嫌いになっただけ
「完全に、終わったね」
彼女が振り返る。
「ノーマルエンド、確定だ」
今日は文化祭一日目。
五分前までに攻略対象のうちの誰かが、彼女······花咲さんを誘いに来たら、その人物のルート入り確定だった。
でも、結局誰も来なかった。
つまり、ゲームにおける、ノーマルエンド。
「······分かってるわよ」
人気のない階段。私達は、学年副担任のパシリの帰り道だ。
声のよく響くここでも、掠れた彼女の声を響かせることはできなかったらしい。いくら文化祭の直前で騒がしいとはいえ、あまり響かれては困るから助かる。
「疑問なんだけど、君、なんで逆ハーエンド目指したの」
「逆ハーエンド目指す理由なんて、エンドコンプか、色んな男に愛されたいからかに決まってるでしょ」
「じゃ、君は後者か。しかし、意外だね。君のような『ヒロインちゃん』は、逆ハーエンドのためにすべてを犠牲にするかと思ったのに」
「······? よく分からないけど、私だって、そこまで馬鹿じゃないわ」
「ん~、前から思ってたけどさぁ、君、性格が変わりすぎじゃない? 今みたいに落ち着いてるときと、私の言い分を全く聞かないときがある。二重人格?」
「んなワケないでしょ。······ただの、テンションの差よ。自分でも困ってんの。イベントのときは、まず間違いなくアホになるし」
「うわ、意外と酷い言い方。冷静モードの中でも、特に冷静だね。しかしまぁ、なんで重要な時に、アホの子モードに入るかね」
「緊張でもするんでしょ」
「あはは、正直に言って、面倒だね」
「······アンタって、失礼ね」
「君に言われたくないよ~」
悪意はないから、怒らないでほしいなぁ。
「ねぇねぇ」
「何よ」
「どうして色んな男の人に、愛されたいの?」
くだらない質問だとは分かってるさ。イケメン達に惚れられて、嫌な気分になるレディは少ないからね。
「······別に、男じゃなくても良いのよ」
おや?
「そもそも私は、恋愛感情じゃなくても、構わないし。でも、乙女ゲームって、キャラと結ばれたら、キャラは一生ヒロインを好きでいるでしょ」
「へぇ。······理由にも驚いたけど、君がそんなことを、素直に私に教えてくれたのにも驚きだよ」
「ハァ? アンタが聞いてきたから答えてあげたんでしょ? アンタなんて、ホンット大っ嫌い!」
「あら」
地を這うような低く小さな声で怒鳴った(矛盾してる気がしなくもない)彼女は、階段を駆け上がって行ってしまった。
······彼女の理由を聞くに、もしかすれば······。
お友達に、なれるかもね。
「あ、チャイム」
「時間だな。じゃ、俺はフリマでも回ってくる」
「いってらっしゃ~い」
さっきまで話していた野見山くんに手を振り、生徒会室の方へと向かう。
今年の文化祭は千尋と回ろうかとも考えたが、やめておいた。友達とずっと回るのは、面倒だからな。
窓から校門の方を見ると、外で待っていたのだろうか、既に客が門を通ってきている。
十分程、そのまま門を眺めていた。
······気にしすぎだろうか。······あいつらにもちゃんと言ったし、天音はもう来ないはずだ。
裏切らないでくれよ。
口だけを動かし、生徒会室に入った。
「おはようございます」
「おはようございます、乙さん。仕事内容を書いた紙は置いてますけど、あくまで暇つぶしに、ですから」
「······普段より量多すぎないですかね」
「一日ココに居続けても、仕事がなくならねぇようにな」
「仕事って、無限に湧いてくるものでしたっけ」
「作ろうと、思えば、いくらでも、作れる」
「怖っ」
溜め息を吐いて、席に着く。日向と葵は来ていないようで、椿先輩が少し心配している。藤崎先生は、文化祭中の立ち入りが禁止されているフロアに、念のため確認に行っているらしい。
「「ごめんなさいっ」」
入り口のドアが開くと同時に、似通った声が重なって聞こえてきた。
「日向、葵、早く入れ。あと、ここに避難するのは自由だから、謝る必要はねぇぞ」
「それもそっか!」
「なんか反射で言っちゃいました。先生は?」
「藤崎先生なら、見回りに行ってるわ。結構前に行ったから、そろそろ戻ってもおかしくない頃ね」
「先生も、大変っすよね······」
「あ、そうだ、綾ちゃんに会いたがっている人がいるんだ!」
「······私に? その人、中学生ぐらいだったりする?」
「ううん、違うよ!」
だったら、天音ではないか。ん~、私に会うのに日向を利用するってことは、この学校の人じゃないのはほぼ確実だから、天音かと思ったのにな。
「入ってくださ~い」
日向が、外に向かって手招きをした。
入ってきたのは······たしかに、天音ではない。
同じぐらい、面を見たくなかった奴らだがね。
「「ごめんなさいっ」」
先程の日向と葵の声とは違い、全く似ていない男女の声が重なる。入ってきて早々に土下座した二人に驚き、全員が『お前、何やったんだ』という目でこちらを見た。
舌打ちしたくなる気持ちを抑え、あくまでも気遣うように、二人に話しかける。
「あの······どうしたの、急に。ほら、ここじゃ何だし、別のところで話そう?」
「いいえ、お義母さん、貴女との約束を破っちゃったから······!」
「なら、尚更だよ。ここで、そんな情けない姿を見せないで? 誰にも邪魔されない部屋があるから、そこでお話しましょ」
「いや、俺達を、そこまで気遣わなくていい······!」
目の前で土下座しているのは、天音の両親。アンタらを気遣ってんじゃなくて、私が『親戚にこんな非常識な行為をさせる人』として認識されたくないから、言ってるだけなんだけど。
立たせようとするも、『私達が悪い』と言い続けて、立とうとしない。こうして他の人達の前で謝罪することで、何が何でも許してもらおうとしてるのか? なら、どんなことをしたんだ? わざわざ、『音羽学園に関わらない』という約束を破ってまで謝罪に来るほどのことか?
