自分勝手
『最初』は、どこからだろう。
話の原点をどこにするか、迷う。
すると、その様子を不審に思ったらしい会長が、また悲しそうな顔をした。
「······乙、話したくなくなったか······?」
「ん?ああ、いえ、ただ、どこから話し始めようかなぁ、と。······そうですね、私が今日あいつに遭遇したとこからにしましょう」
「遭遇······」
「あれは、予想外でした。あいつや、あいつの親には、音羽学園に関わるな、と言っていましたから。······あいつのことは、会長も知ってます。あいつは、私の元義妹です」
「!」
「ホント、何でここに来たんだか······。まぁそれはいいや。私は友人を迎えに?行って、待機場所まで戻ろうとしてたんです。そしたら、道中でナンパされてるあいつに遭遇しました。私からすれば、関わりたくない人ですからね。無視しようかとも思ったんですが······。会長の姿が、見えたんです。サボってる現場見られちゃ、マズイでしょう?結果的に、そうなりましたけど」
「······俺の認識が、間違ってたのか······」
「会長が見た映像は二年前のものでしたし、上から見た映像でしたから、仕方ないんでしょう。ま、これがことの全てです」
本音を言うならば。
冷たく接しろなんて言わない。会長に、そこまでする理由はないから。
······でも、せめて。腕に絡みついたあいつを、振り払ってほしかった。
天音に纏わりつかれても、何もしない会長を見て。
最悪の展開を、想像してしまった。
「······会長に、お願いがあるんです」
「何だ?」
「天音を、好きにならないでください。あ、勿論、恋愛対象として、って意味です」
「······!? は!? お前、急に、何をっ······!?」
「あれ、会長って、初恋もまだですか?どえらい反応ですが」
慌てふためく会長は、耳まで真っ赤になっている。意外と初心だなぁ。
「そ、そんな事を言うってのは、つまり、そういう事、なのか?」
「どういう事ですか······」
「いや、だからだな、その······」
「······会長が天音の事を好きになったら、私が大っ嫌いなやつに惚れてる会長を見なきゃいけないんですよ?『天音はあんなとこが良い』とか、聞きたくもないことを聞かされるかもしれない。それはまさに地獄ですよ」
「······それだけか······」
「それだけです。むしろ、他に何かありますか」
「······お前が、俺のことを恋愛対象として見ているのかと······」
「あ~、牽制?ってことですか。違いますねぇ。大丈夫ですよ、会長に、そういう感情は抱いていませんから」
好きでもない女に好意を抱かれても、迷惑なだけだろう。会長を安心させるために笑ってみせると、彼は複雑そうな顔をした。
まぁ、どう返すのが正解なのか、分からんよな。
「牽制とは、少し違う気がするがな」
「それ以外、良い言葉が浮かばなかったんです。ってか、会長、見てくださいよ、このお面!帰りに友人に見せるまでは、我慢しようと思ってたんですが······。さっきつけてたら、我慢できなくなりました」
「お前、何でそんなに面とか好きなんだよ······」
「カッコいい。可愛い。神秘的。綺麗。言葉では表せない魅力を持っている」
「お、おう」
「仮面作り始めてから、前にも増して愛おしくなりました。もう作っちゃった以上、つけないワケにはいきませんから、装着してみたら、案外心地良くって。どハマりしましたね」
あの、視界が狭まる感覚も好きだしね。
······って、うん、そうじゃなくて。
「自分で話題振っといて言うのはアレですけど、仮面のことは今はどうでもいいんです」
「じゃあ話題振るなよ」
「どうしても誰かに見せたかったんです。······いや、さっきのお願いのことなんですがね。······自分勝手なのは分かってます。強要することはできません。なので、これも一種の口約束になりますが······」
天音を、好きにならないでください。
そう頼めば、会長は断言した。
「頼まれなくても、そんな事にはならねぇよ」
私は理由を聞くことなく、笑った。
最後の競技になり、歓声にも疲れが見え始めたころ。
カバンのポケットに入れていた携帯電話が、微かに音を出した。
······メールだ。野見山くんから。
彼からメールがくるのは少なくないが、たしか彼は待機場所で勉強していたはず。
解けない問題でもあったのだろうか。
『物理テスト直し、明後日までに提出なのに、半分も終わってない\(^O^)/』
······。
『物理は明日だよ。明後日は地理と数A』
衝撃の事実を知り、固まっているのだろうか。
ようやく返ってきたメールには、彼の絶望が詰まっていた。
『/(^O^)\』
······笑顔なのが、精神的にくるよなぁ。
『何が終わってないの?』
『物理半分と数A三割』
『一ヶ月も猶予があったのに』
