第十話
絶句。
ゾンローは叫び続ける生首の正体を知っていた。
だからこそ余計に驚いた。
なぜなら、無様に死を漂わす生き物こそ、憎き仇である不死王ドラキュリアだったのだ。整った顔立ちは見事に崩れ、頬の皮膚は剥げ、自慢していた鷲鼻も削ぎ落とされている。瞳は限界まで開かれ、呼吸も満足にできないのか、筒の中を空気が通るような音が漏れている。圧倒的強者であるはずの魔王は見る影もなく、弱者となっていた。
「投げてやったんだ。その間に命乞いは終わったか?」
「ひぃぃッ」
空から降りてくる声。
くぐもったソレには聞き覚えがあった。
悪魔だった。
子どもを殺されたかなしい悪魔。
生首の元に、仮面の悪魔はゆっくりと着地する。
「お願いしますッ! どうか命だけは、命だけはッ!」
不死王の再生能力は異常だ。
おそらく、この状態からでも完全再生することも可能なのだろう。
だからこその命乞い。
ゾンローの頭は、冷静に状況を把握しようと忙しなく動いていた。けれども、身体は呆然と立ち尽くすことしかできない。不死王の言葉に応対することもできなければ、一歩も動くことすらできない。動かそうにも鉛のように重く、できたことと言えば、かろうじて唾を飲み込んだぐらいだった。恐怖に支配されていた。
どうして、いや、一体なにが起こっているのだ?
ゾンローはクリスに助けを求めるも、クリスは吐しゃ物を撒き散らすばかりで、答えを知っていそうにない。ヴァミにいたっては震えるばかりで、裕也は状況を理解しようとしているのか、仮面の男と生首に視線を行き来させているだけであった。
ゾンローはなんとか、一言を呟くことができた。
「カエンダー……」
紡がれた名前に、不死王が、狂った。
「おぉ、おぉ。ゼブンよ、すまなかった! お前の言うとおりであった! 余は勝てぬと言われて腹が立ち、お前を殺してしまった! だが、その通りであった! すまぬ、すまぬ。だから助けてくれッ。あの悪魔を殺すのだ。そうだ。爵位を授けよう。だから頼む、頼む、頼むぅぅッ!」
「言いたいことはそれだけか?」
生首の右耳が、ポトリと落ちた。
「っぎゃぁぁぁッ! や、やめ……、いギィィぁぁッ!」
傷口を踏まれている。
ぐちゅぐちゅと、惨忍に。
「ゼブン、ゼブン! 勇者の子どもは生きているかッ!? 最後なのだ、ここが最後なのだ! 全員殺してしまえば、余は、余は……ッ。教えてくれぇッ」
「よくできました」
足が外された。
「それでどうだ? お前、殺したか?」
カエンダーだ。
強烈な殺気。
足が震える。
手が、震える。
喉がやけに渇く。
それでも何かを言わねばならない。
それでも何かを応えねばならない。
それでも何かを伝えねばならない。
でなければ。
殺されてしまう。
声は、意思に反して震えた。
「助けた。ハーピィも一緒に。黒髪の。借りは返した」
「助けた? ハーピィも?」
カエンダーは少し考え、
「そうか。それは助かった。黒髪のハーピィというのはまさか、マリアの……。そうか、そうなのか。しかし、ハーピィまで攻撃対象になっていたのか?」
「いや、なっていない」
「そうか……」
仮面で表情がわからない。
不気味だった。
何と会話しているのか。
何と対峙しているのか。
わからない。
勇者。たしかに前の勇者だ。けれども本当に勇者なのか、わからない。この所業。この気配。この威圧感。子どもを殺されたゆえの激情。理解はできる。だが、わからない。神出鬼没。残虐で、容赦がない。不死王を足で蹴っている姿。これではまるで……ッ!
「確認……、するか?」
「いや、いい。その言葉だけで十分だ」
「では、余はッ? 余の命は!?」
「あぁ。生かしてやる。ここまでな」
「そんな。ッあぁあぁあぁ!」
突如。
生首が燃え上がった。
じゅうじゅうと音を立てて。
吐き気のする臭いを散らして。
断末魔の叫びをもらしながら。
燃え上がった。
「お前が完全に死ねるようにしてやろう。しつこい能力だ。全てが灰になれば、楽になれるだろう。感謝しろ」
「殺して、や、る゛!」
「だろうな」
「あぁぁぁぁぁッ!」
そして。
灰になった。
不死身の王は、風に乗り。
ヒラヒラと舞い上がった。
世話になったと言い残し。
仮面の悪魔も飛び去った。
生きる目的を失った二人の魔族は困惑し。
クリスと裕也に誘われるまま、村人の支援を行った。
そこはとても不思議な村。
人間と魔族とハーフが同居し。
助け合いはじめた奇妙な村。
けれどもそこは理想郷。
手を取り合って支えあう。
敵のいない、桃源郷。