無理に立たせようともするが、私に人間一人を立たせるだけの腕力はない。
「え、どうなさったんですか」
そうこうしているうちに、藤崎先生が戻ってきてしまった。
もう、どうしよう。
「······私の、前の保護者です。従妹の、両親。とりあえず、座ってください。アンタらは、私についてきて。場所を移す。······ついてきてって言ってるのが、聞こえない?」
声を低くして軽く脅すも、天音の親は震えるばかりで、動こうとしない。ひどく恥ずかしかったが、先生の『ここで話して構いません』という言葉に甘えることにした。
ここで話すと決めた以上、猫を被る理由もない。
こいつらに猫を被るなんて面倒な真似、したくなかったんだよね。
「土下座はやめて。もうここで話聞くから。······で、どうしたの。約束破ったって、どういうこと?」
「あ、あのな······俺達も、気付いてすぐここに来たんだが、天音が、ここに来ているみたいでな」
「だったら、私は許さない。今日の夜、空いてる? アンタらの家に行くから、その時話そう。さ、ここで話すことはなくなったから、天音連れて帰って」
「待って! 本当にごめんなさい、申し訳ないと思ってるの!」
「だから何? アンタらは、何を要求してるの? 私に許してほしいの? 天音が今日音羽にいるのを、許可してほしいの?」
首を傾げて尋ねれば、父親が、「何もそこまで怒らなくても」と呟いた。
生徒会の人がそう言うのなら分かるけど、お前はダメだろ。
こいつらへの評価が、グングン下がっていく。以前会長に『親に対してどう思っているか』と問われた際、こいつらに関しては、『今のところ嫌いではない』と答えたが、今は嫌いだ。大嫌いだ。
「『そこまで怒らなくても』ってねぇ、伯父さん。自分がやったこと分かってます? 約束破ったの何回目だと思います? 二年前と、今年の体育祭と、今日。三回目ですよ?」
「お前、何だその言い方は! 昔お前を育ててやったのは、誰だと思ってる⁉」
「······それ、いつまで恩を感じてなきゃいけないんですか? まぁそりゃあ住む場所は貸していただきましたし、保護者として、書類に名前を書かせてくれた。参加必須の保護者会とかで、私の保護者が都合合わなかったら······特に何もしてくれないか。ま、とにかく、感謝してますよ。でもね、私もう、充分に報いたでしょう?」
二年程のことで、一生仕えるつもりはない。家を出た時、私の使った光熱費やら何やらを返すつもりで、お金を渡した。迷惑をかけたお詫びでもあったから、かなりの大金だった。
それをギャンブルで使い果たしたのは、私には関係のないこと。なのに、ギャンブルでの借金を返済するために、お金を貸した。
分割支払いで、いまだに一回も払われていないが、借金の時効が来ないよう定期的に書類を送るだけで、脅して無理に、なんてことはしていない。裁判も起こしてない。
ここまでやって、まだ尽くせというの?
