テスト
すべての解答欄に文字を書き込み、シャーペンを置く。
じろじろ、じろじろ。
無遠慮な視線。
気持ち悪い。吐き気がする。気持ち悪い。気持ち悪い。
あの男は、私がいくら証明して見せても、私を疑ってくる。
······他に何か楽しいことがあれば、他人の視線を気にせずいられるんだ。だって、それだけをひたすら考えればいいもの。
歩くだけでも良い。のんびり歩くのは楽しい。歩くに限らず、ゲームするのでも、編み物するのでも。
何でも構わないから、とにかく、この不愉快極まりない視線を気にせずにいられるような、何かが欲しい。テストの見直しなんて、三回目からは飽きてくるのだ。
腕時計をつける習慣がないから、時間は分からない。筆箱の中に時計が入っているけど、テスト前に取り出すのを忘れていた。テスト監督がこの男だと覚えていたら、ちゃんと持ってきたのに。
あの男は、私がカンニングをしてるって疑ってる。当然、する必要がないから、カンニングなんてしない。以前あまりにも視線が鬱陶しかったから、さっさとテスト終わらせて解答用紙を裏返し、そのまま最後まで目を閉じていたことがある。······眠っていたんじゃなく、カンニングの可能性を取り除いただけで、けっして暇だったから意識が飛んだとかじゃない。
······それで、満点を取って見せたってのに。なお、彼はこんなにもジロッジロジロッジロ見てくるのだ。
藤崎先生にでも相談しようかな······。最近じゃ、こいつがテスト監督になった後、すぐさまお手洗いに駆け込むなんて始末だ。
徐々に込み上げてくる吐き気と闘いながら、なんとかテスト時間を終える。解答用紙を集めて休憩時間に入ると、私は真っ先にお手洗いへと走った。
事情を知っている中等部からの知り合い達は、同情の眼差しを向けてくれた。
「······あいつ、ほんっと嫌い······」
なんであんなに見てくるんだよ、私に対する嫌がらせか?まぁ嫌がらせなんだろうけどさ。
どうしたらあの視線、やめさせられるかな······。あの教師、去年こっちに来た教師なんだけど、私がカンニングしてるって、疑うどころか確信してるんだよねぇ。その自信はどこから湧いてくるんだか。
······そういや、前、私、お手洗いの個室で死んだんだよな。寝てたから、具体的には分からないが。
だからといって、今いるような個室が怖くなる······なんて事はない。狭い場所も、このフローラルな香りも、一人っきりの空間も。
乙ゲーとかじゃ主人公or攻略対象が、『あの日のことが原因で······〇〇恐怖症になったんだ······』みたいな感じになるけど······。
そんなことなかった。いや、お手洗いに入るのが怖くなったら、結構まずいから、良かったけど。
······ああでも。
「薄暗いとこは······」
少々、苦手だね。
······もっとも、これは『死んだときの状況』が、原因ではないのだが。
「終わったぁ~!」
「千尋、どうだった?音羽学園、初めての定期テストは」
「想像以上に難しかった!数学なんて、八割空欄だよ······」
「あれは、最初の十問が解けてたら、安心して大丈夫。それ以外は授業でやってないから」
「だよね!?私の勉強不足じゃないよね!?」
「それは知らない」
「綾ちゃん酷い······」
「あはは、こんなレベルのテストが、あと二日も続くんだ。頑張れ、千尋!」
「綾ちゃんも、テスト勉強とかするの?」
「気が向いたらだけどね」
今日の分のテストが終わり、カバンに筆記用具を入れる。
運の悪い一日だった、としか言いようがないな。一時間目から、あの男がテスト監督に当たるなんて。
「綾ちゃーん!」
入り口の方から、私を呼ぶ元気な声が聞こえた。
振り返って確認すると、声の持ち主は、ニコニコと笑ってこちらに手を振っている。
おかしいな。彼はこんなタイプじゃないのに。
「一緒に生徒会室、行こっ」
「あ、日向くん!今日も生徒会があるの?大変だね!応援してるよ!」
「······ありがとー!」
入り口付近の席にいた花咲さんに応援され、彼は少し顔を引きつらせる。だが、それは花咲さんに対する嫌悪感のためらしく、彼女の発言を訂正することはない。
······分からないなぁ。
とにかく、彼に合わせておきますか。
「やぁ、夏草庶務。迎えに来てくれたのかい?嬉しいね」
「綾ちゃんが帰っちゃったら、困るもん!」
「なら早く行かなくてはね。······また明日。じゃあね、千尋」
「バイバーイ」
「ほら、綾ちゃん、早く!」
