第七話
笑顔の女神に送り出された武たちが光に包まれた後、彼らは魔方陣の描かれた石床の上に立っていた。勇人を中心に、前方に裕也が、後方にクリスと綾瀬が、そして四人に隠れるようにイタチ姿のウィンを肩に乗せたマスク武が陣取っている。さながら、戦場に出向いた勇者一行とも思える。彼らの目の前には必死に祈りを続ける美姫ビューテと彼女を助けようと祈る巫女数人、そして十数人の騎士が立っていた。
なんて綺麗な人なんだろうと、勇人はビューテの容姿に惚けていた。
それもそのはずで、彼女は大陸にある六ヶ国の中で最も美しいと噂される女性の一人なのだから、当然であった。年の頃は十八。白雪のような肌が魅力的な銀髪の姫だ。だいたい、テレビの画面越しでよく美女を見ていたとしても、生身で接する美女とでは迫力や雰囲気などが桁違いなのだ。圧倒されてもしかたのないことであった。
「姫様。勇者様がいらっしゃいました」
大きな騎士の言葉に気付いてハッと勇人たちをビューテが見上げると、少し悲しげな、しかし安堵したかのような微笑みを作り、今度はフラリと倒れた。慌てて巫女や騎士が駆け寄るが、近寄ることを手で制し、自らの細い足で立ち上がって見せた。
「お忙しいところ、申し訳ありません。私はこの国の姫、ビューテと申します。ようこそ、わが国へいらっしゃいました。召喚という無作法、お許しください」
ビューテが頭を下げると、勇人たち以外のみなが頭を下げた。
勇人は惚けていたので突然のことに驚いたが、しかし代表して答えた。
「あ、あの。大丈夫ですよ。女神様から召喚のこと説明いただいたので」
「まぁ、女神様から。先代の勇者様も女神様より導かれたとお聞きしております」
「ボクも女神様からそのようにお聞きしました。ですが、なぜ、ボクたちが召喚されたのかはわかりません。なぜでしょうか?」
この質問を必ずすると勇人たちはみんなで話し合い、決めていた。女神と出会い、ワンクッションおけたことで冷静に事態を見つけることができたゆえに、なぜその世界の人たちで解決しようとしないのかという疑問がわいたのだ。当然、手助けはするつもりだった。勇人も裕也も、クリスも綾瀬もそうだった。ただ、理由くらいは知りたかった。
「不愉快にさせてすみません。ですが、このままですと、人類が滅びてしまうのです」
美しい姫の表情が曇っていく。
オロオロとした勇人は手を差し伸べようと考えたが、クリスの咳払いによって持ち直した。
「人類が滅びてしまう?」
「はい。約四年前、人は、絶望の中にいました」
姫は語った。
曰く、大陸は魔物で覆われていたと。
曰く、そんな中、空から勇者が舞い降りたと。
曰く、勇者の活躍によって人の住める場所が拡大したと。
曰く、勇者は魔王と戦い、引き分け、行方不明になったと。
時に頬を染め、時に悲しげに、語られる物語は小さな勇者の偉業であった。
「ではボクたちは、あなた方のために、戦場へ行くのですか?」
しかし勇人たちには悲劇に聞こえた。たとえ、この世界の人にとっての美談であったとしても、召喚された側としては、同じことを要求されるのはたまったものではない。
だが返ってきたのは強い否定だった。
「いいえ! そんなことはありません!」
ビューテは悲痛に叫んだ。
「もう二度と、あのような過ちは繰り返させません!」
美しい姫の剣幕に、みな、一様に驚いた。
「勇者様方には、各地に散らばる先代の勇者様のご子息を探して、集めていただきたいのです」
「いってぇ!」
悲鳴にびっくりして勇人が振り返ると、ウィンを乗せていた場所に手を置いた武がうずくまっている。
ウィンは何食わぬ顔で頭の上に移動していた。
視線を感じたらしい武は立ち上がり、続きを促した。
「……どうぞ」
白い仮面をつけた怪しい男に怪訝な様子を姫は見せたが、それでも深呼吸して話を再開した。
「黒目黒髪は勇者様の子ども以外、この世界にはいません。同じ姿で、同じ出身国の皆様の説得には応じていただけると思うのです。今、魔王は力を失っていますが、魔王の娘が激怒しておりまして、勇者の子孫をさらう計画を立てているという情報をわが国は掴みました。危機感を覚えた私どもは、全力で行動しました。ですが、たとえ出会えたとしても、説得はできませんでした……。成長する前にさらわれてしまえば、人類は希望を失ってしまいます。探し集めてくだされば、護衛はわが国最強の騎士がすることになっております」
「説得、ですか……」
「ですので、戦場へと行かれることはありません。現在は停戦中ですし、いざとなれば、わが国にも軍というものがございます。ご安心ください。ですので、お力をお貸し願えませんでしょうか?」
「……わかりました。力の限り、お手伝いさせていただきます」
「ありがとうございます!」
一気に華やいだ姫に一同が安堵した。騎士も巫女も、そして勇人も。勇人からは見えないが、裕也もクリスも綾瀬も武も、おそらく同じだろうと勇人は思った。なぜなら、ビューテ姫の笑顔は見るもの全てを魅了するのだから。
「こちらこそ、それほどまでに案じていただき、ありがとうございます。いいえ、これは先代の勇者を思ってのことでしょうか?」
美姫の華やぐ姿がうれしく、その笑顔をもっと自分に向けてもらいたくて、覚えたての嫉妬も交えてつい軽口をたたいてしまった。ちょっとした、何気ない、勇人にとっては本当に何気ない一言だった。そしてその答えは満面の笑みであった。うれしいことである。だが、予想外の追加ダメージも受けてしまった。
「もちろんですとも! 私は勇者様の妻ですから。勇者様の子孫の一人は、私の子どもなのですよ!」
「……えっ、結婚した覚えなんて全くないんだけど」
後ろで呟いたマスク男の言葉は誰も聞いていなかった。
勇人は早すぎる初恋の終わりに茫然自失となっていたし、他の勇者たちや異世界の住人たちは話は終わったとばかりに、談笑しながら部屋を移動していたから。
首を傾げる美しい姫(一児の母)に一際大きな騎士が退室を促し、ともに部屋を出て行く。
ただ一人、裕也は遅れた勇人の肩に手を置き、「行こうか」と、優しく声をかけてくれた。
勇人の背後でウィンの声が聞こえる。
「終わったな」
「うん……、うん……」
鼻水をすする音。涙交じりの返事だった。
「本人がいないのに勝手に話が出来上がってるって、どう思う?」
「どうだろな。ただ、今日はゆっくり寝たらいい」
「……ありがとう。でもさ、今日は話に付き合ってくれよ? あの子、実は病んでるんだよ。見た目じゃ分からないけど、ストーカーなんだよ……」
「大丈夫だ。お主の名前は何だ? サイトウ・タケシか? 違うだろう」
「…………カエンダー」
「そうだろう、そうだろう。仮面☆戦士カエンダーだ。サイトウ・タケシではないのだ。それに、正義の味方、仮面☆戦士カエンダーはこんなことではくじけないよな?」
「……くじけない」
「よしよし、いい子だ。現実はつらいかもしれないが、お主はカエンダーだ。正義の味方、カエンダーなのだ」
「うん……。カエンダー、がんばる」
会話の内容ははっきり言ってわけがわからないけれど、もしかしたら、武くんもボクと同じなのかもしれない……。
勇人は悲しい仲間をみつけて、少し前を向くことができた。