第十一話
似たような名前の登場人物や団体と実在の人物・団体とはなんの関係もございません。
プランコは期待と不安で胸が一杯だった。
一歩、一歩、逸る気持ちを抑え、違うかもしれないのだぞ、と心にブレーキをかけながら、それでも足早に階段を上がっていった。先にあるのは旧見張り台。誰もいないはずの、無人であるべき場所だ。そう、ここには誰一人としているはずがないのだ。
それでも足は止まらない。自然と動いてしまう。理性が訴えかけてくる。別人だと。あきらめて剣の手入れをするべきだと。けれども身体は伝えてくる。動け。可能性があるなら全力で求めろと。
かつて、勇者は絶望の中、戦い続けた。プランコも希望を失っていて、恫喝、強盗などを繰り返していた。そんな彼を叩きのめし、しかも勇者は仲間に引き入れた。とんでもないことだ。殺されるはずが、生きて、その上語り継がれる存在の一人となったのだから。プランコにとって勇者とは王よりも姫よりも誰よりも、一番に忠誠を誓っている雲の上の人物なのだ。
けれども、プランコは勇者が目の前で光に包まれて消えていく姿を見た。魔王とお互いに死力を尽くした結果、両者ともに気絶し引き分けた。その帰りの最中、気を失ったままの勇者は馬車の中で光に包まれて消えていった。別れも告げられぬまま、人類としての感謝も告げられぬまま、何より、タイミングを逃したまま、ついぞ救ってくれた感謝の気持ちを伝えられぬまま。この世界から去っていった。
そんな勇者のお気に入りは旧見張り台。
一歩。
また一歩。
人の気配がした。二人だ。あぁ、やはりそうだった。プランコの目尻が熱くなる。異世界の料理に一人だけ躊躇せずに食べていた姿。好きなものは目ざとく他の勇者たちから「いらないのなら」と奪っていた姿。嫌いなものは「これお礼ね」と他の勇者たちにおすそ分けしていた姿。魔法コップで冷えたビールを一気に飲み干し、「やっぱりヨゴバマといったらこれだよなっ」と笑っていた姿。そして、謁見での、王を警戒させたあの風格。姫と親衛隊隊長は一つの疑問に到達した。
「相変わらず、ポルーテはお食べになられないのですね」
気が付いたら声をかけていた。
目の前には白いマスクをした青年とウィンと名乗る精霊の後姿。勇者一行の中で、明らかに浮いている二人だ。
「ほら、言ったろうが。せっかくのマスクが台無しだ」
「いいじゃねーか。これから気をつければさ」
「全く……」
ゆっくりと二人が振り返る。
顔は分からない。だけれどもこうして近くにいると良く分かる。大きくなった。体格もよくなった。あれほど荒れ狂っていた魔力もきちんと制御されている。圧倒的な存在感もそのままだ。あぁ……、よく、よくお帰りくださいました。てっきり私はお亡くなりになられているとばかり……。いや、生きているのだろうか。腕も脚も片方吹き飛んでた。それほどの重傷。魔王だって未だに傷は癒えていない。傷は? どこか怪我をしているのでは? どうして平然としているのですか? どうして笑っていられるのですか? あなたにはこの世界のために戦う義務なんてなかったのに!
