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否定された笑顔。~菊屋 聖視点~

 日向達の話し声に混じり、パラパラとページをめくる音がする。

 かなりのスピードで本を読んでいる彼女は、視線を下に落としたまま時折日向達の会話に加わっている。彼女はまるで前からそこにいたかのように、ここの空気に馴染んでいるのだ。

 ふと彼女が顔を上げ、わずかに左を向く。入り口の方向だ。どうしたのだろうか。

 目だけをそちらに向けると、一人の女子生徒が扉から顔を出していた。

 その女子生徒は乙さんのいる方向を見ると、顔をわずかに歪ませた。

 ──────ファンクラブの女か。

 ならば僕が追い返した方が早いだろう、と思って入り口へ向かうと、女子生徒はサッと顔を引っ込める。


「聖?」

「入り口に女子生徒が」

「······知ってる、子?」

「いえ、僕は会ったことがありません」


 尊と諒に答えて、扉を大きく開けると、愛らしい顔立ちの女子生徒がこちらを見上げていた。

 帰ってください、と僕が言おうとすると、女子生徒は僕よりも先に口を開いた。


「あの、どうして作り笑いをするんですか?······そんな顔して、疲れませんか······?」

「え?」

「やっぱり!聖くん、私の前では、無理に笑わなくて大丈夫です!私、どんな聖くんでも、受け止めますから!」


 急に発せられた言葉に戸惑っていると、「失礼」という断りと共にやんわりと背中を押され、外に出されてしまった。直後、扉も閉められる。

 今の声は、明らかに乙さんの声だ。彼女の声は特徴的でわかりやすい。というか今笑ってましたよね。扉閉める前に抑えた笑い声が聞こえましたし。

 完全にこの状況を楽しんでますね、あの人。

 そう思うと、自然と笑みがこぼれた。

 あれだけの言葉に、どうして動揺してしまったのか。

 くだらない。

 自嘲すれば、目の前の女子生徒が「ほら、そういう顔!」とか言ってくる。

 この顔のどこが作り笑いだというのだ。

 第一、人と接する上で作り笑いをするのは普通のことだ。別に無理して笑っているわけでもない。

 ああでも、前はそうだった。僕のファンだと言ってベタベタしてくる女共を、作り笑いをしながら丁寧に追い返して。

 一度始めると、なかなかやめることが出来なかった。

 既に作り上げられたイメージが、やめるのを許さない気がして。

 誰もが、僕の作り笑いに気付いていないと。こんなことをして疲れているのは、僕だけだと思っていた。

 その考えを、乙さんが覆した。

 彼女は、まるで気付いて当然かのように笑った。その軽い口調に、作り笑いをするのはお前だけではないと言われた気がした。

 今更、こんなことを深刻そうに言われたところで、くだらないという感想しか湧いてこない。


「別に無理なんてしていません。それより、もう帰りなさい」

「え、あ、意地を張らなくても、いいんですよ?私、どんな聖くんでもっ」

「······貴女、学年は?」

「!えっと、一年の、花咲 心です」


 期待に満ちた目をする女子生徒······いえ、花咲······やはり女子生徒でいいですかね。

 女子生徒は、聞いてもいないのにご丁寧に名前まで名乗った。

 だが、名前になんて興味はない。


「その呼び方をやめなさい。一年ならまだ知らないのかもしれませんが、乙さんは正式な手段で生徒会役員になっています。彼女が文句を言われる筋合いはない。わかったら、さっさと帰りなさい」

「違いますっそうじゃなくて」


 女子生徒の言葉を、扉が開く音が遮る。

 そこに立つ乙さんは、まだ笑いを抑えきれていないようだ。


「ふっあははっ花咲さん、ストップ。ふふ、これはこれは。予想外の展開だね?いやはや、実に面白いよ」

「乙っ!またアンタなのね!邪魔をしないって言ったじゃない!なのになんで邪魔するのよ!」

「言ってない言ってない。絶対言ってない」


 ぶんぶんと手を横に振って否定する乙さん。

 どうやら二人は知り合いらしい。互いに苗字を呼んでいる。

 女子生徒は、いえ、これではまるで乙さんが女子生徒ではないようですね。仕方ない。苗字で呼びましょう。

 花咲さんは、『邪魔』といっていたが、いったい何の邪魔だろう。僕と話すことの邪魔だろうか?


「ん~何でって聞かれたら?その方が面白そうだからとしか答えられないよねぇ」

「そんな答えで良いわけないでしょ!」

「そう言われてもね」


 怒鳴られても微笑を保ったまま、乙さんは花咲さんに近付く。

 そして乙さんが発した声は──────普段より、低く。


「私はただ、楽しみたいだけなんだよ。あのね、こういうのは観客からすれば、予想通りの展開ってのはつまらないんだよ」


 ああ、花咲さんもだ。

 彼女も乙さんの声に魅了されて、微動だにしない。その焦点は合わず、虚ろな表情をしている。

 普段の乙さんの声は、いわゆる「良い声」だ。脳に染み渡る、それでいて鋭く貫く声。

 今の彼女の声もまた、「良い声」ではあるのだろう。ただ、種類が違うのだ。


「だから、壊すんだ」


 仄暗い情熱を、感じるのだ。一種の色気といってもいいような。

 その場に留まる濃霧のような。

 初めて知る、感覚。


「花咲さん?」


 普段の声に戻った乙さんが花咲さんに呼びかけると、花咲さんはハッとして乙さんを睨む。

 ニコニコと笑う乙さんに、花咲さんは口を開く。


「乙!······温室、楽しみにしてるといいわ」


 『温室』。乙さんが管理する空間。

 そこを楽しみにしていろという事は、まさか。

 荒らしたのか······!?


