残念な設定
「あ、藤崎先生」
HRが終わって教室を出ようとする先生を、急いで呼び止める。
こちらを向く彼は、いささか不機嫌そうに見えた。
「どうしましたか」
「今日、生徒会室に行けなくなってしまって」
「仕事のノルマは?」
「昼休みに全部やりました」
「なら、構いませんよ。皆にも言っておきますね」
「ありがとうございます」
「いえ。それでは、さようなら」
「さよならー」
······やっぱり、不機嫌そうだ。言葉はいつも通りだが、声が今朝より低い。ついでに言うと、表情もやや暗い。
あそこまで不機嫌なのは珍しいな。
「綾ちゃん、どうだった?」
「大丈夫だったよ。じゃあ千尋、裏庭で良い?」
「うん、行こう」
さっき先生に言った、『急に行けなくなった』理由。
それは千尋に『放課後に話したいことがある』と言われたからだ。昼休みに仕事を終わらしといて良かった。柳瀬さんナイス。
話はやはり『君想』に関しての事のようだが、全力で警戒する必要はないということで、対話室は借りていない。
放課後に裏庭へ来る人は少ないから、教室で話すよりはマシだろう。
前に来たときは誰もいなかったが······。
残念。ちらほら人がいる。まぁ皆それぞれのお喋りに夢中になっているし、問題ないかな。
「千尋、話したいことって何?」
「えっとね、今日のイベントのこと」
「やっぱ知ってたか」
「イベントはちゃんと把握してるもん。綾ちゃんが楽しんでるのは知ってるから、毎回口出しする気はないんだけど······。今回、綾ちゃん、どこかから見てた?」
「見てたよ~」
「どのぐらい?」
「夏草会計が来る前から、花咲さんが来たあたりまでかな。私が見てた限り、大きな変化はなかったように思うよ?」
「確かに途中までは問題なかったんだけど······。最後の、重要な胸キュン会話が発生しなかったの!」
「胸キュン······。······それって、花咲さんが選択肢間違えたからとかじゃなくて?」
「選択肢は、一番好感度が上がるやつ選んでた。ゲームと違う部分も、結構危なかったけどギリギリ誤魔化せてたし······」
おいギリギリってダメだろ。いや、ギリギリでも誤魔化せただけでも良い方なのか?
「千尋、本来発生するだった胸キュン会話ってどんな内容?」
「『ねぇ花咲ちゃん、俺と付き合ってみない?』」
「!?」
「ヒロインここで顔を真っ赤にした後、夏草葵を睨みつける。『ふ、ふざけないで!夏草くんのバカ!』ヒロインが走り去り、夏草葵の独白。『······花咲ちゃん、可愛いなぁ』······ってやつだよ」
「······芝居の台本読んでる気分だったよ。よく覚えてるねぇ」
「ノーマルエンドが好きで、何度もプレイしたもん!」
千尋、ノーマルエンドが好きなのか!?······あぁ、千尋は攻略対象を嫌っていたからな。
それはともかく、葵がヒロインを『花咲ちゃん』と呼んでいたのは意外だな。私の呼び方からして、『心ちゃん』だと思っていた。呼び方なんて、特に深い意味などないのだろうが。
「それ、発生条件とかはある?」
「三つの選択肢の中で、少しでも好感度の上がる選択肢を選ぶこと。確率的には三分の二だね」
「一番好感度が上がる選択肢を選んだんなら、発生しそうなもんなのに。どうしてだろう」
「分かんない。でも、私達みたいな······『二回目』の人達だけじゃなくって、攻略対象達も、変わってきてる。状況だって、ゲームとは全然違うし、本来発生するはずの会話がなくても、変じゃないのかも」
『二回目』。
おそらく、二度目の人生ということで良いのだろう。明言するのは、少々憚られるからな。
「かもね。ってかそもそも何で会計がヒロインちゃんに告白してるんすか」
「イベント中にヒロインが『女の子が皆、夏草くんの恋人になるわけじゃないんだよ。恋人って、遊びとかで決めるものじゃない!』って言ったから」
「······ヒロインちゃんって、純粋だなぁ」
「良く言えばね」
「あら厳しい。まぁあの子は物事の綺麗な部分しか見てないからね。外からあの子を見ている分には楽しいのだろうけれど、お話しするのは面倒臭そうだ」
「攻略対象達は、よくヒロインを好きになれたなって思う。······好きになった理由も、酷いものばかりだけど」
「ん?彼らがヒロインちゃんを好きになったのは······何でだっけ。会長は······顔?と、自分に反抗的な態度、かな」
「うん。顔を気に入って生徒会に誘って、その時のヒロインからのビンタで、ヒロインを好きになる」
「······会長マゾ疑惑。副会長は、『私には偽物の笑顔』云々。双子は自分たちの愛を否定されて、さらにそれぞれの行動を否定されたから。後は見分けてもらえたから?」
「あの二人、見分けるの簡単なのにね」
「書記とか風紀委員長はどう?私覚えてない」
「書記さんは、何度も顔を合わせることで、自然とって感じ」
段々ヤバい話になってきたから、他人に聞かれても大丈夫なように役職だけで呼ぶ。
千尋も察してくれたようで、サラリと呼び方を変えた。
「風紀は会長とかと同じで、出会いイベントの時点で好印象を持ってるからなぁ。あ、風紀の口調のことで、よく風紀の家に行ってた。『口調を直すための練習』とかで」
「完全に特別扱いだね」
「だから、かなり初期の段階で惚れてたんだと思う」
「担任は······」
「······ヒロインが、担任の性癖を否定したから」
「書記と風紀除けば、否定されて惚れ込んでるね」
「なんか『設定資料集』にあったんだけど、彼らがヒロインを好きになったのって、ヒロインが綺麗すぎたからなんだって」
「······どういう意味?」
千尋の言っている意味が分からず、短く問い返す。
綺麗すぎると、そばにいるのに疲れてしまいそうだが······?
