嫌なもの
授業が終わると、野見山くんがその場に座り込む。周りを見渡せば、ほとんどの人が座るか寝転がるかしている。
野見山くんは座ってはいるけど、今にも倒れてしまいそうだ。
そこまで急いでるわけでもないし、と思って野見山くんの隣に座る。
「野見山くんお疲れ~。何とか覚えられたね」
「······お前、何でそんな元気なんだよ······」
「慣れてるからね。ふふ、5月に入ったら、フォークダンスとかも始める事になるよ」
「何でだ······」
「6月には体育祭があるからね。体育祭の種目が終わったら、体育とってる人は絶対参加のやつがあるらしいよ。誰かとペアを組んで何曲か続けて踊るんだって」
「死ぬ······絶対死ぬ······」
「まぁ体力ないと続けてダンスはキツいよねぇ。私もちょっと不安だわ」
「俺は不安とかのレベルじゃねぇよ······」
「今度からは水とか持ってきた方が良さそうだね」
「······お前、意外と体力あって驚いた。勉強バカだと思ってた」
「勉強バカではないねぇ」
「······みたいだな」
野見山くんは柔らかく笑うと、眼鏡を外す。
その時、左耳に長方形の金色の飾りが2つあるのに気付いた。
「それ、イヤリング?」
「ん?······コレか」
野見山くんはイヤリングに触れると、目を細める。
滅多に見られないであろう裸眼を堪能していたのに、残念。
「······変か?」
「何が?」
「俺がこういうの付けてるのが」
「意外だとは思うけど、変だとは思わない。似合ってるよ」
あれ?よく見たらこれ、何か彫られてる?
「ちょっ、乙っ、おまっ」
「細かいね、これ」
下の方に、太陽が彫られている。もう片方は、月か。
「······綺麗だ」
シンプルな物ではなくて、内側まで彫られた複雑な物。どこで手に入れたのだろうか。
「乙っ、近いっ」
「え?」
ああ、どうやら彼を不快にさせてしまったようだ。申し訳ない。
これ以上彼に不快な思いをさせないため、急いで彼から離れる。
「御免ね、野見山くん」
「大丈夫だ······お前が悪いわけじゃない、から」
「でも、あまり近付かないように気を付けるよ」
「いや別にお前に近付かれるのが嫌だってわけじゃないから!俺人間嫌いとかじゃないから!中学が男子校だったから、その、緊張しただけで」
「······本当?」
「本当」
不快にさせていなかったようで、良かった良かった。
野見山くんも大声を出せる程度には体力が戻ったようだし、そろそろ帰るか。
「野見山くん、歩ける?」
「問題ない」
「んじゃ帰ろっか」
「待たせちまって悪いな」
「何となく待ってただけだよ。それよりさ、野見山くん、そのイヤリングどこで買ったの?この辺?」
「学校出て右にいったとこの、髪飾りとか売ってる店。だけど買ったの昔でさ、去年行った時、もう売ってなかったんだよ」
「あらら。まー、本気で欲しくなりゃ作れば良いんだしね」
「作んのか!?」
「作るよ?作り方なんて調べれば分かるし、物を作るのは好きなんだよ」
「······面倒な事って嫌いそうなのに」
「確かに面倒な事は嫌いだよ?でも楽しいなら話は別。私がつけてる仮面とかも、自分で作ったやつ」
「マジで!?なぁ、見せてくんねぇか!?」
「良いよ~。ほら」
「······手作りとは思えねぇ······」
「仮面作ったのはこれが初めてじゃないからね」
野見山くんが仮面を見るためにこちらに顔を近付けているから、瞳をじっくり観察できる。
今日は彼の裸眼を堪能できたし、眼鏡越しの瞳もこうして間近で見られるし、実に幸運な日だ。朝には柳瀬さんの瞳を観察できたしな。
明日何か不幸な事が起こりそうだ。
······そういや私が生徒会に入ったというのに、花咲さんは静かだったな。私を睨みまくってたけど。
結構ガチで明日何か起こるんじゃないだろうか。
······私が傷付けられるだけなら良いけれど。
私以外が傷付けられるのは、嫌だなぁ。花咲さん痛めつけてハイ終わりってもんじゃないし。
精神的に追い詰めて自主退学なり何なりさせるのはダメだ。まだ早い。ゲーム期間は始まったばかりだ。すでにシナリオなど崩壊しているが、それでもこれからどんな展開になるか分からない。
今彼女を退場させては、つまらない。もっともっと、彼女で楽しんでから。
退場させるのは、それからだ。
面倒なのは、嫌。
大事な何かが傷付けられるのも、嫌。
でも、クソつまんないのは、もっと嫌。
ガラ~ッとド派手に音を立てて、扉が開く。扉を開けた人物は室内を見渡して私に気付くと、人懐っこく笑って無駄に大きく手を振る。
