第二十四話
勇人が勢いよく体当たりすると、三本角の緑鬼は土を背中につけた。迷わず追跡する。けれども衝撃波を喰らい、今度は勇人が転んでしまった。互いに、ゆっくりと身体を起こした。
「あー、びっくりした。でも勇者だぁ? コイツがぁ? そりゃ、確かに面白いヤツだけどなぁ。兄者、そうなのか?」
「俺は冷酷で残虐だと聞いたぜ? 兄上もそうだよな?」
「そうだな。噂が一人歩きをしたのか、それともコイツが嘘を言っているのか……。少なくとも、コイツは弱い」
「だよな。ヴァミで十分だ。俺は降りるぜ」
「ヴァミ、もうしばらくできるか? できなきゃ人間たちを殺すが」
「できる。オレ様を誰だと思っているんだよ、大兄者」
「そうだな。よし。『ヒール』」
「助かった。よぉし、お前。名前は何だ?」
「勇人」
反射的に答えて、驚いた。モンスターに話しかけられたのだ。人生で初めての出来事だった。
「いいや、そうじゃなくてなぁ。こう……、わかるか? 血が踊るヤツだよ。腹の底から叫ぶんだ。オレ様は○○だってな。自分と殺し合いする相手の名前ぐらいは知っとかないと、いやだろ」
それどころか、教えられるなんて!
勇人は困惑したが、しかし、気持ちを切り替えて、否、気持ちを切り替えるためにも腹に力を込めて発声した。
「ボクは一宮勇人! 今代の勇者の一人にして、虎王と共にある者!」
「いよぉし。いいぜいいぜ。どうだ? 力が湧いてきたろぉ」
「俺を忘れてもらっちゃ困るぜ!」
「なんだぁ?」
「裕也っ!?」
裕也が横に立っていた。振り向くと、クリスと綾瀬も後ろにいた。
裕也は両手剣をヴァミに突き出し、クリスは弓を構えている。綾瀬はプランコの止血をしていた。
本当だ。力が、力が沸いてくる……!
「俺は青木裕也! 今代の勇者の一人にして、剛なる者!」
「ワタシは高花クリス! 今代の勇者の一人にして、水を操る者!」
「いいぜいいぜいいぜぇ! オレ様はこういう展開、好きなんだ。大好きなんだ!」
心から楽しそうに。
心から嬉しそうに。
心の底から喜んだように、緑色の怪物は笑った。
「オレ様はヴァミだ! さっきのやつらを殴った男だ。さぁ、勝負しようぜぇ!」
「望むところだ! 勇人は横から攻めてくれ。クリスは弓と魔法で牽制。綾瀬さんはクライスさんの治療を。俺は正面から行く!」
「『ゆうゆうコンビ』の出番だねッ!」
「O.K。ウォーターシュート!」
水弾がヴァミの顔に当たる。一瞬、立ち止まった敵を目掛けて、頼もしい司令塔が正面から斬りかかった。ゴウッ、と風きり音を追加して放たれる両手剣の威力は高い。しかし棍棒で受け止められた。つばぜり合い。力と力がぶつかり合った。
勇人も裕也もクリスも、戦い方なんて知らない。見よう見まねで、さきほどの戦いをアレンジしている。必死に、全員ができることを探していた。
勇人も同じだった。
みんなのおかげで大きな隙ができた。そこを、狙う。
勇人はヴァミの横に移動した。
型なんて知らない。どう戦えばいいのかもわからない。頼りは頭の中にあるゲーム知識だ。モンストーハントーという、大きなモンスターを狩りするゲーム。多種ある武器の中で、勇人が好んで使うのが片手剣であった。片手剣にはじまり、片手剣に終わると言われるそれは、最速にして、多用途な特徴を持つ武器である。その動きを、トレースする。
ジャンプ斬り。
叫び、一撃を加える。
「うおおぉぉぉ!」
そして。
ヴァミの横腹を切りつけることに成功した!
ヴァミの腹から血が流れる。赤い。ヒトと同じ色。プランコが傷つけていたときに理解したはずなのに、色が頭から離れない。
「やるじゃねぇかっ!」
緑鬼は笑った。
「だがなぁ!」
裕也の両手剣が跳ね除けられる。
「オレ様にはなぁ!」
驚く裕也が殴り飛ばされた。
「裕也!」
「通用しねぇんだよッ!」
衝撃。
景色が回転する。
殴られた?
雑草。空。雑草。それから空。そして、回転は止まった。
痛い。痛い。痛い! 何なんだよ。どうしてこんなに痛いんだよ。どうしてこんなに強いんだよ。どうしてこんなところにいるんだよ。どうしてこんなに腹が立つんだよ。ボクが弱いから? 弱いから腹が立つ? 弱いから負ける? イヤだ。イヤなんだ。ボクは勇者だ。ボクは勇者なんだ。負けちゃいけないんだ。
「まだだ。まだ、戦える……」
起き上がり、構える。盾を前に、剣を後ろに。いつでも動けるように膝を落として。
裕也も立ち上がった。剣を握り締め、ヴァミをにらみつけている。
ガクガクと膝は笑っていた。腕は重い。盾も剣も持つのがやっとだ。
だけれども。
みんな。勇者なのだ。
「『ゆうゆうコンビ』をなめるな……!」
「いいぜぇ。弱いくせに根性あるじゃねぇか。気に入った、気に入ったぜぇ!」
緑鬼は楽しそうだ。
気に入ってくれてなにより。でも、そこまでだ。
「勇人。クリス。もう一回行くぞ。攻撃は成功したんだ。俺たちは通用している」
「ハッハッハッハ! ユウヤといったか、お前も言うじゃねぇか!」
緑鬼が棍棒を握り締めた。
緊迫。
ゆっくりと、それぞれが位置取りする。挟み撃ちにして、一撃を再び加えるためだ。
ヴァミは余裕からか、ニヤニヤしている。
じりじりと間を詰める。
もう一度、もう一度だ……。
しかしそこで歩は止まった。
ッ!?
「ッぐぎゃあぁぁぁぁぁッ!! 熱い、熱いぃぃぃ!」
ヴァミが突然、炎に全身包まれたからだ。
必死に転げまわるヴァミにゼブンが声高に回復魔法を唱える。ゾンローが空中を睨んだ。
「てめぇ……。ヴァミになんてことを!」
何だ!? 何が起こっているんだ!?
「それは俺の台詞だ」
突如。
重々しいソレは、空から降ってきた。




