第二十三話
「クライス隊長……」
ゆっくりと、時間が遅くなっていないのに、恐ろしいまでにゆっくりと、血を流してプランコが倒れる。コルトをかばって。コルトが受けるはずだった棍棒を受け止めて。自分が足を引っ張っていたことは感じていた。プランコ一人の方が緑鬼を倒せるかもしれないとも考えた。けれども、的を散らす役割はできると思っていた。しかし。コルトへの避けきれない攻撃を、何度も、何度も庇って。力尽きるように倒れようとしている。
「クライス隊長ぉッ!!」
コルトとプランコは、小さなコルトが物心ついたときからプランコが剣を握っていたほどに年齢が違う。そして、子どもの頃に憧れていた騎士が親衛隊であった。現在、プランコは親衛隊隊長である。コルトはプランコのことを尊敬してやまない。
幼い頃から、コルトは剣に興味を抱いた。
当時、人々は生きることに絶望しており、治安は最悪であった。恐喝。強盗。殺人。住民は、下手をすれば、モンスターよりも人間と戦ったことの方が多いかもしれない。平民の間では食べるものを確保することに必死なため子どもを売りさばく風潮があり、ゆえに貴族ながら幼いコルトは考えた。自分自身の身は自分で守らないといけないと。それほどに荒れており、コルトが剣に興味を持つのも当たり前の話であった。
幸い、コルトには剣の才能があったらしい。メキメキと力を付けていった。
コルトには夢ができた。親衛隊になることである。
親衛隊とは、選りすぐりの騎士にしかなれない最強の称号である。コルトは周囲に神童、天才と呼ばれ、辺りの同年代では並ぶものがいないほどであった。自分もなれるのだ。そう、コルトは確信していた。そして、才能ある剣士にしかなれない騎士見習いとなった。コルトはすぐにでも親衛隊になれると思っていた。だが、現実は違った。
騎士見習い。見習いといえど、才能の塊が集まる場所だ。神童、天才と呼ばれていたコルトであったが、そこに集められた若い少年たちもまた、天才と呼ばれていたのだ。コルトの、一番になってあっと言わせてやるという目論見は、すぐさま打ち消された。騎士見習いのなかでも並の実力という現状が恐ろしかった。努力した。素振り。走り込み。食事制限。考え付くあるとあらゆるトレーニングを通常の訓練とは別に繰り返した。しかしここは騎士見習いという才能の塊の集団である。努力をしているのは、コルトだけではなかった。等しく、振り落とされまいとみなが努力していた。並みの実力であるという立場からコルトは抜け出せないでいた。甘かった。成り上がれると簡単に思っていたのだ。
転機は唐突に訪れた。
予想外に起こった、魔族との戦いである。
そこで、大半の仲間を失いながら、けれどコルトの活躍により、魔族を撃退することに成功したのだ。魔族は強かった。コルトよりも実力のある見習いたちが次々に破れた。必死に喰らい付いて追い抜かしてやると切磋琢磨したライバルも。こんなヤツに勝てるわけないと、味方ながらに戦慄したヤツも。将来の夢を語り合ったヤツも。好きな女の子を教えあったヤツも。刃に引き裂かれて死んだ。天才が認める天才たちだった。互いが認め、そして我こそはと競い合った。撃退時、コルトは叫んだ。共に努力し、共に励みあい、共に目指し、共に食卓に座った戦友たちのために。勝ったぞ、オレたちは、勝ったぞ、と。
その功績から、コルトは騎士となった。
だが、そこも激戦区であった。
見習いの中でも飛びぬけた天才たちが集う場所。コルトはこんなところがあるのかと驚いた。当然、コルトは一番の下っ端であった。騎士見習いとなり、騎士になった。そのはずが、親衛隊など、距離が近くなればなるほど、夢のまた夢であった。無我夢中で自身を鍛えた。コルトは腐らなかった。そして、肉体強化魔法の使い方が群を抜いて上達した。おかげで、騎士の中でも筆頭とも呼べる一軍になることができた。コルトもまた、天才であったのだ。そうした経緯を経て、勇者一行パーティに選別されることになった。憧れの親衛隊、それも隊長の、伝説となった『シュイダシャプランコ』との異名を持つクライスによって。
その憧れの男が、倒れようとしている。
よりにもよって自分のミスで。
そして……、否、それぐらいで倒れる男ではなかった!
血を流し、膝は折れ、剣で支えることでかろうじて倒れていない状態ながら、それでもプランコは真っ直ぐ敵を見据えた。
「……おい。この程度か、ヴァミ。私は倒れぬぞ。貴様よりも強い人間などいくらでもおる」
そして、立ち上がった。
ボロボロになりながら。ヨゴバマ最強の騎士は胸を張った。
赤鬼の攻撃を受け続け、さらに緑鬼の攻撃を受け続け、それでも親衛隊隊長は最高であった。
「さぁ、来い」
「ク、クライス隊長……」
緑鬼はプランコに気圧されていた。
一歩、一歩。プランコは確かに歩を進めた。
「どうした。来いよ……。この臆病者がぁっ!」
声に反応し、臆病者ではないと、叫んで棍棒が振るわれた。
隊長が殺される!
コルトは反射的にプランコの前に出た。
隊長は、隊長は。親衛隊隊長は殺させないッ!!
「ぬおおおおぉぉぉぉッ!」
コルトは雄たけびを上げた。死の恐怖を声に乗せたのだ。そして、覚悟した。
だが棍棒は当たらなかった。
なぜなら緑鬼へ向かって、稲妻のごとき一匹の虎が、体当たりをしたからだ。
「今度はボクが相手だ!」
コルトは悟った。
そうか、そうなんだ。僕は、勇者様と出会うために生まれたんだ……!
雷を纏った銀の背中が頼もしかった。




