁ、とりあえず。


「乙、もう一回させろ」

「もうやだ、これからちゅーする度に今日の失敗思い出すパターンだわ······」


 嘆きながらも、乙はゆっくり目を閉じた。

無理矢理ハッピーエンド\(^o^)/

恋愛書いてると精神ゴリゴリ削られる_:(´ཀ`」∠):_


今度の投稿は、多分四日後です。

私に二日にいっぺん投稿なんて無理やったんや······。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