『友達』は、『友人』には。 後半 ~南 千尋視点~
ニッと笑った黒川さんに、私は少し迷ってから、尋ねた。
「私達は、何でテディに選ばれたの?」
「テディ?······ああ、『君想』は、『テディ』って神様が担当だったな。あたしら全員担当の神様が違うからさ、ここは便宜上『神様』で説明するぞ」
「こっちの神様が直接教えてくれたんやけど、『感情が一部破綻している人間』やと」
「破綻······?」
そんな、大げさな。私はもちろん、綾ちゃんや、花咲さんだって、ちゃんと感情はある。
「私、破綻なんてしてないよ?」
「自覚出来るもんちゃうんやろ。な、ちーちゃんが転生して、死に際までハッキリ思い出した後にさ。『前世のお母さんに会いたい~』とかで泣き喚いたり暴れまわったり、なんてせんかったやろ?」
「うん」
「そういうことや。死に際のことが原因でトラウマに、ってのはあるけど、それで廃人になった人はおらん」
「神様曰く、これは『異常』なんだとよ」
「······ちーちゃん、一つ昔話を聞かせたるわ。あたしらが転生さしてもらえる、ずーっと前の話。あーちゃんから、まだ聞いてへんのちゃう?」
「昔話?」
「そ、昔話。あたしらが今、快適に転生出来るようになるまでのな」
「神様達は、昔、転生の実験をした。老衰で亡くなった人達から、何人か適当に選んでん。でも、皆、拒んだんやって」
「人生には辛い事も多いって、分ことるからな。次に神様が選んだんは、あたしらみたいに、若いのに事故や何やで死んでもうた人」
「そうしたら、ほんの少しだが、転生を望むやつも出てきた」
「神様は喜んで転生させた。赤ん坊なのに、成人と同じ知識や判断力を持つ、なんてことがないように、記憶は徐々に蘇っていくシステムにしてん。ここはウチらも一緒やから、上手くいったんだろうね」
「だったら、別に私達が異常って事には······」
「なってまうねんなぁ、これが」
少し困った顔をする黒川さんに、どうして、と問おうとしたけど、高野さんが上を見ているのに気付いて、私も彼女と同じ場所を見た。彼女の目線の先には、グラウンドを映すモニター。
ちょうど今から借り物競争が始まるようで、花咲さんの姿もあった。
「ん?そーちゃん?」
「いや、そういやイベントがあったなぁ、と」
「え、ホンマに?おっしゃ、昔話は中断や。部外者が見られる、数少ないイベントのお時間や!」
「ねぇ、南さん。ヒロインさんは、順調に攻略出来てるの?」
「よく分からない······。でも、多分、出来てない」
「それはそれで楽しみだな。全員の好感度が低ければ、どうなるんだろうな?」
「ああ、たしかに。よし、こっちは『じょうろ』とか平凡な奴がくるに賭ける!」
「物は賭けねぇぞ」
「かまへんかまへん。金やら物やら賭けんのは好かん」
「なら遠慮なく。あたしは、原則通り、好感度が一番高いやつがくるに賭ける」
「南さんは、答え、知ってるの?」
「ううん、試したことがないから」
「じゃあ、一番好感度が高そうなのは?」
「書記······柳瀬 諒だと思う。書記以外は、全員好感度マイナスじゃないかな」
「そっか。だったら、ウチはウケ狙いの『カツラ』とかがくるに賭けるわ」
「ちーちゃんは?」
「え、えっと、そうだなぁ······。『友達』とかが出てきて、ゲームでは『乙 綾』か『南 千尋』が連れて行かれるような展開になるんじゃないかな」
「なるほど、その手があったか······」
「じゃ、皆出揃ったな?さあ、今からヒロインちゃんが紙を開くで!」
「「レッツ、ジャッジ!」」
「······『ゲーム機』······だと!?」
「······これは······あたしとキャシー、どっちの勝ちや?」
「黒川さん······かな······?」
「チカちゃん、そらりん、ウチ、展開が読めんねんけど」
「え、どうなるの?」
「多分······あややから、借りると思う」
「「あー······」」
「······あー······」
「あーちゃんなら、貸してくれるやろーしなぁ。······さ、話戻そか!」
どうなるのか予想ができて、つまらなくなったのかな。黒川さんは、再び私の方に顔を向けた。
「ようやっと転生させたのはええ。うまいこと前の記憶を脳に馴染ませたのもええ。······でもな、本番はそっからやってん」
「かつての家族や友人に会いたがって、新しい家族を受け入れられない奴、今までの自分とは違う名前、見た目、環境に、自分が否定されてしまったように感じて、精神を壊してしまう奴。色々問題があってさ。結局、まともに生活できた奴は一人もいなかった」
「······何で?」
何で、そんなことになるの?
