第七話
シルクは恐怖に立ちすくんでいた。
目の前には玉座に座る魔王カエンダー。勇者として召還されたことは誰もが知っている事実なのだが、奇妙な白い仮面は不気味で、黒いマントから覗く深紅の鎧は圧倒的な禍々しい魔力が滲み出ている。狂者。シルクの身はすくみ、呼吸することすら難しい。
「ようこそ、我が城へ」
魔王の声が響いた。
シルクと勇者一行に義勇軍の三人はコウメイの策により魔王カエンダー城の玉座まで、一直線に空を飛んで奇襲をかけにやってきたのだ。だがしかし、けれども魔王は堂々と、まるで知っていたかのように動揺も見せずに一人、迎え入れたのである。これには勇者一同混乱し、そしてその眼力に恐怖した。
「よくぞここまで辿り着いた」
シルクの薙刀が震えている。
勇者一行も同じように震えている。
だが。
勇者たちは流石で、それでもなお、勇気を振り絞って魔王に叫んだ。
最初に口を開いたのはユウヤだった。
「武! もうこんなことは止めるんだ! 日本に帰ろう!」
「一緒にバスケしよう!」
「そうです! 平和な日本に!」
「そうヨ。復讐したって何にもならないワ!」
が。
カエンダーは首を振る。
「俺は日本へ行かない」
こうしている間にも戦場は人や魔族の刃が鮮血に染まっている。その上、戦いの場は城へだんだんと近づいているようだ。城外からも悲鳴や怒号が聞こえてくるのだ。将軍たちの奮闘が、人間たちを大きく支えていた。
そんな、人間や魔族の争いを背に、ユウヤがカエンダーを非難した。
「武!」
「ありがとう。学校生活、楽しかった」
「ならどうして! 復讐か!?」
「違う。俺はこの世界を見届けるんだ。女神とも約束したからな」
「見届ける? これがそうなのか!?」
「そうだ」
「この戦いが!?」
「そうだ。これは必要なことなんだ。人間は、人間たちの手で自身の生活を手にしなければならない。勇者に頼らずとも。独り立ちというヤツだ。そのための戦いだ。それから。争いを少なくするためには。人間は、魔族と、手を取り合わなければならない。魔族も同じだ。お互いが理解しあわなければならないんだ。だからこその、勇者の魔王だ。そして、人間と魔族の混合軍だ」
「だとしても! どうしてお前がそんなことをしなければいけない!? この世界の先代勇者だったからか!?」
けれども。
魔王は首を振っていた。
シルクは一連の流れによる衝撃的な事実から、自身の耳を疑った。
先代勇者?
この仮面の魔王が?
今の勇者様のうちの一人が?
動けないシルク。
しかし。
頭はゆっくりと回転し始めた。
先代勇者って。
先代勇者って……。
震え。
それは恐怖からのものではなくなっていた。
「勇者斉藤武!」
サイトウ・タケシ。
お母さんからよく聞いた名前。
お母さんが嬉しそうに話してくれた英雄。
お母さんが自慢していた、私の……、お父さん。
シルクの頬に赤みがさした。
「そんな……。斉藤くんが、前の勇者だったなんて。そんなこと……」
「裕也、どういうことだ!? 先代勇者が斉藤くん!? そんな馬鹿な!?」
「いいえ、そのとおりヨ。彼、カエンダーは過去の勇者。そして――」
「シルクの嬢ちゃんの父親だ」
「ヴァミ!」
「いいじゃねぇか、ユウヤ。もうこの歯車は止まらねぇよ」
「お父さん!」
シルクは力の限り求めた。
父親を。
夢にまで見た。
死んだと思っていた父親を。
瞳を潤ませて。
精一杯。
ずっと。
ずっと会いたかった父は。
優しく。
優しく微笑んでいた。
「お父さん!」
「元気だったか?」
「会いたかった、会いたかったよぉっ!」
駆け出そうとするシルク。
けれど。
身体は動かない。
鉛のように重いのだ。
どうしてッ!?
悲痛な叫びは、だがしかし、口からしか発することができない。
「俺もだよ、シルク……」
「生きてたの!? それならどうして――」
「いや。死んでたよ。ずっと。家族のいない世界で怪物たちと戦い続けていた」
「どういうこと?」
「コウメイがよく知ってるよ」
「コウメイさん……?」
「ウィン」
「ふむ。ネタバレの時間か」
するとコウメイは、突然、光の粒子に包まれ、人間からイタチへと姿を変化させた。驚愕を背に、コウメイは魔王の肩までふわりと飛んだ。魔王の肩の上で、コウメイが、いや、イタチ姿の妖怪であるウィンが話を続けた。
「我の名前はウィン。お主たちをここまで連れてくるためにコウメイと名乗らせてもらっていた。少し変装していてわからないかもしれんが……」
「ただ影が薄いだけだろ」
「うるさいぞ! あー、想像のとおり、我は人間ではない。この世界ではない場所から来た妖怪……、そうだな。この世界でいう精霊のような存在だ。武とは、アヤツの世界で出会った。アヤツはこの世界から日本へ転送されたあと、暇と力を持て余したために、我とともに共に悪さをする妖怪退治をしていたのだ」
「お父さんは別の世界でも勇者だったの?」
その質問に、ウィンはにやりと笑い、武の頬は引きつった。
「タキシード・マスク……」
「ハハハハハ! いやいや、勇者だなんて! ただ魔法を使わずに妖怪たちを剣だけで蹴散らす縛りプレイをしていただけだぞ! これが中々剣の修行になってな! いやー、つらい毎日だった!」
「雪女は美人だったしな」
「そうそう! 雪芽さんは床上手でとても気持ちよ……、ハッ!?」
「……とこじょうず?」
勇者たちの冷めた目線。
けれどもシルクは意味がわからず、首を傾げるだけだった。
「武……」
「うおっほん! 裕也、とにかくだな! 確かにそういう意味では日本に未練はあるが、でも俺はココに残る。世界を見届けるんだ。だいたい、どうやって日本に行くつもりだ?」
「知っているんじゃないのか?」
「知らないこともない。だが……」
瞬間。
禍々しい魔力が魔王の身体から放射された。
あまりの息苦しさに、勇者たちは思わず膝を付いてしまった。
「勇者たちには、ここで、死んでもらう!」
「武!」
「フハハハハ! さあ、戦おうではないかッ!」
魔王は。
高らかに笑い。
暴力的で、毒々しい魔力を勇者に向けて放った……っ!