「綾ちゃん、こんにちはーっ」
「こんにちは、夏草庶務。夏草会計は······おや、一緒じゃないんだね」
「えっ何!?ガッカリした!?綾ちゃん、葵が好きなの!?」
「君、すぐにそういう方向に結びつけないでくれ。今のところ私には全くと言っていいほど縁のない話だ」
「う、ごめん······」
肩を落とす日向に、私は小さく溜め息を吐く。
今は放課後。生徒会室にいる。今日仕事について教えてもらったら、早速始める予定だ。
「今日の一時間目、夏草会計は君を待っていただろう?だからあんな感じで仲良く行動してるのかな、と思って」
「そんな事ないよ。ただあの時はペアを組まされるのを知ってたから、女の子に迫られないように警戒してたんだ」
「誰かから聞いてたの?」
「うん、会長から。生徒会の人達って皆体育をとってるんだよ」
「何その伝統的な感じ」
「いや伝統って訳じゃないけど、ほら、体育をとる女の子って少ないでしょ?」
「ああ、なるほど」
話しながら日向は席について、荷物を出していく。
生徒会の仕事は気楽に喋ったり遊んだりしながらするとの事。
そんなんだから時間かかるんじゃないのかな。
そのまま話していると、すぐに葵が来た。今度は逃げたりせず、普通に入ってくる。
彼が言うには、放課後はファンクラブに捕まってここに来るのが遅くなる事も少なくないらしい。
「ふふ、大変そうだね、君達は」
「綾ちゃんもこれからしばらく大変になるよ。ファンの女共以外にも、情報系のクラブの人達に絡まれるだろうし」
「ん~まぁ新聞部の人達とかが絡むのは君達みたいな人だけじゃないかな。私の方にはそもそも来ないか、来たとしてもすぐに終わるだろうさ」
「······だといいんだけど」
不安そうな顔をする日向。葵も苦笑している。
案外面倒な事になりそうだな。
······うん?
「えっ」
「今の何!?」
「······何だろうねぇ」
今どこからか大きな音がした。近くで大人数が走っているのだろうか。
不審に思い、音に集中する。が、一気にたくさんの音が流れ込んできて、うまく聞き分けられない。放課後だから、様々な場所に人がいるのだろう。さすがにこれじゃあダメだな。
範囲を絞るか。
音を拾う範囲を狭めるため、脳からゆっくりと力を抜いていく。これはこれで神経使うんだよなぁ。
······来た。
人数は1、2、3人。あれ?少ない。目的の人達じゃなかったのかな?って、おー······。来たねぇ団体さんが。
1、2、3、4······数えんの面倒だな。
どうやら三人組の後ろを団体さんが走っているようだ。
音だけでは誰が走っているのか分からない。仕方ない。少し覗くか。
廊下側の窓を開けて、音がする方を見ると。
「うわ」
前を必死で走っているのは会長、副会長、柳瀬さんの三人。意外と柳瀬さん体力あるっぽい。
んでその後ろに······女子、女子、たまに男子。
女は分かるが、何故男が?
······考えても無駄な事だね。
今はあの状況を何とかしましょうか。
「夏草会計、扉を開けて。顔は出しちゃダメだよ。桐生会長、菊屋副会長、柳瀬書記が入ったら扉を閉めて。鍵はこちらで掛ける。夏草庶務は窓が閉まってるか確認。急いで」
「「えっ!?」」
戸惑いつつも頼んだ通りにしてくれる夏草兄弟。
葵が扉を開けると、5秒も経たない内に三人が飛び込んでくる。すかさず閉められた扉に鍵を掛けて、やっと体から力を抜く。
でも、脳からは力を抜かないように気を付ける。
追ってきてた人達が遠ざかるのを確認するまで、集中し続けないといけないからな。
おや、団体さんも到着したようだ。ドンドンと扉を叩く音と共に女の金切り声や、男の大声が聞こえる。
五月蝿いなぁ。花咲さんよりも騒々しい。人数多いから当然だけどね。
とにかく、何とかしないと。
「すまない。夏草庶務、私の鞄をこちらへ投げてくれ。こいつらを追い払う」
「コレ?······はい、綾ちゃん」
「ありがとう」
日向から鞄を受け取り、中を探る。
隣では副会長が向こうに帰るよう呼びかけているが、届いていないようだ。
「······ん、あった」
「何がですか?」
「ビリビリマシーン。ちょっと扉から手ぇ離してて下さい」
「へ?」
「はいよっと―······」
鞄から小型戦車を取りだし、それの砲台部分を扉の取手にくっつける。
直後、続けざまに小さな悲鳴が聞こえてきた。
コレは友人が作ってくれた嫌がらせグッズ。金属に砲台部分をくっつけると、その周囲の電気を通す物体に静電気レベルの電気を流す。効果は一分程で、使いきっても充電すれば大丈夫らしい。