省略した言葉を、木住野さんはしっかり読み取ったらしい。ふわふわとした彼女に似合わない、蔑むような笑みを浮かべて、言った。
「さぁ?」
答えをもらえると思っていた私は、冷たい対応に目を見開いた。
そんな私を気にせず、木住野さんは言葉を続ける。
「『一般』は『異常』を想像できるけど、『異常』は『一般』を想像できないからね」
どこか自虐的、というか。諦めたような物言いに、先程の笑みは、私に向けられたものではないと理解する。
何に向けたものなのかは、彼女自身も分からないんだろう。それ以上細かくは、教えてくれなかった。
「神様は困っただろうな。まさかこんなことになるなんてーって」
「そっからたくさんの実験を重ねた結果、今のあたしらがあんねん。······つまりさ、今、あたしらが廃人じゃない。二つ目の人生を、当たり前のように受け入れ、生きとる。それが、『感情が破綻している』ことの証明や」
「······まぁ、その副産物かは分からんけど、転生者って、個性的な人が多いんよね」
「個性的?」
「『個性』言うてええんか、分からんけどな。日本国内でのマイノリティ、とでも言うんやろか」
「どういうこと?」
「何かしら、あるんだよ。少数派に分類されるもんが。それが『異常』かどうかは置いといてな」
「たとえば······せやなぁ。こっちは、『人形愛好家』。『ペディオフィリア』って言ってええんか分からんから、『愛好家』って濁しとるけどな、人形への愛が常軌を逸しとるぐらいは、自覚あるわ」
「ペディオフィリア······?」
「気になるなら、偉大なる先生に聞いてみれば、判断基準まで教えてくれる。日本語にするなら、『偶像性愛』だ。人形や彫刻に、性的に興奮すること」
「こっちは別に、性対象として見とるワケちゃうからなぁ」
「でも、チカちゃんは、人形が異常なまでに好きなの。南さんには刺激が強いから、詳しくは説明せぇへんけど」
「とりあえず、そんな感じでさ。どっかでマイノリティに入っとんねん。少なくとも、あたしらが知っとる分にはな」
「高野さんとか、木住野さんとか、綾ちゃんとかも······?」
「まぁな。ただ、綾とか、ヒロイン系は、微妙だがな」
「ウチやそらりんは、思い当たる節がある。でも、あややとかは······あやしいかな。もしかしたら、かなりあやふやなもんの可能性もある」
「······あたしは、多分性別のことだ。キャシーは······説明が難しいな」
「せやね。南さんが知りたいんやったら、話すけど。どうする?」
木住野さんに問われ、少し悩む。でも、彼女達は、話したくないってワケでもなさそうだし······。
気になるから、聞いてみようかな。
「教えてほしいな」
「ん、いいよ。先そらりんから言って」
「おう。あたしは、身体っていうより、精神の方が、『中性』なんだ」
「中性?」
「聞いたことねぇか?『無性』とか『両性』とか言うこともあるけど······。女でも男でもない、もしくは女でも男でもある。要するに、『自分は女だ』、『自分は男だ』って言い切ることの出来ない性別だ」
「ひとによって考え方はちゃうから、一言で言えへんけど、全部まとめたら、結構人数は多いねんで。心だけやなくて、身体でもコレはある」
「あたしの場合は、微妙としか言えねぇんだよなぁ。前世じゃ男の身体でさ。違和感はあるにはあったが、性転換するほどじゃなくてな。時々、女っぽい恰好と男っぽい恰好を合わせて遊んだりしてた程度だ」
「じゃあ、その言葉遣いは、前世の名残なんだ」
「そういうことだな」
自分のことを説明し終えると、高野さんは「話し疲れた」と言って、口を噤む。
それを見た木住野さんは、呆れたように笑ってから、自分のことを話し始めた。
「ウチのは、表現が難しいんやけど······。苦痛が恐怖に直結せえへんってのが、一番近いと思う」
「?」
「これは具体例挙げた方が早いわ。あんな、ちーちゃん。例えばの話、ちーちゃんがムキムキマッチョに誘拐されたとします」
「ムキムキマッチョ······」
