ゆっくり確実にズレてゆく
タイトルが浮かばない······。
「Ninety years without slumbering,tick,tock,tick,tock」
『向日葵の花』発生時間まで、あと5分。
昨日と同じように、窓枠に手をついて裏庭を見下ろす。
「His life seconds numbering,tick,tock,tick,tock」
お、花咲さんが来た。準備は出来ているようだな。
「It stopped short,never to go again」
そういや家の鳩時計、ちょっとずつズレ始めてるんだよなぁ。でもこの辺りで修理してくれる人いないし。······一か八か、前世で腕利きの時計職人さんがいた場所、行ってみよっかな。
「When the old man died」
あの人はこの世界でも、時計職人さんやってるだろうか。
「······あの店、三重にあったっけ。······次の日曜にでも行こうかな」
「どこに?」
私の手の外側に置かれる、一回り大きな手。耳元で聞こえた、日向によく似る声。
······ん~、面倒な子が来ましたねぇ。
「時計職人さんのところ」
「あれ、驚かないね」
「誰かが来てたのは分かってたから」
「つまんないの」
「それは良いがね、葵くんよ。いつまでこの体勢なんだい?」
「!」
「······うん?······ああ、すまない。夏草会計、とにかく離れてくれ。いざという時にしゃがめないじゃないか」
日向が来ないか見張りながら、葵に言う。が、彼は離れない。
離れてもらおうと、ちょうど葵の方へ顔を向けようとした時。視界の端で、誰かが裏庭に入ってくるのに気付いた。
「しゃがんで!」
「えっ」
少し体勢的にキツいけど、壁に背中を押しつけて、強引に葵を下へ引きずり落とす。
葵が痛そうに顔をしかめたが、私から離れなかった彼が悪い。私は先にちゃんと言った。
「······うわ、アホやってもうたな······」
窓は空きっぱなしだし、当然カーテンも引かれていない。
こりゃ葵の時よりやばい状態だねぇ。
ま、仕方ない。
「夏草会計、普通に話す分には問題ないが、大声はよしてくれ」
「······あの、立って良いっすか」
「立つのはダメです。こんな状況にした私が言うのもなんだが、立って動くと下に見つかる可能性があるのでね。出来る限り控えてほしいんだ。しゃがみながら動くのはOK」
「いや無理です。バランス取れずに倒れます」
「なぜに敬語」
「雰囲気的に」
「そう。······一応聞くけど、その体勢、辛くないかい?」
私はただ床に座って足をのばしてるだけだから、特に辛くはない。それに対して葵は、屈んで私の上に肘をついて、なんとかバランスを取っている状態だ。
「俺の方は大丈夫。でも、膝を立てないでもらえると助かるな。綾ちゃんは?痛い所とかない?」
「ないよ、凄く楽な姿勢だ。······そうだ、夏草会計、片膝を床についた方が楽じゃないかな?より身動きしにくくなるけれど、安定すると思うよ」
「ん、じゃあ、ちょっとごめんね······っと」
「よし、安定したね。しばらくこのままの体勢でいてもらう。キツいだろうが、こらえてくれ」
「まぁ離れなかった俺が悪いんだしね」
そう言う葵に苦笑を返し、目を閉じる。昨日のように裏庭の音にだけ集中すれば、自然と葵や自身の心音さえも消えていった。
今日は体勢的に覗けそうにないから、裏庭の様子はよく分からない。その分、音を拾おうとするが······何の音もしない。イベント発生まで、まだ時間があるからだろうか。
「綾ちゃん、何してるの?」
暇だったからか、葵が私に尋ねる。
······彼にイベントを見せる······いや聞かせるのも、面白いかもしれないな。
「君も、下で何が起きるか、聞きたい?」
「······どういう事?」
目を閉じたままでは葵の表情が分からないため、目を開けて葵を見上げる。
葵は少し驚いたような表情をしていた。
「今ね、下に夏草庶務がいるよ。······彼は、君が一人の女性と長続きしないことに疑問を持っているらしい。『どうして頻繁に恋人を変えるのだろう』、とね」
「······!」
今回のイベント『向日葵の花』は、次の夏草兄弟共通イベント『花が咲くため?』を発生させるのに必須イベント。しかし、ここで正しい選択肢を選ばなければ、夏草日向および夏草葵の攻略が不可能になるという、友人に言わせると『これぞ真のクソイベント』なのだ。
内容は簡潔に言えば、葵が恋人とすぐに別れることに疑問を抱いていた日向は、ちょうど裏庭を通りかかったヒロインちゃんに、『恋人って一か月や二ヶ月で別れるもんなの?』と聞く。