何故そうも急ぐのか分からないが、花咲さんのあの目から逃れたい事だし、親しいクラスメイト達に手を振って廊下に出る。
生徒会室に入ったところで、彼は大きく溜め息を吐いた。
「夏草会計、私は君の望むとおりに動けたかい?」
「······綾ちゃんを騙せた!って思ったのになぁ」
「残念だね。今回は騙されなかったよ」
「日向みたいに、声とかテンションとか、高くしたつもりだったんだけど。ね、日向じゃないって、いつ気付いたの?」
「『綾ちゃーん!』って呼ばれたとき」
「最初からじゃん!」
「うん、最初から。『夏草会計、こんな人だっけ?』って思ったよ」
「何それ~」
仕方ないじゃないか。終礼直後に私がいるA組に来るのは、C組の日向よりもB組の葵だって考えたんだから。いやそもそも来るとは思わなかったけどね。
「で、御用事は?テスト期間中の生徒会は、強制じゃないはずだけど······。何か問題が起きたの?」
「何も起きてないよ。たんに一緒にいたいなぁって」
「そう?取り立てて理由がないのなら、私は帰らせていただくよ。新しい乙ゲーを手に入れたからね」
「明日もテスト、あるんだよ!?」
「ゲームと勉強だったら、私は迷わずゲームをとる。それとも、ココでごちゃごちゃ言いながらプレイしても良いのかい?聞いてる側は苦痛でしかないよ?」
「······それで良いから、ココにいてください」
少し悩んだ後、覚悟を決めたような表情で言われる。
いったい、どうしたんだ?
「君、何が目的なの?ハッキリ言われないと、分からないんだ」
「さっきも言ったじゃん。『一緒にいたい』って」
「いい加減にしてくれ」
「冗談なんかじゃないよ」
「······君がそう出るなら、私も言い方を変えよう。『一緒にいたい』などという理由ではなく、私が納得出来そうな理由を教えてくれ」
「うわ、照れるとかないワケ?」
「自分が照れる姿なんて、想像しただけでも気色悪い」
「可愛いと思うよー?」
お、そういう褒め方は助かる。日向や副会長とは違って、『本当にそう思ってる』って感じが少ないんだよね。
葵が言ってるって事もあって、ただの社交辞令として素直に受け取れるし。
「あはは、嬉しいな」
「全然照れてないじゃん······」
「本音じゃないと分かっているのに、照れるわけないよ」
「······本気だよ?」
「今更そんなシリアスな空気出してもダメ。あと、シリアスな空気って、苦手なんだ。私に合わない」
「どうしたら、甘ぁい雰囲気に持って行けるのかな······」
「それは······不可能というものではなかろうか······。ほら、私の性格を考えてみなよ。すぐに茶化すぞ」
「だろうね」
「······ま、心配することは無い。私が軽い気持ちで夏草庶務に手を出すなんて、ありえないから」
「······その言い方、なんか嫌だなぁ。日向、顔も性格も良いじゃん」
「そういう問題じゃない。私が誰かにお遊びで手を出す、ってのはまずない、と言っているんだ。誘ったところで応えてもらえるはずがないし······」
「最初の恋人と、添い遂げたいから?」
「よく分かってるね」
「じゃあさ、綾ちゃんの好みって、どんな人~?」
「私に忠誠を誓ってくれる人」
「······えっ」
「冗談さ」
······ちょっぴり、冗談じゃないけど。
葵にとっては、女の子にタイプとか聞くのは当然なのかもしれないが······ここまでくると面倒だ。
さすがに飽きてきた。
「いつまでこんな不毛な会話を続けるのさ。もう家に帰ったっていいだろう?」
「待って待って。騒ぎながらゲームやって良いから、ココに残って?」
「······どうして、と問うているだろう。その答えは?」
「一緒に······」
またくだらない理由を口にしようとしたから、彼が座っている椅子を蹴る。
今日は夜まで用事がないから良いものの······。すぐに帰らなければならないような用事があれば、こんなに丁寧に対応できないぞ。
「これはまた、長期戦になりそうな······」
「諦めちゃいなよ、綾ちゃん」
「······そうだね。ここは開き直ってしまおう。ゲームを喋りながらしていいってのは、私にとっても喜ばしい事だからな。······家に帰ってやればいいだけの話だが」
「チクチク言わないでよ~」
事実を述べているだけだ。別に、嫌味を言っているわけじゃない。
扉の方に目をやった後、私はゲームを取り出した。
今回字数が少ないのは、ストーリー上の都合です!時間がなかったわけではっ······!
最近ブラックサ●ダーにハマりました。サ●ダーうまうま((*´゜艸゜`*))まぃぅ~♪