「見知らぬ部屋に閉じ込められたちーちゃんは、脱出を試みました。しかし、ドアを開けた瞬間、目の前にはムキムキマッチョが!彼は言います、『今すぐ戻れ。じゃないと殴るぞ』と。ちーちゃんは彼の言葉を無視して逃げようとしましたが、彼の容赦ない腹パンをくらいました。その威力は凄まじく、肋骨が折れた気がしなくもない。ってか絶対折れてます。······さて、ちーちゃんはどうする?」
「······部屋に戻る」
「どうして?」
「殴られるのが怖いから」
「うん、それが普通や。でもな、キャシーは躊躇うことなく、再び脱出を試みる。いや、用事がなかったら部屋戻るかもしれんけど、あーちゃんとデートの約束でもあったら、まず間違いなく逃げ出そうとすんねん」
「痛みを感じない、ってこと?」
「ううん、違うよ。ウチだって痛みは感じる。痛いのは嫌いやしね。ただ、怖くはないんよ」
「うーん······」
「······せやなぁ。南さん、嫌いな食べ物って何?」
「嫌いな食べ物!?え、えっと、しめじ、かな」
「ならさ、南さん。南さんは、しめじを食べるのは嫌だろうけど、別に食べるのが怖いってワケじゃないでしょ?」
「うん」
「それと一緒だよ」
「へぇ······」
なんとなく分かったけど、やっぱり信じられない。いや、想像しづらい、の方が近い。
さっき木住野さんは『“一般”は“異常”を想像できる』と言ったけど、それは違うと思う。
思考は想像出来ても、感覚を想像することは、ひどく難しい。
感覚は、理屈で構成されるものじゃないから。
「······その感覚には、一生共感できないんだろうなぁ」
ぼんやり考えながら、呟く。
すると、先程まではぼーっとしていた高野さんが、薄く笑みを浮かべた。
「完全に共感は出来ねぇよ、そりゃ。アンタはキャシーじゃねぇからな。持ってねぇもんは、頭で理解できたら、それでいい」
「キャーそーちゃんカッコイー」
「るっせぇ黙れ」
「チカちゃん、茶化さへんの。そらりんなりのフォローなんだから。南さん、あっちは置いといて、聞きたいことはある?最低限伝えなあかんことは、もう言ったから。遠慮なく聞いて」
「それじゃあ、『綾ちゃんやヒロイン系は微妙』っていうのは、どうして?」
「そのまんまの意味や。あーちゃんは置いといて、ヒロイン系は皆、愛好家とか性的少数者とか、何らかの『ズレてる部分』がないんよ。代わりに、一つの傾向がある」
「傾向······。全員を攻略しようとしてる?」
「プラス、とてつもなく馬鹿。『自分のためにこの世界は存在する』とか、本気で思ってんだよ」
「面倒だね······」
「······まあ、たしかにそうだな」
「でも、あーちゃんは、ヒロイン達のアホらしい行動を見て、楽しんどるし」
「あややが喜ぶんやったら、ええと思うよ」
······うわぁ······。すっごく綾ちゃん本位······。
「······じゃあ、綾ちゃんが微妙ってのは?」
「綾は、一応眼球愛好家って言えねぇこともないが、度合いを考えるとな······」
「ちーちゃんも知ってるかもしれへんけど、あーちゃんは虹彩の色を見るのが幸せ、触るのが幸せ、ぐらいやからさ。いや、たまにヤバい発言することもあるから、どこまでいってんのか、断言できひんな」
「とにかく、あややは『絶対にコレ!』っていう理由を持ってへんのよ」
「でもな?さっき、ヒロイン系の話をしたやろ?アレはつまり、『思考が異常』ってことを示しとるワケやん。せやから、それをあーちゃんに応用できるんちゃうかなーと」
「綾ちゃんに?」
「アンタもあいつの友達なら、言われたんじゃねぇの?『執着してもいいか』とか、『私を愛し続けてくれ』、みたいな内容のこと」
「え······?『執着してもいいか』ってことは言われたけど、『愛し続けてくれ』とは······」
「ん?そうなのか?······いや、あたしもその辺は詳しくなくてさ。あたしらの時は、両方言われたから······てっきり、アンタの時も言われたのかと。悪ぃな、変な事言っちまって」
「あ、ううん、気にしないで」
眉をハの字にした高野さんに手をぶんぶんと振りつつ、綾ちゃんに『友達になってほしい』と言われた時のことを思い返す。
······うん、やっぱり、言われてない。
どうして、という疑問は胸に仕舞う。
彼女に聞いても、答えは分からないだろうから。