当然純粋(笑)なヒロインちゃんは、『相手が好きだから付き合い始めるのに、そんなに早く別れるなんておかしい』と言う。
すぐに別れること自体は別におかしいとは思わないがね。釣った魚にエサやらないって人も多いだろうし。
ともかくヒロインちゃんの言葉を聞いた日向くん。今まではそこまで深くは考えなかったけど、さすがにまずいのでは、と思い始める。そして、ヒロインちゃんに尋ねるのだ。
『葵が恋人をころころ変えるの、やめさせた方が良いかな?』と。
ここで問題の選択肢。『絶対その方が良い』と『夏草くんの話を聞いてから決めれば良いと思う』、それから『夏草くんが口出しすることじゃない』の三つ。『夏草くん』がどちらを指すかは文脈で判断しよう。
ここでの正しい選択肢は、一つ目の『絶対その方が良い』だ。そうすることで次のイベントを発生させることが出来る。それ以外の選択肢を選ぶと······夏草兄弟攻略はまず不可能になる。
正しい選択肢を選べば、『······うん、今度葵に注意してみる。······花咲ちゃんにも、どこかで隠れて見ててほしいんだ』みたいなことを言われるらしい。
だが『向日葵の根』のこともあるし、第一花咲さんは出会いイベントで夏草兄弟に苦手意識を植え付けてるからなぁ······。ここでちゃんと会話イベントが発生するかどうかで、彼らが攻略可能か分かるだろう。
まぁ、ここはゲームと完全に同じではないのだし、シナリオ外で花咲さんが夏草兄弟を魅了するかもしれんが。
「······綾ちゃんは、どうしてそんなことが分かるの?日向と親密な関係だとは思えないんだけど」
「夏草庶務が疑問に思っている、ということについてかい?」
「ねぇ、何で分かるの?」
「別に私が気付いたわけじゃない。ただ、教えてもらったのさ」
「誰に?」
「君達に好意を抱く人々に」
一応、日向と葵のすれ違いに関しては、彼らのファンクラブの方々から聞いていた。嘘は言ってない。
いやぁ、ファンクラブの方々の持つ情報は、素晴らしいものばかりでね。特にまとめ役はファンクラブで最も上にいるだけあって、優秀な人ばかりだ。ファンクラブ会員のリストも、毎年まとめ役同士協力して作ってくれるし、メンバーが増減すれば、その都度こちらに連絡してくれる。
まとめ役に限らず、一部のファンクラブ会員は私が生徒会に入ってもなお、敵意を見せることなく接してくれる。生徒会メンバーの情報も、無条件で教えてくれるのだ。
あくまでも、そういう方々は『一部』だがね。
「······意外だな、綾ちゃんって友達少なさそうなのに」
「友達は少ないよ。ただ、いろんな人と関わることが多いから、知り合いも多いだけさ」
「やっぱり友達少ないんだ」
「うん、たくさん作ると、疲れてしまいそうだ。······それで?君は、裏庭の声を知りたいかい?」
「綾ちゃん、聞こえるの?」
「当然さ」
「······なら、俺にも教えてよ」
こちらを挑発するような笑みを浮かべる葵に、わずかに声を潜めて答える。
「良いよ。君が望むなら」
面白いものを聞かせよう。
私は目を閉じて、再び裏庭に集中した。
「『······葵。······何で······?』」
一見、恋する乙女かと思うようなセリフを、なるべく日向の声に似せて呟く。
葵の様子は分からないが、おそらく真顔だろう。
本来ならここらへんで、ヒロインちゃんが現れるんだが······。
「······『どうしたんですか?』」
少しして聞こえた、花咲さんの声。ゲームではヒロインちゃんが話しかけることはないから、これは彼女のアドリブだろう。
つまり、日向は花咲さんに話しかけなかった、ということか。
「誰?」
「······女の子」
「名前、分かる?」
「声で聞き分けるというのは、案外難しいものだよ」
「······そっか」
花咲さんだと知ってはいるが、明言せず誤魔化す。実際、特徴的な声でなければ、私は聞き分けることは出来ないからな。
「『君は······』『この前はごめんなさい、その······』『······もういいよ。じゃあね』『あ、待って』『······何?』『えっと······』」
「······疲れない?」
「疲れるに決まってるじゃないか。ってか黙っててくれよ。······『夏草くん、考え込んでたみたいだから······』『君が気にすることじゃないから。もう、僕に用はない?······バイバイ』『あっ』」
······オイ。オイオイオイオイオイィィィッ!失敗してんじゃねぇかよぉぉぉッ!ねぇドアっぽい何かが開く音がしたよ!?帰っちゃってんじゃん!
