口調
安定の雑なタイトル。
購入した種やら、肥料入りの土やらが入った袋を手に、店を出る。すると、外で待っていた椿先輩が、華やかな女性二人組に逆ナンされていた。
一度ココの女性店員に逆ナンされたことがあったから、外で待っていてもらったのだが······。
ガラス越しに店内の時計を見れば、店に入ってから五分ぐらい。買うものが決まっていたから、そこまで時間はかかっていない。
······たった五分で、捕まるとは······。
呆れながら、彼に声をかけようとした時。
「すみません、他人を待ってるんです」
彼らしい、丁寧な口調。しかしその声は冷ややかで、普段の穏やかさは欠片もない。
私に怒っている時でさえ、彼はこんな声を出さない。
「こんな暑い中待たせるような人でしょ?」
「僕を気遣ってのことですから」
「ねぇ、待つ間だけでもさ、あそこの喫茶店でお喋りしよう?」
「相手に変な勘違いをされたくないので······すみません」
「えーっ良いじゃん別にぃ」
「そうだよ、ね、一緒に······」
二人組の片割れが、こちらに目を向ける。そして、ゆっくりと目を見開いていった。
「どうしたの?」
もう片方も、こちらを見た。先程の女性と同様に、目を丸くする。
会話が途切れたところで、椿先輩を軽くつつく。
変に声をかけて、彼の情報を流すのもどうかと思ったからな。
「あ、お帰りなさい」
振り返った先輩は微笑み、それが当たり前かのごとく、私から荷物を奪う。
······紳士。
「相手が来たので、失礼しますね」
それだけ言うと、先輩は私の手を引いて歩き出した。
いつもより速く歩くから少し驚いたが、ついていけない程ではない。気にせず、先輩の後ろを歩く。
しばらく無言で足を動かしていると、ふいに先輩がスピードを落とした。
「ごめんなさいね、急に歩き出しちゃって」
「いいえ」
「ふふ、あの二人、本当に私が待っている人なんていないと思ってみたい」
「······椿先輩って、男性口調の時は、一人称『僕』なんですね」
「あら······嫌だった?」
心配そうな彼に、首を横に振ってみせる。
「前は、『俺』でしたから」
「それホント昔の話じゃない。······まぁ、私には似合わないのよ、『俺』って一人称は」
「今でも疲れますか? 男性口調」
「え?」
ごく自然に、問うた。彼にとってこの問いは、別に地雷なんかじゃないはずだ。
なのに椿先輩はやや眉尻を下げ、目を泳がせる。そうしていた時間は短かったものの、その数秒の仕草から、まだ割り切れていないのだろうと察する。
「そうねぇ、ちょっとだけ」
ちょっとだけ、こっちの方が楽なの。
遠まわしな表現。返す言葉が浮かばない。彼に深入りしない、気まずい沈黙に繋がない、最適な返答。
「······あれ、そもそも何で私、椿先輩の口調のこと知ってたんですかね」
私は、彼に質問することにした。
「覚えてないの?」
いや、本当は覚えてますよ。おぼろげに、だけど。
「なんかもう、椿先輩と初めて会った時のことも、思い出せません」
「ええ!?」
「知り合ってから二年も経ったら、普通忘れますよ~」
苦笑する椿先輩。
どうやら、気まずい空気になることは避けられたようだ。
「初めて会ったのは、私が中三の時。四月に配られたクラブや同好会を紹介する紙、あるでしょ? あれで園芸部を見付けて、入部届を出しに行った時ね。あの時は、部員は実質貴女と私だけだったのに······何でこんな余計に増えちゃったのかしら」
「椿先輩のせいです」
「そういうのは心の中に留めておきなさい。······入部を決めた時にはもうファンクラブがあったから、分かってはいたけど。······この喋り方を隠すのが予想以上に辛くって、貴女にバラしたの。誰か一人で良いから、言葉遣いを隠さず話せる人が欲しかったのよ」
私の記憶と一切違わぬ話を聞き、少し、安心した。
だって、嫌じゃないか。自分の記憶と、相手の記憶が食い違ってるなんて。
たまに······柳瀬さんの時みたいに、相手は覚えているのに、自分は覚えていない、というのも、嫌になることがある。
普段はそこまで気にしないが、あの時は多分、柳瀬さんが私の仮面のことや、瞳の色まで知っていて、不審に思っていたためだろう。
「思い出した?」
「ええ、ぼんやりと」
「そこは鮮明に思い出しましょうよ」
「いやぁ、それはちょっと······」
「酷くない!?」
椿先輩のツッコミに笑いながら、ふと、思う。
ゲームでは、どうだったのだろうか、と。
「んー、今思ったんですけど、もし私が園芸部を作ってなかったら、やっぱり椿先輩が園芸部立ち上げてましたか?」
ゲームでは、彼が園芸部を立ち上げていた。
その園芸部に、『乙 綾』は所属していない。
······シナリオをガン無視したのを、後悔しているわけではない。
ただ、私と一番関わり、ゲームから一番離れてしまったであろう彼を見ると、ゲームではどうだったのか、気になってしまうのだ。
「······きっと、そうでしょうねぇ」
「言葉は、どうしてました?」
首を傾げて、尋ねる。
「全力で隠し通してたわね」
「誰か、他の人に打ち明けたりとか」
「園芸部の子には、しなかったでしょうね。少なくとも、自分からは」
