八 (終)
軽い性描写に注意
漸く、長生きする方法が見つかったらしい。
嬉しげにひとつの書物と薬らしき袋を差出してきた薄は、とても嬉しげだった。
「ひとつはこの薬です。一粒でおよそ千年長生きできるようになると」
「なるほど。……薄の寿命はあとどれくらいでしょうか」
「限りなく無限だそうです。普通の妖怪と違って、死人ですからね。……もうひとつは、修行をして仙人となる方法だそうです」
なるほど。
最初から薬に頼るよりは、修行した方が良いかもしれない。なんとなく、ではあるが。
「ひとつは薬を作る方法で、その薬に似せたものがこれだそうです。効果に差はありませんが、私はぜひ修行をお勧めしたいです」
「私も、修行の方がいいとは思いますが」
「そうですよね、では」
「え」
何故かにじり寄ってくる。とてつもなく嫌な予感がした。
「な、何ですか」
「薬を作る方法を“外丹術”といい、もうひとつを“内丹術”といいます。これは気を巡らせたりして体の内部に丹を練るというものだそうです」
「は、はい、一応知ってはいますが」
「知っているなら話は早いですね」
頭を巡らせ、仙道やらの知識を引っ張り出す。生憎とあまり手を出していない方面だったが――まさか、まさかとは思うけど。
「房中術と言うそうですが」
「薬でいいです!」
涙目で叫ぶが、止まってはくれない。かといって蹴ったり殴ったりしたら、折れそうで怖い。
最近この人が本当に死んでるのか疑わしくなってきた。体温が低めでガリガリで白すぎるだけで、見た目と違って物凄く旺盛というか、その、いやではないけど、えーと、言い方が!
「どうせなので、試してみましょう。ね?」
「ね? じゃないですよ」
「ほーら、こんなに色んな方法が」
「きゃああああああ!」
多分人生で1番ものすごい悲鳴が出たと思った。
◆
本を開いて、その挿絵を見た瞬間悲鳴を上げた撫子を抱き寄せる。ああ、可愛い。
抱き締めると、熱を持った体が震えて、弱弱しく押しのけようとしてくる。
「へんたい……」
「変態でいいですよ」
「そもそも……ですね」
潤んだ瞳で睨まれると、ぞくぞくとする。どうしてこんなに愛らしいだろうか、まったく。
「……仙道としての房中術はかならずしもそういったものを指してはいません! 黙って向かい合って気だけをやりとりする方法の方が効果が高いはずですっ!」
「よくご存知ですね。この本にも載っていますが」
「分かっててやってるんですかっ!!」
本当に知識の幅が広い。うっかり変なことも言えないので、最近は私も随分本を読むようになった。読んでいると心なしか機嫌をよくしてくれる、という下心もあるが。
「でも、どうせなら修行で不老不死になりたいでしょう」
「そうですけど……まともな修行なら、ですが」
「私は修行でも、薬でもいいです。ただ――」
頬を両手で覆う。赤く染まった林檎のようで、とても熱い。
――確かに、撫子と出会ってから随分欲が出て、何もかも欲しくて仕方ない。撫子の為なら何でも手に入れてあげたいし、かわりに撫子の全てが欲しいと思う。
けれど浅ましいその感情の奥底で、求めるのはただひとつ。
「どんな方法でもいいですから、一緒に生きてくださいね」
「……死人でしょう、あなたは」
「比喩的表現というやつです」
「はあ……」
人の姿でいるのにも、随分慣れた。細すぎる身体に肉を付けてほしいと思って、かなり料理に関しては勉強したし、上達した。だから、
「私が死人なら、ここが私の墓でしょう。一緒の墓に入って、毎朝私の作った味噌汁を食べてください。勿論昼も夜もちゃんと作りますから、きちんと成長してくださいね」
「……とんでもないプロポーズですね」
くすくすと撫子が笑う。あまり安売りしない笑顔は、それだけに希少価値が高い。撫で回したくなる。なんだかもう口を吸いたいというか、いや、でも、夜まで我慢して――
「成長については、善処します。……まあ、一緒にいてあげてもいいですよ」
撫子が、軽く背を伸ばして、自ら唇を重ねてきた。
半日後、また怒鳴られる破目になったが、とにもかくにも私は世界一幸せな骨である。
極楽浄土よりもずっと、彼女の居るこの家は素晴らしいと心底思った。
昔のキスは口吸い=ディープなやつで性行為の一環、軽いものは接吻(キスの訳語だそうで)とされたそうで。
調べてる途中でふと我に返って「何調べてんだろ……」と思うのはいつものことです。あああ。
そういう訳でひとまず完結とさせていただきます。
ここまで読んでいただいてありがとうございました。
ではまたいつか、気が向けば追加されるかもしれません。




