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従妹

「じゃあね、千尋」

「うん、バイバイ」


 千尋の待機場所まで送ってから、自分の待機場所へと向かう。

 生徒会役員は、一応迷惑をかける人を取り締まる、という仕事があるんだけど、そのためだけに見回りをすることはない。

 つまり、外にいる時に見かけなければ、取り締まりはしないのだが······。


「わ、可愛いね、お兄ちゃんに会いに来たの?」


 左側から聞こえる、男子生徒の声。はしゃいだ声から、ナンパだろうか、と思ってそちらを見ると。


「えっとぉ、お兄ちゃんじゃなくてぇ、お姉ちゃんですっ」


 先に言っておこう、花咲さんではない。

 主人公が月の代わりにお仕置きをするアニメ(マンガって言った方が良いのか?)に出てくる、未来の主人公の娘の髪を黄土色に塗って、フランスパンみたいなアレを取ったのによく似た髪型。茶色の瞳。取り立てて黒くも白くもない、健康的な肌の色。

 私が今こうして冷静でいられるのが不思議なくらい、大っ嫌いな女の子。

 私の、従妹(元義妹)

 ······うん、私は何も見なかった。名前を教えてと言われて、「困りますぅ」とか言ってるが、聞こえな~い。

 あいつとは、関わりたくないんだよね。

 逃げる気満々で、顔を前に向ける。それと同時に、今会いたくなかった人達のうちの一人を、少し離れたところに見つけた。


「······会長っすか~」


 どうやら、会長のファンクラブのまとめ役と話している様子。まとめ役は、本当に会長たちを恋愛対象として見ていないのか、確認したいのだろう。

 ······会長には、会いたくなかった。ってか、生徒会関連の人には。

 今から仕事をサボろうってのに、見つかったら困るじゃないか······。


「······仕方ない」


 観念して、彼らに声をかけますか。


「こら、ナンパはいけないよ。彼女も困ってるようじゃないか」


 元々クラスの男子と分かっていたため、適当に注意する。

 実際にこのガキが困ってるとは思えないが、念のため。


「あ、乙さん。午前の四百メートルリレー見てたよ、一位おめでとう」

「ありがとう。ったく、何でこんな目立つとこでナンパを······」

「いやぁ、結構可愛い女の子がいたもんで」

「ナンパなら、生徒会役員に見つからない場所でやってくれ。······ここだけの話、むこうに桐生会長がいるんだよね。怒らないでよ?こっちだって、面倒なのに嫌々注意してんだ」

「うおっ、マジかよ。つーか、庶務が堂々とそんな事言っていいのかー······?」

「庶務!?」


 目を見開く天音(元義妹)。最後に会ったのが、二年前だからな。あれから私が庶務になるなんて、思いもしなかったのだろう。

 ······さて、問題は、こいつを知人として扱うか、他人として扱うか······。

 私は後者の方が良いけど、んなことしたら、こいつ、またなんか言うだろうしなぁ。

 ······うん、しゃぁない。仲良い従姉妹でも演じますか。


「天音、どうしたの?」

「!?お姉ちゃ······!?」

「あれ?乙さんの知り合い?」

「うん、私の従妹。この子の母親が、私の父の妹なんだ」

「そうなの?全然似てないから、気付かなかったよ」

「まぁ、姉妹じゃなくて、従姉妹だしね」

「······本当に、お姉ちゃんなんだ······」

「え?従妹なんじゃないの?」

「ほら、前は私、仮面にあのローブだったでしょ。天音はその時の姿しか知らないんだ」

「へぇ······」

「で?天音、どうしたんだい?御両親は?」

「あ、パパとママは、忙しくて来られなかったの······。だから、天音だけでも、見にきてあげなきゃって思って」


 見にきて『あげる』······。何故だろう、他の人ならあまり気にしないのに。こいつだと、いちいち腹が立つ。この感覚は、私がこいつの家を出るずっと前から、持っている。

