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王妃教育も社交界も、全部うんざりです  作者: 小林翼


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第25話

 翌朝、王宮では、国務会議が開かれていた。


 議題は、ただひとつ——王太子ユリウスの処分である。


 国王、王妃、宰相、財務長官、貴族院議長、そして主要な大臣たちが、円卓を囲んでいた。机の上には、昨夜までに集められた、王太子の横領に関する全証拠が並べられていた。三万金貨分の流出記録、ファルケ男爵家の隠し帳簿、関係者の供述書——すべてが、揺るぎない事実を示していた。


 会議は、重苦しい空気の中、進められた。


 もはや、議論すべき点はほとんどなかった。結論は、会議の前から、決まっていた。


 ただ、それを「どう発表するか」——それだけが、残された問題だった。



 昼過ぎ、王宮の大広間に、文武百官が集められた。


 広間には、王都の貴族、そしてグレイウルフ辺境伯とアンジェリカの姿もあった。王妃からの要請で、二人は特別に席を与えられていた。アンジェリカは、今朝は淡い水色のドレスを纏い、左手の薬指には、変わらず青い宝石が光っていた。


 国王が、玉座に座した。


 宰相が、巻物を広げ、厳かに読み上げ始めた。


「——王太子ユリウス・アルマンティル・ヴァレンティアに関する、王家の正式な決定を、これより発表する」



 広間に、痛いほどの静寂が、降りた。


「一、王太子ユリウスは、国庫を私的目的のために不正に流用した。その額、三万金貨。これは、国家への重大な背信行為であると認定される」


「二、王太子ユリウスは、特定の貴族家による政治的策略に加担し、王家の権威を私的な贈与に利用した。これもまた、王家の名誉を著しく損なう行為である」


「三、以上の事由により、王太子ユリウスの、王位継承権を——」


 宰相は、一度、息を整えた。


「——本日をもって、剥奪する」


 広間に、震えるようなどよめきが、走った。



「四、王太子ユリウスの称号を、本日をもって廃する。以後、一貴族として、北方のシュロッセ離宮にて、生涯、幽閉とする」


 宰相は、続けた。


「五、王位継承権は、第二王子フェルディナント殿下に、正式に移行する。フェルディナント殿下が、来月をもって、新たなる王太子として、位に就かれる」


 広間に、再び、大きなざわめきが走った。


 大臣たちは、動揺しながらも、次々と頷いた。賢明で誠実な第二王子は、以前から有力な継承候補として目されていた。むしろ、この結末を、多くの者が、心のどこかで望んでいたのだった。



 続いて、ミレーヌと、ファルケ男爵家への処分が、発表された。


「ミレーヌ・ファルケは、王家の客人への毒殺未遂により、国外追放。二度と、王国の土を踏むことは許されん」


「ファルケ男爵家は、長年にわたる不正蓄財、並びに王家への詐術的関与により、爵位を剥奪。すべての財産を没収の上、取り潰しとする」


 これらの処分は、容赦がなかった。


 だが、妥当だった。関係者は、誰一人、異議を申し立てなかった。


 広間に居並ぶ貴族たちは、皆、深く頭を垂れていた。



 発表が終わった後、アンジェリカは、廊下で王妃に呼び止められた。


「アンジェリカ」


「王妃様」


「少し、二人で話せるかしら」


 彼女は、王妃に導かれて、庭園の小さな東屋へと移った。


 春の陽が、ほんのりと暖かかった。庭園の池には、白鳥が二羽、静かに泳いでいる。王妃は、東屋の椅子に腰を下ろし、アンジェリカにも着席を促した。


 二人きりで、向かい合った。



「ユリウスの件、あなたに、本当に、辛い思いをさせたわ」


「王妃様——」


「あの子は、シュロッセで、残りの人生を静かに過ごすことになるわ。もう、王都に戻ることは、一生ないでしょう」


 王妃の声には、母としての、深い哀しみが滲んでいた。


 それでも、彼女は、涙を見せなかった。王妃として、国の未来を選ばねばならぬ者としての、凛とした矜持が、彼女を支えていた。


「国のためには、この結末しか、ありませんでしたわ」


 アンジェリカは、静かに、言った。


「ええ、分かっているの。——でも、母としては、堪えるわね」


 王妃は、微かに苦笑した。



「アンジェリカ」


「はい」


「あなたを、かつて、王太子妃に迎えようとしたこと——今となっては、誤りだったわ。あなたのような聡明な方を、あの愚かな息子の隣に、縛り付けようとした」


「いいえ、王妃様」


 アンジェリカは、静かに首を振った。


「わたくしは、あの婚約があったからこそ、今のわたくしでいられますの」


「……え?」


「あの三年間がなければ、わたくしは、自分の本当の道を、見つけることができませんでした。婚約破棄されたあの夜に、初めて、自分が本当に何を望んでいたのか、気づきましたの」



 王妃は、少し目を見張り、やがて、柔らかく微笑んだ。


「——そなたは、本当に、強い子ね」


「強いのではございません。恵まれていたのですわ」


 アンジェリカは、微笑んだ。


「お父様が、理解してくださいました。王妃様が、自由を認めてくださいました。そして——ディルクハルト様が、拾ってくださいました」


 王妃は、そっと、アンジェリカの手を取った。


「辺境伯は、良いお方ね」


「はい」


「あの方の横にいるあなたを見ていると、ようやく、あなたが『あるべき場所』にいるのだと、分かるわ」


 アンジェリカの目に、小さく涙が浮かんだ。



 別れ際、王妃は、静かに告げた。


「アンジェリカ。——北へ、お帰りなさい。あなたの居場所は、もう、王都ではないわ」


「はい、王妃様」


「辺境伯を、大切になさい。彼もまた、あなたを、何より大切にしているはずよ」


「……ありがとうございます」


 王妃は、最後に、かつて自分の生徒だった少女を、そっと抱きしめた。


 短い、けれど深い、別れの抱擁だった。



 廊下に戻ると、ディルクハルトが、廊下の反対側で待っていた。


 アンジェリカが、涙を拭いながら歩み寄ると、彼は何も言わずに、彼女の肩にそっと腕を回した。


「……終わったか」


「はい」


「ならば、帰ろう」


 その言葉が、何よりも、温かかった。


 王宮の長い廊下を、二人は並んで歩いた。アンジェリカの薬指の青い宝石が、窓から差し込む春の光を浴びて、静かに輝いていた。



 その日の夕刻、王都の大聖堂の鐘が、鳴り響いた。


 新しい王太子の即位を告げる、荘厳な鐘の音だった。


 アンジェリカは、ローゼンベルク侯爵邸の窓辺に立って、その音を聞いていた。背後には、ディルクハルトが静かに立っていた。


 長い冬が、ようやく、終わろうとしていた。


 そして、新しい春が、この国にも、そして彼女自身にも、訪れようとしていた。


 彼女は、振り返って、ディルクハルトを見上げた。


「——北へ、帰りましょう」


 ディルクハルトは、深く、頷いた。


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― 新着の感想 ―
第二王子の即位は翌月ではないのですか? 当日知らせる鐘がなるのが意味がわかりませんでした
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