「どうやら、我は席を外した方がいいらしいな」
「ありがとう」
「反省会の続きはまた後だ。バレてるんだ。今度はあの姫さんにトイレを覗かれないように心がけろよ」
言って、ウィンは歩を進めた。
すれ違い様に「ゆっくり語るといい」と置き土産を残して。
「感謝する」
風の精霊は階段を下っていった。
安寧。
今宵の月は満ちていた。隠し切れない月光を浴びて星も輝き、自身の存在を主張している。高い所であるために夜風が染み、しかし火照る身体には丁度良かった。静寂の空間に、規則正しく階段を叩く足音が聞こえる。それは段々と弱くなっていき、ついには聞こえなくなった。静けさが辺りに充満した。
白い仮面が外される。
あどけなさが無くなった、若い男性の顔がそこにあった。
たった一つの動作でさっきまでの猛りがうそのように収まっていく。
この引き込まれる感覚、タケシ様だ。ずいぶんと成長されていらっしゃる……。
「ポルーテなんて味の無いもの、プランコ、俺は嫌いなんだ。それよりサラミにビールだな。あれは最高だよ。刺激的な味だから酒が進む。ここにしかない、すごくいいものだ」
「嫌いなことは存じております。偏食はいけませんよ。しかし、あちらの世界の食事は豊富でおいしいとタケシ様はおっしゃっていたではありませんか」
「いや、やっぱり新鮮なものが一番だって気付いたよ。あっちは変なモンが混じってたり調味料ばっかりなんだ」
「ユウト様たちの味覚には合ってなかったようです」
「あいつらはあっちしか知らないから。でも、おいしかったよ。心のこもった、最高の晩餐だった。ありがとう。料理長にも伝えてあげてくれ」
「ありがとうございます。料理長も浮かばれます」
「傷付けてしまっていたか。すまない。勇者を代表して謝罪しよう」
「とんでもございません! タケシ様が満足されていたと伝えるだけで無上の喜びを得ることでしょう」
「こんな変な仮面つけて変な名前を名乗っているけどな」
くっくっと、笑っている姿を見ていると、安心してこっちまでつられてくる。するとそんなプランコに気を良くしたのか、さらに笑い声が大きくなっていき、おかしいやら嬉しいやらプランコの涙が勝手にあふれてくるやらで、二人でつくるそれはやがて大きくなり、空にこだまするほどにまでなった。
「もう本当に……。あっ、そういえば、ですね」
「どうした?」
「タケシ様の女性関係なんですけどね」
「おいおい、親父になってるって聞いて驚いてんのに、まだ何かあんのかよ?」
「それがあるんですよ。実はですね、姫様以外、みなさんすでに別の方と結婚されてますよ」
「おいおいおいおいおい。ロマンティックに愛を貫くとかないのかい」
「あるわけないじゃないですか」
「それもそうだ」
ハッハッハッハッハ、とまた夜空に響く。
雲ひとつない。本当に、今日の天気は人に優しい。
「でですね、はっきり言ってしまえば、今回の旅。タケシ様の傷をえぐる旅です」
「ははッ。ずいぶんハッキリ言うね」
「そりゃそうでしょう。昔みたいに女に振られて自棄酒されちゃたまったもんじゃないですからね」
「しかも子どもをさらいにきたようなもんだしな。そりゃがぶ飲みするかもしれんな」
「でしょう? ですから、手分けしましょう。タケシ様はこのヨゴバマにいてください。他の勇者様たちは他国に」
「それは誰も納得しないな。どういうことだ」
ふっと表情が疑わしげになる。
さすがだな、とプランコは思う。
人類の盾であろうとするこの姿勢は、本当に、すばらしい。保身に走らない。常に守ろうとされる。だからこそ全力で支えようと心の底から震えることができるのだ。
「タケシ様がヨゴバマにいると世界に発信させていただきます」
「囮か」
「申し訳ありません」
「いや、その方がいい。全ての国が魔族領に接しているんだ。危険な旅になる。影で働いてもらった方がいいに決まってる。戦ったことすらないのだから」
「ご理解、ありがとうございます」
「でも、タケシってのは止めてくれ。今はカエンダーって名乗ってるのだから」
「どうしてでしょうか。タケシ様がいらっしゃることこそが、抜群の効果があります」
「俺は、本当はココに来るはずがなかったからだよ」
「どういうことでしょうか?」
「今回の召喚に呼ばれたのは俺じゃない。あの四人だ。そのときたまたま近くにいて、巻き込まれただけなんだよ」
「ですがタケシ様は現にいらっしゃる」
「そうだ。だから勇者をしている。けれどもサブだ。あくまでメインはあの四人だよ」
真の勇者はプランコにとって唯一、武だけだ。だが、敬愛する武の気持ちを尊重したい。
「わかりました。ではそのように対応しましょう。ですが、姫様には伝えますよ?」
「……そうだな」
「三年です。ひたすら、姫様はタケシ様と再び出会うための方法を必死に模索されておりました。また、悩んでおられました。どうやって接するべきだったのか。どうしたらもっと一緒にいられたか。タケシ様が光に包まれた後の姫様は、とても憔悴されていらっしゃいました。今、期待と不安でたまらないでしょう。心が張り裂けそうで、お辛いでしょう。会われてください。そして、お子様のお顔も、拝見されてください」
「そうだな」
「ご案内いたします」
プランコは歩き出した。武も後から付いてくる。
何も言わずにプランコの周囲を魔法で暖めてくれる武の気遣いに、涙腺が緩むのを感じた。