「そうなんですか?」
「だって、言う理由がないじゃない。どうせ乙さん以外は、私のファンクラブの子ばっかりでしょ? そんな子達と、私が仲良くすると思う?」
「可能性としては、低いでしょうね」
並んで歩きながら言葉を交わしていると、学校の裏門が見えてきた。
「椿先輩、部費、片付けてきます」
「いってらっしゃい。先に作業を始めとくわ」
「お願いします」
軽く頭を下げて、部室へと足を進めた時。
後ろから、小さな声が聞こえた。
「本当はね、この口調を使う必要は、もうないの」
一瞬、息が詰まる。
背後から、視線を感じた。じろじろと舐め回すような、不快な視線ではない。
ただただ、真っ直ぐな視線。
「何か、言いました?」
振り返って、問う。
「······急いで戻ってきてねって言っただけよ」
「了解です」
互いに、微笑み合う。
······互いに、分かっている。
彼は、私が聞こえないふりをしたことに。
私は、彼が私の嘘に気付いていることに。
「······椿先輩」
彼が、どこか悲しそうな笑みを浮かべて、こちらを見る。
······このまま逃げたら、後味が悪いな。
「私が今から逃げるのは、別に椿先輩が気持ち悪いからとかじゃないですよ! 言ってることの意味が、理解できないからです! だから、気にしないでくださいね!」
一方的に捲し立てて、走る。
部室に入って鍵を閉め、周りに誰もいないのを確認してから、私はようやく座り込んだ。
「······」
さっき、彼から逃げたのは。
単純に、怖かったからだ。
『この口調を使う必要は、もうないの』
意味の分からない言葉。でも、怖かったのは、言葉自体ではなくて。
彼の、声。
読み取ることができない、私の知らない感情をのせた声。それが、言い逃れできない程真っ直ぐ、私に向けられていたことだ。
あれは絶対に、会話の中で生まれた感情ではなかった。
前々から椿先輩は、あの感情を抱いていたのだ。
いつから、彼は思っていたのだろう。
あの感情は、一体何なのだろう。
「······あー、やめだ。考えても無駄」
口に出して、自分に言い聞かせて、立ち上がる。感情を考えても、疎い私には答えは出せない。それに、分からないことは、もう一つあるのだ。
言葉の、意味。
これは、先に椿先輩の口調に関して説明してからの方が良いだろう。
かなり前のことだ。彼が、小学校に上がる前の頃。
先輩の御母堂が、病気で亡くなられた。
御尊父は勿論、既に物心ついていた先輩も、ひどく悲しんだ。そのうち、御尊父の悲しむ様子を見てより一層辛くなり、せめて父親には笑っていてもらおうと、御母堂の口調を真似したらしい。
御尊父側も、『母親に会えなくなり、辛いのだろう』と思って、止めなかった。結局、中学校受験でココに受かって、改めて話し合うまで、そのすれ違いは続いていた。
何年も使っていた口調をすぐに帰ることはできず、彼は悩んでいたのだ。
······こういうところを見ると、ゲームの登場人物たちも、ちゃんとした一人の人間なんだなぁ、と思う。
彼の口調の理由は、ゲームでも、『設定資料集』でも明かされていない。
そういう、描かれなかった部分でも、彼らは生きてきたのだ。
「花咲さんも、気付けばいいのに」
最近、彼女は焦っている。だけど、いくらかあきらめも見え始めた。
終わりが、近付いてきたためだろう。
誰かのルートに入っていれば、終わりはまだ先だ。
だが、ノーマルエンドのみ、文化祭三日目にゲーム期間が終了する。合図は、文化祭の一日目の朝に、攻略対象の誰かが誘いに来るかどうか。
······なんとなく、分かる。攻略対象の態度とか、イベントの発生状況とかを見ていると。
きっと、ノーマルエンドなんだなって。
勿論、ココは現実だからね。シナリオが終わってからの攻略も、理論上不可能ではない。
でもそこまで見続けるつもりはないし、サポートもしない。
もう、充分楽しんだ。
それよりも、今は。
「······厄介だね」
面倒な感情が、生まれてしまった。
面倒とはいっても、消すのはそう難しくない。
私は、自分に好意を向けなくなった人への愛着は、すぐになくなる。
それを、故意的にやるだけだ。
「だから、大丈夫」
今は放置していても、大丈夫。
自分から、虚しい気持ちになる必要はない。
「あー······腰が痛いわ」
「ふふ、お疲れ様です」
「サロ●パス貼らなくちゃ」
愚痴る椿先輩に真顔で「部室にありますよ」と言えば、焦った様子で冗談だと返された。
ははっ、私も冗談ですよ。この間、学園長が気を利かせて、部室にサロ●パス置いてましたけどね。
「予想はしてたけど······結構時間がかかっちゃったわ。そろそろ帰りましょ。家まで送るわ」
「家は近いですから」
迷惑はかけられないため、やんわりと断る。このやり取りは、二人で作業をした日はほぼ毎回行われる。
どれほど言っても無駄だと知っている彼は、残念ね、と言って、それ以上粘りはしない。
本当に家はすぐそこだから、心配しなくていいのに。
「······やっぱり、辛いわね。こういう関係って」
ついこぼれた、というような、寂しそうな呟き。
意味を聞くのも面倒で、彼を軽く見るだけに止めた。
テスト\(^o^)/オワタ




