第二話
作戦会議室。
戦場に急造されたテントにて、かの有名な『キャプテンアベジン』、『ショフトドリダニ』、『エースマエノケン』、『テツワンイワゼ』がテーブルを囲っていた。中心には、日々少しずつ埋められている地図がある。その上にはいくつかの小石が置かれている。小石は、両軍の戦力を意味していた。連合軍対カエンダー軍。その戦力比はおよそ10倍だ。もちろん、圧倒的なのはカエンダー軍である。
イワゼが渋いあごひげを触りつつ、状況を鑑みた。
「プランコ殿とパレンディン殿を欠いては、この戦況、厳しいですぞ」
そう。
現在、ヨゴバマヘイズダーズ軍を率いているのはベテラン騎士『バンチョウミュウラ』であり、ヤグルドズワローズ軍を率いているのは若手騎士『ライアンオカワ』である。プランコはカエンダー軍に連れ去られ、パレンディンはポリスというなぞの義賊に捕まっていた。主砲が2人もいないとなると、非常に戦いはつらくなる。ミュウラもオカワも武によって『名付け』された名将、天才であるが、しかし、やはり戦線を維持するだけで手一杯のようであった。
新たなる軍率者たちは、今、勇者一行とともに、夜襲に備えてもらっている。
アベジンがさらに現状を追求した。
「しかしイワゼよ。敵の情報はなぜかしらこちらに漏れている。おそらくはプランコの活躍だとは思うが……」
「そうですね、アベジンさん。ボクもそう思います。敵勢力は強大ですが、しかしその実態はほとんど同じ魔物です。モンスターの名前は『クルボー』、『ハネクルボー』、『ノコノゴ』、『パタバタ』の四種類。剣や魔法で対応しておりますが、けれども中々厳しく、全て2メートル弱の大柄モンスターであり、さらに強靭な肉体を持っています。彼らの体当たりは想像を絶し、一撃でこちらを戦闘不能にまで落とすというタイトルホルダー級のパワー。けれども隠し武器などなにもなく、攻撃手段はそれだけしかないという、貴重な情報まで入手できました。この機密レベルの情報は、内部に潜入しておりませんとできません」
マエノケンがその詳細を伝えた。
ドリダニは小石を動かした。
「そうだな、マエノケン。そして、我々はこうした情報を活かさなければならない。今はいい。維持できているからな。だが、問題は敵の物量にある。根元を叩くには補給をつぶす戦術が挙げられる。斥候を出して探ってはいるが、輜重といった補給部隊は未だに確認できていない。それもそのはずで、相手は体当たりのみ。武器など、我々には必要な補給がいらないのだからな。補給は食事のみであるとするならば、当然、輜重の規模は小さくなる。確認できるまで、もう少し時間がかかりそうだ」
みなが黙り込んだ。
一進一退の攻防。
戦争が長引けば、このままだと物量に押されて潰されてしまう。しかし、輜重さえ見つけることができれば、戦況は一変する。維持し、その補給部隊さえ叩くことができれば、敵の圧倒的物量は、そのまま自壊の一途をたどることとなるのだ。
けれど、それが見つかるかどうかも怪しい。相手はモンスター。どのような食事内容なのかもさっぱりなのだ。もしかしたら、食事の補給なんて必要ないのかもしれない。いいや。大柄ゆえに、大量の食事が必要なのかもしれない。だが、大柄な動物は植物を食べることが多い、など。疑惑に出口が見つからなかった。
「問題は『パタバタ』と『ハネクルボー』ですな。あの跳ね方はやっかいですぞ。剣で斬ろうと振りかぶると、急に大きく空を飛んでいく。そうなってしまえば魔法でも対処しきれませぬ」
「うむ。オレたちには翼はない。これはどうしようもないことだ。無視するほかないだろう」
イワゼの悩みにアベジンが割り切った答えを出し、それにマエノケンが反論した。
「いいえ。勇者クリス様の進言により、弱点がわかっております。頭です。上からの攻撃に弱いということは、クルボーやノコノゴで証明されています。着地時に叩くことができれば、あるいは」
「しかし、我々がソイツらに構っていると、今度はクルボーやノコノゴたちの突進を喰らってしまう。盾を使い……、いや、やはり馬止めの柵を設置し、弓矢で攻撃すれば」
「だがドリダニ。馬止めの柵はすでに何度も突破されているではないか」
「アベジン。何度も言っているが、これが効果的な策であることは間違いない。そのつど設置すればよいのだ」
「柵を作る物資が間に合いませんぞ」
イワゼの重い言葉に、また、一様に沈黙した。
が、その膠着を打破するがごとく、使者がテントの中に慌てて駆け込んできた。
アベジンが代表して質問した。
「伝令! 伝令でございます!」
「どうした? 敵襲か?」
「いいえ! それが、その。確かに魔のものがいるのですが、自らは『援軍である』と言い張る次第でして」
「援軍? 魔のもの? 魔のものとはなんだ?」
「はい! 魔族と忌み子であるハーフ、それに村人どもで編成された義勇軍です!」
全てが驚愕に包まれた。
魔に属するものが、援軍!?
だが世にも名高い傑物たちと詠われる所以か。
一切おくびにも出さず、落ち着き払った様子で、アベジンはゆっくりと使者に尋ねた。
「ほう……。魔族と忌み子。それに村人か。どこにいる?」
「ハッ! それが……」
幕が上がった。
腕が異様に長く、福耳の大きな、体格の良い男が何食わぬ様子でひょっこりと顔を出したのだ。
「おぉ。ここが陣営ですか。ムシロ売りの私の家より豪華ですよ」
「あっ、リュービさん。勝手に入っちゃだめですよっ」
続いて入ってきたのはハーピィ族の女性だ。
魔族の髪の色に、作戦会議を開いていた騎士たちは例外なく驚いていた。
最後は、二本の角に、立派な肉体を持つ青い鬼だった。
強者の存在感。
英雄とされている4人に勝るとも劣らない気配を漂わせている。
「シルク嬢。あなたも入っては同じことになる」
「でもゾンローさん。リュービさんが止まらなくて」
「いえいえ。こんなに面白そうなことをしているのです。参加しなければ損というものです」
「全く、リュービ殿は。いや、だからこそ面白いのだが」
「そうでしょう、そうでしょう。人生、笑って生きることが大切なのです」
「もう。みなさん、困っていますよ。ちゃんと謝りましょう。はい、リュービさんもゾンローさんも」
「すみませんねぇ。いきなり、入ってきちゃって」
「すまない。止めようとはしたのだが……」
「本当に、すみません。すぐに退席しますので、少々お待ちくださいね」
ペコペコとコミカルに頭を下げながら、二人を促すハーピィと、それを不満げに対応する人間。そしてハーピィと同じように困り果てながら村人に説明を加える青い鬼という奇妙な空間に、英雄たちは困惑してしまった。「でも、ちょっと策がありますので、そのことを話したかったんですよぅ」という村人の主張に、思わず、アベジンが声をかけてしまった。
「リュービだったか。策とは、一体どういうことだ?」
きょとんとする魔族二人を尻目に、狡猾な笑みに瞬間変化した表情をすぐにひょうきんな顔に切り替え、「それはですねぇ」と、リュービは語りだした。