 一人暮らしを始めるまで、私は家でも仮面&狐耳ローブを着用していた。それをどう捉えたのか、天音は私を下に見るような言動ばかりをとった。

 天音の態度に、毎日少しずつ苛立ちや嫌悪感が募ってゆき、爆発しかけていたところに起こった、あの事件。天音が、私の金を勝手に使った事件だ。

 勿論怒りも湧いたが、同時に『良いキッカケを得た』、と、冷静になってから思い、家を出る準備を始めた。

 ······で、今に至る。


「······ああ、桐生会長がこっちに来てる」

「うげ、ちょ、乙さん、逃がしてくれねぇ!?」

「はいはい」


 クラスの待機場所へと向かう彼。その足音が遠のいていくのを聞きながら、天音に向き合う。

 そして口を開こうとするも、会長のことを思い出し、一瞬顔を顰めるだけにした。


「乙」

「こんにちは、桐生会長」

「見送りは済ませたのか?」

「ええ。今から戻るところです」

「そちらの方は?」

「友達ですっ」

「え?ああ······」


 従妹です、と答えようとするのを邪魔される。『他人の金を勝手に使った従妹』と知られている場合に備えてか、天音は『友達』だと答えた。

 こんなやつを、私が『友達』にするワケがない。

 私が友達にするのは、私に好意を向けてくれる人だ。

 ······でも、そんな事を言って、場の空気を悪くする趣味は持ち合わせていない。

 いや、なくはないんだけどね。


「観客席に戻りたいんですが、道に迷ってしまって。それで案内を頼んだんだけど、断られちゃったんです」

「乙が?······そうなのか?」

「はい!」


 勝手に答えるなよ。案内なんて頼まれてねぇよ。もし頼まれてたら、即行出口まで案内してやってたわ。


「ハァ······。乙、仕事はちゃんとこなせよ?」


 苦笑する会長。仕事をサボった仲間に対する言葉にしては、優しい方だろう。

 それは、分かっているのだが。


「え~、だって、面倒なんですもん」


 普段の私らしく、軟弱そうな、軽い笑みを浮かべてみせた。

 ······この感情は、度を越えてしまっている。屑であるが故の、過剰な反応。大したメリットもないのに嘘を吐くのは、もはや病気なのか、はたまた、それらしい理由でもあるのか。

 とにかく、不快だ。


「面倒って、お前なぁ······」


 以前天音のことを話した際、共感してくれた会長が、いつの間にか腕に絡みついている天音を、やんわりとでも振り払ってくれないのが。


「会長さん、でしたっけ······。案内してくれませんかぁ?」


 天音が、こっち(『君想』側)に、ちょっかいを出すのが。


「乙じゃなくていいのか?」

「勿論です!」


 ──────実に不愉快極まりないのだ。


「道案内とか面倒なんで、桐生会長、お願いしまーす」


 仕事を押し付けて、会長の返事も聞かず、今度こそ待機場所へと戻る。会長は腕に絡みつく天音のせいで、私を止めに来られないらしい。

 あとでお叱りを受けるだろうが、天音の顔を見ているよりはマシだ。

 相も変わらず五月蠅い歓声を少しでも聞かぬよう片耳を塞ぎながら、ドアを横に動かす。中には誰もいない。

 私が出ていった直後に、ファンクラブの襲撃にあっていたのを見てたから、予想はついてたけどね。


「······」


 自己嫌悪が襲ってきそうになるのを無理矢理に誤魔化して、カバンの中から見つけ出したイヤホンを、両耳につける。コードの先には、私が愛用するウォークマン。

 イヤホンで音を長時間聞くのはよくないことだと、何かで読んだ覚えがある。でも、体育祭の日の歓声に耐えるには、これが一番手っ取り早い方法なのだ。

 再びカバンの中を漁り、一つの仮面を取り出す。つい最近仕上げた、顔をすべて覆うタイプ。『仮面』より、『お面』の方が似合うかな。

 何色にも染めなかったそれは、木独特の素朴な雰囲気を持っている。

 私の、愛しい子。小さく微笑んで、その額を撫でる。目と、少し口角を上げた口以外は、何も彫っていない。それが、より一層この子の愛らしさを強調している。

 私はお面をつけ、イヤホンから流れてくる歌をぼんやりと聞く。

 ······が、一曲聞き終えた時点で頭が痛くなった気がして、イヤホンを外した。代わりに、新しいお面の木目に、指を滑らせる。

 木製のお面は、プラスチックや紙粘土に比べて、重量感がある。でも、あまり気にはならない。むしろ好きだ。木のお面は久しぶりに作ったが、やはり楽しいな。今度、また作ってみようか。

