閑話 “命”と、“人生”。~カラス視点~
「······あ、おい──────」
あたし達と待ち合わせていた相手を見つけ、名前を呼ぼうとする。だが、振り返った相手の顔を見て、呼ぶのをやめた。
「ミオ、今日は仕事の日だったか?」
真ん中で色の別れた狐の面を被る彼女は、ふるふると首を横に振って否定する。どうやら急な依頼だったようだ。
彼女の仕事は、指定された人物を楽に捕獲出来るようにすること。その人物の居場所を探すのは、彼女の仕事ではない。依頼人側が調べて彼女に頼み込む、という形だ。指定されたのが複数人だった場合は、効率化のために、あたし達が手伝うこともある。手伝うのは一人だったり、今回のように全員だったりとバラバラだ。
『人生を賭ける』仕事だからだろう、報酬は多い。一度依頼者側が『命を賭ける仕事とはいえ、さすがに報酬が多すぎる』と抗議をしたこともあるが、『命ではなく、人生です。その違いを知らないから、そんな馬鹿なことが言えるんです』との名言により、撃沈した。
「なぁミオ、あたしらの分のお面、持っとる?こっち、持ってきとらんねん」
よく男に間違えられる、元気で明るい友人がミオに問いかける。ミオはちゃんと用意していたらしく、三つの面をこちらに差し出した。
そのうち、左端にあるカラスの面を取り、顔につける。他の二人も、それぞれの面を取った。
「······服は、この袋に詰めてきた」
そう言いながら、ミオは大きな紙袋を軽く揺らす。その声は、既に仕事用の高い声だ。
「今日の相手は、何人?ウチは今回サポートに徹した方がええ?」
「人数は聞いてない。集団潰せとしか。聞く限り、一人一人は弱い。刃物を鞘に入れず持ち歩いてる、ただのアホばかり。カレンの好きにしてくれて大丈夫」
「じゃあ普通にやるね」
「ミオ、ミオ!なんかええもん持ってへん?」
「ユキは何が欲しいの?」
「小型でええから、切れ味バッチシのナイフ!」
「お前に刃物持たせたら、時々一瞬でボロになる件について」
「正当な理由で、欲しいもんが手に入るんや。ゲットしたくなんのは人間の性」
「丁寧に使えよ?」
「分かっとるって!後で研がされるんは嫌やもん」
「······ソラ、ユキ、早く用意して。私とカレンは準備できてる」
「悪い、急ぐ」
「ごめん、ちょい待って!」
ミオに急かされ、紙袋の中を探る。そこから黒いパーカーを取り出して羽織ると、パーカーの内ポケットに入っていた無線機がカチャカチャと音をたてた。
仕事中は、基本コレで連絡をとる。あたしがミオに材料を揃えてもらって、作ったものだ。我ながら非常に高性能だと思う。
「ミオ、今日は何歌うんだ?」
「『My Grandfather's Clock』五週」
「英語版······?ソラとユキは、歌、全部覚えてる?ウチ、自信ない······」
「あたしも自信はねぇが······。何でその曲なんだ?しかも五回もだし」
「日本語版は有名だからね。歌を決めるのは制限時間を設けるためだから、歌わなくても問題ない。······人数多いんだ、今回」
「なるほど。それで長い曲選んだのか」
「それから、皆が楽しめるように」
「ま~頑張って歌うわ~」
「ウチも、頑張る」
「······毎回思うんやけどさ、カレンのお面すげー怖い」
「般若だからねぇ。······ミオとソラの仮面は分かるよ?狐とカラスだもん。でも、ウチらのって······」
「こっちはトンボ、カレンは般若。自分で選んだんやろって言われたらせやねんけど、な」
「カレンのは、より怖く。ユキのは、より気持ち悪くしたから。······ほら、そろそろ来るよ。準備して。スタートは私で良いよね?」
「「「勿論」」」
あたしらは、あくまでお前の手伝いなんだから。
お前の、やりやすいように。
『My grandfather's clock was too large for the shelf』
耳にはめたイヤホンから流れてくる、ミオの歌声。どうやら、仕事相手を見つけたらしい。
······お。
「敵見つけた。仕掛ける」
『ソラはっや!こっち、まだ見えへん』
『······ウチも発見。じゃ』
『カレンも!?あ、こっちも見えたわ!すべすべな皮やったら、剥いでくる!』
ユキやカレンも見つけたみたいだな。二人の楽しそうな声が聞こえてくる。
あたしも、そろそろ行くか。
「······!?」
「こんばんは」
「よぉ、俺らになんか用か?」
あたしの登場に焦って刃物を取り出そうとしたリーゼントを、チャラ男ぶった鼻ピアスが止める。
······あたしが普通に登場してたら、ここまで警戒はされなかっただろう。だが、今あたしは面を被って怪しさ全開だ。
さらに、相手は雑魚のくせして、しっかり情報を仕入れているようで、あたしのことを知っていた。
「カラスさんよ」
『ソラずるい!こっちの奴ら、あたしを知らんうえに、皮は汚いわ髪質明らかに悪いわ、ダメダメやで!』
『良かったじゃん、ナイフをボロボロにせずに済んで』
『それもそーやな!』
「なんだ、今のは?仲間か?」
「······そ、変態仲間」
「マイセンさん、始末しねぇと······!」
「落ち着けマルメラ、よく見たらシュッとした女だぜ」
「ああ?アレか、コードネームってやつか?何の名前だ?」
「へっ、ガキに分かるわけねぇよ!」
『······タバコの銘柄だと思う』
「!」
「ミオ、そうなのか?」