発表日のために生徒会室へ置いておけ、と友人がたくさんの嫌がらせグッズを作ってくれたのだが、説明を聞かされていないものがほとんどだ。
使う際はいつでも気にせず電話してくれ、と言われた。
遠慮なくさせてもらおう。
「乙っお前こんな時にっ」
「大丈夫です、多分」
「多分かよっ」
携帯を取り出して、友人に電話をかける。
すると、一回鳴らしただけで相手が出た。
『綾?』
「うん。空?」
『うん。どうした?』
「今日発表日だった。扉の向こうに人がいっぱいいる」
『早いなオイ。割合は?』
「8:2で女の方が多い。ビリビリマシーンは切れた」
『"ピリッとなマシーン"だ。女が多いんだったら、極細ポッキーの箱のやつ出して。消費期限書いてる所に、スイッチあるだろ?』
「見つけた」
『ドアに隙間あるか?』
「あるよ」
『んじゃそこに箱の入り口あてて、スイッチオン!』
「スイッチオン!」
相手の説明通りにすると、向こうで悲鳴の嵐が起こった。
理由が分からず、こちらは首を傾げる。
聞くか。
「えらい悲鳴だけど」
『その箱にゴッキー入れてたから』
「嘘、リアルゴッキー?」
『いや、ニセゴキ。チカが手伝ってくれたから、メッチャリアルゴッキーに似てるがな。チカが悪のりしすぎたせいで、そいつを踏んだり叩いたりしたら腹が取れて、そっから腸モドキが出てくるようになってる』
「キモッ」
『更に残った頭と胸の部分だけで動く』
「嫌だわそんなゴッキー。可愛さの欠片も無いじゃん」
『元々やつらに可愛さなど無い。スイッチ押した近くに箱置いときゃ、10分後には勝手に戻ってくる。そうじゃなくても、スイッチ5秒押したら自動で箱を探し出す。後はフタ閉めりゃ終わり』
「流石、バリ高性能。ありがとう」
『ん、じゃあな』
「またね」
電話を切る頃には、向こう側は静かになっていた。先程までは大量に聞こえていた心音も、今では私達6人分だけだ。
それを確認して、集中するのをやめる。短時間だったけど、音を拾う範囲を狭くしたり、近くで大量の音を聞いたりしたから神経がかなりすり減った。
「乙、誰に電話してたんだ?」
「友人です。これらのグッズを作ってくれた人」
スイッチを長押ししながら会長に答える。お、帰ってきた。無事みたいだな。
「ひぃっゴキブリッ」
「大丈夫だよ夏草庶務。偽物だから」
「いやいやいやいやリアル過ぎでしょっ」
日向だけでなく、会長や副会長も顔をひきつらせている。
私も作り物とはいえ若干の嫌悪感はある。コレばっかりはどうしようもない。
ゴッキーを回収して箱を鞄に入れる。あ、鍵も開けなきゃ。
······よし。団体さんも追い払ったし、会長たちに質問しましょうか。
「先輩方、さっきの人達は······ファンの人達ですよね」
「あ、いえそれだけではなく、新聞部と放送部の方が貴女に用事があったようです」
「私にですか。ん~今度こっちに直接来たら対応しましょうかね。あんな風に女の子たちに追われるのは毎度の事なんですか?」
「······普段は、教室で、囲まれる」
「ここまで追ってきたのは久しぶりだ。まぁお前を生徒会に入れたことが不満なんだろう。さっきも『乙を出せ』とか喚いてたしな」
「私のせいっすか~。何かすいません。コレはどうしましょ。······ま、次に彼女達が来たらその時考えましょう」
「それしかありませんね」
「藤崎はまだ来てないのか?」
「今来てる途中っぽいです。さーん、にー、いーち、ドーン」
ガララ~。
「こんにちは。皆さん揃ってるみたいですね」
扉を開けて入ってきたのは勿論藤崎先生。右手に藍色の本を持っている。
「わっ、ピッタリだ!」
「ピッタリ?」
「乙さんがカウントダウンしてたんです」
「ああ、そういう事ですか」
「藤せんせー、手に持ってるそれって何すか?」
「これですか?ふふ、葵くん達も知ってると思いますよ」
そう言って先生は私の机にその本を置く。校則集に比べれば薄い。
それの表紙には、『生徒会会則及び仕事について』とある。
「そんなのもあったな。藤崎が持っていたのか」
「いえ、コレは図書室にあった物です。乙さんには説明するよりもコレを渡した方が良いと思いまして」
「ありがとうございます、藤崎先生」
「いえいえ。読み終わったらすぐに仕事が出来るでしょうし、横にこれらも置いておきますね」
横に置かれる書類の山。意外と仕事量は多そうだ。
ま、今は本を読んでいきますかね。
やったー!字数が戻ったー!
前回忘れていましたが、「紹介」に、野見山くんの下の名前を追加しました。
今回名前だけ登場した人達。もし実際に出てきたら、その時に「紹介」に追加します。