 お面をなぞりながら、そんな事を考えていると、ドアが開いたのに気付く。

 藤崎先生あたりか、と適当に見当をつけてドアの方を見た。


「あれ?会長、早いですね」

「口頭で説明して戻ってきた」

「あはは、雑ですねぇ」

「それより乙、お前、どういうつもりだ」


 怒りとは、また違うものが滲む声音。

 私は彼を見て、首を傾げた。


「何がですか?」

「······その面と、さっきの女への対応」

「『女』だなんて、酷いお言葉。······面の方は、特に意味はありませんよ。帰りに友人に見せようと思っていたものを、試しに装着していただけです。あいつに関しては······」


 言ってしまおうか。少し、悩む。

 彼に本当のことを教えて、何の意味がある?何の得がある?教えなかった場合の得は、いくらでも浮かぶ。

 隠すことのデメリットなど、ほんの僅かだ。

 つまり、真実を伝えることに利益がなければ、隠した方が絶対に良い。

 そして、今、私は。

 利益を、見つけられない。

 なのに。探す必要すらないのに。

 私は何故か探している。


「乙。······誤魔化さないでくれ」


 予想外にか細い声。

 どうして、そんな声を出す?


「俺は、あいつが、お前といたから。お前と親しい人間なのかと思った。だから、丁寧に接したつもりだ。あれだけじゃ、まだ······無礼だったか?」

「無礼?あれで?いや~、充分だったと思いますよ」

「じゃあ、何が駄目だった?」

「分かりづらいな。会長、貴方は何を求めているんですか?私は、何を答えればいいんですか?」


 会長は、私があいつに乱雑な態度を取った理由が知りたいのだろう。

 それを分かっていながら、わざと問う。

 長引かせることで、他の誰かが帰ってくることを願って。


「······あいつはお前にとっての、何だ?」


 少し方向を変えた問いに、私は再び迷った。

 『従妹』?『元義妹』?それとも、あいつに合わせて『友達』とでも言うか?

 分からない。もはや、どのような展開が私にとって最も好ましいのかも、分からない。


「乙、何で答えられない?」

「何でそんなことを聞くんです?唐突過ぎる。整理が追いつかないので、最初から話を噛み合わせていっても良いですか?」

「······悪ぃ。······ただな、頼むから、嘘は吐かないでくれ」

「······」

「以前、藤崎に聞いたことがある。お前の嘘は、分からない。お前の態度から見抜くことは、まず不可能。つまり、お前を信じるしかないのだと」

「えっ、それは言い過ぎですよ!?私、嘘とか苦手ですもん」

「······その言葉が嘘なのか本当なのか、俺には分からない。······だから、約束をしてほしい。お前みたいに書類なんてないから、口約束になるがな」

「ん~、でも、会長?もうハッキリ言いますけど、私、嘘を吐くのに罪悪感なんてありませんよ?あくまでも、時々、ですが」

「······だが、俺には、それ以上の約束は出来ないんだ」

「何で、そこまで拘るんです?別に良いじゃないですか、私が嘘を吐くかどうかなんて」

「良くねぇよ。······それに、お前に、嘘を吐かれたくないんだ」

「どうして?」


 純粋な気持ちで尋ねると、会長は辛そうに顔を歪めた。


「······お前は、俺に二つの人生の話をしてくれただろ」

「はい」

「あれが、誰にでも話せるものじゃないことは、察しがつく」

「そうですねぇ」

「俺も、お前に、家族の話をした。当然ながら、ごく一部にしか話していない。······その時、なんとなくだがな。お前も、本当のことを話してくれてるんだって、思ったんだよ」

「······」

「凄く、嬉しかった。お前のことを、僅かでも理解できた気がしてな。だからかもしれない。今、お前に、嘘を吐かれたくないんだ」


 自分勝手な願望だ。たしかに、転生者以外で、あそこまで詳しく話したのは、会長が初めてだ。だからといって、そこに特別な意味はない。

 ······でも、仕方ない。

 どうやら私も、会長に話したかったようだ。

 話す理由を見付けて、喜んでいる自分がいる。


「······構いませんよ。私をどれほど信じるかは、会長次第ですがね。私、わざわざ証明するつもりはありませんから」


 私は、顔を覆うお面を外し、カバンの中へと放った。

あ゛~この話で終わらせるつもりだったのにぃ゛~!!

「紹介」に、チカ、キャシーを追加。空も追加しました。

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