「······綾ちゃん、日向いなくなったよ」
「みたいだねぇ······」
「何でそんな悲しそうなの」
「期待が外れたのさ。······まぁすべてが上手くいくわけではないしね。こうなることは想像出来ていなかったこともない。そう、可能性としてはあったんだ······」
過ぎたことは仕方ない。これもまた一興として楽しむしかない。
残念だが、夏草兄弟ルートのイベントはもう発生しないだろう。······もしかしたら、発生自体はするかもしれないが、ゲームとはまず違う状況で発生するだろうな。
「綾ちゃんはどんな展開を期待してたの?」
「夏草庶務が、話しかけてきた少女に自分の疑問をぶつけるという展開。ま、バレちゃいけない人は帰っちゃったし、立って大丈夫だよ」
「じゃあ、ちょっと動かないでね」
「はいよ~」
葵が立ち上がったのを確認して、私も立ち上がる。
その際、葵が手を差し伸べてくれた。紳士というべきか、チャラ男というべきか。
「······綾ちゃん」
「何だい?」
「綾ちゃんは、俺と日向を見分けられる?」
「君達は見分けやすいよ。雰囲気が違うからね」
「いやいや、俺らを見分けてくれる人って、少ないんだよね。ファンクラブの奴らも、俺らを見分けられないし」
あー『設定資料集』にも似たようなことが書かれていたらしいっすねぇ。
まぁうん、でもね。
「それは間違いだと思うよ~」
「どうして?」
「彼女達の中には、君達を見分けられる人もいるからね」
「だけど、俺らのファンクラブ会員って、両方のファンクラブに入ってる人がほとんどだよ」
「入ること自体は自由だしねぇ。それに、見分けたうえで両方好きだから両方のに入ってんじゃない?ファンクラブすべて制覇してるって人もいるし」
「······そんなもんなの?」
「そんなもんだよ。『対象に恋愛感情持ってないと、ファンクラブに入っちゃダメ!』みたいなルールはないから」
もうイベントは終わったし、と思って部屋を出ようとすれば、『綾ちゃん』と呼ばれて引き留められる。
そういえば、葵が生徒会室に来た理由を聞いてなかったな。
「夏草会計、君は何のためにここに来たの?」
「あれ?呼び止めたのは俺の方なんだけど······」
「細かいことは気にしちゃあいけない。それで、何のために?」
「······昨日、見てたでしょ」
「やっぱバレてた?」
「あそこは空気読んで、裏庭を見ちゃいけない場面だよ?」
「むしろ覗きが出来るような場所で、あんな修羅場を広げちゃダメだと思う」
「ある意味、正論だけどさ」
「だろう?」
呆れたような表情の葵に、軽く笑ってみせる。
彼は不服そうな顔をした後、10分前に私に見せたような、挑発的な笑みを浮かべた。
「······綾ちゃんさぁ」
「うん?」
「······俺と付き合ってみる気ない?」
「ないねぇ」
「うわ、サラッとフラれたんだけど」
「君だって、本気じゃないでしょう」
「付き合ってるうちに、本気になるかもよ?」
「ふふ、私は最初に作った恋人と添い遂げたいのさ。君が一生私だけを想い続けると断言出来るのでなければ、恋人になる気はない」
「綾ちゃんって、『恋愛は何度も失敗するものさ』とか言うと思ってた」
「悲しいことに、私はロマンチストでね。まさに恋に恋する乙女なんだ。私と付き合った男が、のちに私以外に恋愛感情を抱くのかと思うと、嫌で嫌で仕方ない」
「······綾ちゃんの方は、相手を一生愛していられる自信があるの?」
「あるよ。私が一度でも生涯愛そうと決めた相手なら、絶対に」
私がハッキリ言うと、葵は言葉を失う。
愛が重いことは自覚している。はたから見れば、『綺麗ごと』だと受け取られるであろうことも。