いったん歌うのをやめて、ミオが答える。その声に、マルメラと呼ばれた手下っぽい方は、真っ赤にのぼせている。······ミオは声を高くしても美声だからなぁ。
ちなみに歌の方は、ユキとカレンが歌っている。
『多分だけど。マイセン、マルメラ······って、私はタバコが浮かぶ』
「お前未成年だろうが······」
『逆にその二つがセットだと考えたら、他に浮かばないんだ。あと、私は吸わないけど、ピアニッシモ系が好きだよ。特にピアニッシモフラン』
「知らんがな。ま、あたしもそろそろ潰し始める」
『私もあと一人遊んだら、他は適当に狩っとくわ』
「はいよ。······じゃ、お兄さんたち。よろしくね」
「おや?『狐』は、いないのかな?なら、俺ら二人で勝てそうだ」
「あいつは遊んでんだよ、アンタらもあたしと遊ぼうぜ」
「マイセンさん、この女捕まえて、ボスに差し出しましょう!」
『······ボスって誰か、聞いてみて』
「なんだ、カレンも興味あんのか?別に良いけど。おい、ボスの名前は?」
「俺らが言うはずないっしょ?」
『ソラ、今私が遊んでる人、ピースって人なんだ。その人、さっきボスって名乗ってた』
「らしいぜ、カレン」
『分かった。ありがとう』
そろそろ、皆騒がしくなってきたな。あたしも、新しいのを試そう。
歌は、どうやら二週目に入っているようだ。早く試さなきゃ。
「······It was bought on the morn of the day that he was born······」
「狐は歌ぁ歌うって聞いてたけど······カラスさんも歌うんだ?」
さて、何から試そうかな······。まず先に、動けないようにするか。ミオがいたらすぐに終わるけど、あたしはそこまで早くは出来ない。
あたしは血が飛び散るのはあんま好きじゃねぇし、平穏なマシン使おう。
「ひ······!?マイセンさっ······!」
「ぅ、おい!くんな!刺すぞ!?」
なんだよ、そんな怯えなくていいだろ。ただのミニミシンだ。
人体に針を刺しても普通に動くように、色々改造したけどな。
「遊ぼうぜ、罪人ども」
罪状はまだ聞いてねぇけど、この仕事の対象になるってことは······どうせアンタらも、咎人だろ?
「······When the old man died」
『ソラ、ユキ、カレン。ちゃんと車四台で来るように頼んだ。回収してもらったら、集合』
『うん。······今回のも、ダメやったなぁ』
『ん~、ちょっと、もの足りない。ほんと、弱かったね』
「お前らの猟奇趣味についていけねぇわ」
『ソラも酷いと思うでぇ?機械の実験やろ?それに猟奇趣味やったら······』
『ユキ、言い訳しない。大体、人間の皮は糸で縫っただけじゃ、時間経ったら臭くなるよ』
『······ミオ、怖いこと言わないで。ウチ、回収してもらった』
『私も。······ああ、カレン、ここだ』
『あたしも!最後はソラやな!』
「みたいだな。今、やっと来たところだ。引き渡したら、そっちに向かう」
『待っとるで~』
「おう」
「······おい、君」
「はい」
「これ、車に運んでくれないか······?」
「運ぶのは、そちらさんの仕事では?」
重いかもしれねぇが、女に大の男二人を運ばせようとすんなよ。まだ息はあるし、グロくもない。
何が不満なんだ?
「き、君は!年上に、こんな気持ち悪いものを運ばせるのか!?」
「いや年上とか関係ないです。自分より力の弱そうな女の子に運ばせるとか、どうなんですかそれ。ってか今ではもう、そちら側がミオに頼んでいるって形なんですよ?」
「だからなんだ!金を払ってやってるのは、こっちだ!」
「本来、これはアンタらの仕事です。アンタらが『人生を賭けるような真似はしたくない』って言ってるから、ミオが金と引き換えにしてるんでしょうが。······昔は、違ったかもしれません。でも、今では、この関係に縋っているのはそちらだ。やろうと思えば、これまでミオやあたしらがやった事を、そちらに擦り付けられるんです」
「そんなの、出来るならっ······!」
『──────ソラ、早く来い』
命令口調の、かなり苛立ったような声。
これはまずい。ミオが怒っている。
『そこにいんのが誰かは知りませんが······。"人生賭ける"と"命賭ける"の違い分かりますか』
「ああ!?どっちも同じ意味だろうが!」
『······よく考えてください。命賭けるだけなら、その時で終わる。人生賭ける場合は、その時で終わらないんですよ。組織の下っ端でも、手ぇ出したら"次"の可能性がある。そういう意味で、私らは使い分けてるんです。······さあ、貴方に人生賭ける覚悟はありますか?』
「なっ」
「······ミオ。今から行く」
『ああ、おいで』
そのままオッサンを置いて、二十分ほど前に集合した場所へと向かう。
そこには、予想通り苛立った様子のミオと、ミオを宥めるユキとカレンがいた。
「悪い、ミオ」
「ソラ!早かったね」
「走ってきたからな」
「よっしゃ、ソラも戻ってきたし、ミオんちで遊ぼうや」
「せやね~、ミオ、ウチ一昨日な、新しい乙ゲーこおてん」
「本当かい?じゃあ早速、それをしよう!」
「んじゃ、もう直行するか」
「「さんせぇ~いっ」」
仕事中の猟奇的な行動がまるで嘘だったかのように、三人は明るく笑う。······いや、あたしも入れて、四人。
暗い夜道を、ミオを中心に和やかに歩いた。
閑話だし······「紹介」にユキとかカレンとか追加しなくていいよね(なので追加しません)!




