お説教
「いやー、参ったねぇ」
見事に閉じ込められたよ。
犯人さんは誰かなぁ。もう心当たりがありすぎて、人数を絞れない。今は居残り届が必要な時間でもないから、届け出を出している人から絞る、というのはできない。
一応教え込まれたルールに従って、ドアが本当に開かないか確かめる。
外からの南京錠タイプだから、絶対に開かない。どうやって鍵を入手したんだ?
窓からの脱出は、ちょっとキツい。二階なら迷わず飛び降りるが、残念なことに、ここはもっと上の階の、私の教室だ。
もっと残念なことに、携帯電話は温室にあるマイバッグの中だ。
携帯電話を、肌身離さず持つ習慣がなくってね。······あ、温室の鍵は私が所持している。私のいない間に、温室に入られては困ると思ったからな。
「······最終手段は、扉の破壊だよねぇ」
鉄製の、スライド式ドアを見やる。
頑張れば、壊せない事はないだろう。かなり足を痛めるだろうけど。
でもなぁ。一つ、問題がある。
扉を壊すのは、ここから脱出するためだ。
何故脱出するのかといえば、ここに閉じ込められたからだ。
しかし、私はそのことの証明ができない。
つまり本当に私が脱出目的でドアを壊したのか、それともイライラしてたとかで扉をぶっ壊して、嘘を吐いてるのか、判別できないのだ。
「信じてもらえなくて保護者呼び出し、とか本気で嫌だわ」
保護者呼び出されたら、あいつらが来るんでしょ? 天音の両親が。
あいつらには、会いたくない。『天音を音羽学園に関わらせない』っていう約束を破ったからな。この前そのことについて問い詰めたら、全然反省してなかった。
幸いなことに、天音の父親は、過去にとんでもなく馬鹿なことをやらかしている。
ギャンブルのために、借金をしたのだ。
ギャンブル自体は、別に責めやしない。私だってしたことあるしな。法律破らなきゃ、構わないだろう。
問題は、そのために借金をしたこと。ホント、何でそこまでしたのかは分からない。
まぁその頃には私は既に大金稼いでたから、天音の両親は私に無利子でお金を借りて、返済に充てた。
家族だから無利子だよな?と縋られ、『五年以内に返す』という約束で無利子にしている。期日までに返せなかったら、私が好きなだけ利子をつけられる。誓約書も書かせてますよ、そりゃ。
······とはいえ、一時期でも私に住む場所を与えてくれた人達だ。五年以内に返せなくても、無利子で許してやるか······と思っていたが。
約束を破って天音が体育祭に来たうえに、あいつらは反省してないときた。
当然、誓約書を見せて脅すよね、という話。
ん? 自己破産?
できるはずがないし、させるはずもないでしょ?
「······ま、今はあいつらはどうでもいい」
とりあえず、ここから出る方法はないってことでいいかな。
······いや、あるか?
一つ、方法が浮かんだ。
窓際へ行き、下を見る。
知り合いは、いない。
「ん~、残念」
知り合いがいたら、ヘルプコールしたんだけどなぁ。
仕方ない。
寝よう。
痛い。
まだ、眠いのに。
音からして、ビンタをくらっているようだ。
うっすらと目を開け、顔を上げる。けたたましい笑い声。二人か。
「······五月蠅い。耳痛い」
迫ってきた手のひら。
手首を掴んで、引っ張る。
相手がこちらに倒れ掛かってきた。
だから。
避けてやった。
「んぐッ」
私が凭れていた机に、彼女が顔面からダイブする。
もう一人の方はグーパンチできたから、関節技を極めておく。
身体柔らかい人はあんまり痛くないんだけど······良かった。凄い痛がってる。
「ん~、おはよぉ~」
伸びをして、立ち上がる。
「君達が、犯人さん?」
あーほっぺ痛い。非常に痛い。でも花咲さんのハサミ攻撃に比べたら、まだマシか。
何度か瞬きをして、いまだに痛がっている二人に目を向ける。
私に乱暴を起こしたのは、先月あたりに停学処分をくらった白鳥姉妹だった。
「また君達? 懲りないねぇ」
「うっ······うるさいっ」
······私にケンカを売りたいのか、学習能力がないのか。
相変わらずの二人に溜め息を吐いて、そばにしゃがんだ。
「前に私、遠回しにだけどタメ口使うなって言ったよね?」
覚えてる?
