微妙な自己紹介
もう一度、水辺に映る顔をまじまじと見る。
「アルス少年はこんな顔をしているのか」
きちんと見れば、デブなだけで素材は良さそうだ。
青空と同化しそうな髪色に青、緑、黄色が混じる綺麗なアースアイは男の俺でも綺麗だと思った。顔立ちはまだ少年を残した雰囲気だが、デブでなければよく整っている。以前の俺とは似つかない顔だ。浅瀬に映る顔を見ながら笑顔になったり真顔になったりしたが、この顔に慣れるのにはしばらく時間が掛かりそうだ。
手を合わせ、黙とうをする。
アルス少年、身体をありがとう。大切に扱う。
そして、必ず痩せさせてやる。
「何をしている?」
ヤドカリが不思議そうに俺を見つめた。
「この身体の持ち主に感謝を述べていた」
「そうか。だが、それよりこれからどうする? 辺りに島すら見えないぞ」
「ここがどこか分かるか?」
「分かるわけねぇだろ」
だよな……。
ヤドカリの言う通り、こんな場所に打ち上げられているのは痛い。
とりあえず、このヤドカリと自己紹介でもするか。
「俺は匠海……いや、アルスだ、知っての通り別惑星からここにやって来た。年齢は三十三--いや、それよりもずいぶん若くなった。趣味は――」
「お前、見合いしてんのかよ……」
「いや、自己紹介は重要だろ!」
アルスという名前はそのまま使うことにした。せめてアルス少年の名前は残しておきたかった。それに、井口匠海としての人生はすでに終わったことだと割り切ったほうがいい。
「分かった。アルスだな。俺はヤドだ」
「ヤドカリのヤドか?」
「いや、俺の前世からの名前だ」
「人だったのか?」
「ああ。一応な」
「一応?」
「力を持ちすぎて、人なのか微妙だった存在だ」
ヤドは前世では国を代表する魔導士だったそうだ。魔法を極めすぎたせいで人からは恐れられ、そのうちにすべて避け籠った森の中で一人ひっそりとこの世を去ったという。ヤドは人であった時に大勢の命を救った功績から、死後、あの魂の見張り番の役職を賜ったという。
「それはいいことなのか?」
「数百年、あの職を全うすれば208のように案内人になる予定だった」
案内人になればある程度の自由と力を手に入れることができたという。
「そうなのか、なんか悪かったな」
「いや、別にアルスのせいではない。気にすんな。正直、あの役割は俺には向いていなかった。お前にも悪いことをした」
ヤドはバツが悪そうにピンク色のはさみで殻を擦る。
「いや、もうその話はいいよ。気にしないでくれ」
「そうか……ありがとな」
元は人、今はヤドカリ……。
「そのヤドカリの姿は不便じゃないか?」
「いや、意外と気に入っている」
「そうなのか?」
「ああ」
本人が気に入っているのならば、問題はない。
ヤドは、水関係の魔法には特化しているという。
「見せてくれるか、その水魔法とやらを」
「いいぞ」
ヤドがはさみを海に向けると、大量の水が浮き上がった。
「なんだよこれ、すげぇな!」
「……ああ」
巨大な水風船が宙に浮いているのは壮観だ。ヤドはというと俺と同じように目を見開いていた。
「ん? どうした?」
「いや、想像よりも魔法が強力で驚いただけだ」
ヤドが魔法を解くと、落ちてきて水の勢い押された波が覆いかぶさってびしょ濡れになる。
「お前なぁ……」
「すまん。まだ力に慣れていない。調整する」
浅瀬から上がり、濡れた服を脱ごうとすればジャケットの一か所だけ厚手だった。
隠しポケットか?
縫い目を破るとポケットから金色の大きな丸いチャームの付いた灰色の麻袋がでてきた。袋の中は空だ。
「それ、もしかしてマジックバッグか!」
ヤドが興味深そうに袋を確かめる。
「そうなのか?」
「俺が覚えている物よりだいぶ小型だが……アルス、中に手を入れてみろ」
言われるがまま麻袋の中に手を入れると、チャームが光り文字が浮かんできた。