第7話:魚座の海を越え、情熱の「牡羊座」へ
「ようこそ!3つの会場に集まってくれたみんな~いらっしゃいませ~」
ラスカルさんの軽やかな声が、ASPSのオンラインシステムで結ばれた3つの会場、すべてに響きます。
昨日と同じように、僕の両隣には、セーラさんとアンさんが座ってくれているのです。
「このチョコレートアイスケーキを食べることができる…それだけで、やっぱり会場に足を運ぶ価値があるとは思わない?」
この触感と食感は、創られたものであって、現実には存在しない…それは頭ではわかっているのに、とろける甘い感覚は僕を虜にしてしまうのです。
「うん…めちゃくちゃ美味しいですね」
時折、チョコレートにちなんだ楽曲が挟み込まれるセットリストは、ほぼほぼ全曲が、出演アーティスト全員がコラボ参加するという豪華仕様で、僕も、その歌声に魅せられてしまいます。
「さ~て、それでは、お約束のスペシャルゲストの登場ですよ~」
ラスカルさんの呼び出す声を合図に、会場の照明がすべて消され、そして、一瞬、真っ暗になったメインステージに、すぐにスポットライトが灯されたのです。
シルエットは5つ…
5つの影は、ステージの横幅いっぱいに拡がり、5人それぞれの間に、先にライブ会場で歌を披露していた4人のシルエット…
ラスカル、シェリル、ランカ、ミンメイの4つのシルエットが、収まっていきました。
後ろ向きで横一列に並んだ9人が、振り返った瞬間…シルエットを演出するスポットライトが消えて、会場に光が戻りました。
ワルキューレ!!
スペシャルゲストは、戦場の女神…ワルキューレでした。
「みんなの予想は的中しましたか~」
「は~い!!」
ラスカルの問いかけに、会場中のオーディエンスからレスポンスが返ります。
「ヒントを出しすぎちゃったもんね~でもさ、みんな、嬉しいでしょ?」
「は~い!!」
「では、9人全員揃ったということで、次の1曲行きますよ~9人で、ピスケス・ドームと言えば、もうあの曲しかないよね~」
「は~い!!」
「行くよ~みんな、お魚になってね~次の曲は…最強カバーソング!『恋になりたいアクアリウム』!!」
ステージ上の9人の衣装がみるみる変化していきました。
「今夜の恋の魔法をみんなにもかけちゃうね」
ラスカルさんの衣装は、身体にフィットしたレオタード風のインナーに、そのインナーを強調させるようなシースルーのワンピースに変化しました。
そして、僕の姿も、なんと大きなサメの姿に変身してしまったのです。
「ASPSシステムって、こんな演出もできたの?」
「そうだよ、褒めて褒めて、マルちゃん」
セーラさんは、めったに見せることのないドヤ顔で応えてくれます。
そのセーラさんは、なぜか、エンゼルフィッシュの姿なのです。
「恋になりたいアクアリウム」で盛り上がった会場は、次のイベントの「ラスカルさんに歌ってほしいアニソンランキング」への投票をする時間になりました。
あらかじめ選抜された100曲のラスカルカバーソングコレクションの中から、参加者全員による一斉投票が行われます。
僕も、好きな曲をリストから3つ選んで、投票ボタンを「ポチ」と押します。
「みんな~ちゃんと投票してくれたかな?集計結果を発表するよ~」
そして、ラスカルさんがトップ12を12位から発表してくれます。
僕の好きな曲もたくさん入っていて、いよいよ、トップ5の発表です。
「5位は『恋と選挙とチョコレート』からの『風のなかのプリムローズ』
4位は『トラブルチョコレート』からの『C.H.O.C.O.』
3位は『マクロスΔ』からの『おにゃの子☆girl』
2位は『マクロスF』からの『ギラギラサマー(^ω^)ノ』
そして1位は『ガールズバンドパーティ』からの『私の心はチョココロネ』で~す。
では、5曲連続で、歌っちゃうよ~みんな、たくさん、愛情たっぷりのチョココロネをめしあがってくださいね~」
ライブが盛り上がる中、チョココロネを頬張っている僕に、アンさんが神妙な顔をして、ぽつりと声をかけてきたのです。
それは、僕にというより、僕を挟んで反対側に座っているセーラさんに伝えることを意図した言葉でした。
「あなたのアシさん…あのレッドちゃん、私に貸してくださらないかしら?」
「え?」
「ちょっと調べたいものがあって…優秀なAIが必要なの…今すぐでなくても、考えてくれると嬉しいわ」
「それって、紅瑪瑙のブローチが関係していること?」
「うん…なんか、昨日よりももっと、このカーネリアンの反応が激しいの…なにかを言葉で伝えようとしているようでだから、レッドちゃんを使って、彼女の言葉の全てを解析したいと考えてます」
確かに、アンさんの手の中のブローチは、今にも中から妖精でも飛び出してきそうなほどのアクティブな輝きを放っているのです。
セーラさんはチョココロネを口に運ぶ手を止め、アンさんの手元で激しく明滅する紅瑪瑙を鋭い目で見つめました。
「……レッドを貸してほしい? 私の統括責任者を?」
少しだけ戸惑いを見せたセーラさんでしたが、次の瞬間には不敵な笑みを浮かべていました。「いいわ。これだけシステムを揺さぶる『熱量』の正体、エンジニアとして見逃すわけにはいかないもの。レッド、アンさんのブローチにフルアクセスして!」
「承知いたしました、セーラ様。アン様、解析を開始します。……これは……すごい! 感情の波形がそのまま、失われた『時のアーカイブ』の座標を示しています!」
レッドがアンさんのブローチに飛び込むと、会場のホログラムが激しく歪み、ライブの熱狂と混ざり合って巨大な光の渦を作り出しました。
その渦の中心から、三つ目の光が溢れ出しました。
それは、過去の瑠璃、現在の紅瑪瑙に続く、未来を照らす**「透明なダイヤモンド」**の輝き。
『……三つの鍵が揃った。……封印を解く時だ。』
再び、あのロミオの声が響きました。同時に、ステージ上の9人の歌声が一つに重なり、銀河鉄道のレールが黄金色に輝き始めます。
三つの鍵が共鳴し、魚座の深い海の底から、見たこともない「駅」の幻影が浮上してきました。それは、かつて歴史から消されたはずの**「双児駅」**の入り口。
「マルちゃん、見た!? あれが私たちが次に向かうべき場所よ!」
セーラさんが僕の手を握りしめます。
ライブのフィナーレを告げる銀色の紙吹雪が舞う中、僕たちの乗った潜水艇は水中要塞を後にしました。
アンさんは「レッドちゃんのおかげで、この石に込められた『愛』のメッセージが読めたわ。ありがとう!」と、牡羊座の会場から大きく手を振ってくれています。
「さあ、マルちゃん。次は情熱の始まり、牡羊座駅を経由して双児駅を目指すわよ」
魚座の青い海を背に、銀河鉄道の列車が再び加速を始めます。
車窓には、ラスカルさんが最後に歌った「私の心はチョココロネ」の余韻のように、甘くて温かい春の星座が輝いていました。