でも、私からすれば、これが普通なのさ。
「綾ちゃん」
「まだあるのかい」
「つれないこと言わないでよ」
「夏草会計、それで終わりじゃなければ私も席につくよ?」
「ううん、これで終わり。······俺の行動、異常だと思う?」
「それは何に対してかな」
「予想はついてるでしょ」
「『恋人代理』のこと、とか?」
「正解」
「ん~、異常、ねぇ。異常というより、『変』の方が近い気がする。念のため聞くけどさ、君はどうして『恋人代理』なんてするの?」
「日向のため」
「そっか。やりすぎな気もするけど、面白そうだし別に良いんじゃない?夏草庶務が嫌がるまでは、それをやってても。法律に反することではないしね」
「······俺が求めてたものとやや違う」
「かもね。だがまぁ私からすれば面倒なんだよ、そういう相談は。······ああでも、私の答えは気分によって変わるからね。また聞いてくれば、その時は答えが変わってるかもしれないよ」
普段通りのあやふやな答えを返し、部屋を出ていく。
ポケットに入れていたウォークマンを出し、イヤホンを耳にはめようとする。最近、面白い曲を見付けたからな。さっそくダウンロードしてみたのだが······。
「綾ちゃん」
「······夏草会計、いい加減にしてくれよ」
「ごめんね。でも、気になっちゃって」
「何が?」
「綾ちゃんの『答え』が変わらないのって、どんなことに対して?」
手首をつかむ葵の手を煩わしく思いながら、顔だけ振り返って葵と視線を合わせる。
こんなことを問うために、彼は私を引き留めたのか。
「······さぁね」
とりあえず気分が乗らなかったので、誤魔化しておく。
今言わずとも、いつか分かるだろう。
呆気にとられる葵を置いて、私は教室へと戻った。
カチコチ、カチコチ、複数の似通った音が鳴る。
その中でも机に置かれた鳩時計だけは、他の時計達とは、違う時を刻んでいた。
「2番は何だったっけ?······ああ、そうだ」
家に帰ってから調べると、前世で時計職人さんがいたはずの所には、よく分からない薬局が建っていた。
だから歌を歌いながら、機械に強い友人にメールを打っている。
歌を歌っている理由?なんとなくだ。
「In watching its pendulum swing to and fro」
······お、今から来てくれるらしい。相変わらず彼女は優しいな。
彼女の家からなら結構時間がかかるが、そこは仕方ないだろう。
「Many hours had he spent as a boy」
そうだ、彼女が来たらすぐに仕事にかかれるよう、道具を用意しておこう。後、必要のない時計達には、元の位置に戻ってもらわねば。
「And in childhood and manhood the clock seemed to know」
······なぜか、外でヴンヴン音がする。多分バイクの音だ。この地域に暴走族とかいなかったような気がするのだが。
まさか、と思ってカーテンを開け、周囲を見渡す。
ここは二階だから、あたりが見渡しやすい。
「And to share both his grief and his joy」
何秒かすると、一台のバイクが凄い速さでやってくる。まだ外は明るいうえに、ここは住宅街ではないから周りの迷惑にならないだろうし、まぁ構わないのだが······。
そのバイクに乗っていた人物は、バイクを私の家の目の前に止めると、こちらを見上げた。
「······やっぱ空か」
愛しい友人の姿を確認すると、私は彼女に家へ入るよう、仕草で示した。
字数の関係上、中途半端に切ってしまいました······。
英語版なら、著作権はなくなってると聞いたことがある。




