新しい友達と、与えられた分岐点
今回、分岐点!
上機嫌で裏庭へと向かう。裏庭には、園芸部の出し物?として、色とりどりの花々を植えた鉢が並んでいる。
だが、綺麗な花には目もくれず、ベンチに座って喋っている三人組がいた。
私の友人達だ。
「あーちゃんハロー!」
「ハロ~、チカ。三人とも、よく来れたね? そっちも文化祭の準備があるでしょ」
「なくはないけど、あたし達の文化祭はまだまだ先だからな」
「あややんとこ早すぎるよー」
「やっぱり早いよねぇ」
「なぁなぁ、あーちゃんとこ行ったで! さすがの運動神経やな! アレ、編集でやったんちゃうんやろ?」
「実際に蹴り飛ばしてるのは人形だけどね」
「そりゃそうだ。一般人をお前が蹴り飛ばしてみろ、死ぬぞ」
「それは言いすぎでしょ~」
キャシーの隣に座って、お喋りに交じる。
「綾、あたしらはもう、チカの家に行って遊ぶ予定だけど······お前も来るよな?」
「うん、行くよー」
「良かった。あややさっき、メールで忙しなるかもしれんって言ってたから、今日緊急で仕事入ったんかな思ったわ」
「『さっき』って、四時間前じゃん。ま、大丈夫だよ。天音が約束破ってこっちに来たから、今夜あいつの両親と話し合わなきゃって思ったんだけど、学園長が色々説教してくれたみたいで」
「さっすが学園長さんやな、かっこええわぁ。でも、ちゃんと後で話つけぇや? あいつらの心臓はあーちゃんが握っとるってこと、分からさへんと」
「あはは、物騒なことを言わないでよ」
「事実やんかー」
チカを窘めながら、ふと、花壇のむこうを見やる。ちょうど向かいのベンチに、誰かが座っていた。
······花咲さんだ。
「ごめん、ナンパしてくるわ」
「は? ナンパ?」
「うん。緊張させたくないから、ココにいてね」
彼女が逃げないことを願い、傍へと向かう。
彼女は近付く私に気付いて、顔を上げた。だが、逃げようとする気配はない。
「こんにちは、花咲さん」
「何?」
「ナンパ」
「······ハァ?」
「冗談だよ。今朝、君が逆ハーエンドを狙ってた理由、教えてくれたでしょ? その時、思ったんだよねぇ」
断りなく、彼女の隣に座り、彼女と目を合わせる。
「『お友達になれるかも』って」
花咲さんが、ありえない、といったように目を見開いていった。
そんな彼女に、笑いかける。
「花咲さん、自分にずっと好意を向けてくれる人が欲しいんでしょ? 条件がついちゃうけど、それでもいいなら、私はそういう友達になれる」
「······条件って、何よ」
彼女は私をじっと見るが、そこには警戒心があるだけで、敵意はない。
気分が高揚するのが分かった。
凄い。花咲さん、そんなに愛されたかったんだ。嫌いな人でも、自分を好きでい続けてくれるのであれば、友達になろうとするほどに。
「一つ。これは、『好意を向けられたい』って意味での利害関係はあるけど、一度友達になったら、そういう利害関係も取り去って、私を純粋に好きになること。一瞬では無理かもしれないけど、一ヵ月以内にはなくしてほしいな」
私は彼女が好きなだけなのに、彼女は自分が得するから私の友達でいる。
そんなの、嫌だからね。
「もう一つ。私、拘束とかはしないけど、愛は重いんだよね。あ、勿論交友関係とか制限しないよ? そういう制限は、お互いにかけないでおこう。······で、これから派生することなんだけど」
一呼吸置いて、私の友達である以上、絶対に外せない条件を話す。
「私に、好意を向け続けること。私は、都合のいい友達になるつもりはないの。私のことはどれだけ放置しても構わないし、会話や遊びがつまらなくても構わない。でもね、一旦好意を向けなくなったら、私はもう、貴女の友達じゃなくなる」
貴女への好意が、消えるから。
「······それを守ったら、良いの?」
「うん!」
「アンタは、なんでこんな話持ちかけてくるの?」
「何でって、私、お友達はたくさん欲しいからさぁ。後は、お礼かな」
「お礼?」
「そ。ヒロインとして動いて、私を楽しませてくれたお礼」
今までは、なんだかんだで『ヒロインちゃん』としてしか見てなかった。だから、どれだけ嫌われても、彼女から興味を失うことはなかった。
でも、これからは違う。
「もし君が望んでくれるなら、これらの条件付きで、お友達になりませんか?」
彼女はただの『玩具』じゃなくなった。