「······ふふ、楽しみにしているよ。······監視カメラに映る、君の姿をね」

「はあ!?かっカメラ!?」


 目を大きく見開いて駆け出そうとする花咲さん。そんな彼女に、乙さんが声をかける。


「朝と放課後には、温室は開いてないよ」

「わかってるわよっ」


 最後にそう叫んで去っていった花咲さんを二人で見送る。

 温室に何をされたのだろうか。


「······何をされたんでしょうかね」


 乙さんは、そう呟くと生徒会室に入り、藤崎先生に声をかけた。


「藤崎先生、パソコン取ってきて良いですか?」

「······はい、構いませんよ。ここには役員専用のロッカーがありますから、ついでに色々移動させておくといいでしょう」

「ロッカーあるんですか!?やった、それじゃあパソコンの置き場にも困りませんね!んじゃ行って来ます」

「あ、先生、僕も乙さんについていきます。ファンクラブに絡まれるかもしれませんから」

「そうですか。······()()があってはダメですよ」

「わかってます」


 先生の含みのある言葉に苦笑しながら答える。

 乙さんに視線を戻すと、表情は読み取りづらいが、どうやら戸惑っているらしい。


「菊屋副会長、ついてきたら私の嫌な部分見ることになるかもですよ?」

「大丈夫ですよ、僕にだって醜い所はありますから。気にしません」

「······そうですかね」


 彼女は一度首を傾げると、すぐに歩き出した。

 その後ろを急いでついていく。

 同じフロアだからか、意外と早く温室に到着した。


「······覚悟を決めてぇ······ハイッオ~プンッ」


 乙さんの掛け声と共に扉が開く。

 そこに広がるのは──────まさしく、惨状。

 踏みにじられた花々、折られて葉をむしられた観葉植物。土が道の方にまでこぼれている。


「酷いねぇ。ってか観葉植物折るとか意外とパワフル。菊屋副会長、色々取ってくるんでちょっと待っててください」

「え、植物はどうするんですか?」

「月曜の朝に処理しますよ。······待たせるわけにはいきませんて」


 特に衝撃を受けた様子でもない彼女を見て、困惑する。

 ここまで荒らされて、ショックではないのだろうか。あんなにも、愛おしそうに花弁を撫でていたのに。

 傷つけられて、悲しくはないのだろうか。

 そのまま立ち尽くしていると、彼女が奥からパソコンの他に分厚い本をいくつか持って出てきた。


「んじゃ戻りましょっか」

「······悲しく、ないんですか」

「元々植物が好きってわけでもないですから。それに、これは予想できていましたし」

「予想できていて、防がなかったのですか」

「······さっき、花咲さんにも言ったんですけど」


 彼女の声が、低くなる。それは明らかに怒りを含んでいた。

 その声を聞いて、口が過ぎたと気付く。生徒会室の前で彼女が忠告したのは、こういう事だったのだろうか。


「私は、楽しみたいんです。つまらないのは、嫌なんです」


 どうして、彼女はそんなに『楽しむ事』にこだわるのだろう。

 過去に何か、あったのか。

 僕が答えに困っていると、彼女は小さく笑った。


「後は、優先順位の問題ですね。ここには、強い子も多いですから」

「······強い子?」

「ええ。勿論そうでない子もいますが。······ここ、目をみはるほど華やかではなかったでしょう?でもね、代わりに強い子が多いんです。踏まれても、死なない子達が」


 良いでしょう?と笑う彼女。どこか、嬉しそうだ。

 その笑みを見て、少しだけ、胸が高鳴る。

 初めての感覚で対処の仕方が分からず、結局なかったことにする。

 ふと乙さんの手元に目をやると、そこで彼女が女子には多すぎるであろう量を持ったままであることに気付く。


「乙さん、持ちますよ」

「何を······ああ、これですか。ん~······じゃあ、お言葉に甘えて」


 素直に半分渡してもらい、生徒会室まで並んで帰る。

 渡されたものを見ると、それぞれ違う言語で書かれていて、読めるものは一つもない。


「これ······何ですか?」

「それですか?辞書です。基本使わないんですけど、古い書物を読むときには必要になるかもしれないから管理室に置いてたんです」

「結構ありますね······」

「世界にはたくさん言語がありますから。それらは皆メジャーな言語なんです。もっとマイナーなやつも欲しいんですがね」


 乙さんから様々な言語について聞いていると、すぐに生徒会室についた。

 ······生徒会室についたのは良いのですが······。手が塞がってしまってますね。

 ちょっとアレですが足で······。


「ん、よいしょっと」

「え?」


 隣を見ると、乙さんが荷物を片手で持って扉を開けていた。

 まさかの出来事にフリーズすると、彼女が荷物を両手で持ち直していた。


「入らないんですか?」

「今何で片手で持てたんですか?」

「もて······ああそっちか。いや今のは一瞬だから出来た技です。アレ以上は私筋肉ないのでダメです」

「そう、ですか」


 ······たとえ一瞬でも、僕は出来そうにない。

 軽くショックを受けながら、仕事を始めた。

敬語キャラ凄く難しい······。


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