(15)で、こうなった…(完)
思うに私は今、目の前に座っている名も知らない人に、恋心を抱いたかもしれない。
短髪黒髪、ふち無し眼鏡をかけ、ちょぼんっと付いたような目。
少し小太り、座っているので身長はわからない。
あー、でもきっと足は短いなぁ。
少し薄汚れたリュックを膝に置き、足元にはなんかのポスターが入った紙袋が置いてある…
あ~、お近づきになりたい……
やっぱり好みのタイプというのは、何歳になっても変わらないのね。
「おい、おーい。華奈? 華奈!」
「痛っ! なによ、おでこ叩かないでよ。もぉ」
「なに余所見してんだよ! 浮気してんじゃねーぞ」
「浮気なんてしてないでしょーが!」
「ママ、あのお兄ちゃん、かわいいね?」
「あら! 久美ちゃんもそう思う?
ママと同じタイプがお好みなのね? よしよしっと!」
「ぁあ? ざけんな、おまえら。
久美は大きくなったらパパみたいなカッコイイ男と結婚しろよ」
「純也さぁ、人には好み!っていうもんがあるんだからね?
久美ちゃんはちゃんと自分のお好みの男性を彼氏にしなさいね。
ママみたいな妥協はダメよ?」
「華奈、おまえ、妥協ってなんだよ! 俺のこと愛してないのかよ!」
「そんな事、言ってないでしょ! 純也のこと愛しているから一緒にいるんでしょ!
ったく! やきもちやきなんだから!」
「だって、俺は、華奈だけだし…」
「え~、もぉ~やだ~、私だって純也だけに決まってるじゃない」
私は、バンバンと純也を叩きまくった。
「パパ! ママ! 電車の中の人、みんな見てるよ!」
一人娘の久美・四歳に言われた。
今、私の隣に座っている人は、ぜんぜんタイプじゃないし、やっぱり、結婚って、妥協が必要なのね……。
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高校を卒業し、純也は大学へ私は短大に進学した。
だけど、私が2年生の秋あたりに妊娠してしまい、そのまま短大に通い、卒業して少ししてから久美を出産。
純也は、ちゃんと大学を卒業して今は、両親の会社で働いている。
そうそう、久美が産まれたとき、立会い出産でそこにいた純也が、産まれたばかりのまだ名もない久美を見て「久美ちゃん!」って、言ったのよね。
どれだけヒヨコの久美ちゃんに執着しているのかっていう話よね…。
で、女の子だったし、名前を久美にしました。
ヒヨコの名前を頂いたとは、一生教えてあげられない。
それに、純也に似ればいいものの、私にそっくりの久美。
そんな久美を、純也は、親ばか丸出しで可愛いまくっています。
ヒヨコに似ているから……?