なら、私が彼女に敵意を向けられて、友達になる気が失せる前に、関係を決めなくちゃね。
「······分かったわ。友達に、なりましょ」
その目に微かな警戒心を残し、彼女は私をまっすぐ見た。
再び、気分が高揚する。
千尋の時とは、違う。
『私と友達になる』ということをすべて理解したうえでの、答え。私と同じことを願うからこそ、彼女はこんなふざけた条件を呑んだんだ。
「それじゃあよろしくね、花咲さん。呼び方は変える?」
「呼び方は······悪いけど、急には直せないわ。もっと仲良くなってからにしましょ」
「勿論だよ! 別に、変えなくてもいいしね」
満面の笑みを浮かべた私に、花咲さんが、ぎこちない笑みを浮かべた。
そのままニコニコしていると、背後から抱き着かれた。
同時に、金属がぶつかる音が鳴る。
「花咲さんやっけ? こんにちは~。あーちゃんの友人の、黒川 壱夏です! 同い年な」
「へ?」
「たしか、下の名前『心』ちゃんやったよな。こっちも前世で『君想』やったことあるから、知っとんねん。『花咲ちゃん』と『こーちゃん』、どっちがええ?」
「えっと、『花咲ちゃん』の方で······」
「じゃあ、花咲ちゃん、仲良ぉしよな! ま、そもそも話す機会ないけどさ」
「チカ、私は待つように言ったはずだよ」
「怒らんとってやぁ。心配やったんやもん」
胴を絞める力が、若干強くなる。
「主ィ、先に聞くけど、花咲ちゃんを『友人』にする気はあるんすか」
「ないよ。『友人』は、君達だけだ。一生、増やすつもりも、減らすつもりもない」
「ん、そっか」
チカが離れた。彼女が指に嵌めている指輪同士がぶつかって、また小さく金属音が鳴る。
「花咲ちゃん、あーちゃんな、友達がいっぱいおるんよ」
「そ、それが、どうしたの?」
「嫉妬はええけど、束縛はあかんで。······あーちゃんの友達にいちいち言うとるワケやないけど、花咲ちゃんは、あーちゃんと同じ願望あるみたいやからさ。あーちゃんには普通のお友達と似たような感覚で接してな。多少乱雑に接しても離れへんってだけで、基本は同じなんやから」
「······分かった」
「そ、良かった。あーちゃんにあんまり毒されたらあかんよ、離れられんなるから」
「何それ、私は麻薬か何か?」
「あんな脳味噌スッカスカにするようなもんと、一緒にする気はないよ。ただ、あーちゃんはちょっと、危険やから」
「ええ⁉」
「ホンマのことよ、あーちゃんと『合う』人は、とことん合うてまうから」
戻ろう、と促すチカに従い、花咲さんと別れる。
彼女と連絡先を交換しなかったけど······ま、いっか。
「あーるじー」
「何?」
「今日あたしらが来たんはなぁ、あーちゃんに会うためだけちゃうんよ」
「そうなの?」
「うん」
チカに手を引かれ、空とキャシーのもとに戻った。キャシーにどうしたの、と尋ねられたから「花咲さんと友達になった」と伝えたら、驚いていた。
「そーちゃん、先にあの話しよ」
「もうすんのか?」
「こっちの家に集まってからの予定やったけど······。花咲ちゃんの様子見るに、ノーマルエンドっぽいし。それにあーちゃん、花咲ちゃんと友達になってさ」
「······ヒロインとか。たしかにそれは······」
「何の話? 内緒話なんて、悲しいね」
「内緒話とかじゃねぇよ。いつかは絶対する話だ」
「へぇ」
「あんな、あやや。夏休みの終わりにも話したことやけど······そろそろ、一遍考えてみてほしいんよ。あややの想いを、消すかどうか。もちろん、相手に『一生愛し続ける』って言ってもらえて、それを信じられたら、最高だよ? でも、自信がないんだったら、他の道も考えなきゃいけないと思う」
「今日やったら、一日中あーちゃんの傍におれる。消した時の感覚を、ちょっと誤魔化すぐらいはできるんちゃうかな」
「別に、消さなくてもいい。消したら、相手がお前を好きだったとしても、一生応えられなくなるワケだからな」
三対の目が、心配そうに私を見る。
まさか、こんなにも早く、選択することになるとは。
多分、今まで私を嫌ってた花咲さんと友達になったから、色々気にしてくれてるのだろう。
······私も、決めなければ。
あの感覚を受け入れて、安定した道を行くか。
傷付かずに済むことを願って、終わりが予測できない道を行くか。
どちらを進むにせよ、覚悟が必要なのだけは確かだ。