「模範通りに動いていれば、ヒロインは自分を好きになってくれるからって」
「······はぁ?」
「変だよね。でも、作者いわく、『そんぐらいの無理な理由がなければ、自分を否定した女にすぐに惚れ込むわけがない』って」
「驚きの後付け感」
「まぁそのぶっ飛んだところがファンは好きらしいよ。『攻略対象のクズっぷりに納得』って」
「ほへー······」
『君想』って、現実的なようで、実はえらいぶっ飛んでたんだな。にしても『クズっぷりに納得』は酷すぎだろ。
「······あれ?それはつまり『ヒロインが自分を好きになってくれるから』、ヒロインを好きになったの?そんなことしなくても、彼らに惚れるレディは多いだろうに」
「あくまで、簡単に自分に夢中になってくれる子が良かったんじゃない?ほら、顔で自分に夢中になる子は、自分が美形じゃなければ離れていくわけでしょ」
「なるほど」
「その点、ヒロインみたいな夢ばっかり見る女の子だったら、典型的な『良い恋人』を演じればいいんだし」
「うわぁ、ヒロインが可哀想に思えてきた。······でも書記だけは自然と好きになるんじゃなかった?」
「うん。書記は唯一のマトモ枠。マトモって言っても、書記がヒロインに本当に好意を抱いてたのは不明って、『君想』のスレでは考察されてたんだけど」
「え!?」
「なんかね、ヒロインに恋してた、というよりは、ヒロインに告白されたから付き合った、って感じがするかららしい。告白してきたヒロインのことは嫌いじゃなかったから、付き合ったんじゃないかって」
「えーっ······。じゃあ、ヤンデレエンドとか、どんな感じだったの。相手が好きだからこそヤンデレになるんじゃないの?」
「ヤンデレエンドでは、ヒロインにデレることなく、ただ監禁するだけという、その辺のホラーゲームよりも怖いエンドだったよ」
「確かにそれはそれで怖いな。······今最大の疑問なんだけど、本当にこれ乙女ゲームとして成立してたの?もうよく分からないゲームになってるよね」
「······魅力は後味の悪さとエンドの種類だと思ってるから」
魅力だと思ってるなら、目を逸らしながら言わないでくれよ······。
しかしこんな酷い作品でよく売れたな······。そして私は、よくこんな印象的な作品の内容を忘れてるな······。
「······綾ちゃん」
「なんだい?」
「どうして、私達が選ばれたのかな。······『二回目』を、生きるのに」
「基準はあるらしいよ。100%ランダムじゃない」
「······え?どうして知ってるの?私、あの人に教えてもらってない」
「あの人の名前、覚えてる?」
「覚えてるよ」
「じゃあ、せーの」
「「テディ」」
見事に揃う声に、目を細める。
どうやら、私達の推測は、間違っていないようだ。
「やっぱり。ふふ、多分花咲さんが会ったのも、彼だよ」
「ねぇ、綾ちゃん、どうして?どうして知ってるの?」
「私も、彼に教えてもらったんじゃないよ。だけどね······」
他の誰にも聞かれないように、千尋の耳元で囁く。
「──────神は、テディだけじゃない。『二回目』なのは、私達三人だけじゃない」
「······うそ······」
呆ける千尋から離れ、元の位置へ戻る。
千尋には、隠す必要はないだろう。
「ここにはね、『君想』だけじゃなく、他のゲームも存在する。千尋も、一つは浮かぶと思うよ」
「······?」
「千尋。······私には、義妹がいるよ。ここでは、頭に『元』が付くけどね」
「······あ、『君誓』!」
「ご名答」
『君誓』、正式名称『君に誓う~永遠の誓い~』。
ヒロインは、前年に出された『君想』の悪役『乙 綾』の義妹。
『乙 綾』が存在するなら、同時にあってもおかしくないゲーム。
「千尋、これ以上を裏庭で話すのは危険だ。もっと知りたいなら、再び対話室を用意するが······。どう?」
「聞かせて」
こちらを真っ直ぐ見て頷く千尋。
生徒会の仕事があるから、すぐにまた時間を作れるかは分からないが、千尋のためだ。
私は笑みを深めると、千尋と一緒に教室へ戻った。
ついに私は気付いた。
『別に文字数にこだわる必要はない』と。
······さすがに五百字とかで一話完成にはしませんがね。