「私、いつまでも他人の世話をする気は、ないんだけど」
「『他人』って、お前、いい加減親を馬鹿にするのをやめろッ」
父親が立ち上がって、殴りかかってくる。私は、動かなかった。
私が動く必要は、なかったから。
「久遠さん、落ち着いて」
父親が立ち上がったタイミングで、全く音をたてずに入ってきた学園長。
彼なら止めてくれると思った。
学園長のことは、信頼してるんだ。
「は······?」
「おお、さすが学園長」
「君ね、私が間に合わなかったらどうするつもりだったんだい?」
「椅子で殴ってました」
「それは怖いね。さて、乙くん。朗報と悪報、どちらを先に聞きたいかな」
「悪報から」
「君の従妹さんは出禁にできなかったよ」
「従妹さん『は』?」
「そうだよ、従妹さん『は』、無理だった。もう少し派手な問題を起こしてくれないと、駄目らしくてね。でも、代わりに、ご両親の方はできたよ。よほどの緊急事態でない限り、君の許可なしにここには入れなくなった」
「うわ、学園長凄い······! せっかく学園長がそこまでしてくれたんだ、さっさと帰ってもらいましょう!」
「すみませんね、久遠さん。あまり暴れないでいただきたい。大丈夫です、彼女は暴力を振るいませんから」
「それ言われたら、蹴れないじゃないですかやだー」
「乙くん、君もはしゃぎすぎないでね」
はーい、と返事して、先程私に敵意を向けた男に、歩み寄る。
「伯父さん、細かいことはまた今度、話しましょ。でも、先に言っておくよ。私は、今回のこと、許さないから」
「あ······綾ちゃん、考え直して! 大丈夫、今なら、お義母さんも、綾ちゃんを怒らないから!」
母親が、叫んだ。私が彼女達の都合のいいように動かないためか、苛立っているようだ。
······貴女も、私に敵意を向けるのかぁ。
「別にアンタに怒られたないなんて、思ったことないわ。何で自分の方が立場上やと思っとんの?」
「綾ちゃん! そんな汚い言葉を使わないで!」
『汚い言葉』、ねぇ。
私の二番目の義母も、同じことを言ってたよ。それが原因で父は関西弁を使わなくなったし、私も東京弁を話すことを強要された。
たしかに、少し荒い言葉だろうさ。
自覚はある。······でもね。
「『汚い』やとぉ? 一遍関西弁使う人全員に土下座して来んかい」
あ、関西人は他人を口汚く罵るイメージがあるらしいけど、それは単に気性が荒いか、たまたまその人が激おこだったかだよ! 東京の人でも、常に他人を罵ってる人は罵ってるよね! それと同じだよ!
······一旦落ち着こう。
冷静に状況を確認する。
さっき、母親への怒りもあってか、予想以上に冷たく言ってしまったらしい。母親が、随分と怯えた目でこちらを見ていた。
傷つくなぁ。
「あはは、ごめんなさい、ちょっとキレちゃった。それから、『綾ちゃん』って呼ぶのはやめてほしいなぁ。嫌いな人に名前で呼ばれたくないんだ」
「え······昔は怒らなかったじゃない······」
「昔はね? 貴女達には感謝してたし、第一まだ嫌いじゃなかった。でも約束を何度も破られちゃあね」
微笑んで見せるが、二人の緊張が解けることはない。目が、笑ってないんだろうな。
「私ね、約束を破られるのが大っ嫌いなんだ」
自分が破るのは全く気にしないけどね。うん、自分勝手ってことは分かってるよ。
「別にそれだけで嫌いになりはしない。でもさ、貴女達、明らかに私に敵意向けたでしょ?」
まぁ最初から好きではなかったけどさ。
それでも、やっぱり、ある程度は友好的に接していた。
だけどね。
「あれだけは無理」
許す許さないの問題じゃなくてさ。
「一度敵意向けられて、本心から貴女達に好意を向けるとか無理。ってか、好意向けられなくなった時点で無理。好意向けられなくなると、長年の友情も一瞬で冷めちゃうんだよね。たとえば、『○○さんへの感情ボックス』みたいなのが心の中にあって、それが『友情』って液体で満たされてても、○○さんが私に好意的じゃなくなった途端に、液体はパッと消えちゃう感じ」
自分から、故意に消すわけじゃない。自然に、箱ごとなくなる。元々、この箱は相手への好意を入れるためのものだから、好意がなくなったら、それを入れる容器は必要なくなるから。
ただ、何らかの理由があって、無理矢理相手への好意を消すと、箱だけ残って、中身は消える。しばらくすると箱も消えるけど、当分の間は空っぽの箱を抱えることになる。
なんともまぁ虚しい。この感覚が嫌いで、恋愛感情を抱いても、どうせ叶わないから、とすぐに消したりしないのだ。
「要するにね、若干残ってた好意も消えたから、貴女達に友好的に接するつもりはない。しかも何度も約束を破られたから、貴女達が大嫌いになった。なのに、私が貴女達を許せるはずないでしょーって話」
······そんな怯えた目で見ないでよ。
「ふふ、大丈夫。嫌いになっただけで、失望とかはしてないから。貴方達に期待してたのは、そっちの家で暮らし始めた最初の三日間ぐらいだけだったもん」
何が大丈夫なのかは自分でも分からないけど、とりあえず言っておいた。
自分からあいつらに触るのは嫌だから、「じゃあ、天音を連れて帰ってね」と言うと、学園長が「少しお話ししましょう」とか何とか笑いながら言って、二人を連れ去った。
彼が私の嫌がる行動をするとも思わないし、特に何か釘をさす必要もないだろう。
三人が出て行った後に、さっさとドアを閉める。
「すみません、恥ずかしいものをお見せして」
あいつらに夢中で、桐生会長達の存在を忘れていた。
全くもう、タイミングを考えて来いよな~。
「相手が好意を示さなくなったら自分も、って貴女のスタイルは聞いてたけど、本当だったのね」
「やだ、信じてくれてなかったんですか」
「嘘みたいな話だったもの。貴女、誰にでも友好的に接してるから」
「そりゃわざわざ敵対しなくてもいいですからね~」
椿先輩のほのぼのとした対応に、私も微笑んだ。
あいつらは、ちゃんと天音を連れて帰ってくれるかな、なんて頭の隅で考えながら。




