第五話
「あなたに渡す装備も魔法もありません」
「はい?」
「渡すつもりもありません」
「はぁ?」
「あぁ、強いて言うなら、この白い仮面ぐらいですか。あっ、真っ黒マントもつけましょうか」
「嫌がらせかよ」
さらりと笑顔で流して女神は装備品を突き出してくる。
なに言っちゃってんの、コイツ?
でもとりあえず、素直に受け取ってみる。武には持ってみて初めて分かることもあるからだ。そして、なんとその装備には魔力が……、全くなかった。何の変哲もない、本当に普通の仮面に普通のマントだった。
女神に対しての武の態度が崩れているのは、女神の発言にイライラしているからではなく、実はこの女神と初対面ではないからだ。最初は召喚された勇者として、次は役割が終わったことを告げられたときだ。今度で三度目になる。元から態度は悪かったが、最初よりもひどくなっていた。
「馬鹿にしてんの?」
「いいえ。確かに多少、悪意があったことは認めます。けれどもタケシさんにとって本当に必要なものであることも事実です。はっきり言いましょう。あなたはあの世界で顔を隠したくなるようなことをしています。それに、前回、膨大な魔力を渡しています。それは今も変わらずにタケシさんの中にあります。これ以上は必要ありません。それから、すみません。召喚時、みなさんが肉体と精神ともにバラバラにならないように魔力で協力していただいたことには感謝しています。あのまま大人数の召喚が行われていたら、みなさんが召喚されたとき、みなさんは肉塊となっていました。ありがとうございます」
「それはいいんだけど、俺に仮面が必要ってのはどうにも……」
「ハッハッハ。お主によく似合っているぞ」
ひょっこり胸元から顔を出してウィンが笑った。軽やかに地面に降り立ち、女神に向かって頭を下げた。
「初めてお目にかかります。妖怪かまいたちのウィンでございます」
女神もウィンにはニッコリとさも女神然とした優しげな笑みで挨拶した。
「これはご丁寧にありがとうございます。こちらこそ、はじめまして。この世界の管理をさせていただいております、女神です」
武をよそに、ウィンと女神が談笑している。
本来、出会うはずのない一人と一匹だ。自身の立場であったり、妖怪や精霊の概念であったり、地球の魔素は極端に薄いとか、話題に尽きることがない。
「さっきも思ったけど、なんか俺のときと違うんだが」
「当然です。あそこでしてきたこと、ひとつも覚えていないとは言わせませんよ?」
「……オボエテイマス」
「納得しましたか?」
「ハイ、ナットクシマシタ」
「お主はまったく、何をやらかしたんだ……」
ウィンが頭を抱えている。
イタチが頭を抱える姿ってシュールだな、なんて考えていると、女神が面倒臭いことを口にした。
「そんなタケシさんだからこそ、ウィンさんに頼みがあります。私が人間に変化できるようにウィンさんに魔法をかけますので、タケシさんのサポートをお願いできますか?」
「……いいでしょう」
「いや、そんなのいらないよ?」
「ではいきますよ」
女神は武の言葉を無視してウィンに手をかざした。すると光の粒子がウィンを飛び交い、瞬く間に二十代後半の美形お兄さんが出来上がった。黒いローブを装備している。
「おおっ。これは素晴らしい。これは元の姿にも戻れるようにもなっているのか。なるほど素晴らしい魔法だ。しかも知識が増えていくのも感じる。ほほぅ、異世界の知識ですな」
「しかも無駄にイケメンとかナニコレ」
「こんなものでしょうか」
女神が満足げに頷いた。
四速歩行から二足歩行に変化した元イタチは、手のひらを閉じたり握ったりとうれしそうにはしゃいでいる。けれどもすぐに真面目な顔を作り、疑問を女神にぶつけた。
「しかし、人間でなくともサポートはできましょうに。なぜゆえに人間なのでしょうか?」
「物理的に大きいからです。それに、ウィンさんを交えた他の人との交流が、タケシさんを善き方向に成長させることができそうだからです」
「ほんとうに、何をしてきたんだ、お主は……」
「勇者として世界を導いてきたよ?」
とぼける武に女神が冷ややかな目で、二人を凍りつかせる発言をした。
「そうですね。今ではもう立派なパパですもんね」
…………えっ?
「……。お主というヤツは……」
「本当に……。勇者だったんですから、もう少し考えて行動してくださいよ……」
……えッ?
「おかげで面接なんてするハメになりました」
「それは……。心中、お察しします」
「今回は問題なさそうです。……けれども皮肉なもので、来るはずのなかったタケシさんがいなければ、今回の召喚は失敗していたかもしれません……。タケシさんが巻き込まれてしまった以上、申し訳ありませんが、世界のため、ウィンさんにお力をお借りしたいのです」
「承知しました。どうやらうちの阿呆がとんでもないことをしでかしている模様。自分のケツくらい、自分でふかせましょう」
「えぇ……。よろしくお願いします。停戦の最中、勇者の子どもがいるということで、世界は今、また荒れようとしています。タケシさんのまいた種、タケシさんに摘み取らせてください」
「誰が上手いこと言えと」
スパーンッ!
女神のハリセンが武の頭で炸裂した。