首を傾げて、尋ねる。
顔を青くした彼女らは、何度も頷いた。
「よし、覚えてたんだね。じゃあ、何でタメ口を使ったのか聞きたいところだけど、どうせ時間の無駄だろうから、聞かないでおくよ」
今聞きたいのは、そっちじゃない。
「ねぇ、何で戻ってきたの?」
君達が私を閉じ込めた理由は分かる。生徒会とか、椿先輩関連だろう。
でも、戻ってきた理由が分からないんだよね。
「何で?」
「あ······先生の見回りが済んだところに、先輩を移そうと······」
「それであんなに乱暴に起こしたの? 馬鹿だねぇ、君達二人で、私に勝てるはずないのに。······ああ、それとも、私がビビって君達に従うとでも思った?」
口角を上げてみせれば、さらに怯える二人。
別に害を与えるつもりはないんだけどなぁ。
「君達さぁ、この間も私を閉じ込めようとしてたよね? それで、停学処分をくらったはずだけど······反省する気ないの?」
「だ、だって、生徒会の人達とも、仲が良いから······」
答えているうちに怒りを思い出したのか、二人は立ち上がって私を見下ろした。
そのままごちゃごちゃ何かを言ったあと、教室を出ていってしまった。
ボーッとしてると、すぐに鍵がかけられる。
······おお、今逃げるべきだったんじゃないか!? ······やっちまったなぁ。
まぁ先生が見回りを開始したということは、そう時間も経たずに出られるだろう。
だがな、見つかるのを待つなんて嫌なんだよ。
閉じ込められた状況で見つかったら、藤崎先生のお説教が待ってるじゃないか。
「······外に誰かいないかな」
もうこの時間だと、学校にいるのは、クラブの人か教師ぐらいだろう。
いつも聞こえる掛け声とかが今日は聞こえてこないから、運動系のクラブも、体育館使ってるのかな?
教師だったら、学園長か藤崎先生がいいな。他の先生には、頼る気になれない。
ほとんど期待せずに、窓の外を見た。
「······って、うん!?」
え、嘘、いる。藤崎先生が、外に、いる! 奇跡! 本音言っちゃうとお説教嫌いだから、学園長の方がよかったなーなんて思うけど、それは我儘だって分かってるから、言わないよ!
何故か下にいる彼に声をかけるために窓を開け、身を乗り出す。
大声を出すことに、恥などない!
「藤崎せんせー! 藤崎せんせー!」
キョロキョロあたりを見渡す先生。よく聞こえたな。
にしても、こんだけ大声を出してるのに、他の部屋の窓は開いていない。でも早くしないと見回りの先生が来るかもしれない。
ようやくこちらを見た彼に大きく手をふって、再度大声を出した。
「今から、降ります!」
止めなさい、と叫んでいるのが分かる。
だがすまない、先生よ。
私は降りる。
窓枠を掴み、足を出す。意外と問題なさそうだ。
ん? 飛び降りる? 二階でもないのにそんな危ないことはしないさ。私だって死にたくはない。
他の階の窓枠やらパイプやらを利用して、下に降りていく。
最後まで特に危険なことはなく、無事地面に足を着けると、目の前から滅茶苦茶怖いオーラが漂ってきた。
「······乙さん」
「はい」
「どうしてあんなところから降りてきたんですか? いくら貴女でも危険です」
「うわー、凄くお怒りになってる」
「そりゃあ怒りますよ! 貴女、自分が何をやったのか、分かってますか!?」
長々と続くお説教。
その長さに、聞くのが嫌になって目を逸らすと、彼が溜め息を漏らした。
「貴女が、心配なんですよ」
小さな声。
何で私が心配なんだろう。
無表情で、彼を見る。
彼と、目が合った。
「······貴女が降りている間、いつ落ちてしまうのか、怖くて怖くて仕方がなかった」
心の底から、といった言い方。彼はひたすらに私を見つめて、泣きそうな顔をしていた。
本当に、ただただ私の身を案じてくれていたのだろう。
嬉しいなぁ。
「大丈夫ですよ、もし落ちちゃっても、藤崎先生が何とかしてくれるって信じて降りましたから!」
「······信じてもらえたのは、喜ばしいことです。······ですがね、乙さん。······そもそも窓から出てはいけません! 中に入りなさい! 窓から出てきた理由を聞かせてもらいます!」
「丁重にお断りさせていただきます!」
彼から逃げるために、走って温室に向かう。
が、結局私が窓から降りたのを目撃した学園長に遭遇し、自然と挟み撃ち、学園長の執務室でお説教になった。
まぁ、主にお説教をしてたのは藤崎先生で、学園長はいつも通り『お説教』というよりは『諭す』という感じだったが。
······あ、白鳥姉妹は後でしばいた。藤崎先生のお説教を聞かされた恨みを、晴らさせてもらった。
·····別に、·八つ当たりじゃないさ。
投稿日を忘れるところだった······。長期休みって日付の感覚が狂う······。




