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後日談 メガネと眼鏡

「――お届けものです」


 それはある冬の日曜日だった。日が高く昇るまで眠っていた俺は、インターホンの音で目を覚ました。


 寝癖を直す間もなくドアを開けると、立っていたのは不審な外国人だった。


 肩口で切りそろえられた胡桃色の髪に、細い銀縁の眼鏡をした、細い目の男だ。温和そうに見えるが、抜け目のない印象を受けた。


 俺はなにかあったときのために身構えつつ、「あんた誰?」と尋ねた。




 男は苦笑し、「本当にお届けものなんですよ」と分厚い紙束のようなものが入った袋を手渡してくる。


「では、私はこれで」


「――いや、確認させてもらう。悪戯だったり、違う相手宛だったりしたら困るからね」


 俺が言うと、男はちっと舌打ちをした。それからぶつぶつ「調査が……」などと呟いている。あからさまに怪しすぎた。


 袋を開け、中から古びた紙を取り出した俺は、息を飲んだ。




「――この字は……」


 鴫野くんへ。


 そんなふうに綴られていた文字。端正に整っているようで、どこか柔らかい癖が少し滲むこの書き方は、間違いなく……。


 俺はその場に泣き崩れた。







「へええ、それじゃあ璃珠様はあなたの初恋だと」


「そう」


「璃珠様には恋人などいらしたのですか?」


「いねえよ……」


 俺は、近所の居酒屋で例の外国人と酒を飲んでいた。


 いろいろなことがありすぎて理解が追いつかない。感情が爆発しそうだった。


「生い立ちなどはご存知ですか?」


「知らない」


「ではでは、……」


「――おまえは記者かなんかかよ!」


 璃珠のことを執拗に聞き出そうとする男に、俺は苛立ちが募り、俺は思わず声を荒げた。男は意外にも失敗したというような顔をして、真摯に謝って見せた。


 この八年間、消えた奴らのことを考えない日はなかった。


 大学生集団行方不明事件。そんなタイトルのニュースが連日テレビで放送された。"唯一の生き残り”だった俺は、連日記者に追われた。



 璃珠が幼いころに誘拐されていたことや、家族に虐げられていたことなどもセンセーショナルに報じられた。俺たちの前では、淑やかな雰囲気ながらも明るかった璃珠にそんな過去があったことを、報道ではじめて知った。


 あいつらのプライベートがどんどん暴かれていく。実際にしていたことだけじゃなく、別な誰かがやったこと、根も葉もない噂。

 そういうものがすべてごちゃまぜになって、間違った人物像が作り上げられていくおぞましさを感じた。






「それじゃあ、いろいろとすみませんでした。貴重なお話をありがとうございます。私はこれで失礼しますね。支払いはこちらが持つのでお気になさらず」


 胡桃色の髪の男は、そう言うと立ち上がった。まだ半分以上酒が残っており、ふと窓の外を見ると、こちらを見張るようにねめつける、蛇のような目をした美丈夫が立っている。


 外国人風の男はたぶん、奴に呼ばれたのだろう。なぜだかそう確信した。


 昔から、勘はいいほうなのだ。






 ポケットの中でスマホが震える。俺よりもずっと勘がいい恩人からの電話に、爆発しそうなくらいに煮えたぎっていた感情が少し鳴りを潜める。


『おまえ、なにかやらかそうとしてないか』

「――はは、相変わらず勘がいいね、慧介サン」

『頼むからやめてくれ』


 慧介の霊感と予知みたいな能力と。そういうものにずいぶん助けられてきた。


 何より、記者に追い回される俺を匿ってくれたのは、あの人とその家族だった。


 やっと世間から忘れ去られた。少しずつ自分の居場所を作ってきた。――でも。




 篤司は死んだ。

 追われる身となりずっと隠れ住み、望まぬ子どもを育てながら。


 美紗希もたぶん死んだ。

 悪事を働いて、身一つで砂漠に捨てられたのだから、あいつが生きていけるわけなんかない。


 あの日、璃珠の代わりに一緒に出かけた他の奴らも。中には幸せに過ごした奴もいたかもしれないけれど、――もう誰も居ない。


 なんだそれは。王? 神? 聖女――?

 そんな非現実的で馬鹿げたもののために、あいつらは死んだ?




 俺は何事にも楽観的なほうだったけれど、――気楽な大学生だった鴫野紘平は、きっとあの事件で、いや、そのあとに知った人間の醜さによって死んだ。



『紘平……!』


 受話器の向こう、慧介は懇願するように言った。その声で、この選択岐が間違いだということをひしひしと知る。でも、もう我慢がならなかったのだ。


 俺は薄く笑って「今まであんたのお陰で助かってたよ」と告げる。兄のような人に感謝を告げて店を出た。


 路地裏の闇に飲まれるように消える二人を追う。蛇に似た男が、赤い宝珠のようなものをかざし、そこからまばゆい光が漏れてきた。俺は二人に向かって突進し、掴みかかった。





 その日、大学生行方不明事件の"最後の生き残り”もまた、世界からふっつりと姿を消したのだった。

◆美紗希のその後

『捨てられ公女は、砂漠の隠れ家を目指す』(短編)→『はずれ王子の初恋』(完結済)の順番で読んでいただくとわかりやすいと思います。


◆メガネ襲来編は、書き終えたときからなんとなーく考えていました(かなりコミカルになるはずだったんだけど……)。方向性が真逆になってしまったので、書き溜められたらまとめて更新したいです^^


◆更新情報はTwitter(@Rinca_366)にて。活動報告は、作中に登場するレシピや設定集などを載せるのに使っています。

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