「えっと、綾ちゃんのそういうところが、『異常』ってこと?」
「あーちゃんは、愛情に関しては、色々ぶっ飛んどるからな。ホント、こっちにも全く理解できひんから、ちーちゃんに説明するのは無理やねん。ごめんな」
「黒川さんでも、理解できないんだ······」
「一緒にいるからって、理解できるワケじゃねぇからな。······そうだ。ついでに、アンタに聞きたい事があるんだが、聞いてもいいか?」
「何を?」
「アンタのマイノリティに入ること」
「マイノリティ······。私は多分、無性愛者だからじゃないかな。日本では、まず少数派に入ると思う」
「なるほど。ありがとな」
「ううん、高野さん達のこと、教えてもらったし」
「ん~、あとは何かない?南さんに限らず、チカちゃんや、そらりんの方も」
「あたしはもう聞いた」
「こっちは別に?ただ、ちーちゃん、あたしらがちーちゃんの待機場所?に入った時、なんか悩んどったやん?あれはええの?答えられるかもしれんで?」
「あ、忘れてた。私、最後に、聞いてもいい?」
「勿論。ウチらに答えられる範囲なら、どうぞ」
「あのね······。私、『君想』では情報役なの。でも、うまく情報を集められなくて。情報役だからって、特に何かできるワケじゃないのかな······?」
「お、コレは同じ情報役のそーちゃんから、アドバイスを!」
「アドバイス、ねぇ······。んな大したことは言えねぇよ。······まぁ、深く気にする必要はない。情報役は、何もしなくても、情報が集まるんだ」
「そうなの?」
「アンタも、自覚がないだけだろ。少なくとも、ゲーム内で情報役が手に入れてた、『誰がヒロインと仲が良いか』とかの類は、必ず入ってくる。入ってこないのは、実力不足だからじゃなくて、単にヒロインが誰とも仲良くなってねぇからだ」
「どうして?」
「そうできてるからさ」
私の目を真っ直ぐ見て、断言する。
それ以上説明はせず、核心だけを突いた答え。
時として心臓を貫くようなその答え方は、どこか綾ちゃんを彷彿とさせた。
「千尋、どうだった?」
「うん、いっぱい教えてもらえたよ」
あの後高野さんが綾ちゃんにメールすると、すぐに綾ちゃんが来た。
高野さん達は客席に行って、最後まで見るそうだ。
「······綾、来い」
「ん?」
少し離れたところで、高野さんが手招きする。
首を傾げて傍に行った綾ちゃんに、高野さんは照れながら言った。
「綾、この世の中の何よりも、お前を愛してる」
無愛想な彼女らしくない、甘い言葉。黒川さんや木住野さんにも聞こえたようで、二人も綾ちゃんに駆け寄った。
「あーちゃん、大好き。あたしを捨てんといてや?」
黒川さんは悪戯っぽく言って、綾ちゃんを抱きしめる。
「あやや」
木住野さんはそれだけ告げて、背伸びをする。そして、綾ちゃんの頬に口づけた。
「急にどうしたんだい?照れるなぁ」
三者三様の愛の告白?をされて、綾ちゃんは幸せそうに小さく笑って。
「私も、君達を無条件に愛し続けるよ。何があっても、一生ね。······大好きだよ、愛しい『友人』達」
それぞれの芝居がかった言動は、半ば本気で、半ば冗談だったらしい。顔を見合わせた後、四人は盛大に吹き出した。
「ふふ、じゃ、また後でね」
「あーちゃん、お仕事がんばってな~」
「出場競技以外は、待機場所におるんやったね。······うん、競技、楽しみにしてる」
「入り口の近くに、喫茶店があっただろ?あたしらが観戦できるやつ終わったら、そこで待ってるからな」
「はいよ」
笑って涙目になりながら、高野さん達は観客席へと向かう。
三人を見送ってから、私は綾ちゃんに聞いた。
「······綾ちゃん、高野さん達が、大切なんだね」
「勿論だよ。将来彼女達ぐらい大切にするかもしれないのは、私の恋人もしくは伴侶のみだ。それほどまでに、私は彼女達を愛しているんだ。私が選んだ、愛しい友人達。一生、愛し続けると決めたから」
悪気なくそう言って笑う彼女を見て、悟る。
やっぱり、『友達』は、『友人』には、なれない。
どれほど私が、彼女を想おうとも。
彼女にあそこまでの想いを向けられることは、絶対にないのだと。
······千尋ちゃん、ヤンデレ化が始まってる?