『ここの課題量なめてたorz』
『諦める?』
『お前を巻き込む』
『ちょ、おま、ふざけんなよww』
『今度俺の裸眼をじっくり拝ませてやろう』
まさかのご褒美。野見山くん、恥ずかしがって見せてくれないから、ラッキーだな。
証拠としてメールを保存しとこう。
『おけ。一回帰ってから、図書館で集合。ギリギリまで残ろう。物理はそこで片付ける。数学は後回しだね』
『ありがてえ······(`;ω;´)』
野見山くんからの可愛らしい顔文字を見て、小さく笑う。
······あ、競技が終わってたみたい。フォークダンスの参加者は下に降りるよう、指示されている。
競技以外の開会式や閉会式、フォークダンスは、学校関係者のみしか観られない。親の前でフォークダンスはキツいだろう、という配慮だと思う。
「乙さん」
「え?ああ、菊屋副会長」
「尊を見ませんでしたか?」
「桐生会長?さっき、夏草会計に連行されてましたよ」
「葵に?······なら、日向は?」
「そこ」
「え」
私は、副会長の方を指した。正確には、副会長の奥を。それに合わせ、振り返る副会長。そして、副会長に向かって、やや身を屈めながら突進してくる日向。さらに言うならば、猛スピードで走ってくる日向に驚き、動けない副会長。副会長が邪魔で、日向のことがよく見えない私。
つまり。
「う゛っ」
「わっ」
「ワァオ」
日向が副会長にぶつかり、副会長がこちらへバランスを崩す。
支えたくても、腕の筋力が無に等しい私に、男二人を支えられるワケもなく。
見事に、巻き添えになる。
······本来ならそうなるはずだった。
が、実際は私が腕を伸ばそうとした瞬間に、二本の腕が背後から出てきて、私に絡みついて。
私は後ろへと動かされた。
いや、抱き寄せられた、か。
「······日向くん、危ない、でしょ」
首や耳にかかる、柔らかな髪。耳のすぐ近くから聞こえてきた、咎めるような声。
そっか、書記は私と同じぐらいの身長なのか。あまり意識したこと、なかったからなぁ。
まあいいや。後ろからぎゅっとされるの、気持ち良いし。
ぴったりくっついてる背中とか、腕が回されてるとことか、暖かい。
「ごめんなさ······って、やなりん何してるの!? 綾ちゃんも、何で逃げないの!?」
「逃げる必要性がない」
「そういう問題じゃないでしょう!」
······副会長にも怒られてしまった。いったい、何がいけないんだ?
首を傾げていると、遠くから椿先輩が、先程の日向に負けず劣らずのスピードでこちらに向かってくるのが見えた。
しかし、椿先輩はちゃんと、私達にぶつかる前に止まる。
「書記くん達、早く、下に、降りてっ」
「また、来た?」
「やなりん、何が来たの?」
「······俺らの、パートナー枠、争い」
「ペアを組むタイプのものは、毎回これです。だから、いつも決まった人と組んでいるのですが······」
「ああ、それで桐生会長探してたんですか」
「会長さんなら、会計くんに任せました。だから、副会長さんは、庶務くんと組んでください」
「綾ちゃんは、ペアいるの?」
「うん、野見山くん」
「授業で一緒の人か」
「十曲なら、野見山くん、なんとか踊り切れるから」
「十曲全部!? 乙さん、それはさすがに、鬼畜過ぎないかしら?」
「彼なら大丈夫です!きっと!」
「······乙さん、あそこで、手を振ってる、人が、相手?」
柳瀬さんが示す場所を見れば、たしかに野見山くんが手を振っている。私も、彼に振り返した。
「じゃ、ペア見つかったんで、お先に失礼します」
そう言って、柳瀬さんに離してもらい、野見山くんのもとへと駆け寄る。
女の子達に追いかけられる柳瀬さん達を見て、苦笑いする野見山くん。私は彼と、並んで下に降りた。
喫茶店の中に目を走らせ、三人を見付ける。
彼女らも気付いていたようで、すぐに勘定を済ませて、外に出てきた。
「綾」
「ん、待たせたね」
「いや?それより、帰るぞ。お前、今日用事ができたんだろ」
「ごめんね」
「気にすんな」
「聞いてや、そーちゃんな、天音ちゃん泣かせてんで」
「天音?」
「あややは会わんかった?」
「ううん、会ったよ。で、泣かせたってのは?」
「······『あ、空先輩!』って名前呼びだったから、ウザくて······。『苗字で呼んでくれるか』って頼んだら、『睨まないで~』とか言って泣いた」
「でも、とどめ刺したんはチカちゃんだよ」
「だってさ~、アレ完全に嘘泣きやったやん?やから、教えたってん。『演技が下手やね』って」
「そこであの子、マジ泣きしとった」
「え~。後であいつの親から電話来そう。面倒だなー」
もし電話が来たら、逆にこっちが怒鳴ってやろうか。
約束破ったんは、あっちだし。
「あーちゃん、楽しそうやな~」
口角が上がっているのを自覚しながら、私は、あえて尋ねた。
「そう?」
そんな私に、彼女らも口角を上げた。
「紹介」に、天音ちゃん追加しました。




